煉獄

 

剥奪[荒廃]人のための祈り

断食主の日

低地リンボ(古聖所)

 

 

1.ヴァッスーラ

2.シスター・エマヌエル

3.トマス・ア・ケンピス

4.マリア・ワルトルタ

5.スウェーデンボルグ

 

1.ヴァッスーラ

ヴァッスーラ/神のうちの真のいのち/3巻P11

‘88・8・19

 

霊魂よ! どれだけ多くの霊魂が今煉獄で苦しんでいるかを知ったなら・・・ 私のもとに来れるように煉獄から救ってあげなさい、彼らは我がもとに来たいと恋い焦がれながら、それができないでいる、霊魂に染みがあるからだ、祈りと犠牲をもって彼らを救ってあげなさい、私を愛し、礼拝することによって、私と我が十字架に自らを繋ぐことによって 彼らを救い出しなさい、愛の行いいよって、私の苦しみを分つことによって 救ってあげなさい ♡ ヴァッスーラ、この霊魂たちは私に恋い焦がれ 再びそして永遠に 一致したいと望んでいるが、私の面前に出る前に まず自らを清めなければならない、

 

主よ、「再び・・・一致したい・・・」と言われましたが、この霊魂たちは死後しばらく主とご一緒でしたか?

 

♡ 私はその霊魂を体から救い出し、ほんの一瞬だけ 我が神聖な顔を見せた そしてその瞬間、彼らは目から覆いがはずれて 我が清さと光の中で私と対面し、直ちに真実を悟り 自分たちの霊魂が罪でいかに損なわれていたかを知った、そして我が開いた腕(*)の中に倒れ込み 私に従いたいと燃えるように望んでも、霊魂を清めるまでは そうはできないと理解する。そこで 鋭い悲しみによる痛みのうちに、降りて行って清めを受ける準備をする。

  神がご自分の側から鍵をかけてしまわれることがないのを証明しています。障害は私たちの側にあるのです。

これは言い尽くせないほどの 燃えるような痛みとなる、私が見えないからだ、私の不在は彼らにとって焼けるように辛い そして煉獄での最大の苦しみは我が不在 ♡ 彼らはまたその罪に応じて、火による、ほかの種類の苦しみも通る ♡ 前もって霊魂を整えるように 被造物よ、死の陰がさすまで待たないように、霊魂をきれいに 染みのない状態に保ちなさい、我が聖体に養われ、なるべくしばしば我が聖血を飲みなさい、たびたび悔い改め、この日に備えなさい、精進しているように、断食は助けとなる。 我が声に耳を傾け 出逢いの日がまさに今日であるかのように 霊魂を準備させなさい、待たないように、待つとは寝てしまうこと、待つとは燭台の油を切らしたままにしておくこと。 救い主に出逢う準備を整えておきなさい ♡ あなた方皆を気も狂わんばかりにいとおしんでいる、底知れない慈しみにより、皆を準備させたいのだ ♡♡

 

 

ヴァッスーラ/神のうちの真のいのち/3巻P33

‘88・9・18

 

わが神よ(*)?

 *神があまりに慕わしく 地上に残された未亡人のような心境です。

私です、私を愛しなさい、怖れないで、歯向かう時にだけ恐れなさい。 愛のどの雫も 煉獄の霊魂たちを救うのに使われる、私を熱心に愛することで その炎を打ち消し(*)、苦悶から開放する、その時やっと私は彼らを受け入れることができる、そこで私を愛しなさい、望みなさい、礼拝し、一人ずつ彼らを開放しなさい。 愛は天の力を一つに結集させる それは自由といのちの鍵であると 人類は理解しなければならない。 なぜサタンがあなたを憎むかがもう分かったか? 我がヴァッスーラ、私に寄りかかっていなさい、何も無駄になってはいない ♡ 「私たち」?

 

永遠に いつまでも

 *イエスがこう仰っている時、炎に包まれている何人かの霊魂の手の炎が消されるのが(幻視で)見えました。

 

 

ヴァッスーラ/神のうちの真のいのち/3巻P53

‘88・10・5

 

あなたを思うこの愛、そしてあなたを感じ 絶えずそばにいていただきたいという熱い望み、あなたにたいしてますます渇きを覚え、昼も夜もあなただけを思い、ひとことで言うとあなたを生きがいとし、時には肉眼であなたを見たいと思う、このような、あなたを「見たい」と望む感情は、まだあなたと一緒でない煉獄の霊魂たちの思いと同じでしょうか?

 

彼らの感じている思いに大変近い。 だがずっと深く はっきりとした思いを抱いている(*)♡

 

ではひどく辛いでしょうね!

 

そう、彼らの苦しみは大きい。 地上にいる間に 私を望んだことがなければ、煉獄で望むようになる、そこでは私の顔が見えないため この望みで心を焦がす ♡

 

はい、主よ。ありがとうございます わが主よ。

 *彼らの思いのほうが深いのです。

 

 

ヴァッスーラ/神のうちの真のいのち/4巻P7

‘89・9・30

 

♡ 今しばらく私の十字架を担って 休ませてくれるように。 我が子たちに知ってほしいと思う 五感と身体に苦行を課すなら、そのいっさいを我が天的わざに用い、あなた方の犠牲を煉獄から霊魂たちを救い出すのに用いる、改心するように地上の霊魂たちの心を温め、あなたの霊魂を清める、捧げるすべてを償いとして用いる、我が義をなだめ それが燃え上がってあなた方を撃つことから防ぐ、それは私を和らげる、和らげる・・・我が慈悲(いつくしみ)は大きい。

 

 

ヴァッスーラ/神のうちの真のいのち/10巻P264

 

‘02・9・13

 

主の日が意味するものを あなた方の多くが理解しているとは思えない。 小鳥の啼き声がやみ さえずりが途絶えたなら、この沈黙のうちにあなたの隠れた行為を、善悪を問わず、裁きの場に引き出すと知るように。 主の日は ちょっとした裁判にたとえられる。 それはあなたの霊魂を 我が栄光および私との全き一致へと導く 火による浄化である。

 

霊魂が罪でひどく汚れ、私と天使たち、聖人やひじりたちにも、憎悪すべきものなら、我が訪れによってひどい痛みを覚えよう そして彼女(*)は私の日を免れない。 ほかにどうやって あなたの霊魂を不滅で 罪の汚れのないものとなしえよう? こうした霊魂たちを ほかにどうやって悔い改めへと導こう? 我が火によって裸にし 自分自身をありのままに見たときに初めて、そのとき初めて 自分たちがいかにサタンに占有されていたかに気づく。

 

我が聖なる火を点火し、浄める者たちを、私は この霊的な火によって燃え尽くし 目覚めさせて 遂には自分たちがどう変容させられているかを 気づかせる。 この変容は痛みを伴うが、変容をもたらす我が火の愛によって、歓びも同時に伴う。

 

体と霊魂のうちに私をすでに所有し 私もその人を所有している者たちには、主の日は訪れず 経験もしない。 どうしてか? 聖霊は 自らの通過を彼らのうちにすでに 感じさせたがゆえ。 彼らはもうすでに主の日が訪れた者たち。 その日を、我が祝福の日とも呼べよう。 その日以降は、悔い改めと我が掟にたいする従順が 私が火によって刷新していく者たちのテーマとなる。 今は岩のように頑なな霊魂たちも私は和らげ 氷のような心をも温める、そして彼らは復活するや直ちに 我が現存を感じよう。

 

 

* 霊魂のこと。

 

 

 

2.シスター・エマヌエル

シスター・エマヌエル/メジュゴリエの証言者たち/P67

 

私は神に奉献された人々、修道女や司祭たちさえ、煉獄にいたと聞いて驚いたわ。私はゴスパに、奉献された人々がどうして煉獄に行くことができたのでしょう、と尋ねたのよ。ゴスパはこうお答えになったわ。

『そうです。この人々は神に奉献されました。でも彼らの心の中には愛がありませんでした。これが彼らが煉獄にいる理由です。』

煉獄を去る前、ゴスパは煉獄にいるかわいそうな霊魂のために毎日祈るようにと強く勧められたわ。

 

 

3.トマス・ア・ケンピス

トマス・ア・ケンピス/キリストに倣いて/1・24・2

 

はずかしめられて、その自分の心の痛みよりも相手の悪意を悲しみ、進んで反対する者のために祈り、心からその不正をゆるし、他人のゆるしをねがうことを躊躇せず、怒りよりもあわれみの情を起しやすく、しばしばきびしく自分を抑え、肉体をまったく霊魂に従わせようと努める忍耐強い人は、大きい、ためになる煉獄の浄めをこうむっているのである。

 いま罪を清め、悪を根絶やしにすることは、未来の清めの時までこれをそのままにしておくよりもはるかにまさっている。

 まことに私たちはむやみに肉体を愛して、自分をあざむいているのである。

 

 

4.マリア・ワルトルタ

 

マリア・ヴァルトルタ「手記」抜粋/天使館/P102

 

 煉獄の霊魂もまた『生きている』。病んでいるが生きている。罪滅ぼしを達成すれば、その病から癒え、生命が存在する所に入れるだろう。わたしの生命と、揺ぎ無く結ばれて生きている彼らの霊魂は、終末の復活においては肉を栄光化するために、また、ちょうどわたしが肉と共に生きているように、完全に肉をもって生きるために、肉をとるだろう。

 

 

5.スウェーデンボルグ

 

 

天界と地獄513

 

ある者は先ずその誤謬を剥奪されるが、それは低地と呼ばれる足の裏にある場所で行われ、そこである者は非常な苦しみを舐める、これらの者は誤謬を確認はしたものの、善い生活を送った者たちである。なぜなら確認された誤謬は非常な力をもって密着しており、それが消散しない中は、真理を認められず、引いては受け入れられることは出来ないからである。しかし剥奪のことは、それが行われる方法と共に、「天界の秘義」の中に取扱われており、以下の註はそこから集められたものである(*1)

 

 

 

真の基督教475

 

 しかし、いかにして、人間は天界と地獄との中間に在り、かくして霊的な均衡の中に維持せられ、それによって自由意志を有するかを示すために、その事を簡単に説明しよう。霊界は天界と地獄から成り、天界は頭上にあり、地獄は足下に在る―地球の中心に在るのではなく、霊界の土地の下に在り、この地は霊的な起原を持ち、それ故空間の中に無く、空間の外観の中に在るのである。天界と地獄との中間に大いなる地域が在り、それは、その住民に対しては、完全な世界であるように見える。これへ向かって、地獄から凡ゆる種類の悪が流入し、天界からは善が流入する。アブラハムが地獄の富める人間に語ったのは、この偉大な中間の地域についてであった。「我らと汝らとの間には大いなる淵定めおかれたれば、此処より汝に渡り行かんとすとも得ず、彼処より来らんと欲するも我らに来り得ず」(ルカ16・26)。各人は専ら自由意志を持つために、その霊はこの中間の地域の中に存在している。それは極めて広大であって、霊界と呼ばれ、霊が充満している。それは、各人は死後此処に入り、其処に以前この世の人々の間に生活していたように霊たちの間に住み、天界あるいは地獄に対して備えを為すからである。其処には煉獄はない。煉獄はロマ・カトリックの単なる作り話に過ぎない。しかし霊界は特に「天界と地獄」(421−603番)に取り扱われている。

 

 

 

 

啓示による黙示録解説783

 

 煉獄については、私はそれが利得のために案出された全くバビロンの作り話であって、全然存在もしないし、また存在する筈もないことを断言することが出来る。人間は各々死後先ず天界と地獄との中間にある霊達の世界へ入り、各々世にいた時のその生命[生活]に応じて、そこで天界か、地獄か、その何れかに向って準備をするのであって、その世界ではたれ一人拷問は全く受けはしないが、しかし悪い者らは準備がなった後で地獄へ入った時、初めて拷問を受けるのである。

 

 

 

 

霊界日記1772

 

 低地にいる者たちは実際巨大人の中にはいないものの、それでも主の生命から生きているのである。これらの者については、そこには非常に多くの者がおり、或る者はそこに、剥奪されてしまうまで、長い期間、実に数代にも亘って抑留されていると言われた。