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ついんLEAVES

第六回 7










 ギュアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァ!!!!!


 耳をつんざくモーター音。


 ビュイン! ビュイン! ビュイン! ブオォォォォォォォォォ!!


 皆が顔をしかめている。

 しかし衆人の中に、微動だにしない者がただ一人。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・フッ」


 防塵メガネの向こうに見え隠れする瞳は、笑みすら湛えている。


「いくぜっ、ねーちゃん!」


「 来 な さ い ! ! 」


 子ども会の連中が数人がかりで、大人の太ももほどもある薪を立てる。

 たったいまチェーンソーで切り離された木材だ。年輪の浮かぶ真っ白な切り口から、濃厚な木の香りが立ち昇る。


「薪の横にいちゃだめよ!」


「「うんっ」」


「せえ・・・・のっっっ


 涼島フー子が、ピカピカに磨かれた斧を振り上げた。


 かっこ−−−−−−−−ん!


 高い音をたてて、薪が真っ二つに割れた。


「う〜ん、爽快!」


「ねーちゃん、次ー」


「はいはい、そこに置いたらさっさと離れるー」


「「はーい!」」


「せいやっっっ」


 かっこ−−−−−−−−ん!


 泣き別れになった薪が弾け飛ぶ。


「ん〜、いい感じ☆」


 かっこ−−−−−−−−ん!


「もうクセになりそう・・・・」


 かっこ−−−−−−−−ん!


「最高ーっ!」


「ねーちゃん、次ー」


「どんどん来なさい!」




「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


「フー子ちゃん、ノリノリね・・・・・・・・」


「地元の人は"与作(よさく)ハイ"って呼んでるよ」


「フー子ちゃんが"薪割りねーちゃん"て呼ばれてた理由、これだったんだ」


 フー子からかなり遠ざかった場所。

 九重さんがいかにも納得したように頷いた。




 この辺のお盆には、ちょっと珍しい祭りがある。

 迎え盆と送り盆の間に、家々の仏壇から火を持ち寄って薪を焚くのだ。

 伯父さんは「村中のオマイ(御先祖)様が集まって宴会すんだべ」って言ってた。

 でも実際は先祖だけじゃなく、生きてる連中も酒をガブ呑みするから、生者と死者の入り混じった大宴会ってことになる。


 焚き火の薪は、子供連中だけで用意するのが昔からの仕来(しきた)り。

 だけど、今どき薪なんて簡単に用意できないから、大人が木材を用意して、子供に薪割りさせることで仕来りをゴマカしてる。




「フーちゃん、カッコいい〜」


「御台所(みだいどころ)様に同じにござります」


「ああ。惚れ惚れする漢振り(オトコぶり)だな」


 がっこ−−−−−−ん!


「んがっ!?」


「聞こえたわよ!」


「・・・・・・・・・・・・・・ゴメンナサイ」


「おりゃあ!」


 かっこ−−−−−−−−ん!


「・・・・・・日枝君。これは一応、宗教儀式なんでしょう?」


「う〜ん。そうだね、そうだと思う」


「どうして村の人じゃないフー子ちゃんが薪を割ってるの?」


 九重さんがさも不思議そうに言う。


「あいつは毎年来てるし、そのたびに色々あったから。

 たぶんみんな、フー子を身内だと思ってるよ」


 そ、色々あったんだ。


 つばさが子供に泣かされたとか、


 つばさを泣かされて激怒したフー子が相手の家を壊滅せしめたとか、


 他所者(よそもの)にイジメられてる村の子をかばって大喧嘩したとか、 


 ケンカついでに氏ノ神様(うじノかみさま)の鳥居を蹴倒したとか、


 何かあるたびに俺と保内家で村中を謝って回ったとか。


 




・・・・・・・・・・・あの疫病神・・・・・・・・・(泣)




 


  

「ふ〜、スッキリした☆」


「ねーちゃん、来年も薪割りよろしくなー」


「任せて!」


「ねーちゃん、またねー」

「ねーちゃん、ねーちゃん!」


「あいあい、みんなまたね〜っ」


 笑顔をふりまきながらフー子が戻って来た。


「おまたせ〜♪」

 と、みるからに上機嫌な"薪割りねーちゃん"を皆で労(ねぎら)い、宿に帰る。


 海からの風はいつしか力を失い、夕凪の中、蝉に代わってコオロギが涼しげな歌を奏で始めていた。









 その夜。


 居間で熟睡モードに入ったつばさを女子部屋に放り込み、俺は一人、広々とした部屋で大の字になっていた。

 海に向かって開かれた窓から、クーラー要らずのひんやりした空気が流れ込む。

 絶え間なく響く潮騒−



 いい気分だ・・・・・・・・・・



 いい気分だけど・・・・・・・・・・・眠れない。

 時計の針はとっくに零時を回ってるんだけど。

 陽に焼けた肌が火照ってるせいか、昼に色々あってまだ気持ちが昂ぶってるのか・・・・・・


 ま、いいや。

 もともと明日はノンビリする予定だから、少しくらい寝坊してもかまわないだろう。


 気楽に考えて寝返りをうった。


 みし。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 ・・・・・・・・・・みし。


 ・・・・・・・・・・みし。


 この規則的な音。


 家鳴(やな)りじゃない。


 足音だ。


 みし・・・・・・・


 密やかな足運びがとまった。


 俺の部屋の前で。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 布団から起き上がり、部屋と廊下を隔てるフスマを見つめる。

 しばらくして、フスマの紙を叩くかすかな音がした。 


 電気スタンドのか弱い灯りが照らし出す時刻は、1時ちょっと前。


 もう一度、フスマが叩かれる。

 少し考えて、戸口に向かった。

 押し殺した声で向こう側の人物に声をかける。


「誰だ・・・・・・・・・?」



 声に応じたのは・・・・・・・・・



・ つばさだった

・ フー子の奴だった

・ 九重さんだった

・ さくらまるだった





 



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