ギュアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァ!!!!!
耳をつんざくモーター音。
ビュイン! ビュイン! ビュイン! ブオォォォォォォォォォ!!
皆が顔をしかめている。
しかし衆人の中に、微動だにしない者がただ一人。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・フッ」
防塵メガネの向こうに見え隠れする瞳は、笑みすら湛えている。
「いくぜっ、ねーちゃん!」
「 来 な さ い ! ! 」
子ども会の連中が数人がかりで、大人の太ももほどもある薪を立てる。
たったいまチェーンソーで切り離された木材だ。年輪の浮かぶ真っ白な切り口から、濃厚な木の香りが立ち昇る。
「薪の横にいちゃだめよ!」
「「うんっ」」
「せえ・・・・のっっっ」
涼島フー子が、ピカピカに磨かれた斧を振り上げた。
かっこ−−−−−−−−ん!
高い音をたてて、薪が真っ二つに割れた。
「う〜ん、爽快!」
「ねーちゃん、次ー」
「はいはい、そこに置いたらさっさと離れるー」
「「はーい!」」
「せいやっっっ」
かっこ−−−−−−−−ん!
泣き別れになった薪が弾け飛ぶ。
「ん〜、いい感じ☆」
かっこ−−−−−−−−ん!
「もうクセになりそう・・・・」
かっこ−−−−−−−−ん!
「最高ーっ!」
「ねーちゃん、次ー」
「どんどん来なさい!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「フー子ちゃん、ノリノリね・・・・・・・・」
「地元の人は"与作(よさく)ハイ"って呼んでるよ」
「フー子ちゃんが"薪割りねーちゃん"て呼ばれてた理由、これだったんだ」
フー子からかなり遠ざかった場所。
九重さんがいかにも納得したように頷いた。
この辺のお盆には、ちょっと珍しい祭りがある。
迎え盆と送り盆の間に、家々の仏壇から火を持ち寄って薪を焚くのだ。
伯父さんは「村中のオマイ(御先祖)様が集まって宴会すんだべ」って言ってた。
でも実際は先祖だけじゃなく、生きてる連中も酒をガブ呑みするから、生者と死者の入り混じった大宴会ってことになる。
焚き火の薪は、子供連中だけで用意するのが昔からの仕来(しきた)り。
だけど、今どき薪なんて簡単に用意できないから、大人が木材を用意して、子供に薪割りさせることで仕来りをゴマカしてる。
「フーちゃん、カッコいい〜」
「御台所(みだいどころ)様に同じにござります」
「ああ。惚れ惚れする漢振り(オトコぶり)だな」
がっこ−−−−−−ん!
「んがっ!?」
「聞こえたわよ!」
「・・・・・・・・・・・・・・ゴメンナサイ」
「おりゃあ!」
かっこ−−−−−−−−ん!
「・・・・・・日枝君。これは一応、宗教儀式なんでしょう?」
「う〜ん。そうだね、そうだと思う」
「どうして村の人じゃないフー子ちゃんが薪を割ってるの?」
九重さんがさも不思議そうに言う。
「あいつは毎年来てるし、そのたびに色々あったから。
たぶんみんな、フー子を身内だと思ってるよ」
そ、色々あったんだ。
つばさが子供に泣かされたとか、
つばさを泣かされて激怒したフー子が相手の家を壊滅せしめたとか、
他所者(よそもの)にイジメられてる村の子をかばって大喧嘩したとか、
ケンカついでに氏ノ神様(うじノかみさま)の鳥居を蹴倒したとか、
何かあるたびに俺と保内家で村中を謝って回ったとか。
・・・・・・・・・・・あの疫病神・・・・・・・・・(泣)
「ふ〜、スッキリした☆」
「ねーちゃん、来年も薪割りよろしくなー」
「任せて!」
「ねーちゃん、またねー」
「ねーちゃん、ねーちゃん!」
「あいあい、みんなまたね〜っ」
笑顔をふりまきながらフー子が戻って来た。
「おまたせ〜♪」
と、みるからに上機嫌な"薪割りねーちゃん"を皆で労(ねぎら)い、宿に帰る。
海からの風はいつしか力を失い、夕凪の中、蝉に代わってコオロギが涼しげな歌を奏で始めていた。
その夜。
居間で熟睡モードに入ったつばさを女子部屋に放り込み、俺は一人、広々とした部屋で大の字になっていた。
海に向かって開かれた窓から、クーラー要らずのひんやりした空気が流れ込む。
絶え間なく響く潮騒−
いい気分だ・・・・・・・・・・
いい気分だけど・・・・・・・・・・・眠れない。
時計の針はとっくに零時を回ってるんだけど。
陽に焼けた肌が火照ってるせいか、昼に色々あってまだ気持ちが昂ぶってるのか・・・・・・
ま、いいや。
もともと明日はノンビリする予定だから、少しくらい寝坊してもかまわないだろう。
気楽に考えて寝返りをうった。
みし。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
・・・・・・・・・・みし。
・・・・・・・・・・みし。
この規則的な音。
家鳴(やな)りじゃない。
足音だ。
みし・・・・・・・
密やかな足運びがとまった。
俺の部屋の前で。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
布団から起き上がり、部屋と廊下を隔てるフスマを見つめる。
しばらくして、フスマの紙を叩くかすかな音がした。
電気スタンドのか弱い灯りが照らし出す時刻は、1時ちょっと前。
もう一度、フスマが叩かれる。
少し考えて、戸口に向かった。
押し殺した声で向こう側の人物に声をかける。
「誰だ・・・・・・・・・?」
声に応じたのは・・・・・・・・・