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ついんLEAVES

第六回 7










 俺は少し考えてから、戸口に向かった。

 押し殺した声で向こう側の人物に声をかける。


「誰だ・・・・・・・?」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・日枝くん」


 不安そうに答えたのは、九重さんだった。







「ごめんね、日枝君。付き合わせちゃって」


「いや、寝付けないでゴロゴロしてたくらいだから、気にしないでいいよ」


「・・・・ウン」


 緩やかなカーブを描く道を、九重さんと並んで歩く。

 明かりは、宿から持ち出した懐中電灯だけ。

 弱い光がゆっくりと道端をなぞっていく。


「そのキーホルダー、こっち来た時に落としたのは確か?」


「ええ。海から戻った時にはあったから」


「じゃあ、集会所までの往復を調べて見つからなきゃ、民宿のどっかだね」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」



 九重さん、ポーチに付けていたキーホルダーを落としてしまったそうだ。

 泣きそうな顔の九重さんに「明日探せば」と言ったら、彼女らしからぬ激しさで首をぶんぶん振った。

 よほど大切なものらしい。

 放っといたら一人でも行きそうだったから、俺も同行することにした。



 場所にもよるけど、海岸で吹く風は時間によって決まってる。

 昼は海から風が来て、夜は陸から海へ吹く。海風陸風っていうんだってさ。

 んで、今は陸風の時間。

 ゆるやかな風が頬をなで、道をわたって海に流れていく。

 虫の声と波の音の合奏を聴きながら、暗い夜道をゆっくりゆっくり歩く。

 九重さんと二人きりで。


 こんな事、滅多にない。


「そのキーホルダー、どんな形?」


「怪獣のマスコット」


 ・・・・・・・・・はい?


「怪獣って・・・・」


 九重さんが?


「あちこち色が落ちてるけど、真っ赤で可愛い怪獣のマスコットなの」


 彼女は、俺達が子供のころ流行った特撮ヒーローの名をあげた。


「ああ、あれに出てきた怪獣か。その番組なら俺もよく覚えてる。大好きだったなぁ」


「わたしも・・・・・」


 へえ〜。


「小さい頃はそういうの好きな子だったんだ、九重さん?」


「ええ」


 今の"お嬢様〜"な雰囲気とずいぶんギャップがある。


「正確には、そのキーホルダーをもらって好きになったの」


「あ、そうなんだ」


 九重さんの意外な一面を知った気がした。


 話してるうちに、集会所に到着。ここまでそれらしい物は落ちてなかった。


「広場も調べてみるか・・・・・・

 九重さん、そこの段差、気をつけて」


「はい」


 入り口のところ、中途半端にブロックが浮き上がっている。

 夕方も地元の子がここで靴を引っかけた。

 で、びっくりした子供が九重さんの腕にしがみついて・・・・・・


「ああっ!」


 九重さんが急にしゃがみこんだ。

 懐中電灯の光が一点に固定される。

 ブロックの隙間に、赤いマスコットが挟まっていた。


 なるほど、その時に落っことしたのか。


「心配したんだよ・・・・・・・・」


 マスコットにこびりついた土を払って、九重さんは頬を寄せた。


「日枝君、ありがとう!」


「いや、俺は別に」


「よかった・・・・・・・・」


 年季の入った怪獣キーホルダー。

 色あせて、プラスチックの地の色がのぞいてる。鎖もところどころ茶色くなってる。

 良い物だね、なんてお世辞にも言えないけど、それだけに九重さんの思い入れが伝わってくる。

 

「いつもはポーチの中にたくしこんでるんだけど・・・・もう金具が弛んでダメみたい」


 掌のマスコットを優しく見つめて、「お家に帰ったら、鎖を変えてもらいましょうね」と九重さんは怪獣に話し掛けた。


 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・あれ。


「ん〜・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・?」


 何か、頭の奥のほうがモヤモヤする。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 似たようなことをどっかで・・・・・・・・・・


「う〜〜〜〜ん・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 九重さんが、キーホルダーから俺に視線を移した。


「日枝君?」


「なんかそれ、見覚えが・・・・・・・・・・・」


「思い出したの!?」


 暗闇の中、九重さんの声が少し弾んだ。


 ん〜〜〜〜〜〜〜〜っ。


「日枝君・・・・・・・・・・・」


 何だっけなぁ。


「九重さん」


「は、はいっ!」


「なんて名前だったっけ、その怪獣」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 尋ねた途端、なぜか九重さんは肩を落とした。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


「・・・・・・・・・・・・やっぱり・・・・・・・・・・・」


「え?」


「あ、何でもないの。この怪獣の名前?」


「あぁ。覚えてる?」


 九重さんはマスコットを両手で包み込んだ。


「もちろん覚えてるわ・・・・・・・・・・・・でも」


 一呼吸おいて、彼女は俺を見つめる。


「教えて、あげない♪」


「・・・・・・・・・・・・へ」


 思わずぽかんとしてしまった。


「教えてあげないって、なんで」


「なんでも、どーしてもっ☆」


 長い黒髪を波打たせ、九重さんが体を返した。ブロックをすいっと跨いで、道路に降り立つ。

 彼女は後ろ手を組むと、ふっと肩越しに一言つぶやいた。

 明るいようで、沈んでるような、不思議な口調で。


「思い出して・・・・・・・欲しいから・・・・・・・」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・え?」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 彼女はそれ以上言葉を重ねず、キーホルダーをスカートのポケットにしまいこんだ。

 

「どうもありがとう、日枝君。帰りましょう?」


 さっきまでの話をすっぱり断ち切るように、九重さんは一際明るい声を出す。


 そんな彼女に、俺はただ頷くことしかできなかった・・・・・・・







 



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