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ついんLEAVES

第六回 6










 浜掃除が終わったら、宿に戻って支度して、いざ出陣!


 嵐の直後で平日ということもあって、海岸の人出はまばらだった。

 海の家も三軒に一軒くらいしか開いていない(伯父さんの話じゃ、平日は交替で営業してるそうだ)

 俺達がいる辺りは、ほぼ貸切状態。


 荷物を置いてビーチパラソルを開く。

 伯父さんの民宿が防風林と道路をはさんですぐ向こうだから、みんな水着姿で来てしまった・・・・さくらまる以外は。


 人前で肌を晒す事がどうしてもできないらしく、さくらまる一人だけ、いつもの格好でパラソルの陰に入っている。

 水着ばかりの海岸でメイド服なんて、当社比250%増くらい浮いてるんだけど、それでも水着になるよりマシだって。


 真っ先に海に駆け出したのは、例によってフー子だった。 


「ひゃはははは−−−−−−−−−−−っ!」


 意味不明の奇声をあげて、ワンショルダーのビキニが高波に突っ込む。


 ドッパーン!


「あぷっ。しょっぱーい!」


 あっさり波に負けて押し戻された。


 あいつ態度に反比例して体ちっこいから・・・・


 ぷるっと髪を振り、フー子が日焼けした腕をあげた。


「ホラ、つばさっ。なーにそんなトコで突っ立ってんの!」


「だってフーちゃん、波が強いよ〜」


 波打ち際で、クジラの浮き袋(名前は"く〜ちゃん")を抱えたつばさが尻ごみしている。


「大丈夫だって。浮き袋があるじゃない」


「でもぉ・・・・」


 つばさが上目遣いに俺を見た。

 この姿勢で胸元に谷間も隙間もできないのは・・・・まぁ、つばさらしいと言っておこう。


「深いところまで行かなきゃ大丈夫だって」


 苦笑まじりに手を差し出すと、つばさは俺の手をぎゅっと握った。


「さくらまる、荷物たのんだ」


「かしこまりました、ごしゅじんさま。ご存分に楽しびて下さりませ」


「九重さんは?」


 他の二人と同様、九重さんもプールの時と違う水着だ。左胸に紫陽花(あじさい)のようなプリントのある、パールホワイトのワンピース。

 白い肌に白い水着って寒々しい印象だけど、大き目のプリントのおかげで、逆に清楚な感じが強調されてる。


「わたしは支度にもう少しかかるから、先に行ってて」


 そう言って九重さんは、"UVカット"と書かれた化粧品をポーチから取り出してみせた。


 ・・・・肌が弱いと、いろいろ大変なんだなぁ。


「つばさーっ!」


 波間からフー子の声が届いた。

 どこまで行ったのか、声だけで姿が見えない。


「フー子の奴、止めないと沖まで行きそうだな」


「えーっ」


「じゃあ九重さん、待ってるから」


「はい」


「フーちゃん、待ってよ〜!」


 つばさに手を引かれるまま、俺も海に飛び込んだ。





 


 フー子の足を引っ張ったり、つばさを浮き袋ごとひっくり返したり、怒った二人に頭を押さえられて溺れかけたり、いつものように遊んでると、つばさが「あれっ」と声をあげた。

 つばさの視線を追いかける。

 九重さんとさくらまるが、男二人に挟まれていた。

 その二人組、頭をぐらぐら、手をへらへら揺らして、主に九重さんに話しかけてるようだ。

 少し遠くて顔かたちまでわからないけど、目的はまるわかり。


 でも、九重さんをナンパしようとするのは当然として、さくらまるのカッコを見て引かないあたり、妙な趣味じゃないかと思う。


「あーあ。あの二人に声かけるなんて、変わった奴もいるのね」


 フー子が呆れ半分で言う。


「お前をナンパするよかマトモだと思うけどな」


「なんですってー!?」


 やれやれ・・・・・・・・・・・・・


 俺はつばさの浮き袋から離れた。


「お兄ちゃん?」


「九重さん、ああいうの苦手だろ。ちょっと追っ払ってくる」 


「あ、日枝っ」




 海から上がると、九重さんもさくらまるも泣きそうだった。

 俺達より少し年上に見える二人組は、女の子の表情を無視して"アソボーアソボー"と繰り返してる。遊ぼうと言ってるくせに、相手を楽しませる芸も余裕も品もない。

 それほどスレた顔はしてないから、慣れた遊び人じゃあないだろう。

 これなら俺でもあしらえそうだ。


「ねぇねぇ、カノジョ黙ってないでさー。ひとこと"ウン"て言ってよー」

「楽しませてやっからさぁ」


 だったら怯えさせるんじゃないっての。


 心の中でツッコミを入れながら、早足で近付く。


「ごしゅじんさま!」

「!!」


 足音でわかったのか、さくらまるが目ざとく俺を見つける。九重さんも顔をぱっと上げた。

 二人の顔がとたんに明るくなる。

 反対に、九重さんをクドいてた野郎どもが俺を睨んだ。

 九重さんたちと俺を遮るように肩を並べる・・・・けど、迫力ないなぁ。


「ン〜? あんだよ、てめぇ」

「俺らに何か用か?」


「いや、用なんて全然。でもその二人は俺と遊びに来てるから」


 だからアンタらは用なし、と言ってやる。


「へっ。シケた面(ツラ)してホザいてら?」

「カノジョがてめぇみてーなダサ男(お)に付き合うわけねーだろ」


 こっちのセリフだ。


「余計なお世話だね。アンタらの目ン玉が飾りでなきゃ、二人とも嫌がってんのわかるだろ」


「アァ? なんだァエラソーによぉ」

「せっかく四人で楽しんでんのにジャマすんなバカ」


「楽しんでるのはアンタらだけだろ」


 ダメだこりゃ・・・・・

 この手のアタマ悪い連中は、腕ずくか飽きるまで付き合ってやるか、どっちかしかない。

 もちろん腕ずくなんて無理(俺が得意なのは逃げ足だけだ)

 フー子を呼ぶか、と思った。

 あいつの男除け効果は、野外コンサート用の超音波蚊取り器くらい強力だ。



「ハァ、おめぇら、風花(かざはな)のモンだへ?」


「・・・・え?」


 思いもしない方向から声がかかった。

 皆が一斉に顔を向ける。

 声の主は、骨まで黒そうなほど日焼けしたおじさんだった。

 ゴマヒゲ顔に人の良さそうな笑みを浮べてる。白いシャツの真ん中に"涼"の一字。


「何だァ? オヤジ」

「ウゼぇよ、失せろ」


 野郎二人とも肩をいからせるが、おじさんは気にする風もない。


「その子らァ、保内(ほうち)の縁のモンだで、かすめる(ちょっかい出す)なぁほどほどにしたがえぇぞ」


「「!!」」


 "保内"という言葉に二人とも一瞬ぎょっとして、俺達の顔を見回す。


「・・・・フカしてんじゃねーぞ、ジジィ」

「網元(あみもと)の身内だったら俺らが知らねーワケねえべ」


 少し逃げ腰になりながら、それでも虚勢を張ってる。

 そこにトドメの一撃が来た。


「お兄ちゃん、ダイジョーブ?」


「「げっっ!! 保内の泣き娘!!!」」


 つばさを目にした瞬間、二人組の顔色が変わった。

 途端に、文字通り掌を返す。


「や、こりゃどうもお騒がせしてスンマセン」(ぺこぺこぺこぺこ)

「そっちのオニーサンも」(ぺこぺこぺこぺこ)


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


「じゃ俺らはこれで」(ぺこぺこぺこぺこ)

「どぞ、ごゆっくり〜」(ぺこぺこぺこぺこ)


 ぺこぺこぺこぺこぺこぺこぺこぺこぺこぺこぺこぺこぺこぺこぺこぺこ →→→ 退場


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


「「「「ハア・・・・・・・・・・・・・・・・」」」」


 みんな揃って溜息を吐いた。


 なんだか、いさぎ良すぎて拍子抜けだ。


「嬢ちゃんたち、ダイジ(大丈夫)か?」


「は、はいっ。ありがとうございました」


 九重さんが慌てて立ち上がり、おじさんに頭を下げる。さくらまるも九重さんの後を追って礼を言った。


「おじさん、面倒かけてすんません」


 最後に俺が頭を下げると、おじさんは首を振った。


「こっちこそ、嫌な思いをさせてスマンね。

 ンでも嬢ちゃんたち、ここいらのモンが全部ああいう連中ってワケじゃないべ、気にせんでくれぇな」


「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」


 九重さんとさくらまるは、黙って頷いた。


 と、浜のほうから、砂を踏む音。


「あれ〜? 玉城(たまき)屋のオッチャンじゃない」


 フー子がのほほんと言った。髪からぽたぽたと雫を垂らしている。


「おぅ、薪割りのねーちゃん。また一段と成長したな」


 そう言うおじさんの視線は、フー子の顔じゃなくて身体に注がれてる。


「あはははははははっ」


 フー子はからっと笑い、次にドツいた。


「一言多いよっ、このエロオヤジ!


「いたたっ。ま、気が向いたら食いに来てくれな」


 フー子に叩かれた勢いでくるっと回り、玉城屋のおじさんはビーチサンダルをペタペタ鳴らして歩き去った。


 ・・・・逃げたな。


 でも、とりあえず一件落着だ。



 ひしっ!


「はう〜〜〜っ。怖かったですぅ〜」


「あ、こらっ」


 ようやく我にかえったのか、さくらまるがしがみついてきた。


「さくらまる。あんま日枝とくっついてると汚れるよ」


「"服が濡れる"だろっ、フー子!」


 ケガれるってどーゆー意味だ。


「細かいことは気にしないの」


「お前な・・・・・・・」


 フー子をジト目で睨みながら、さくらまるを引き剥がした。


 ・・・・・さくらまるの奴、最近やたらとひっつきたがるなぁ。

 つばさのビョーキが移ったか?


「あの、日枝君・・・・?」


「ん、何、九重さん」


「さっき玉城屋さんが言った"保内の縁のモン"って・・・・」


「あぁ、あれ。気になる?」


「うん。だって、その一言で逃げたようなものでしょう」


「まあね・・・・・・・・・・・俺も詳しくは知らないけど。

 保内の家は昔、ここらの漁師の元締めだったんだってさ。それで今でも、そこそこ顔が利くらしい」


 今でもこの辺の人は、次郎伯父さんを網元って呼んでる。農村でいう"庄屋"とか"名主"みたいな感じかな。

 伯父さんが漁協と商工会で仕事してるのも、その辺の事情が関係してると思う。どっちも近隣のまとめ役だから。


「ふぅん・・・・・・・」


「あーっ、そんな難しい話はもういいでしょ。それより何か食べない?」


「でしたらこちらの重肴(ぢゅうざかな)を・・・・」


 ランチボックスに手をかけるさくらまるを、フー子が軽くはたいた。


「それは昼飯。もっと軽いのでいーの」


 と、ウインクして玉城屋に顎をしゃくる。


 ・・・・・・・・・・あぁ、なるほどね。


「そうだな、カキ氷でも食べようか。つばさはどうだ?」


「食べるー」


「はい決まり。みんなで行きましょ♪」


 明るく言って、フー子が九重さんとさくらまるの腕を抱え込んだ。

 二人はとまどって顔を見合わせたけど、すぐに笑顔で「はーい」と応える。

 並んで歩きだす三人を、俺もすぐ後から追いかけた。


 フー子でも気を遣うことがあるんだなー、なんて考えながら・・・・・


「お兄ちゃんはなに食べるの?」


「んー・・・・いちごフラッペかな。つばさは」


「ブルーマウンテンー☆」


「ブルーハワイだろ」


 お前はカキ氷にコーヒー豆をかけるのか。







 



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