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吸い込まれそうな青い空。
いつもより高い波。
風雨に洗われた深緑の防風林。
そして水滴をキラキラと反射させている、海岸のゴミ。
朝日が照らし出すのは、毎度かわらぬ台風一過の光景だ。
流木、海藻、魚の死骸、壊れた漁具に空き缶空き瓶、コンビニの弁当袋etc.etc・・・・
波打ち際に漂着物が散乱している。
町会長の爺さんが杖で砂に線を引いた。
「カミムラの衆はここまで、シモマチの衆はこっから先な」
「あいよ」
「さっさとやっちまうべ〜」
海岸に集まった老若男女が数十人。商工会の軽トラックからゴミ袋やゴミ拾いバサミを取り出し、拾い始める。
海岸なんて、だだっ広いゴミ捨て場と同じ。
日本国内だけじゃなく、潮にのって海のはるか向こうから、ひっきりなしに漂着物が流れ着く。放っておいたらあっという間にゴミだらけ。
それなのに夏の浜辺がきれいなのは、誰かが掃除してるからだ。
場所によっては役所が管理して清掃員を雇ってるらしいけど、この海水浴場では地元のみんながゴミを拾ってる。
といってもボランティアなんて立派なもんじゃない。
今の時期、海水浴商売と関わらない人はいないから、浜掃除はお客さんを迎える最低限の礼儀ってわけ。
いつもは早朝に持ち回りでやるんだけど、今日は台風の後って事で、町内総出で大掃除することになった。
「「「あーっ! マキ割りねーちゃんだー!」」」
「おーっす、ガキども。元気してた?」
「「「うんっっっ」」」
真っ黒に日焼けした子供達が、砂を蹴立ててフー子を取り囲んだ。
地元の子だ。
一年ぶりに見る連中は皆、縦なり横なりそれぞれに成長してる。
年に一度しか来ないのに、なぜかフー子はみんなの人気者だった。
たぶん精神年齢が−(以下略)。
「ねーちゃん! しょーぶだー!」
「バトルしょーぶ!」
「なに〜?」
子供達が、体に余る大きなゴミ袋をぐりんぐりん振り回す。
フー子はにかっと笑うと、ゴミ拾いバサミを掲げた。
「その勝負うけた! 用意・・・・・・・・どん!!」
わっと歓声をあげて人の輪が弾ける。
「コラッ、あたしの獲物を取るなー!」
「早いモン勝ちー♪」
「いーぞリン子! ねーちゃんのゴミぜんぶ取っちゃえ」
「妨害工作する気ィ? ヤな知恵つけたなーっ」
時おりけたたましい笑い声を交えながら、フー子たちがどんどんゴミを拾っていく。
テキパキ動く連中を見て、九重さんはとまどい顔をこっちに向けた。
「日枝くん。私はどうすればいいの?」
「妾(わたくし)も・・・・」
「あ、九重さんとさくらまるは初めてか。とりあえずコレ持って」
と、軍手とゴミ拾いバサミとゴミ袋を渡す。
「目についたゴミを片っ端からそのゴミ袋に放り込めばOK。場所はここから、向こうの大きな岩まで。
一杯になった袋はそこの軽トラックに放り込む。あと、大きなゴミとか重いヤツは無視していいから」
袋が破れるような物や粗大ゴミ級の漂着物は、軽トラックを呼んで載せることになってる。
「わかった?」
「うん」
「かしこまりましてござります」
「じゃ、よろしくー」
「お兄ちゃん、一緒に拾おー♪」
「はいはい・・・・・
つばさ、軍手しろ。怪我するぞ」
「は〜い」
「それと、しがみつくな」
ゴミを拾えない。
「えへへ〜☆」
毎度のことだけど、聞きやしない。
仕方なく、つばさと二人で一つのゴミ袋を持つ形になる。
さくらまるが背後でほんわかした声を漏らした。
「あかつきの浜面(はまづら)にて寄り付きつつ、芥(あくた)を拾はれ給ふ睦ましき夫婦仲(めをとなか)・・・・
をう、大切なく浪漫ちっくな気色(けしき)にござりまする♪」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
「さくらまる」
「はい、ごしゅじんさま?」
「日本語は正しく使うよーに」
ゴミ拾いのどこがロマンチックだ。
掃除してるんだか子供と遊んでるんだか、よくわからないフー子を放ってゴミを拾うこと15分。
砂浜を睨んで歩いてたら、いつのまにか海水浴場の外れに来ていた。
振り返ると俺たち4人しかいない。他の人をずいぶん引き離している。
「ふう・・・・」
軍手の甲の部分で額を拭った。
朝といえども、夏の直射日光はやっぱり強烈だ。
ゴミを詰め込んだ袋を降ろし、腰を伸ばした。
「お兄ちゃん?」
「これだけ集めればノルマは果たしたろ。少し休もうぜ」
「うんっ」
少し遅れて、九重さんとさくらまるも集まってきた。
九重さんのゴミ袋がかなり膨らんでるけど、さして重そうな様子もない。たぶん発泡スチロールでも拾ったんだろう。
「お疲れさん」
「お疲れさま・・・・・あら?」
と、九重さんが自分の袋を置いてこっちに寄って来た。
「あの、日枝君・・・・」
「なに」
「ちょっと動かないで、ね」
「え?」
彼女は俺の顔に手を伸ばし、微妙に視線を合わせないようにしながら、こめかみにハンカチを当てた。
「ん、うわっ!」
目と鼻の先に九重さんの顔が!?
それも長い睫毛の本数が数えられるくらいの、大接近状態。
予想外の行動に、思わず硬直。
「あ、ああ、あの、ここのえさ」
「じっとしてて」
「・・・・・・・・・・・・・・・ハイ」
それしか言えなかった。
こめかみ、額、頬、鼻頭と、柔らかなハンカチの感触が残る。
九重さんは香水を使っているらしく、潮風に混じって柑橘系のさわやかな香りが鼻をくすぐる。
彼女は少しだけ紅潮した顔に微笑を浮かべた。
「すごい汗・・・・」
「汗かきだからさ・・・・九重さんはあまりかいてないね」
「うん。そういう体質みたい」
最後に首の下まで拭いて、ハンカチが離れた。
「はい、おしまい。・・・・暑いから、あんまり意味ないかもしれないけど」
「そ、そんな事ないよ。えっと、ありがと・・・・九重さん」
「どういたしまして」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・日枝君、どうしたの?」
「な、なんでもっ!」
目を細めた九重さんの可愛らしさに、つい見とれてしまった。
くいくい。
「・・・・あ?」
引っ張られた片袖に目を向けると、つばさ。
「なんだ、つばさ」
「つばさもー」
若草色の蔦模様が入ったハンカチが、俺に差し出された。
「いや、もう拭かなくていいって」
「そうじゃなくてっ」
つばさが俺の手にハンカチを押し付ける。
「はい」
そう言って、顔を俺に向けたまま目を閉じた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・なぁ、つばさ」
「なぁに?」
「俺が拭くのか?」
「うんっ☆」
うわ〜い。
「って、そんな恥ずかしいマネができるかーっ!!」