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ついんLEAVES

第六回 5









 吸い込まれそうな青い空。


 いつもより高い波。


 風雨に洗われた深緑の防風林。


 そして水滴をキラキラと反射させている、海岸のゴミ。



 朝日が照らし出すのは、毎度かわらぬ台風一過の光景だ。

 流木、海藻、魚の死骸、壊れた漁具に空き缶空き瓶、コンビニの弁当袋etc.etc・・・・

 波打ち際に漂着物が散乱している。





 町会長の爺さんが杖で砂に線を引いた。


「カミムラの衆はここまで、シモマチの衆はこっから先な」


「あいよ」


「さっさとやっちまうべ〜」


 海岸に集まった老若男女が数十人。商工会の軽トラックからゴミ袋やゴミ拾いバサミを取り出し、拾い始める。



 海岸なんて、だだっ広いゴミ捨て場と同じ。

 日本国内だけじゃなく、潮にのって海のはるか向こうから、ひっきりなしに漂着物が流れ着く。放っておいたらあっという間にゴミだらけ。

 それなのに夏の浜辺がきれいなのは、誰かが掃除してるからだ。

 場所によっては役所が管理して清掃員を雇ってるらしいけど、この海水浴場では地元のみんながゴミを拾ってる。

 といってもボランティアなんて立派なもんじゃない。

 今の時期、海水浴商売と関わらない人はいないから、浜掃除はお客さんを迎える最低限の礼儀ってわけ。

 いつもは早朝に持ち回りでやるんだけど、今日は台風の後って事で、町内総出で大掃除することになった。


「「「あーっ! マキ割りねーちゃんだー!」」」


「おーっす、ガキども。元気してた?」


「「「うんっっっ」」」


 真っ黒に日焼けした子供達が、砂を蹴立ててフー子を取り囲んだ。

 地元の子だ。

 一年ぶりに見る連中は皆、縦なり横なりそれぞれに成長してる。

 年に一度しか来ないのに、なぜかフー子はみんなの人気者だった。

 たぶん精神年齢が−(以下略)。


「ねーちゃん! しょーぶだー!」


「バトルしょーぶ!」


「なに〜?」


 子供達が、体に余る大きなゴミ袋をぐりんぐりん振り回す。

 フー子はにかっと笑うと、ゴミ拾いバサミを掲げた。


「その勝負うけた! 用意・・・・・・・・どん!!」


 わっと歓声をあげて人の輪が弾ける。


「コラッ、あたしの獲物を取るなー!」


「早いモン勝ちー♪」


「いーぞリン子! ねーちゃんのゴミぜんぶ取っちゃえ」


「妨害工作する気ィ? ヤな知恵つけたなーっ」


 時おりけたたましい笑い声を交えながら、フー子たちがどんどんゴミを拾っていく。

 テキパキ動く連中を見て、九重さんはとまどい顔をこっちに向けた。


「日枝くん。私はどうすればいいの?」


「妾(わたくし)も・・・・」


「あ、九重さんとさくらまるは初めてか。とりあえずコレ持って」


 と、軍手とゴミ拾いバサミとゴミ袋を渡す。


「目についたゴミを片っ端からそのゴミ袋に放り込めばOK。場所はここから、向こうの大きな岩まで。

 一杯になった袋はそこの軽トラックに放り込む。あと、大きなゴミとか重いヤツは無視していいから」


 袋が破れるような物や粗大ゴミ級の漂着物は、軽トラックを呼んで載せることになってる。


「わかった?」


「うん」

「かしこまりましてござります」


「じゃ、よろしくー」


「お兄ちゃん、一緒に拾おー♪」


「はいはい・・・・・

 つばさ、軍手しろ。怪我するぞ」


「は〜い」


「それと、しがみつくな」


 ゴミを拾えない。


「えへへ〜☆」


 毎度のことだけど、聞きやしない。


 仕方なく、つばさと二人で一つのゴミ袋を持つ形になる。

 さくらまるが背後でほんわかした声を漏らした。


「あかつきの浜面(はまづら)にて寄り付きつつ、芥(あくた)を拾はれ給ふ睦ましき夫婦仲(めをとなか)・・・・

 をう、大切なく浪漫ちっくな気色(けしき)にござりまする♪」


 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。


「さくらまる」


「はい、ごしゅじんさま?」


「日本語は正しく使うよーに」


 ゴミ拾いのどこがロマンチックだ。







 掃除してるんだか子供と遊んでるんだか、よくわからないフー子を放ってゴミを拾うこと15分。

 砂浜を睨んで歩いてたら、いつのまにか海水浴場の外れに来ていた。

 振り返ると俺たち4人しかいない。他の人をずいぶん引き離している。


「ふう・・・・」


 軍手の甲の部分で額を拭った。

 朝といえども、夏の直射日光はやっぱり強烈だ。

 ゴミを詰め込んだ袋を降ろし、腰を伸ばした。


「お兄ちゃん?」


「これだけ集めればノルマは果たしたろ。少し休もうぜ」


「うんっ」


 少し遅れて、九重さんとさくらまるも集まってきた。

 九重さんのゴミ袋がかなり膨らんでるけど、さして重そうな様子もない。たぶん発泡スチロールでも拾ったんだろう。


「お疲れさん」


「お疲れさま・・・・・あら?」

 と、九重さんが自分の袋を置いてこっちに寄って来た。


「あの、日枝君・・・・」


「なに」


「ちょっと動かないで、ね」


「え?」


 彼女は俺の顔に手を伸ばし、微妙に視線を合わせないようにしながら、こめかみにハンカチを当てた。


「ん、うわっ!


 目と鼻の先に九重さんの顔が!?

 それも長い睫毛の本数が数えられるくらいの、大接近状態。

 予想外の行動に、思わず硬直。


「あ、ああ、あの、ここのえさ」


「じっとしてて」


「・・・・・・・・・・・・・・・ハイ」


 それしか言えなかった。

 こめかみ、額、頬、鼻頭と、柔らかなハンカチの感触が残る。

 九重さんは香水を使っているらしく、潮風に混じって柑橘系のさわやかな香りが鼻をくすぐる。

 彼女は少しだけ紅潮した顔に微笑を浮かべた。


「すごい汗・・・・」


「汗かきだからさ・・・・九重さんはあまりかいてないね」


「うん。そういう体質みたい」


 最後に首の下まで拭いて、ハンカチが離れた。


「はい、おしまい。・・・・暑いから、あんまり意味ないかもしれないけど」


「そ、そんな事ないよ。えっと、ありがと・・・・九重さん」


「どういたしまして」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・日枝君、どうしたの?」


「な、なんでもっ!」


 目を細めた九重さんの可愛らしさに、つい見とれてしまった。


 くいくい。


「・・・・あ?」


 引っ張られた片袖に目を向けると、つばさ。


「なんだ、つばさ」


「つばさもー」


 若草色の蔦模様が入ったハンカチが、俺に差し出された。


「いや、もう拭かなくていいって」


「そうじゃなくてっ」


 つばさが俺の手にハンカチを押し付ける。


「はい」


 そう言って、顔を俺に向けたまま目を閉じた。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・なぁ、つばさ」


「なぁに?」


「俺が拭くのか?」


「うんっ☆」


 うわ〜い。


「って、そんな恥ずかしいマネができるかーっ!!」







 



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