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ついんLEAVES

第六回 4









「そりゃもう、びっくりしたわよ?」


「ンだ。腰抜かした」


「うぅ~、申し訳ござりませぬ。申し訳ござりませぬ~」


 さくらまる、俺の背に隠れてひたすら恐縮している。


 ここは保内(ほうち)家の居間。

 挨拶と自己紹介を兼ねて、座卓を囲んでいるところ。

 座卓には定番の麦茶じゃなくて、緑茶が湯気を立てている。


「美乃里の送った宅配あけたら、木の枝が一本きりしか入っとらんでな。

 あいつに電話かけとったら、いきなりこの子が出てきよった」


 伯父さんの言葉に、幸来子(さきこ)さん・・・次郎伯父さんの奥さん・・・が口元を押さえた


「この人ったら慌てて、銛(モリ)を持ち出そうとしたのよ」


「銛!」


 漁で使うあの銛!?


「おまいサマ(ご先祖様)にしちゃあ見覚えねぇし、とーか(狐)でもイタズラに来たかと思ってなぁ」


「今時そんなのないわよねぇ」


 伯母さんが肩をすくめる。


「怖かったですぅ~」


 ひしっ。


「こら、あんまりひっつくな」


 左に座ってる暴力女の目が痛い。


「てか、お前いったいどういう出現の仕方したんだ」


「いつもと同じ様(やう)にいたしましたが・・・・・」


「場所が悪すぎよ」


 伯母さんが居間と続きの隣部屋に顔を向けた。

 えっと、そっちは確か・・・・・


「仏間?」


「そ」


 おいおい。


「さくらまるさん、仏壇の前に"出た"の・・・」


 九重さんの笑顔が、心持ちひきつって見える。


「どうも、そのようでござりまして・・・・」


「怖ッ!」


 フー子が思いっきり引いた。


 伯父さんたちが驚くのも無理ないと思う。

 こんなのが仏壇の前に現れちゃ、ビックリも勘違いもするって。


「もう少し時と場所を考えろよ。よりにもよって迎え盆の前に」


「はぅ~、お詫びの言葉もござりませぬ~」


 むにゅっ。


「だ、だからひっつくなって・・・・・」


 背中にあたってるあたってる←何が


「日枝、何か嬉しそうじゃない?」


「気のせいだ」




 でもこれで謎が解けた。

 いつもだったら美乃里さん、耳が痺れるくらい行儀について講釈たれるのに、今年に限っては「楽しんでらっしゃい。向こうのみんなによろしくね」だけだった。

 おかしいと思ったら・・・・目付役(めつけやく)を先に送り込んでたわけか。 


「まぁ、この子の話は美乃里さんに聞いといたから。それはいいとして-」


 伯母さんが顔を九重さんに向けた。


「こっちのお嬢さんは初めて・・・・・よね?」


「はい。こちらでお世話になるのは、初めてです。

 九重 清歌(ここのえ きよか)と申します。よろしくお願いします」


 膝の上に両手を重ね、座卓に額のつくギリギリまで頭を下げる九重さん。

 きっちり三拍おいて姿勢を戻す。

 それに合わせて説明を添えた。


「フー子の同級生です」


「・・・・・・・・・・・・・・彼女?」


「っ!」


「違います」


 九重さんが頬を染める横で、俺は肩をすくめた。


「悪い、九重さん。伯母の口癖だから気にしないで」


「え、あの・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・う、うん」


「口癖ってほどじゃないでしょう、お兄ちゃん」


「男女かまわず同じこと言ってりゃ、立派に口癖です」


「それ、あの子の事? だって女の子に見えたんだもの」


 去年のメンバーには同級生の斗坂(とさか)が混じってて・・・・あいつ女顔のうえに細いし色白だから・・・・伯母さんに女扱いされたっけ。


「あの子は来なかったの」


「なんかメチャクチャ忙しいって」


「あら残念」


 でも、"今年はオフセ落としちゃってそれどころじゃないよ"って、どういう理由だ?


"今年も行かねーか?" "ぜったいムリー!"






 全員がお茶を飲み終えると、伯母さんは姿勢を正した。


「さて、みんな落ち着いたことだし、今日は初めての子もいることだし・・・・」


 伯母さんの目が光る。


 あ、これはやる気だな・・・・


「九重ちゃんていったわね。

 ウチに来た以上は、相手してもらうわよ」


「・・・・はい・・・・・・?」


「コレの-」


 まるで手品のように、座卓の真ん中にカードセットが現れた。


「出た! 民宿 保内(ほうち)の定番アイテムっ」


「タロットカード~☆」


 フー子とつばさがはやし立てる。


「飽きない・・・・というか懲りないですね、伯母さん」


「外野はお黙り」


「あ、あの・・・・?」


 話がつかめない九重さんに伯母さんがニコリとした。

 カードセットから一枚取り上げ、九重さんにひらひらと振ってみせる。


「女の子だったらタロット占いは知ってるでしょ?」


「はい」


 伯母さんは話しながら、慣れた動きでカードセットを崩し、かき混ぜた。


「アタシのささやかな趣味でね。基本的には何でも占うけど、若い子が来た時には恋愛運を見ることにしてるから」


「は、はぁ・・・・・」


「たいてい変な結果になるけど、気にしないでね、九重さん」


「ごしゅーしょーさま、おキヨ」


「え、えぇっ!」


「ちょっと二人とも、聞き流せないコト言うわね」


 ジト目の伯母さんに、俺もジト目を返した。


「一昨年(おととし)のこと、俺は忘れてないですよ」


 この一言で伯母さんは目を逸らした。


「あ、あれは調子が悪かっただけ・・・」


 一昨年は、易占やら四柱推命に凝ってた伯母さんが、タロットカードに手を出し始めた頃だ。

 俺が実験台になって、強制的に恋愛運を占わされた。

 結果はメタクソ。


「アタシじゃなくて、カードの出した答えだし」


「それを見立てたのは伯母さんでしょーが。

 なんなんですか、"浮世離れした格好と言葉使いの、ものすごく歳の差のある女性と、死ぬまで一緒"って」


「それは妾(わたくし)のことにござりましょうや?」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 ごほん。


「・・・・・・・それはともかく


「ちょっとみんな、今の沈黙は何!?」


「気にしない気にしない~!

 そういや、つばさは占ってもらった事なかったねーっ?」


 不自然な大声でゴマカすフー子は、額に汗が滲んでる。


 あいつも占いの結果がアレだったからなー。

 きっと、下手に当たったら怖いと思ってるんだろうなぁ・・・・


「だってつばさちゃん、占っても面白くないんだもの」


「どーして? 伯母ちゃん」


 シャッフルしたカードを揃えながら、伯母さんが苦笑いを浮べた。


「つばさちゃんの好きな男の子は?」


「お兄ちゃん!」


「理想のタイプは?」


「お兄ちゃん!」


「恋人に望むことは?」


「お兄ちゃんにずうーっと一緒にいて欲しいの・・・・」


「将来の夢は?」


「お兄ちゃんのお嫁さんになる~♪」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」



「ね・・・・? 占いの介入する余地がないじゃない」


「説得力あるわ・・・・」


 そこのフー子、しみじみ頷くな。


「つか、つばさ殴っていいか?」


「ごしゅじんさま!?」


「いや、つばさの目を覚ましたくて」


「え~っ? さめてる! ちゃんと覚めてるよーっ」


 慌ててさくらまるに隠れるつばさ。


「主人に抵抗できないメイドを盾にするとは、つばさめ、なんて邪悪なヤツだ」


「邪悪はアンタ」


「いや、フー子だろ」


「この高貴なるフー子様のどこが邪悪なのよ」


「お前のどこが高貴だっての」


「頭のてっぺんからつま先まで、全部よ」


「頭のてっぺん・・・・跳ね髪が高貴なのか」


「アンタ、血を見たいわけ・・・・?」


 鋭い視線が交錯する。


 呆気にとられていた伯母さんが、ぽつりと漏らした。


「二人を放っといたら、どこまでも話が脱線しそうね・・・・」


「ゴメンナサイ、伯母さん。日枝ってばすぐ脇道にそれるのが悪いクセで」


「俺のせいかよ!」



 その後も無駄な言い争いが続き、すっかり忘れられたタロット占いだったとさ・・・・

 めでたし、めでたし☆






 



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