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「そりゃもう、びっくりしたわよ?」
「ンだ。腰抜かした」
「うぅ〜、申し訳ござりませぬ。申し訳ござりませぬ〜」
さくらまる、俺の背に隠れてひたすら恐縮している。
ここは保内(ほうち)家の居間。
挨拶と自己紹介を兼ねて、座卓を囲んでいるところ。
座卓には定番の麦茶じゃなくて、緑茶が湯気を立てている。
「美乃里の送った宅配あけたら、木の枝が一本きりしか入っとらんでな。
あいつに電話かけとったら、いきなりこの子が出てきよった」
伯父さんの言葉に、幸来子(さきこ)さん・・・次郎伯父さんの奥さん・・・が口元を押さえた
「この人ったら慌てて、銛(モリ)を持ち出そうとしたのよ」
「銛!」
漁で使うあの銛!?
「おまいサマ(ご先祖様)にしちゃあ見覚えねぇし、とーか(狐)でもイタズラに来たかと思ってなぁ」
「今時そんなのないわよねぇ」
伯母さんが肩をすくめる。
「怖かったですぅ〜」
ひしっ。
「こら、あんまりひっつくな」
左に座ってる暴力女の目が痛い。
「てか、お前いったいどういう出現の仕方したんだ」
「いつもと同じ様(やう)にいたしましたが・・・・・」
「場所が悪すぎよ」
伯母さんが居間と続きの隣部屋に顔を向けた。
えっと、そっちは確か・・・・・
「仏間?」
「そ」
おいおい。
「さくらまるさん、仏壇の前に"出た"の・・・」
九重さんの笑顔が、心持ちひきつって見える。
「どうも、そのようでござりまして・・・・」
「怖ッ!」
フー子が思いっきり引いた。
伯父さんたちが驚くのも無理ないと思う。
こんなのが仏壇の前に現れちゃ、ビックリも勘違いもするって。
「もう少し時と場所を考えろよ。よりにもよって迎え盆の前に」
「はぅ〜、お詫びの言葉もござりませぬ〜」
むにゅっ。
「だ、だからひっつくなって・・・・・」
背中にあたってるあたってる←何が
「日枝、何か嬉しそうじゃない?」
「気のせいだ」
でもこれで謎が解けた。
いつもだったら美乃里さん、耳が痺れるくらい行儀について講釈たれるのに、今年に限っては「楽しんでらっしゃい。向こうのみんなによろしくね」だけだった。
おかしいと思ったら・・・・目付役(めつけやく)を先に送り込んでたわけか。
「まぁ、この子の話は美乃里さんに聞いといたから。それはいいとして−」
伯母さんが顔を九重さんに向けた。
「こっちのお嬢さんは初めて・・・・・よね?」
「はい。こちらでお世話になるのは、初めてです。
九重 清歌(ここのえ きよか)と申します。よろしくお願いします」
膝の上に両手を重ね、座卓に額のつくギリギリまで頭を下げる九重さん。
きっちり三拍おいて姿勢を戻す。
それに合わせて説明を添えた。
「フー子の同級生です」
「・・・・・・・・・・・・・・彼女?」
「っ!」
「違います」
九重さんが頬を染める横で、俺は肩をすくめた。
「悪い、九重さん。伯母の口癖だから気にしないで」
「え、あの・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・う、うん」
「口癖ってほどじゃないでしょう、お兄ちゃん」
「男女かまわず同じこと言ってりゃ、立派に口癖です」
「それ、あの子の事? だって女の子に見えたんだもの」
去年のメンバーには同級生の斗坂(とさか)が混じってて・・・・あいつ女顔のうえに細いし色白だから・・・・伯母さんに女扱いされたっけ。
「あの子は来なかったの」
「なんかメチャクチャ忙しいって」
「あら残念」
でも、"今年はオフセ落としちゃってそれどころじゃないよ"って、どういう理由だ?
全員がお茶を飲み終えると、伯母さんは姿勢を正した。
「さて、みんな落ち着いたことだし、今日は初めての子もいることだし・・・・」
伯母さんの目が光る。
あ、これはやる気だな・・・・
「九重ちゃんていったわね。
ウチに来た以上は、相手してもらうわよ」
「・・・・はい・・・・・・?」
「コレの−」
まるで手品のように、座卓の真ん中にカードセットが現れた。
「出た! 民宿 保内(ほうち)の定番アイテムっ」
「タロットカード〜☆」
フー子とつばさがはやし立てる。
「飽きない・・・・というか懲りないですね、伯母さん」
「外野はお黙り」
「あ、あの・・・・?」
話がつかめない九重さんに伯母さんがニコリとした。
カードセットから一枚取り上げ、九重さんにひらひらと振ってみせる。
「女の子だったらタロット占いは知ってるでしょ?」
「はい」
伯母さんは話しながら、慣れた動きでカードセットを崩し、かき混ぜた。
「アタシのささやかな趣味でね。基本的には何でも占うけど、若い子が来た時には恋愛運を見ることにしてるから」
「は、はぁ・・・・・」
「たいてい変な結果になるけど、気にしないでね、九重さん」
「ごしゅーしょーさま、おキヨ」
「え、えぇっ!」
「ちょっと二人とも、聞き流せないコト言うわね」
ジト目の伯母さんに、俺もジト目を返した。
「一昨年(おととし)のこと、俺は忘れてないですよ」
この一言で伯母さんは目を逸らした。
「あ、あれは調子が悪かっただけ・・・」
一昨年は、易占やら四柱推命に凝ってた伯母さんが、タロットカードに手を出し始めた頃だ。
俺が実験台になって、強制的に恋愛運を占わされた。
結果はメタクソ。
「アタシじゃなくて、カードの出した答えだし」
「それを見立てたのは伯母さんでしょーが。
なんなんですか、"浮世離れした格好と言葉使いの、ものすごく歳の差のある女性と、死ぬまで一緒"って」
「それは妾(わたくし)のことにござりましょうや?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
ごほん。
「・・・・・・・それはともかく」
「ちょっとみんな、今の沈黙は何!?」
「気にしない気にしない〜!
そういや、つばさは占ってもらった事なかったねーっ?」
不自然な大声でゴマカすフー子は、額に汗が滲んでる。
あいつも占いの結果がアレだったからなー。
きっと、下手に当たったら怖いと思ってるんだろうなぁ・・・・
「だってつばさちゃん、占っても面白くないんだもの」
「どーして? 伯母ちゃん」
シャッフルしたカードを揃えながら、伯母さんが苦笑いを浮べた。
「つばさちゃんの好きな男の子は?」
「お兄ちゃん!」
「理想のタイプは?」
「お兄ちゃん!」
「恋人に望むことは?」
「お兄ちゃんにずうーっと一緒にいて欲しいの・・・・」
「将来の夢は?」
「お兄ちゃんのお嫁さんになる〜♪」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「ね・・・・? 占いの介入する余地がないじゃない」
「説得力あるわ・・・・」
そこのフー子、しみじみ頷くな。
「つか、つばさ殴っていいか?」
「ごしゅじんさま!?」
「いや、つばさの目を覚ましたくて」
「え〜っ? さめてる! ちゃんと覚めてるよーっ」
慌ててさくらまるに隠れるつばさ。
「主人に抵抗できないメイドを盾にするとは、つばさめ、なんて邪悪なヤツだ」
「邪悪はアンタ」
「いや、フー子だろ」
「この高貴なるフー子様のどこが邪悪なのよ」
「お前のどこが高貴だっての」
「頭のてっぺんからつま先まで、全部よ」
「頭のてっぺん・・・・跳ね髪が高貴なのか」
「アンタ、血を見たいわけ・・・・?」
鋭い視線が交錯する。
呆気にとられていた伯母さんが、ぽつりと漏らした。
「二人を放っといたら、どこまでも話が脱線しそうね・・・・」
「ゴメンナサイ、伯母さん。日枝ってばすぐ脇道にそれるのが悪いクセで」
「俺のせいかよ!」
その後も無駄な言い争いが続き、すっかり忘れられたタロット占いだったとさ・・・・
めでたし、めでたし☆