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ついんLEAVES

第六回 7









 俺は戸口に向かった。

 押し殺した声で向こう側の人物に声をかける。


「・・・・・・・誰だ?」


 声に応じたのは・・・・・・・・・





「ごしゅじんさま、よろしうござりましょうや・・・・?」


 どういうわけか、さくらまるだった。






「珍しいな、その格好」


「はい。妾(わたくし)も近頃はすっかり"めいどふく"に慣らひまして、少しく惑ひてござります」


 するするとさくらまるが進む。

 着てるのは、本来の衣服である肩むき出しの和装。ただ、いつも佩(は)いてる帯がなく、重ね着してる着物もいつもより少ない。夏向けの略装かもしれない。

 裾の長さのわりに衣擦れの音がしないということは、たぶん歩かず浮いているのだろう。


 月明かりがほとんどない夜。

 頼りになるのは俺の手元にある懐中電灯だけだ。


 防風林の間を抜けて浜辺に降り立つ。

 言うまでもないけど、人っ子一人いない。


 さぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ。


 ざぁ・・・・・・・・・・・・・・・ん。


 聞こえるのはただ波の音と風の声だけ。

 何を載せているのか、遥か沖合いを、夜間照明を灯した船がゆっくりすべっていく。



「で、見て欲しいものって?」


 歩みを止めたさくらまるに話しかけた。

 こんな時間に砂浜まで来たのは、見てもらいたいものがあると、さくらまるが言ったからだ。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


「さくらまる」


 少し焦(じ)れた。


「あの、お手間をとらせて申し訳ござりませぬ。ごしゅじんさま」


「いや、いいけどね。眠れなかったことだし・・・・・・・それで?」


「はい・・・・・」


 さくらまるは俺に背中を向けたまま、両手を結い髪にあてた。

 朱色の髪留めをほどくと、深緑の髪が舞い降りる。


 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・?


「ごしゅじんさまにはお知らせいたしておりませぬが、真(まこと)には妾も、沐浴の衣(水着)を用意いたしてござります・・・・」


 するする。


「・・・・・・・・・・・・・」


「ですが、あのやうな所で肌を晒すは、忍ぶべからざる恥ぢがましきこと」


 するっ。


「・・・・・・・・・・・・・」


「さりとてせっかく母御前(ははごぜ)様より賜りました沐浴の衣でござりますし、ごしゅじんさまには一目なりとご覧頂きたく・・・・・」


 ぱさっ。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・あー、さくらまる?」


「はい、ごしゅじんさま」


「つまりお前・・・・・・・・・

 俺に水着姿を見て欲しくてここまで引っ張り出したわけか」


「左様(さやう)にござります」(にっこり)


 はらり。


「にっこり笑って服を脱ぐな〜っ!!」


 懐中電灯の丸い光輪の中に、さくらまるの衣が重なっていく。

 知らない奴が見たらぜったい勘違いするぞ、この光景。

 たとえどんな勘違いをするにしても、正解にたどり着かないことだけはわかる。


 だいたい、これだけ思い切りよく脱ぎ捨てといて"恥ぢがまし"もないだろう。


 女の・・・・いや、コイツの考えることだけは理解不能だ・・・・・


 頭を抱えてると、さくさく砂を踏む音が近付いてきた。


「ごしゅじんさま、長うお待たせいたしました」


 待ってない。


 お待ちしてません。


「どうぞ御心に入るまでご見分くださりませ」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」



ひゅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ・・・・・・



「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


「・・・・・・・・ごしゅじんさま?」


「あのさ、さくらまる・・・・・・・」


「はい」


「真面目に訊きたいんだけど、


 夜中に女の子を脱がして懐中電灯で観察する男


 って、どうよ?」



そりゃヘンタイだろう。





 お前は自分の主人をヘンタイにしたいのか。


「をう・・・・・・・・・・・・・・・・

 ごしゅじんさまは妾をご見分されるのがお嫌にござりまするか」


 闇の中から聞こえてくる、ちょっと悲しそうなさくらまるの言葉。

 少しだけ心が痛む。


「いや、見たくないわけじゃないけどさ。

 懐中電灯一つきりで「見て」と言われても・・・・・」


 さくらまるの肢体なら、不可抗力で(←ここ強調)何度か見たことがある。

 出るところは出てるし腰も足も細いし、肌はきれいだし髪もツヤツヤでさらさら・・・・・・

 ルックスもプロポーションも最高にイイ。並のレベルじゃない。

 水着姿を見せてくれるなら、素直に見たいと思う。


 でも、でもでもっ、


こんなヘンタイちっくなシチュエーションは嫌だーっ!!





「それはそれは・・・・・・妾の思慮が及ばず、まことに申し訳ござりませぬ」


「・・・・・・へ?」


 俺の心の声が届いたのか、本当にすまなさそうな声が聞こえた。

 見えないけど、おそらく頭も下げてるだろう。


「ごしゅじんさま。今しばらくお待ち下さりませ」


「・・・・・・・・・・・・・・・ん、うん」


 少なからず困惑を抱いたまま、暗闇で待ち続ける。

 懐中電灯は下に向けたままだ。





 ぽぅ・・・・・




 と、目の前に青白い・・・いや、エメラルドのような緑がかった光がともった。

 全てを透き通っていくようで、全てを包み込む温かい輝き。

 その光はさくらまるの首飾りから発していた。


「夜光明珠(イェーコァン・ミンチュー)・・・・光る玉に少しく力を与へてござります」


 ぱあっ!


「うわ!?」


 首飾りの輝きが急激に増した。と同時に視野も広がる。

 いきなりさくらまるが現れたような錯覚を覚える。

 そして次の瞬間、思わず息をのんだ。


「ごしゅじんさま、如何にござりましょうや」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


「ごしゅじんさま・・・・?」


「・・・・・・・・・すごい・・・・・・・・・・」


 それしか言えなかった。


 翠玉の光に浮かびあがる、さくらまる。

 煌く瞳、微笑をたたえた美しい顔、軽やかにたなびく髪。

 ほれぼれする肢体を光のグラデーションが幾重にも飾りたてる。

 大胆なカットのビキニはかえって邪魔、むしろ野暮ったく見えてしまう。


 まさしく人間離れした、神秘的な美しさ。 




 たぶん俺は、すごく間の抜けた顔をしてただろう。

 さくらまるに魂をすべて奪われていたから。



「ごしゅじんさま・・・・・・・・・・・・・・・・」


「さくらまる・・・・・・・・・・・・・・・・きれいだ・・・・・・・・・・・・・


 信じられないくらい・・・・・・・・・・・・・・」


「あ・・・・・・・・・・・」


 小さな唇に浮かんでいた微笑が、ゆっくりと満面の笑みに変わる。


「ありがとう・・・・・・・・・ござりまする・・・・・・・・・・」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 それ以上の言葉は不用だった。




 踊る光の波の中に、時間の流れは存在しない。


 俺達はいつまでも、飽きることなく見つめあっていた・・・・・










 



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