俺は少し考えて、戸口に向かった。
押し殺した声で向こう側の人物に声をかける。
「・・・・・・・誰だ?」
声に応じたのは・・・・・・・・・
「お兄ちゃん・・・・・・・」
予想通り、つばさだった。
「お兄ちゃん、涼しいね〜っ」
防風林に沿って築かれた防波堤。
その上を、つばさが踊るようにステップを踏む。
弱い月明かりの下、レモン色のスカートが軽やかに翻る。
「足元に気をつけろ」
「うん♪」
懐中電灯でつばさの足元を照らしながら、二、三歩遅れてついていく。
「目がさえちゃって、眠れないの・・・・」
俺がフスマを細く開くと、つばさはヒソヒソ声で言った。
中途半端な時間に寝ついたもんだから、体が目覚めてしまって二度寝できないらしい。
他のみんなはぐっすり眠ってて、物音ひとつ立てるのも気が引ける。
それで、つばさと夜の散歩をすることにしたわけ。
「ふわぁ〜。お星様きれい・・・・・」
「・・・・・・・・・・ああ」
俺達の町じゃ、人工の明かりにかき消されて見えない星々。
こんな星知らないよっていうような、かすかな光輝が満天に瞬く。
「降るような星空・・・・って言うんだろうな、こういうの」
「すてきだね・・・・・・・あンッ☆」
上ばかり見上げてたつばさが防波堤から足を踏み外した。
けど、とっくに予測済みだ。
腕を捕まえて引き寄せた。
「ほら、大丈夫か」
「あ、ありがと〜」
「気をつけろ」
「はぁい」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「つばさ」
「このままがいい・・・・・・・」
俺の腕にしがみついたまま、つばさが離れようとしない。
「このほうがお空を見やすいの」
暗闇の中、大きな瞳がきらめいた。
「だめ・・・・・?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・好きにしろ」
「うん♪」
そのまま俺の腕を包みこんで、きゅっと力を入れる。
二人で空を見続けていると−
すっ。
「・・・・・・・あ」
「流れ星だ」
髪よりずっとずっと細い、一瞬未満の光条。
「あ〜ん、お願いできなかったぁ・・・・・」
「あっという間だったからな・・・・・・・・
でも大丈夫だよ」
「え?」
「いいから空を見てろ」
毎年毎年、何度もここで星空を見てきたから、俺は知っている。
す-
「あ、またっ」
「な?」
これくらい澄んだ空なら、流れ星を見つけるのはとても簡単なんだ。
「う〜・・・・・ お願いしたいのに、したいのに〜」
「だったら俯いてボヤいてないで、上を見てな」
「首が痛くなるよぉ」
そりゃそうだ。
「・・・・・・・・・お兄ちゃん」
「ん」
つばさは束の間俺から身をほどくと、両腕を差し出した。
「抱っこして?」
「い!?」
「抱っこ・・・・・・して?」
つばさがおねだりする時にきまって使う、甘い声。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
いつもなら即座に拒否するところだけど・・・・・・
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
まぁ、いっか。
誰も見てないし。
「しょうがねーなぁ・・・・」
「♪」
防波堤にあぐらをかくと、膝の上につばさがふわりと腰を下ろした。
つばさを後ろから抱きとめる格好だ。
「んふふ〜、楽ちん楽ちん♪」
「俺は楽じゃない・・・・・・・・」
絹糸のようなつばさの髪が鼻をくすぐる。
「あ、お兄ちゃん!」
「なんだ」
つばさがふるふると首を振った。
「違うの。流れ星にお願いしようとしたの」
"お兄ちゃん"で・・・・?
「お兄ちゃんと−あぁっ」
また失敗したらしい。
「んも〜。お星様はやすぎるよぅ・・・」
「仕方ないだろ」
「ふ〜っ、お兄ちゃん!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
それからしばらくの間、つばさが欠伸をするまで、俺は「お兄ちゃん」連呼を聞かされることになった・・・・・・