恐竜の定義に関してより詳しく:

 さて、恐竜の系統トップコンテンツで、恐竜の定義とは

 ”鳥とトリケラトプスの最も最近の共通祖先と、およびそのすべての子孫”

 であると述べました。ここで注意が必要です。先日、北村はおよそ次ぎのような質問をされました。

 ”この定義では鳥は自動的に恐竜だということになってしまいます。まるで鳥を恐竜にするために提案された定義のようではありませんか”

答えを先にいってしまうと、これは単なる勘違いです(→こちらも参考のこと)。とはいえ、このような誤解はどうもネット上でもしばしば見受けられるようなのでこのコンテンツでも少し説明しましょう。この定義は、Phylogenetic Taxonomy に基づいて行われたもので、この定義の意味するところとは

 :系統のなかで次ぎのように指定される部分をこのような呼び名で呼ぶ

というものです。つまりこれは名前を適用する範囲を指定する定義なわけです。

 

 一方、分類学による分類群の定義とはこれとまるで違います。分類学、つまりClassification による分類群の定義とは、概して

 :これこれの特徴を持つ生物をひとつのグループにして、そのグループをこのような名前で呼ぶ

というものです。こちらの定義とはグループをグループたらしめる特徴を定義して、さらにそれにどんな名前をつけたのかという定義なのです。

 さて、この2つのどこが違うかわかるでしょうか?。

 最初の Phylogenetic Taxonomy の定義にはグループをどう作るのかという条件が含まれていませんね。

 次ぎの Classification の定義ではグループをどう作るのかという条件を定義しています。

ここが両者の違いです。

 

 ではもう少し詳しく説明しましょう。

 Phylogenetic Taxonomy に基づいて定義された恐竜の定義とは鳥とトリケラトプスの最も最近の共通祖先と、およびそのすべての子孫というものです(後で出てきますがイグアノドンとメガロサウルスを使う定義もあります)。

 この定義をよく読んで下さい。この指定のなかで鳥とトリケラトプスがひとつのグループでございますなどといっていますか?。一言もいっていませんよねえ。この定義とはこの範囲を恐竜って呼ぼうか・・と言っているだけなのです。名前の適用範囲は述べられていますがグループをつくる手がかりについてはまったく述べられていません。

 

 Classification に基づいて定義された恐竜の定義の方はどうでしょう?。昔、恐竜の世界で分類学が使われていた時代には恐竜はひとつのグループとは考えられていない時期(つまり恐竜という分類群は存在しないと思われた時期)があったのでよくわかりませんが、リチャード・オーウェンのいったことなどからすると、脚が体の下にのびるなどの特徴を持ち、陸上で生活した爬虫類、といったことのようです。

 この定義では明らかに、ある生物たちをグループへとまとめる手がかりとなる特徴の定義が述べられていますね。

 

 このように恐竜に関する2つの定義はグループの定義を含むか、含まないのか、という点でまったく異なります。ここで最初の疑問、北村に疑問をぶつけてきた人の質問をふりかえってみましょう。

 ”この定義では鳥は自動的に恐竜だということになってしまいます。まるで鳥を恐竜にするために提案された定義のようではありませんか”

彼のこの言い方には Phylogenetic Taxonomy による恐竜の定義には鳥と恐竜をひとつのグループにしようとする意図がある、そういうニュアンスが含まれています。

 もう分かると思いますが、これは彼の勘違いです。 Phylogenetic Taxonomy による定義にはグループの定義なんてありません。ここにあるのは呼び名の範囲の定義でしかありません。これは、 Classification のような、これらをグループにしよう、という定義ではありません。ようするに彼は

 : Phylogenetic Taxonomy を Classification と勘違いした

 :呼び名の範囲の指定でしかない定義を、鳥とトリケラトプスを同じグループにする定義であると勘違いした

 :そのあげくに、ありもしない陰謀の臭いをそこにかぎつけている

わけです。

 実際、ここで”イグアノドンとメガロサウルスのもっとも最近の共通の祖先、およびそのすべての子孫”という恐竜の定義を使って考えてみましょう。この定義は実際にあるのですが、ともあれ、この定義では鳥とトリケラトプスなんてひとこともいっていませんよね。

 でもこの定義で恐竜という名前を適用できる範囲を系統から取り出すと、そこには鳥とトリケラトプスが含まれています(→恐竜のQ&A:トリケラトプスと鳥のもっとも最近の共通祖先とそのすべての子孫ってなんですか?を参考のこと)。

 ようするに鳥とトリケラトプスに関してまったく触れていない、さらにオーウェンが恐竜という言葉を造語した時に使った動物だけを使った定義でも鳥は恐竜になるのです。このように鳥を定義の条件に含めなくても鳥は恐竜になってしまいます。反対にいえば Phylogenetic Taxonomy による恐竜の定義は鳥を恐竜にするしないとはなんの関係もない定義なのですね。

 恐竜学の歴史におけるオーウェンの簡単な位置付けはこちら→ 

 オーウェンの使った動物の系統上の位置についてはこちら→ 

 

 さて、ここで疑問を感じませんか?。グループの定義もしていないのに、また、鳥とトリケラトプスについてまったくふれていないのに、あまつさえオーウェンが研究した恐竜だけを使って定義しても、なぜ、鳥も恐竜と呼ばれる範囲に入ってしまうのか?。

 これは Phylogenetic Taxonomy が系統解析に基づく系統仮説に基づいた命名法だからです。つまり、 Phylogenetic Taxonomy の定義自体はグループについてまったく述べていないけども、その指し示す範囲は系統解析が導き出した仮説に基づいているのです。いってみれば Phylogenetic Taxonomy は自身ではグループを作らないが、すでに提出されたグループに関する命名の範囲は指定することができる、そういってもいいかもしれません。

 ですからイグアノドンやトリケラトプスやメガロサウルスやティラノサウルスがつくる系統群のなかに鳥が入ってくる限り、鳥は恐竜だということになるのです。

 逆にいうと鳥が恐竜になってしまうのは、鳥とトリケラトプスうんぬんという定義のせいではありません。それは、

 1:オーウェンが研究した動物たちが作る系統群に鳥が入ってくる

 2:もともとその系統群には恐竜という名前がつけられていた

からなのですね。さて、現在まで幾人もの研究者が恐竜の系統解析をしてきましたが、そこから導き出される恐竜の系統関係とはおよそこのようなものです。

_A___________トリケラトプス

 |  | |  |___パキケファロサウルス    

 |  | |______ヒプシロフォドン

 |  |    |___イグアノドン

 |  |________ヒレオサウルス

 |    |______アンキロサウルス

 |___________プラテオサウルス

  |   |______ブラキオサウルス

  |__________ケラトサウルス

   |_________メガロサウルス

     |_______アロサウルス

     |   |___ギガノトサウルス

     |_______コンプソグナトス

      |______オルニトミムス

      |______ティラノサウルス

        |____オヴィラプトル

         |___ディノニクス

          |__始祖鳥

           |_カラス

 

 そもそもこのような系統仮説に基づいて Phylogenetic Taxonomy は系統仮説のどの部分をどのような呼び名で呼ぶのかを指定しています。だから Phylogenetic Taxonomy にはグループの定義がすっぽぬけているわけです。グループは(ここでいうグループとは系統のことですが)すでに系統解析によって与えられていますし、そもそも Phylogenetic Taxonomy は意思疎通のために作られた命名法です。

 どういうことかというと Phylogenetic Taxonomy とは、以上のような系統仮説を言葉で表現するために、この範囲はこの名前で呼びましょう、ここから先はこういう名前にしましょう、そういうことのために作られた命名法なんですね。ここが Phylogenetic Taxonomy と Classification との最大の違いでしょう。

  Classification 、つまり分類は意思疎通もさることながら、むしろ生物を整理整頓するためのスキルとして成立しています。

 しかしPhylogenetic Taxonomy は整理整頓うんぬんよりも系統を直訳する方を優先します。言葉で表現するための手段なのですからあたりまえ。だからメガロサウルスとイグアノドンが作り上げているひとつの系統を恐竜と呼ぶ時、自動的に鳥も恐竜になります。メガロサウルスやイグアノドンが作り上げる系統群のなかに鳥が包括されるのですから、系統を言葉に直訳する場合、鳥は恐竜であると言わざるをえません。

 反対に Classification ではそうはなりません。人にもよりますが、しばしば Classification では鳥を恐竜から切り離します。おそらくその方が整理整頓できるからなのでしょう、ただし、なぜその方が整理整頓しやすいのか、あるいはなぜ暗記しやすいのか、あるいはなぜしっくりくるのかは分かりません。単なる伝統かもしれません。あるいは文化的な理由からかもしれません。あるいは人間がものを認識する仕組みにそもそもの原因があるのかもしれません。

 反対にいえば鳥を恐竜から分離するという動機や欲望は自然科学の範疇の問題ではないということなのでしょう。この問題の追求はむしろ文化論かあるいは認知心理学の仕事であるように思えます。

 このように鳥が恐竜になるのは定義のせいではありません。鳥がある系統群に包括されるサブグループであり、その系統群(あるいはグループ)を最初に認識した人がそれに恐竜という名前をつけたからなのです。 

 しかしながら・・・、おそらく最初の彼はここまで聞いたらこんな質問をしてくるのではないでしょうか?

 なぜ系統解析の結果をグループの基礎にしたのか?

 なぜ Phylogenetic Taxonomy は系統を直訳するのか?

 なぜ整理整頓を犠牲にしてまでそんなことをするのか?

こうした疑問に対する答えはまたおいおい答えることにしましょう。とはいえ、これは覚えておいてください。

 最初の彼の質問はただの勘違いです。

  

参考文献:

Phylogenetic Taxonomy と分類と系統の争い、その妥協点(あるいは相克)などについては「生物系統学」 三中信宏 1997 東京大学出版会 を参考にしてください。このコンテンツの主張や説明が妥当か否か?、という点からもこの文献を読むことをおすすめします。

 

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