第十夜
共振律

 吾人(あーと)が側を通ったウェイターを呼び止めコーヒーの替えを注文しているため、話は一時中断された。季子(きこ)は上衣を黒でまとめ、グレイのロング・スカートの下で組んだ脚はブラウンのブーツで包まれている。何か考え事をしているのか視線はアサッテの方に固定されている。おそらく父親のことだろう。縫希(ぬうの)は季子の感情には気付かないふりをして話を再開した。

「『ムード・スウィングス』……運の不確定要素か。確かにどんなに高い戦闘能力を誇っても不運に曝(さら)されれば赤子と闘っても地に伏してしまうだろうな。「運を支配する」…禍福(かふく)を自由にできるというのは確かに最も強力な能力の1つだね」

バイツァ・ダストが破れたのも早人の運が関係していたと考えられるな」
 コーヒーの替えを頼みおえた吾人(あーと)が再び話しに加わった。

「そうだな。運もあるだろう、だが早人の気迫が…精神があの状況を作りあげたと僕は考えたい。僕はあのエピソードが一番好きなんだ」

「そうね…。バイツァ・ダストの能力が直接的に攻撃するものではなかったとはいえ、最凶ともいえるあの能力をスタンド能力を持たない身で追いつめたのはスゴイわね」

「バイツァ・ダストの運命決定能力の欠点としては早人にある程度の自由を許してしまうことと、そして吉良自身は詳しい事を知ることができないこと。実はバイツァ・ダストは運命に関する能力の中では機能的に低い方だろうな」

「確かにバイツァ・ダストは「運命」というより「時間」の能力という感じね」

ローリング・ストーンズというのもよく解からないな。あれは確か「近い将来の死の運命」を現す能力だよな」

 縫希は頷く。

「だがローリング・ストーンズは自分で予知した運命を自分で破ろうとする。このことに何の意味がるんだ?」

「運命とは……決定されているものではない。そのことを前提とするならば「予知」とは「運命を決定する」能力である…はずだ」縫希は両手の指を組んでしばし沈黙した。
「そう考えると確かにおかしいな。自分で決定したものを自分で覆すとは」

「ローリング・ストーンズは……優しい能力なのよ…。高い確率で死を約束させられた者。その本人のためというよりも残された者のための能力。花屋の娘の場合は父親の病気のため、ブチャラティの場合はアバッキオとナランチャの命のため。それに「死を決定」すると同時に他の人たちには「死を回避」させているわ。ミスタの銃が不発になったことや7階から落ちても無事なこととかね」

「そのローリング・ストーンズの能力を拒否して、あえて苦難の道をブチャラティ達は進んだんだよな。確かに予知のとおりにブチャラティは命を落とし、アバッキオとナランチャも命を落とした」

「だが「茨の道」を進んだからこそ得たものもある。今さら語る必要もないだろうけどね」

トト神のマンガも「運命を決定する」能力だな。ローリング・ストーンズと同じく本体であるボインゴの思い通りには作動しない」

「本体の思い通りに作動するという点ではキング・クリムゾンのエピタフだろうな。他の2つよりも予知する未来は短いがそれを補うように自在に予知することができる。基本的に接近戦タイプのキング・クリムゾンにとっては10秒どころか1秒の予知でも充分過ぎるだろう。しかも自分に都合の悪い予知は吹き飛ばすことができる」

「こうして話をしてみるとキング・クリムゾンの無敵さが改めてわかるわね」

 隣で食事を楽しんでいたカップルが席を立った。立った時に彼氏の脚がテーブルに当たったらしくガチャンと食器が派手な音を発てた。縫希はフォークが皿の上で踊るように転がるのを見た。

「しかし運命というのもよく解からないな。63巻で荒木飛呂彦も言っていたけど「連続」するもの…運命もその1つだという考えを実は捨てる事ができないんだ、オレは。さっきは運命は無限にあるなんて言ったけど、運命はすでに繋がっている鎖みたいなもので過去から未来へすでにピンッと張られ終わっているという考えを…認めがたいけど…完全に違うとは言い切れないな」

「そうだな…物理学におけるニュートン力学では運命とは決定されているものとされているんだ」

「ニュートン力学というとあの高校でやったやつだな。でもオレは2年から物理なんて選択しなかったからなぁ」

「うん…吾人の嫌いなソレだよ。この世の現象の基礎となる学問だな。極論として「ラプラスの魔」というアイディアがあるんだ。無限の知覚能力と無限の計算能力を持つ悪魔が居たとすれば、その悪魔は未来のいかなる現象をも計算から導くことができ、いかなる運命も知ることができるというものだ」

「世界のあらゆることは計算で求められるということか?」

「そうだ。それが現実の世界で出来ないのは計算するための材料を集めきれないというだけの理由であり「ラプラスの魔」のように高いレヴェルの認識ができればあらゆることを予測できしかも的中させることができる」

「…つまり、計算で完全に解かりそれが当たるのなら運命とは元々決定されていると考えられるんだな」

「ところがそうではないんだ。ニュートン力学は古典力学といわれるように、実は新しい考えが現れているんだ。それは量子力学のことなんだけど、この学問によるとミクロの世界では観測しても位置やエネルギーなど様々なものが不確定で決定することが出来ない。そして、それはマクロの…つまり僕たちの生活にも言えるらしいんだ。無限の知覚と計算能力を持っていても、運命や未来を完全に決定することは出来ないんだ」

「へぇ〜、科学でそういうことが言われているとはね」

「共振律よ」

「エッ、何だって季子」

「縫希が今話していたように、古典力学は様々な要素が絡みあう原因から未来という結果を予測するわね。これは科学の基礎が「因果律」によって成り立っているからだし、私たちは経験的にそれを知っている」

 縫希と吾人は季子の言う事に聴き入る。

「でも、これと異なるもう1つの法則があるの。それが「共振律」よ。1つの鐘を鳴らすと触りもしないのに他の鐘が鳴りだすような感じ……、ある願望とその願望を適えるまたは優利に導く出来事に対して原因と結果の結びつきが認められない一連の現象……」季子はスカートの下で脚を組みなおし、胸の下で浅く腕を組んだ。「具体的に何を指すかといえば、「スタンド能力」と「運」と「偶然」ね」

「「スタンド能力」と「運」と…「偶然」」
 縫希は季子の言葉を繰り返した。季子はしばらく縫希を見つめたが、特に言葉がくるわけではないと悟ると話を続けた。

「スタンド能力は「空間跳躍型」と「世界構築型」について言えるわ。これは共振律を故意に使っている例になるわね、スタンド使いの願望と能力効果の間には全く因果関係が認められないから」

「えっ、でも季子ちゃんそれはスタンド能力と効果という因果関係じゃないのかい?」

「じゃあ、もし吾人が「お金が欲しい」と思っていたら「1万円札が落ちていた」という場合、このことに因果関係はある?」
 吾人の質問に関して逆に季子が質問をしてきた。

 数秒考えて吾人は答えた。
「……ない」

「それと同じ事よ。スタンド自体が接触して能力効果が発動するならともかく、スタンド使いが念じるだけで能力効果が発揮されると言う事に関しては因果律ではなく、別のルールを適用する必要があるわ」季子は一拍おいて話を続けた。「そして「運」についてはさっき縫希が話してくれたように因果律の枠を越える不確定性要素。因果律とは異なるルールである共振律にカテゴリーするわ」

 運を操るスタンドはシンデレラドラゴンズ・ドリームだけである。

「そして「偶然」。こっちの方は全く意識的に使うことはできない共振律。例としてはジャンピン・ジャック・フラッシュの真空減圧の攻撃に対して、徐倫に空気を操るウェザー・リポートが同行していたのは「偶然」。でも強力な「偶然」だわ。作者の思惑と言ったら身もフタもないけど、このように信じられないくらいの偶然は現実の世界にもちゃんとあるしね。例えば、落雷に7回あっても無事な人もいるわ」

「そこまで行くと運が良いやら悪いやらだな…」

 話も一段落したため3人はレストランを出ることにした。吾人が立つ時に膝をテーブルにぶつけて食器を騒がしくさせフォークを皿の上に踊るように転がし、レストランの衆人の注目を集めてしまった。吾人は冷や汗をかきながら店を出た。照れ隠しのためか、別の話題を唐突にし始めた。

「いやぁ、でも雷に7回うたれても命があるとは…その人はまだ生きているの」

 吾人のバレバレのごまかし方に季子はクスクス笑っている。
「いえ、もう亡くなっているわ」

「へぇ、その人は何で死んだの?」

 季子はニッコリ笑って答えた。
「失恋よ」