第一夜
15巻「スタンドとは!?」について

 夜の帳(とばり)はすでに落ちていた。
 部屋の中に灯りは無かったが、外からの光りが壁一面のガラスを通り抜けて差し込んでいるため意外と明るかった。部屋は中央に直径1メートルほどの白い丸テーブルが置かれており、その他には音楽を聞くためであろうCDコンポが置かれているだけの簡素な様子である。
 その時、丸テーブルとセットであろうイスから1つの影が盛り上がった。イスに掛けていた何者かが立ち上がったのだ。今までイスの上で身じろぎ1つしていなかったために、完全に部屋の影と同化していたのだ。そして、その人物―外からの光りに照らされた姿から男性とわかる―は窓の方に歩み寄りカーテンを静かに、だが素早くしめた。
 暗闇に落ちた部屋の中で、男の足音は再び丸テーブルに近づいた。
 シュッ―
 男はマッチをすり、闇を退け、その灯を丸テーブルの上に置いてある三叉の燭台にさしてあるロウソクにもわけた。部屋の明るさはマッチのそれの数倍に膨れ上がり周囲を照らした。男は再びイスに座り、そして丸テーブルをはさんで置いてあるイスに目を移した。いや、正確にはそのイスに座っている人物―女性だ―を見つめた。

 揺らめく火により2人の上を影が蠢(うごめ)く。それにより女性の年齢が特定しにくい。若いことには間違いないが10代半ばにも見えるし20代と言われればそうも見える。男性はロウソクの近くにいるためハッキリと顔がみえる。20歳前後、髪は短めに切りそろえられている、目だけを動かして周囲をゆっくりと見回していた。
 男は徐(おもむろ)に口を開いた。

「まずスタンドが登場した初期のスタンドの概念を振り返ってみたい。15巻「黄の節制その4」の表紙に書かれている「スタンドとは!?」という質問に9つの項目が書かれてる。便宜上、番号を割り当てて挙げてみよう。

(1)  その人を守ってくれる守護霊のようなものである。
(2) 1人の人間に1体である。
(3)  自由自在に意思で操れる人間が「スタンド使い」である。
(4)  スタンドを傷つけられると「スタンド使い」も傷つく。
(5)  スタンドはスタンドでしか倒せない。
(6)  「そばに立つ(Stand by me)」という意味からきている。
(7)  基本的には普通の人間には見ることができない。
(8)  スタンドはその本人より遠くへ離れれば離れるほど力は弱くなる。
(9)  スタンドが持つ能力や性質は便宜上タロットカードの暗示で分類される。

これを1つずつ検討してみたい」

 女は黙って聴いている。

「(1)その人を守ってくれる守護霊のようなものである」男は一拍おいて「基本的にはその通りであるが、ストーリーが進むにつれて自らを生み出した本体を守らないスタンドが登場するようになった。それどころか殺してしまうモノさえいる。独立/暴走型スタンドはまず本体を守らない。さらにチープ・トリックは自らを生み出した乙雅三を殺害している。本体であるカルネが死んでから発現したノトーリアス・BIGに至っては例外中の例外である。ジョルノ曰く「今までの常識を越える初めてのスタンド」である」

 女が初めて口を開いた。

「独立/暴走型の定義を縫希(ぬうの)はどう考えているの?」

「簡単にいえば『本体の命令に従わないスタンド』だな」ヌウノと呼ばれた男は答えた。「だがこれにも2種類ある。まずアヌビス神スーパーフライのように完全に本体との関係を絶っている種類。この場合はスタンドはエネルギーを得るために仮の本体を捕らえる。本体を次々と乗り換えることが出来るので、スタンドは半永久的に生き続けることができる」縫希は指をくんだ。「もう1種類は、自分を生んだ本体からそのままエネルギーをもらい続けるタイプ。恐らくこのタイプは本体が死亡したときにはイッショに消滅すると推測される、トト神ローリング・ストーンズがこのタイプだ」

「簡単に言えば自分勝手なのよね」

「そうでもないさ。スタンドとは本体の願望や欲望が発現したものだから、独立/暴走型スタンドは本体が望んだことをやっている。自分勝手をしているわけじゃない。唯、本体がその能力を支配する器じゃなかっただけさ」

「縫希は主人の願望をかなえているから勝手な行動ではないというのね。でも、主人たちを災難に巻き込んでおきながらスタンドが彼らを守らないのは自分勝手以外の何者でもないと思うのだけど…」
 もう少し何かを言いかけたが、女は縫希に先を続けるように促した。

「(2)1人の人間に1体である。

バッド・カンパニーの登場を皮切りに、次に登場したハーヴェストによって群体型スタンドはジャンルが確定したと言える。「スタンドは1人1体」という法則が崩れた瞬間である。

(3)自由自在に意思で操れる人間が「スタンド使い」である。

これには異議はないのだが…、考えてみると独立/暴走型スタンドの本体は「スタンド使い」ではないということになるな」

 女は口をはさまないで聞いている。

「(4)スタンドを傷つけられると「スタンド使い」も傷つく。

これは確かに基本項であるのだが、スタンドが傷ついても「スタンド使い」が傷つかない場合もある。これについてはいつかまとめてみるよ」

 楽しみね、と言い女は微笑んだ。

「(5)スタンドはスタンドでしか倒せない。

僕は違うと思っている。スタンドは確かにスタンドでしか倒せない。だが、本体を攻撃して倒すことは広義でスタンドを倒すことになると僕は考える。よって本体を攻撃するという観念においては、スタンドを使用して攻撃する必要はない。転じて、スタンド使いでなくてもスタンドは倒せるという考えを持っている」

「面白い考えね。特に第4部ではその戦略がうまく使われているわ。でも、スタンドの解析に本体の行動による結果も入れるのは間違いじゃない。やはり、スタンドの能力のみで語るべきだわ」

「しかし、セックス・ピストルズ等、本体が関与する能力があるじゃないか」

「違うわ縫希。あれは本体がスタンドの能力に関与しているのではないわ。スタンドの能力が本体の才能を後押し(サポート)しているのよ。スタンド同士の闘いで勝ち目がないから、本体を攻撃することとは根本的には違うわ」

 「もうちょっと具体的にいってくれないか、季子(きこ)」

 季子と呼ばれた女性は天井の闇をわずかの間、見つめた。
例えば…スタープラチナイエロー・テンパランスの戦闘の結果は承太郎の勝ちだったけど、スタンド同士の戦闘でいえばイエロー・テンパランスの勝ちだわ。Y・テンパランスの防御力の前にスタープラチナの拳は全く有効ではなかったのだから…。えぇ、確かにこの考え方はジョジョの楽しみ方を狭めているわね」季子は額にかかった前髪をかきあげた。「だけど、スタンドを解析するということであえて『枠』を創ったのだから、そういうところは厳密にすべきよ」

 縫希は、わかった、と一言いい次にすすんだ。

「(6)「そばに立つ(Stand by me)」という意味からきている。

スタンド…今やジョジョのオリジナル言語だね。

(7)基本的には普通の人間には見ることができない。

逆にスタンド能力のない一般人にも見えるのならばそれには理由があるといえる。主な理由としては物質と融合しているだ」

「物質と融合しているのか、それともスタンドの効果によって見えるのか判別しにくいものもあると言っていたわね、縫希」

「あぁ、それはまた今度の機会に話すよ。ちなみに、具象化法は基本的には一般人に見えるかどうかで分類されているんだ」

 季子がうなずいたのを見て、縫希は先を続けた。

「(8)スタンドはその本人より遠くへ離れれば離れるほど力は弱くなる。

スタンドのルールで最も重要な項目だろう。「遠距離までいけるのに何故パワーがあるのか?」そのことに対する様々な理由を説明することは、スタンド能力の発展を説明すると言ってもいいだろう」

「それも興味あるわね」
 季子は微笑んだ。

(9)スタンドが持つ能力や性質は便宜上タロットカードの暗示で分類される。

 今ではほとんどがミュージシャン関係だから、逆に違和感があるな。
タロットのカードのスタンド名に替えて、ミュージシャン関係の名前を付けてみようという遊びもあるくらいだから。タロットの大アルカナのカード22枚とタロットの起源のエジプト九栄神カード9枚、合計31体のスタンドがカードから名前をもらっている」

「ジョジョの世界観ではタロットの起源はエジプトにあるとされているわね。でも本当はどこが起源かは分かっていないの。インドやアラブという説も有るし、その起源はヨーロッパの中にあり、12世紀の聖堂(テンプル)騎士団が作ったという説も有るわ」

本当はエジプトとは関係なかったのかい」

「そうでもないわ。タロット(Tarot)の名前の由来がエジプトの神トート(Thoth)から来ているという人もいるわ。実際のところは謎だから、好きな説をとっていいのよ。ちょうどエジプト説が、ジョジョの世界観と合致したのね」

 感心したようにうなずくと縫希は右手にはまっている腕時計を見た。
「時間も遅くなったな…。今日はここまでにしよう」
 そういうと、短くなった燭台のロウソクをまとめて吹き消した。
 闇が部屋を支配する。



(第一夜 終)