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展覧会の紹介

アジアプリントアドベンチャー2003 2003年9月18日−9月28日
道立近代美術館(中央区北1西17)
(文中敬称略)

 版画は身軽だ。
 くるくるっと丸めて航空便で送れば、海外でも作品がわりあい容易に発表できる。
 その簡便さは、ふつうのタブローや彫刻、20世紀後半に大型化したインスタレーションの比ではない。
 今回、5年ぶりに札幌でひらかれたアジアプリントアドベンチャーは、その身軽さを最大限に生かし、じつに31カ国77人から作品が寄せられた。
 それを、道内を中心とした国内勢30人が迎え撃つかたちだ。
 1986年の、おなじ題の展覧会に海外から作品を寄せたのが、韓国からの6人だけだったことを思うと、隔世の感を禁じ得ない(といって、筆者は当時のことはリアルタイムで知らないんですが)。
 作家の出自が欧州や南米などにもひろがったため、「アジア」という意味あいはうすれた。
 また「プリント」という概念も、これは前回の展覧会でも見られた傾向だが、いわゆる「版画」から、写真、映像などに拡張してきているのが特徴だ。
 海外の作家が紙を支持体にした作品が多いのに対し、道内勢はインスタレーションなど、大きなものが多い。バランスという点では疑問がないでもないが、冒頭で指摘した「身軽さ」の問題がある以上やむをえないだろう。道内作家がわざわざ自作をスケールダウンする必要もないのだし。


 「つれづれ日録」にも
「札幌コネクション成立か」
と書いたけれど、筆者がこの展覧会で個人的にいちばんうれしかったのは、プリントアドベンチャーの旗振り役をつとめてきた札幌の版画家、矢崎勝美ら、道内の多くの関係者が営々と長年培ってきた人脈づくりが花開いたという印象がある。
 図録に吉田豪介・市立小樽美術館長が寄せた文章によると、海外との連絡は、矢崎さんのほか、英国滞在の経験がある荒井善則(旭川)と、ドイツ・ハンブルクで個展やグループ展を何度もひらいている端聡(札幌)とで分担したという。なるほど、「ハンブルクつながり」で送られてきた作品はとりわけ現代美術色がつよいような気がする。
 このほか、年に3人ほど美術家をまねいて、滞在中、作品を制作してもらう「アーティスト・イン・レジデンス」でかつて札幌に来ていた顔ぶれもいる。
 また、1999年まで隔年でひらかれながら、支援していた会社の経営再建によって惜しくも第5回かぎりで終了した「さっぽろ国際現代版画ビエンナーレ」の出品作家もすくなくない。中国の人海戦術をダイナミックに木版画化した張敏傑など、1ー3回で入選していただけに、作品を会場で見たときは
「わー、なつかしい」
と、なんだか旧友に再会したようなきもちになってしまった。
 このほか、今回明快な反戦のメッセージをこめたジーン・チュー(カナダ)らが同ビエンナーレに出品しているし、韓国勢の多くは、過去のアジアプリントアドベンチャーや、北海道と韓国のグループ展「水脈の肖像」に参加して、札幌とソウルで展覧会をひらいている。
 こういうネットワークが、東京もニューヨークもすっとばして、北海道の芸術家たちの手弁当で形成されている、というのは、なんだかすごく痛快じゃないかと思う。


 海外勢で印象にのこった作品について。

 マーチン・グリーガ(チェコスロバキア)。3枚の組み写真だが、衣類の入っている棚と集合住宅が似たような存在に見えてきて微苦笑をさそう。
 なお、チェコとスロバキアは別々の国になっているが、実行委事務局によると作者が出品書類にチェコスロバキアと書いてきたということだ。もともとけんか別れした国ではないだけに、作者なりの思いがあるのかもしれない。
 スワン・メーターピスイット(タイ)「PORTRAIT OF WORLD」は、おどろおどろしいメークをほどこした顔がめまぐるしく登場する映像作品。子どもの顔に、本人のちがった表情の顔の映像を投射するシーンがおかしい。
 マルシオ・パヌンツィオ(ブラジル)「JUST OF LOVE」は、ブラジルの根本敬とでもいえそうな、濃い(くどい)絵柄。テレビと性におぼれる現代人の諷刺か。
 韓国勢では、尹東天「SHIT」が、一見全く関係のない日韓の写真に、ハングルと「シッ」というカタカナを組み合わせ、いわくありげな作品世界をつくりあげていたし、「水脈の肖像」展での映像作品の記憶もあたらしい河東哲の「謙斎礼讃 M。820/821 Homage to the Gyeomjae M。820/821」は、(たぶん)「史記」にも登場する古代中国の星座図をモティーフにして、「東洋的なるもの」の対象化をはかろうとしているようにもみえる。
 グジェコジ・ドビースロー・マズレク(ポーランド)は、「ANGELS COME AT NIGHT 4」「ANGELS COME AT NIGHT 5」というリノカット2点(作品一覧では1点のようにしるされているが、2枚で1組ということなのだろう)。家族の記念写真を版画にして、その周囲を格子状の模様がとりまき、速い線が躍っているという感じの単色の作品。その格子状の上に「1917」などの数字が書かれているために、作品はにわかに、二つの世界大戦やロシア革命、ソヴィエトとの戦争など、ポーランドを翻弄した20世紀の歴史につながるものとしてたちあらわれる。


 道内勢について。

 荒井善則「SOFT LANDING TO MARBLE STONE」
 この展覧会の前に開かれた「北海道立体表現展」にも出品していたが、作品の趣きはことなる。白い球を、公園などに置いた情景の写真をジェットプリント出力して何枚もならべ、その前に実物の球を置いている。ごくありふれた風景(20枚くらいあって、筆者は1カ所も場所を特定できなかった。旭川だからかもしれないけど)に、ミニマルな物体を持ち込むことによって生じるささやかな異化効果が狙いなのか。それにしても、わりとにぎやかな版画やインスタレーションが多かったこの作家としては、かなりコンセプチュアルな色彩のつよい、シンプルな作品だと思う。

 石川亨信(石狩)「each breath」
 なにかの気配−たとえば微妙な大気の流れとか、風の変化、浮かんでは消えるうたかた−といったものを感じさせる、銅版画の抽象ということでは、これまでと変わらないが、それぞれを壁から離して自立させ、観覧者がそれらの周囲をめぐって歩けるようにしたのは、よいことだと思う。作品は、そこに現存しているのに、作品をとりまく空気の中にあらがわずに溶け込んでいくような、彼の作品の特性がはっきりしたように感じられるから。
 そのとなりに陳列されて、石川作品と絶妙に調和していたように見えたのが、道内勢で最小の作品をもってきた渋谷俊彦(札幌)のモノタイプ「森の鼓動」。基本的なラインは、先だってのギャラリー門馬ANNEXでの個展と変わっていない。インスタレーション的な展開が多い中で、細かい色の点が集積するだけのミニマルな平面は、かえって異彩を放っているように見える。

 藤木正則(稚内)「宗谷岬で旗を振る」
 わはははは。やってくれました、藤木さん。さすが、お騒がせ男。
 あんまりわかりやすいんで、会場でわらってしまいました。
 「日本最北端の地」の碑の前で記念写真を撮る旅行者。その向こうには青い宗谷海峡がひろがっているんだけど、その中に、ひざまで水につかって、作者が星条旗を右手に高くかかげているさまをとらえた、110×380センチの写真。
 いやー、もしこれが「日の丸」だったら、ただのナショナリズムだけど、星条旗ってとこが絶妙だよなあ。「国境」(南サハリンの帰属は日ロ間で完全に決着した問題ではないそうだが、また、岬のすこし北に弁天島という小島がありそこまでが日本領なんだけど、それはそれとして)にいたるまで、米国のもとからなお自立しえていない日本という国を、痛烈に皮肉っている。

 中谷有逸(帯広)「二つの神が降らせる雨」
 「9.11」からイラク戦争にいたるまでの推移を題材に、多くの作品がつくられてきたけれど、筆者が見た中で、いちばんすなおに感動した作品。生煮えのメッセージではなく、しっかりと意思が造型化されているのである。
 この「雨」とは、ばたばたと斃(たお)れていく兵士や一般市民の暗喩である。作者独特の、赤錆びた地、そして銃痕のように表面にうがたれた黒い穴は、作者のしずかな、しかしつよい怒りを表しているようだ。

 松居勝敏(札幌)「LANDSCAPE」も、メッセージのはっきりした作品。
 廃墟のようになった北炭関連会社の社屋と、JRタワーなどの見える札幌の都心風景。2枚の写真は、北海道の光と影を、端的に切り取っている。その金属性の表面に、オルゴールのような凹凸。

 伊藤ひろ子(同)「かげおくり」と鈴木涼子(同)「アニコラシリーズ・汗」は、昨年の「札幌の美術 20人の試み展」のまとめのような作品。したがって、その展覧会を見ていないひとにとっては、ちょっとわかりづらかったかもしれない。
 「かげおくり」で、ひもにたくさんつるされたさまざまなかたちの紙片は、作者や、会場に来た人のスナップ写真を題材に、そこにうつっている人間などの輪郭をはさみで切り抜いたもの。今回は、それらを、蜘蛛の巣状に配置した。
 「アニコラシリーズ」は、ウェブなどにあるヌードのイラストと、作者の顔を合成してくっつけプリントしたもの。この作品の劃期的(かっきてき)な意義については(といっても作者のほかにあんまり賛同してくれる人がいないんだけど)、昨年の「札幌の美術」のファイルを参照のこと。

 模型を映像化して投影する作品で、リアルとバーチャルの差異について問い続けている美術作家にしてヴィジュアルメディア評論家の伊藤隆介(札幌)の「TIME FLIES」は、この春のイメージフォーラム・フェスティバル2003で発表されたものだと思うが、ちょっと残念だったのは、往々にして観覧者が液晶モニターのほうにばかり気をとられて、壁に展示された巨大なハエのフィギュアにあまり近づこうとしないこと。ハエの前に立つと、ハエを見ている人がモニターに映し出され、「見ている人」が「見られる人」になってしまうという、攪乱的な作品なんですけど。
 ついでにいうと、図録の写真は、ハエの前に立つ女性がこのハエをカメラ付き携帯電話で撮ろうとしており、さらに、「見ているもの」「と「見られるもの」との関係がしっちゃかめっちゃかに混乱しつつあるのである。

 坂巻正美(岩見沢)「乳と蜜の流れるところ(野兎)」は、これも「プリント」なのだろうか。実物の野兎の耳を飛び出させた、ワックスの塊の直方体が、ずらりと床にならんでいる。おなじようなかたちが反復しているという点ではたしかに「プリント」的ではあるが、それぞれの野兎はひとつひとつ別の個体であることを考えると、なかなかに両義性をはらんだインスタレーションであるといえよう。
 ちなみに、題は、ユートピアを表現するときのきまり文句であり、どういう思いでこのような題をつけたのか、気になるところではある。

 このほか、女性の体の部分をモティーフにした木版画を作り続けてきたベテラン・清水淑江(札幌)が、写真やエアブラシをもちいた「HEROINE −OVERTURE−」で、変化の兆しを見せ始めたことを、書いておきたい。

 まだまだ書きたいことはあるが、ひとまずこのへんで。
 ふれられなかった以下の作家のみなさん、ごめんなさい。
 五十嵐威暢(東京)、池田緑(帯広)、遠藤享(東京)、大滝憲二、上遠野敏、小山淳、佐々木徹、下岡孝之、白戸麻衣、新明史子、高幹雄、武田浩志、端聡、坂東史樹(以上札幌)、藤井忠行(旭川)、ホシバリョウミツ、門馬よ宇子、矢崎勝美、渡邊慶子(以上札幌)

 海外の出品者の居住地のある国名は、次のとおり。
 アルゼンチン、オーストラリア、オーストリア、バングラデシュ、ブラジル、カナダ、中国、チェコスロバキア、デンマーク、エジプト、英国、エストニア、フランス、ドイツ、ギリシャ、ハンガリー、イタリア、韓国、メキシコ、ネパール、オランダ、ニュージーランド、ノルウェー、フィリピン、ポーランド、ポルトガル、スロベニア、スウェーデン、タイ、米国、ウクライナ

 関連ファイル
 ■「現代[版]展」=2002年春、芸術の森美術館の企画展。伊藤隆介らが出品
 ■northern elements=01年秋、ギャラリー門馬(中央区旭ヶ丘2)のこけら落とし。伊藤、坂巻らが出品
 ■札幌の美術2003=伊藤らが出品
 ■ビデオレター「札幌映像短信」=伊藤と吉雄孝紀による映像作品
 ■夕張リレーション=02年夏、鈴木涼子らが出品
 ■しかおいウィンドウアート=03年夏、中谷有逸が出品
 ■中谷有逸展=02年10月25日の項目(写真あり)
 
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