私は茨城県江戸崎町に生まれた者だが、この歳に至っておよそこの故郷周辺の古い歴史について、知識を持ち合わせていなかったことに気がついた。それは二年ほど前に平右衛門家の過去帳を調べたことに始まる。そこでは戦国時代の江戸崎周辺の武将たちが私も知っている歴史の動乱に巻き込まれながら活き活きとうごめいているではないか。斎藤道三に放逐された美濃の土岐頼芸、その弟が江戸崎城主として登場する。上杉や北条一族の栄枯盛衰と豊臣秀吉の天下統一の中で平右衛門の祖先を含め彼らは翻弄されていく。この姿が平右衛門家過去帳の行間に浮かび上がってくるのだ。教科書や歴史文献、歴史文学には到底登場することのないこの地の人々にも周知の歴史上の出来事と深くかかわった波乱の生涯があったのだと、もっと率直に言えばあまりにも身近に「歴史」が息づいていたのだと気づかされ、愕然としたのである。

そこで、郷土史を編纂するなどと構えるつもりはなく、ただ漫然とでも、江戸崎周辺に残る隠れた伝承の類と一般に知られた歴史・伝説の繋ぎ目を見つけて、ここに想像力を加えてみるのも面白いのではないかと思うようになった。

さてはじめたところ、まず日本武尊の東征に接点を見出すことができる。

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目次
巻の一 『記紀』・吾妻
巻の二 『常陸国風土記』
巻の三 橘花残影
巻の四 笠間の日本武尊伝説 来栖神社をたずねて
巻の五 土蜘蛛無残
巻の六 芹沢鴨 その名の由来
巻の七 実説土蜘蛛