かけがえのない日々のために出来る事 1234あとがき

 まどろむ意識。
 そこに入り込んでくる女の歌声。
 何かを訴えてきていると分かっても意味までは読み取れない。
 その意味をつかもうと腕を伸ばすけれど、とらえる直前に意識が霧散していく。
 落胆した意識の中にまた別の意識が音と共に入り込んでくる。
 知っている意識と知らない、だが聞き慣れたメロディ運び。
 コレは誰が作った音なのかすぐに分かる。
 ウツは浮上させた意識で相手の気配を探り、目を開けた。
「新曲?」
 ピアノに向かっているテツにウツは話しかける。
「ようやく起きたんだ」
 声をかけたウツにテツは呆れたように言う。
「ようやくってそんなに寝てたかなぁ」
「少なくとも2時間は。キネが出かけたのも知らないでしょう?」
 テツの言葉にウツはその時になって初めてキネの姿、気配が無いことに気づく。
「……いつ出かけたの?」
「ウツが寝ちゃってすぐだよ。ま、熟睡できるって事は良いことだよね」
 そう言ってテツは再びピアノに向かった。
 キネが出かけた理由をウツは思い出した。
 ISSAのレイカ・キノモトに会いに行ったのだ。
「何かの依頼かもね」
 テツがそう言っていたこともウツは思い出す。
「依頼かなぁ」
「さぁ」
 部屋にテツのピアノのメロディが響く。
「それ、初めて聞くんだけど新曲?」
「そう、まだ歌詞は無いんだけどついたらウツ歌ってよ」
「良いよ」
 テツの言葉にウツは二つ返事で頷く。
 まだ寝起きの気怠さが残るのかウツは再び横になる。
「ウツ、せっかく起きたのにまた寝る気か」
 扉を開けてキネが騒々しく入ってくる。
「ウツ、まだ眠そう。雨降ってきてるからだるいのかな?」
 そう言ってミツコも入ってくる。
 再会するなり
「ウツはヤッパリ猫だよね」
 と判定を下した彼女はウツを猫だと言ってはばからない。
「ただの夜型なだけだって。猫、好きだから…猫って言われて嬉しいけどね」
 そう言ってウツは近寄ってきた猫を抱き上げる。
 この家には猫がたくさんいる。
 ウツが拾ってくるからだ。
 ちなみに今は4匹いる。
「テッちゃん、それ良い曲。歌詞は?」
「まだなんだ。ミッコさんが付けてみる?」
「えっ私?」
 テツの提案にミツコは戸惑う。
 自分で作った曲なら戸惑わないだろう。
 がそれが他人のしかも自分と性別が違う。
 その歌詞を彼らは納得するのだろうか。
 ミツコのその思案の様子は3人には手に取るように分かる。
「ミッコちゃんの歌詞、僕は好きだよ。ミッコちゃんが書いた歌詞で歌ってみたいな」
 ウツは素直に自分の気持ちを告げる。
 彼女がこだわっている事を彼女の歌詞から感じなかったから。
「ねぇ、本当に私で良いの?」
「良いんだよ。ウツも言ったけどボクもキネもミッコさんの歌詞良いなって思ってたから」
 テツの言葉にキネも頷く。
「ありがとう。じゃあ、頑張ってみるね」
 少女の様にミツコは笑顔を浮かべながら頷いた。
「ねー、いつ仕事の話に入れるのかしら?」
 入り口から聞こえた声に顔を向けてみれば不満げにこちらを見ているレイカ・キノモトの姿があった。
「レイカ、来てたんだ」
 ウツはノンビリという。
 寝起きでまだソファに足を伸ばしたままで気怠くいうウツにレイカはため息をつき、時間が惜しいと言わんばかりに話し始めた。
「依頼をしに来たの」
「頼みに来たようには見えないけど、まぁいいよ」
 テツはにっこりと微笑みながら言う。
 歓迎されていない、そう気づいても話を放り投げるつもりはないのかレイカは一つ咳払いして話を始める。
「依頼はある少女の保護よ」
「保護?救出じゃなくて?」
「えぇ」
 テツの質問にレイカは答える。
 Zeit Netzwerk。
 ウツ、テツ、キネの三人で作ったグループは音楽をする事だけが目的では無い。
 自分たちの能力を利用し目的を達成させる事だ。
 その第一の目的、自分たちを縛り付けていた組織の破壊はレイカ達『ISSA』の力を借りて完了した。
 だがその残党もまだ残っていると聞く。
 しかし、今の能力ならば、1区画を制圧しレイカの言う『少女』を救出することなど可能だろう。
 だが、依頼は保護だというのだ。 
「救出はマリア・クサカベがするわ。その区画の制圧はなし。マリアが個人的に受けた依頼だから」
 マリア・クサカベ。
 ISSAが見つけた強力な能力者。
 彼女の存在が無ければISSAは現在増えつつある能力者に対応することが出来なかっただろう。
「マリア・クサカベが受けたのなら、彼女が保護すれば良いんじゃないのかい?」
 キネの言葉にレイカは頷く。
「マリアも初めはそのつもりだった様よ。でも、マリアに依頼したクライアントがあなた達を指名したの」
 そのレイカの言葉にウツ、テツ、キネの3人はどういう事だと訝しがる。
「そのクライアントはオレ達の事を知ってるのか?」
 おそるおそるキネはレイカに聞く。
 でなければ自分たちZeit Netzwerkを指名する理由がないし、危険を冒してまで名前を広めているのだからそうであっても欲しかった。
「えぇ,マリアの話によれば正確に知っているそうよ。そのクライアントが少女の保護をZeit Netzwerkがすることを望んだの」
「わざわざ名指しとはオレ達も有名になったもんだ」
 嬉しそうにキネは言う。
「で、マリア・クサカベは?」
「この依頼を受けてくれるの?」
 レイカの言葉にテツは首を横に振る。
「まだ受けると決めた訳じゃない。マリア・クサカベの話も聞かなきゃ意味ないと思わない?彼女はどう受け止めたか、ボクは知りたいね」
 テツのその言葉に同意だとウツとキネは頷く。
「それに一度もあったことのない人の依頼を受けたくはないんだけど」
「まぁ、それもあるよね」
 ウツの言葉に苦笑いを浮かべながらテツはいう。
「ホント、あなた達って一筋縄では行かないわよね。呼ぶわ」
 レイカは携帯電話でマリアと連絡を取る。
「ガード開けてって」
 通信を切った後、レイカは意味をあまり把握せずに行った言葉にウツが頷く。
「PSIバリアはタカシ・ウツノミヤが受け持っているとは思いもよらなかった。まぁシンガー、テレポーター、テレパスから考えるとPSIバリアの適正はシンガーでしょうけど」
 室内に突然現れた見るからにスタイルの良い女性は開口一番にそう言う。
「おいおい、マリア、着いて早々いきなりそれは言うことか?」
 そう咎めた図体のデカい男はため息をつく。
「ソウスケ君も大変ね。彼らにあなたのことを紹介したいのだけど」
 レイカは入ってきた二人を見、ウツ、テツ、キネを順に見て、話を進める。
「彼女がマリア・クサカベ。ISSAが誇る天才能力者。テレパス持ちのテレポーター。サイコキは?」
「一応持ってる」
「で、その図体がやたらデカいのがマリアのセカンドのソウスケ・バンノ」
「図体だけって余計なもんくっつけやがって」
「で、彼ら三人がZeit Netzwerkよ。その隣の女性が………ミツコ、仲間でいい?」
「全く問題ないわ」
 レイカの質問にミツコは頷く。
「噂の3人組か」
 値踏みするかの様にマリアはZeit Netzwerkの事を見つめる。
「こんな風に逢うとは思わなかったぜ。テレパスにテレポーターにシンガー。逃亡タイプとしては問題ない」
 ソウスケが三人をそう称する。
 誉めているのかそれともそうでないのか。
 もっとも、能力に対して、誉められる事は好きではないのでそのまま三人は流すことにした。
「改めて、私がマリア・クサカベ。早々に仕事の話をしても構わないかしら?」
 マリアの言葉に三人は頷いた。
 所在なさげにしていたミツコも少し離れた所で耳を傾ける。
 ミツコとてこの家の住人。
 少女の処遇をどうするにしろ一旦はこの家に連れてくるのだろうから、ミツコも無関係ではいられないからだ。
「依頼人の名前はサエ。とある場所にいるとだけ伝える。それは彼女が私に依頼した時の条件だから。Zeit Netzwerkには自分の名前だけ伝えること。それ以外は禁止。伝えることを許されていないわ。彼女はある特殊な事情であなた達を知った。その事情を今はまだあなた達に知られたくないそうよ」
 マリアが語っていく事情にテツはどう受け止めて良いのか分からない。
 もちろん、ウツやキネも同意だ。
 秘密が多すぎるのだ。
「訳が分からないと言いたげね」
 マリアは三人の表情を見てため息をつく。
 秘密ばかりで納得しろと言うのが難しいのだ。
 マリアはそれを分かって言っているはずなのにそれ以上『サエ』の事を話そうとしない。
 それどころか
「サエがあなた達に保護して貰いたい少女の名は」
 と強引に話を進める。
「ちょっと待ってくれ。本気で『サエ』の情報も出さないで依頼を受けろと言うのか?この依頼は少女の保護であって『サエ』本人の保護では無いけれどでも、依頼人の正体が何も分からないのは気味が悪い。ホントに何も無いのか?」
「『サエ』本人の情報は無い。禁止されている」
「その禁止が意味分からないんだよ」
 キネの言葉にマリアは答えようとしない。
 ため息をついたもののソウスケも答えようとはしない。
「話を続けて」
 テツはキネを一度見た後に言う。
 その言葉にマリアは頷き話を再開させる。
「少女の名前はリノ。正確にはRIN0(アールアイナンバーゼロ)」
 マリアのその言葉に事情を知っているのであろうソウスケ以外、顔をしかめる。
「…マリア、どういう事なの?……まさか」
 レイカも詳しい事情は聞いていなかった様だ。
 だが、少女の名前と言うべきか(それとも呼び名か)を聞いて分かったのだろう。
 保護する少女の出自を。
「レイカ、知ってるの?」
 テツの問いにレイカは首を振る。
「知っている訳じゃない。でも心当たりならあるわ。リュウイチ・イノザキ被験者No.0…ね」
「そうよ」
 レイカの言葉にマリアは頷いた。
 その名前はこの場にいる全員が知っていた。
 リュウイチ・イノザキ。
 能力者ならば知らない人はいないとまで言われる能力研究の権威だ。
 権威という呼び名は正しくない。
 現在彼は能力、超能力を研究している学会からは追放されている。
 理由までは伝わっていないが非人道な実験を行ったためらしい。
 まだ、Zeit Netzwerkとその名を名乗る前。
 まだ、組織とのしがらみが剥がれなかった頃。
 彼は追放されているのだ。
 情報に精通しているテツですらその名前を聞くのは久しぶりだった。
「久しぶりに聞いたよ、その名前を。で、彼は生きているの?」
 とテツは聞く。
 生死すらも不明な彼は一時組織に手を貸していたという。
 だがそれを知ることもなくテツ達3人は組織から抜けだしている。
 抜けた後、組織の一員だった男の後を追った時に分かった。
「研究所は存在するか不明。場所は分かるけれどそれらしき建物はない。リュウイチ・イノザキ博士の生死も不明。でも少女が『RIN0(アールアイナンバーゼロ)』と呼ばれているのは間違いないわ」
「少女の年齢は?」
「………17よ」
「リュウイチ・イノザキ博士が学会から追放されて行方不明になったのが10年ぐらい前…。非人道的と言われる実験の被験者がその少女って事は考えられるのか…」
 キネの言葉にマリアは頷く。
「少女の名前はリノでいいの?」
「サエはそう呼んでいるわ」
「何でリノの事は教えてくれるんだ?」
「保護対象の詳細を知らないで保護できるとは思えないけれど?」
 マリアは表情も変えずにキネの問いに答える。
「で、『サエ』の素性は秘密か」
「本人がそう言っているの。あなた達に自分の素性は明かさない。………サエがRIN0を気にかけていることは事実。かわいがっていることも」
 マリアは決して『サエ』の事を話そうとしない。
 禁止事項だという。
 誰に禁止されているというのか?
 仕事の条件として突きつけられているにしても、それでも言わない。
 名前からすれば女性と考えられるだろう。
 だが『彼女』とも形容しない。
 想像では女性だが真実は女性でないのかもしれないのだ。
「ソウスケは『サエ』に会ったことはあるの?」
 レイカもテツと同じ事を思ったのだろうマリアと共に行動しているソウスケに聞く。
「いや、サエの所まではマリアのサポートするが本人に会ったことはないな。サエに会うのはマリアだけだ」
「これ以上の問答は不要だわ。Zeit Netzwerk。あなた達はこの依頼を受ける?」
 マリアは問いかける。
 三人は顔を見合わせる。
 答えはまだ出ない。
「受けない」
 静かにテツは言う。
「テツ?冗談は止めて」
「と、言ったら?」
 血相を変えて抗議したレイカにテツは茶目っ気を加えて返す。
「RIN0を連れ出すことは決定事項。あなた方が保護しないというのなら…それ以降は知ることのない事よ」
 マリアは突き放すように答える。
 依頼を拒否した時点でその後の経過など知ることが出来なくなるのは当然のことだ。
「ミツコ、あなたは納得したわよね」
 レイカが頼みの綱とばかりにミツコにすがる。
「わたしは、保護しても構わないと思うわよ」
「でしょう?」
「でも、この依頼を受けるかどうかに、私の判断が入る予知はどこにもないわ。わたしはここの居候。Zeit Netzwerkの三人が決める事にわたしが口を挟む事は出来ないし、理由もないし」
 そうミツコは素っ気なく言う。
 ミツコは間違っていない。
 Zeit Netzwerkと名乗ることもそれ以外の事も全て三人で決めてきた。
 それはレイカも知っていることである。
 マリアはZeit Netzwerkに依頼を持ってきた。
 ならばその選択権は彼らにあるのだ。
「…………」
 テツが考え込んでいる。
「一つ聞きたい。彼女を保護する時の方法は?『サエ』の口調からはRIN0は狙われている?」
「RIN0は能力者。彼女を狙う組織は規模に拘わらず多いのは事実よ。彼女の引き取りにはそうね、あなた方にポイントで引き渡すのが賢明ね。ポイントはそちらで指定してくれても構わない。どうする?」
「RIN0の能力は?」
「確認したのはPSIもESPも両方所持してるわ。能力値は不明。この情報は『サエ』からだから実際には不明」
 マリアの言葉にテツは自分に言い聞かせるように頷く。
 そして
「いいよ」
 と一言、マリアに告げた。
「構わないのね」
「念を押す必要はないよ。三人で話はまとまったから」
 テツはウツとキネを見、二人が頷いたのを確認して再びマリアに視線を戻す。
「なら助かる。RIN0の救出日時及び引き渡しの日時はこちらから指定する。そこまで遅くはならないが…今日、明日の事ではないから安心して。10日以内には連絡出来ると思う」
 そう言い残して、マリアはソウスケと共に移動する。
 もちろん、ここにやってきた時と同じ様にテレポートで、だ。
「マリアに言っていた事、本気にしても良いのよね」
 レイカは少々呆けた後、ため息をつきながら言う。
 能力者ではないレイカにとってテレポートは日常に存在しないものである。
 だから、目の前で行われるたびに呆けてしまうらしい。
 もちろんマリアとの会話中、三人がずっとテレパスで会話していたことも気づいてない。
 高位のテレパス所持者であるキネがいてその彼がテレパスブロックをかけているのだから、たとえ能力者でも気づきようが無いだろうが。
「正直、助かるわ。日本のISSAではまだ能力者に対する受け入れの形が出来てないの。もっとも他の国も同じ様だけど。一番早いアメリカでさえ、その扱いを決めかねている。能力者がISSAに有用であると認められたのは、あなた達も知っての通りマリアの存在があったからよ」
 テツはレイカの言葉に頷く。
『マリア・クサカベ』
 彼女はISSAにとって衝撃だった。
 それまで存在はしても実用には至らないと考えられていたいわゆる超能力というモノが彼女の出現によって覆されたのである。
 とはいえ、状況の打開を図るには個々の能力値によるという所もあるし何より絶対数が足らない。
 だからこそ能力の有効性にいち早く気がついた組織は能力者の確保に積極的に動いていたわけだ。
 同じくそれに気づいたISSAも能力者の確保に動けばいいと声が上がるのだが世界中の警察組織の集合体という性格上、犯罪組織と同様の事をやっては本末転倒だろう。
 と同時に能力者に取って代わられるという恐怖も上層部にはあるらしいのだ。
 だから能力者の扱いを決めかねている。
 だが、そのおかげで『Zeit Netzwerk』はその名前を名乗り自由に行動している。
 時にはISSAに協力をしてみたり。
 組織にいた頃の不自由さを考えればそれぐらいは許容範囲に過ぎないのだ。
「で、レイカは何のよう?」
 まだ帰ろうとしないレイカにウツが話しかける。
「依頼だろ?何の依頼なんだ?」
 レイカが顔色を変えたのにも気づかずキネがウツに答える。
「…読んだの?」
「まだ帰る様子がないし、マリアの事だけならレイカは来る必要無いよなって思ったからさ。レイカも依頼があるんだろうなって思って表面だけ読んだら案の定。言っておくけど誤解しないで貰いたいんだけど読むことを提案してきたのはテッちゃんだからな。オレは止めたし」
「あ、またそうやって人に責任押しつけようとして。自分はいい人ぶるんだから、キネくんは」
 そんなキネとテツの会話を聞いてレイカはため息をつき
「最悪」
 と呆れたように呟いた。
 いつもの事だろうに。
 ウツはレイカを何時もと同じ様に見守る。
 何時もこの調子なのだ。
 レイカは能力者ではない。
 非能力者が彼女に出会うまで周りに居なかったわけではない。
 むしろそれがほとんどな訳で、そんな中でとくにキネやテツは能力を隠し続けていたのだ。
 レイカは自分たちが能力者であることを知っている。
 隠さなくても問題ではない。
 それが楽なのだろう。
 今まで能力を隠してきたキネやテツは何も気にせずに使う。
 知ってはいても慣れていないレイカは戸惑う。
 それがおそらく面白いのだろう。
 だから余計に無駄に使うのだろう。
 戸惑い,からかわれた事に気づいた彼女が呆れたあげくムッとした状態で話を始めるのも時間の問題だった。

「……。とあるビルの制圧をして欲しいの」
 強く言おうと声を張ろうとして少しだけかすれたのかレイカは咳払いの後言う。
「制圧とは穏やかじゃないな」
「潜入して場を掌握する。これで良いかしら?」
 言い方を変えただけでやることは同じだと気づいたのかウツが苦笑いを浮かべている。
「で、とあるビルって?」
「単なる雑居ビルよ。それぐらいなら頼みに来る必要も無い。でもそこで行われていることが問題なの」
「何をしているの?」
 キネが問いかけながら差し出した珈琲を一口のみ、レイカは話を続ける。
「入っている所は普通の所よ。そう言えば地下から2階には音楽系のクラブが入っているわ。あなた達も知ってるかもね。兎も角そのビルのどこかでどうやら脱法ドラッグの販売をしているのよ」
「脱法かあ、それは難しいよな。ていうか、警察は脱法ドラッグじゃ手を出せないんじゃ」
「警察ならそうね。いくら取り締まったって次から次へと抜け道が造られてしまう。それに手をこまねいているわけには行かないの」
 レイカは強い口調で言う。
 彼女のその口調は何処か憤ったモノをテツは感じた。
 脱法ドラッグでの事件事故は少なくない。
 何度も見てきたはずだ。
「それに警察は法に触れないモノには踏み込むことが出来ないと言うけれどISSAは関係ないからね。その為のISSAでもあるわけだし。だから私はISSAに来たのだし」
 彼女自身、警察だから踏み込めないというのを経験してきたのだろう。
 その苦い経験の一部を晴らしたいのかもしれない。
「で、時間と場所は?」
 テツの言葉にレイカは驚く。
 自分たちがZeit Netzwerkが動くとは思わなかったのかもしれない。
 マリアの依頼になかなか良い返事を出さなかったのも彼女の中で自分の依頼は受けてもらえないと思って居たのかもしれない。
 自分たちはそれ程冷たい人間ではないし、レイカの言葉に影響を受けているかもしれない。
 もっともそんな事レイカに言うつもりもないが。
 気を取り直してテツはもう一度聞く。
「制圧する場所は?それから日時も指定があれば教えて」
「まずは場所ね。N通りとS通りの交差点近く」
 レイカの言う場所を思い描く。
 だがその辺りにあるという音楽系クラブの心当たりがない。
「あったっけ?」
 ウツは思い出せないと言わんばかりに首を横にふるし、ミツコはあの辺に不案内だ。
「んーオレ達名前を聞いて直に入ってるから案外周辺地理に詳しくないんだよな」
「そうなの?」
「ウツはとくにだな」
「うん、全部テッちゃん任せ」
「テッちゃんはテレポーターだからな」
 その言葉にテツは苦笑いを浮かべる。
 今までウツはほとんど一人で出歩く事がない。
 遠出する時は3人で行くモノだから大体がテレポーターであるテツが移動の役目を負っているのだ。
「キネくん手伝って」
「了解」
 テツの肩にキネが手を置く。
「何をするの?」
 レイカが不思議に思ったのか聞いてくる。
「キネのテレパスとテッちゃんのテレポートでシンクロするとテッちゃんとキネの視覚野にその絵が浮かぶんだ。普段のキネの近距離サーチはキネが見てるんだけどね」
 テツの代わりにウツが説明をする。
「ココがN通り。ココがS通りでそこが交差点」
 テツが見えている画像を説明する。
「ココってS通りだっけ?オレS通りから来たこと無いから分からなかったよ」
「確かにS通りって渋滞多いから使いたくないよね。で、ここからどっちに?」
「交差点をN通りの東方面へ100m…行かないわね。50mぐらいに5階立てのビルなんだけど地下への階段がない?地下って言ってもそこまで深いわけじゃないんだけど」
 レイカの言うとおりに進む。
 見覚えのある景色にテツとキネは戸惑う。
 ずっと来ていなかった場所。
 さほど昔と変わらぬ景色のそこ
「ここ、クラブN34」
 むかし使っていたライブハウスだった。
「そう、ここはもとクラブN34、今はE34と名前を変えて営業しているわ。このビルの制圧が依頼。前にもココを利用していたのなら好都合じゃない」
「まぁ、そうなんだけど」
 レイカの言葉にテツは頷く。
 確かにN34は何度も利用していた。
 ただそれは過去のまだ自分たちが組織に属していた頃の話でずっと昔の事だ。
 内部の構造など変わっているに違いない。
 名前も変わっているならなおさらだ。
「だったらその辺は心配しなくても問題ないわ。もうすでに潜入者が居るから、構造なんかは彼らにデータを送ってもらうと良いわね」
「そうしてもらえると助かるよ。で、制圧する日時は?」
「時間帯はあるわ。このクラブの営業時間帯で脱法ドラッグの取引時間は深夜。後はさっき言った潜入者に合図を任せると良いわ」
「連絡方法は?」
「あたしが先に彼らにあなた達の事を伝えるわ。後はあなた達と彼らで連絡しあって」
「簡単に個人情報を明かさないでもらえるかなあ。コレでもオレ達有名人だよ」
「テレパスで人の情報を読み取れる人がそんな事言わないで。潜入者はISSAのエージェント…アンカーよ。あなた方と同じ能力者。ISSA所属の第1号って所かしら?」
 レイカの言葉に全員が驚く。
「今まででISSAは何人かの能力者を保護してるのよ。組織に入っていた者。何らかの研究所から逃げ出した者。強制でISSAの事をさせているわけじゃないわ。知っているでしょう?能力は非常に有効だけどまだどう扱うか迷っていることを。だからこの二人はその為の研究もしているの」
 そう言ってレイカは封筒を取り出す。
「ここに二人のデータがあるわ。じゃあ」
 そう言ってレイカは帰って行く。
 封筒の中身は潜入者の資料。
 情報流出を恐れてか紙のデータだった。
 もっともISSAのデータバンクはテツがゲームと称して潜入してしまったが為にセキュリティを構築し直している。
「ボイスチェンジャーとテレポーターか」
「ボイスチェンジャー?」
 聞き慣れない能力にウツが首を傾げる。
「シンガーの亜種だね。音声を変化させる事に特化させた能力だったかな?」
 テツはそう説明する。
 能力者と呼ばれるのはいわゆる超能力だけではない。
 後に特能と呼ばれるようになる特殊系もその一つだ。
 ウツのシンガーもその一つだろう。
「まぁ、とりあえず、この二人からの接触待ちかな?」
 資料を一通り目を通したテツはそれを二人に渡しノンビリと構える。
 がその時は案外早くに訪れた。

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