かけがえのない日々のために出来る事 1234あとがき

 その場を一瞬で変える音。
 支配する音色と声。
 彼らはそれだけで場を制圧してしまった。
 魅せられたのは会場にいた観客だけではない。
 その場にいたスタッフ、そのクラブ内にいた人間、果てはクラブが入居するビル全てを支配する。
 コレが能力シンガーの姿だと言うのか。
「ありえない」
 と呟く傍から彼らの音に抗えなくなっていく。
 支配されていく意識の中で最後に思ったのは
「近づきたい」
 で。
 その後はもう彼らの作る空間に身をゆだねるだけだった。

「えっと、初めまして。レイカさんから聞いていると思いますけど。先行者のミカコ・コマツです」
「同じくnishi-kenです」
 電話口から二人の声がする。
 一人は女性。
 年齢はいくつぐらいか正直、想像が着かない。
 何故なら彼女は資料によるとボイスチェンジャーのはずだからだ。
 もう一人は男性。
 思った以上に声が低い。
「ああ、やっぱkenさんが説明して」
「失礼しました。Zeit Netzwerkのお一人で間違い無いでしょうか」
 丁寧にnishi-kenは聞いてくる。
「あってるよ。ボクはテツヤ・コムロ。君たちはISSAの能力アンカーで間違い無いかな?」
 ISSAのアンカーは男女のペアになっているのだ。
「ハイ、そうです。テレパスでつなごうと思ったのですが、そちらの波動を知らなかったので電話でという手段を取りました」
 nishi-kenが電話の理由を答える。
「大体そんな所だろうなって思っているから問題ないよ。聞きたいんだけど。多人数でのテレパスの経験は」
「無いです」
 nishi-kenは即答する。
 彼はテレパスは使うことが出来るが範囲はそこまで広くないと思っている。
 第一,彼の周りでテレパス使える人間は今の所ミカコだけだ。
 そのため多人数でなんて考えてもいないようだった。
「複数でのテレパスは可能なんですか?」
「一応可能だよ。でも波動が合わないと難しいね」
 テツは答える。
 複数でのテレパスは少なくとも4人は可能だ。
 それはウツ、テツ、キネ、ミツコの間ではそれが出来ている。
 その波動をテツはESP値と呼んでいる。
 もっともこの4人でのテレパスは強力なテレパシストであるキネの存在無くしては難しいのだが。
「波動ですか…」
「うん。この件が終わったらこの事に関して協力しても良いよ。君たちはISSAで研究しているんでしょう?」
「レイカさんからですか?」
 その言葉にテツは苦笑いを浮かべて頷く。
 nishi-kenの声に「またか」という響きが含まれていたからだ。
 テツも思った事だが彼女は自分の仕事の為には全ての事は小さな犠牲なので厭わない事が多い。
 たとえそれが他人の個人情報だとしてもだ。
「ありがとうございます。で本題の制圧の件ですが、日時は後日の連絡として、その前になにか自分たちに要望はありますか?」
 nishi-kenの問いにテツは少し考える。
「じゃあ、その日のフロアのスケジュール。10分、いや5分でいい開けて欲しい。で良いかな?」
 テツはウツとキネを見る。
「別に良いよ」
「ウツは良いかもしれないけど。二人とも5分で済むのか」
 キネは知っているのだ。
 テツやウツが一度始めたら、飽きるまで止まらないことを。
 もちろん、気分がノる、ノらないはある。
 今回はライブも出来るクラブでの仕事だ。
 営業時間なども考えて恐らく仕事の時間は深夜に近い時間帯。
 客の様子はどうだろう。
 ノリは悪くないと予想する。
 ならば間違い無く止められないだろう。
「その時はその時だよ」
 制圧してしまえばこちらのものだ。
 テツは電話の向こうにいる相手には分からないようにテレパスを飛ばす。
 時間調整に動いて貰うであろうnishi-kenとミカコには悪いが自由にやらせてもらう。
「テツ…さん?」
「あ、ゴメンね。でどうかな?一曲分の時間とれそう?」
 nishi-kenとミカコはウツの能力を正確に把握していないはずだ。
 それ以上の時間をたとえ使う可能性があってとしても伝えることは出来ない。
 テツの提示した時間は割り込むことの出来る可能性のある時間だ。
 それ以上は彼らの力では開けられないだろう。
「わかりました。5分とれる日を探してみます」
「よろしく。連絡は送れるのならテレパスで構わないよ」
 テツの言葉にnishi-kenは了解して電話を切る。
「キネくん、二人がどこにいるのか分かった?」
 テツが問いかける。
「例のクラブにいるな。従業員として潜り込んでるみたいだ」
 テレパスの反応でキネは相手の居る場所が分かる。
 だがここからクラブまでは距離がある。
 キネのテレパスの範囲内にはない。
 空間を手軽に越える電話のおかげで分かったのだ。
「クラブは昔のそのまま使っているみたいだ。ざっと見ただけで悪いけどな」
「それだけ分かれば上出来だよ。テレポートの位置が先に把握出来てるんだから準備しやすいしね」
「確かに」
 テツの言葉にキネは頷く。
「さて、どうしようか」
 テツはこの作戦が楽しみなのかいたずらっ子の様な視線をウツとキネに向ける。
「どうするって、作戦を立てるのはあなたでしょう?」
 何言ってるんだとばかりにキネがテツに言う。
 確かに作戦を考えるのはテツの役目だ。
 どうしようかと聞いては来るがある程度自分の考えで進めてしまうのはいつもの事だ。
「新曲やるつもりはないの?」
 思い出したかのようにウツがテツに問いかける。
「何曲か出来てるんだったら新曲がいいかな」
 そう提案したウツにキネとテツは驚く。
「嫌じゃないのか?」
 組織を崩壊させて以来ウツはその能力を嫌っているようにテツとキネは見ていた。
 気の向くままに歌うのは構わないが意図的に歌うのはどうもと言う具合だ。
「嫌って何が?」
 ウツはキネの問いに首を傾げる。
「何がってなぁ」
 なんと言って良いか分からずキネはテツに任せる。
「歌を歌って能力が発動することだよ」
 テツの言葉にきょとんとした後、ウツは困ったように微笑む。
「ウツ?」
「嫌じゃないよ。二人とも知ってると思うけど僕の能力は歌うだけで自動で発動する。歌うのがいやならとっくに歌うのやめてる。発動することを嫌っているように見えたのならそれは歌うことを悩んでいたわけじゃなくて。どうすればこの力を生かせるかって事。まぁ結局は歌う以外にないし…聴衆を湧かせるには良い能力だよね」
 とウツは言う。
 テツのテレポート、キネのテレパスに比べてウツのシンガーの能力は特殊能力と呼ばれる部類に入る。
 通常でも役立つ二人の能力に対し自分の能力は大して意味のないモノなのでは、どうすればいいのかと思い悩んでいたのだ。
 二人はそれを歌うことが嫌なのだと思い違いをしていたのだ。
 キネとテツはいつでもウツが何も気にせず歌える環境を作りたいと願っていた。
 今はそれが叶う環境なのだ。
「大丈夫だよ。歌うことを嫌になるなんて事ないよ。第一、僕が歌えているのは二人のおかげだしね」
 そう言ってウツは微笑んだ。

 少しだけ時間を戻す。
 電話を切った後のクラブE34の話。
「ふー…」
 電話を切ってnishi-kenは一息つく。
「どうしたの?kenさん」
 一息ついて脱力しているように見えるnishi-kenにミカコは声をかける。
「緊張したんだよ」
「あぁ、それは分かる。スゴイ人って言うのは電話口でも分かった」
 ミカコは最初に繋がった時の印象を思い出す。
 電話の電波は空間をつなぐ。
 大抵の能力者はつないだ空間の気配ぐらいは分かる。
 テレパスの領域を文明の利器がこじ開けるからだ。
 例えば相手方に強力なテレパシストがいたら全てを丸裸にされている気分になるだろう。
 今回は運悪くそれに当たった。
 キネだ。
 彼は強力なテレパシストだ。
 だから内部の構造も分かるのだ。
 もっともミカコはその事を知らない。
「Zeit Netzwerk……か……」
「kenさん、知ってるの?」
「ミカが知らない方が驚きだよ」
「噂ぐらいは知ってるよ。凄いって言う」
「組織を壊滅させた三人組。もっともISSAも協力したって話だけど」
 組織時代のZeit Netzwerkをnishi-kenは知らない。
 だが、抜けだした後の組織を壊滅させようと行動していた時の三人を知っているのだ。
 nishi-kenは噂を聞いていたのだ。
 ほとんどの能力保持者がそうであるように、nishi-kenもミカコもそういう組織にいたのだ。
 そしてnishi-kenは噂を拾いやすい位置にいた。
 その時に知ったのだ。
 Zeit Netzwerkの存在を。
 音楽で場を変えていく彼らを。
「レイカさんにもビックリだよね。うってつけの人間がいるって言うから誰かと思えばでしょ?kenさん」
「まあね」
「レイカさんもちゃんと…………ん?」
 言葉を続けようとしたミカコが辺りに目を這わす。
「ミカ?」
「………誰かいた………かも?」
「ブロックは?」
 部屋の中にはいない。
 だとしたら?
 警戒しながらnishi-kenは問いかける。
「一応は。でも、あたしのブロックなんてたかがしれてるよ」
 ミカコは中程度の能力は持っている。
 だが電話の向こうに感じたブロックはミカコのそれとは比べモノにならない。
「Zeit Netzwerkとの比較はするなよ。あの三人に匹敵するのなんてマリア長官か…」
「他は心当たりない」
 ミカコはnishi-kenの言葉を引き継ぐ。
 彼らほどの能力保持者は滅多にいない。
 だが逆を返せばそれ以下のミカコとnishi-ken程の能力保持者は思っている以上にいるのだ。
 どんよりとした空気が二人の間を流れる。
 誰かに聞かれては困る話をしていたのだ。
 誰も来ないような場所を選んでいたつもりだった。
 声はもれないようにしていたはずだ。
 ESPもPSIもブロックをかけている。
 第一、このクラブで二人よりも能力の高い人間はいないはずだ。
 たとえブロックがかかっていても能力を消すことまでは出来ない。
 二人は意を決して部屋の外に出る。
 誰の気配もない、いたような痕跡もなかった。
 大丈夫と顔を見合わせて息を吐いて。
 人の多いところまで出てきて声をかけられた。
「kenくん、ミカちゃん。探したんだよ。ドコに行っていたんだい?」
 ニコニコと笑顔を携えてやって来たのは、このクラブの音響スタッフのDだった。
 nishi-kenとミカコはフロアスタッフとして動いている。
 その中で音響スタッフのDとは交流があった。
「Dさん」
「来週からのスケジュール発表されてたよ。二人とも知りたがってたから早く教えてあげようと思ったら見あたらないからビックリしたよ」
 そのDの言葉に二人は休憩時間を過ぎていた事に気づく。
「す、すみません。Dさん、ありがとうございます」
「来週から再来週にかけてイベントがあるからね。忙しくなるよ」
 そう言ってDは何処かへ向かう。
「……探しに来たって……」
「まさか………ね……」
 楽しそうに歩くDの後ろ姿を見送っていた二人はそう呟いた。

 場を支配するそれ。
 いつか聞いたその空間に再び近づく。
 あこがれて止まないそれに手を伸ばした瞬間、意識が遠のく。
 それは支配のようで支配ではない。
 それは囁くのだ。
「この音に踊れ」
 と。
 それに抗うことは出来ない。
 してしまったのなら後悔するだろう。
 何故、この中に入ることを拒否したのだと。
 周囲を見渡し気づくのだ。
 踊る者達の恍惚の表情を。
 興奮の声を。
 入ること抗ってしまった惨めな自分を。
 だから抗う事はしない。
 憧れていたその雰囲気に乗れるのだ。
 知れるのだ。
 彼らが作りだす、空間を。




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