かけがえのない日々のために出来る事 1234あとがき

「あり得ない!」
 レイカは叫ぶより他なかった。
「nishi-ken、人の話を聞いてる?」
「すみません、無理です。後はテツさんに」
 そう言ってnishi-kenは電話を切る。
 分かってたはずだ、Zeit-Netzwerkの力は。
 だが、侮っていた。
 Zeit-Netzwerkの力を。

 何度か掛かってきた電話でクラブ内の様子は手に取るように分かった。
 音響設備の配置も知っている頃と変わらない。
 ボタン一つでジャック出来るだろう。
 そのための準備は先行者のnishi-kenとミカコがやってくれた。
「5分しかとれませんでした」
 申し訳なさそうに謝ってきたnishi-kenはお詫びだと言わんばかりにこちらの要求に答えようとしてくれた。
 恐らく彼は制圧するのに5分では足らないと思っているのだろう。
 ウツの力が発動さえしてしまえば5分もいらない。
 3分もあれば充分だろう。
 前準備はこちらでやっていくし。
「失敗するかもしれないから」の予備でもない。
 単なる余興に過ぎない。
 ウツの力が発動しないなんて事はあり得ないし、たとえ何人かがウツの力に飲まれなくても自分たちが捕まえるわけでは無いのだから問題はない。
 ウツの力に酔えなければ苦痛になるだけだ。
 それだけの力がウツの歌にはあるのだ。
「すみません、大丈夫ですか?」
 予定時刻の10分前、nishi-kenからテレパスが入る。
「大丈夫だよ。こっちは準備出来てる」
「レイカさん達も配置についたそうです」
「そうか。確認頼んじゃって悪かったね」
「いえ、それはオレ達の仕事ですから」
「もう一回確認させて貰うけど、レイカ達は外にいるんだよね」
「はい」
 テツの質問にnishi-kenは答える。
 ISSAの突入部隊は合図があるまでクラブがあるビルの外で待機していると。
 nishi-kenはISSAの突入部隊が外にいる理由を知らない。
 テツは言う必要はないと判断した。
「じゃあ、時間になったら合図してくれれば後はこっちでやるよ」
「分かりました。では直前で」
 そう言ってnishi-kenはテレパスを切る。
 静寂にある部屋にはテツしかいない。
 一呼吸入れて目の前にあるシンセサイザーのキーボードに手を置き、一音確かめるように鳴らす。
 それが合図だったかの様に扉が開きキネが入ってくる。
 テツが鳴らす音を邪魔しないように扉を閉め、テツがいる所から離れた所においてあるギター元に行く。
 そしてテツが鳴らす音に重なるようにギターの音を鳴らす。
 キネのギターもテツの音もまだ試しの段階だ。
 本気で曲を奏でる段階では無い。
 再び扉が開く。
 ウツが入ってきた。
 二人が鳴らす音の邪魔をしないように扉を閉め、テツとキネの間に入る。
 横一直線に並ぶのではなく少しだけ前に出たウツはキネとテツの鳴らす音に合わせ自分の喉を慣らすように歌う。
 確かめるように歌っていく。
「そろそろ時間だけど、二人とも準備は良い?」
「僕は問題ないよ」
 ウツはマイクに向かったまま答える。
「オレも問題ないぞ。そう言うテッちゃんはどうなんだ?」
 キネも答えテツに問いかける。
「ボク?あとちょっとって言ったら怒る?」
 二人に伺い立てるテツは半ば本気か。
「怒る!!」
「じ、冗談だよ」
 言葉を本気に取った二人にテツはあわてて訂正する。
『準備時間に入りました。いつでもどうぞ』
 nishi-kenからテレパスが入る。
「時間だよ、二人とも」
「了解」
 ウツとキネがテツの言葉に頷いた。

 鳴る一音。
 部屋と会場をつなぐ。
 鳴る一音。
 その音に聴衆は戸惑う。
 いるはずの演奏者の姿はなく、一音だけがリズムを刻みながら鳴っている。
 増えるリズム。
 そして音。
 昇っていくリズムと音に聴衆は否応もなく気分を昂揚させていく。
 瞬間の爆発音。
 そして舞台に現れる三人。
 シンセサイザーに囲まれているテツ、ギターを抱えているキネ。
 その二人の間のマイクの位置に立つウツ。
 流れ続けるイントロに聴衆は戸惑う。
「I am」
 歌い始めるウツ。
 濁らないその声は歌詞を丁寧に聴衆の耳に届かせる。
 階段を上るように変わっていく転調は開けた窓の世界を次々と変えていく。
 そして、テツとキネが奏でる音がスパイスとなり、聴衆はウツの歌に酔い踊り始めるのだ。
 聴衆は観客だけではない。
 クラブのスタッフ、果てはクラブのあるビルにいる人全てだ。
 忘れていく。
 自分が何故この場にいるのか。
 音に包まれていく。
 ウツの歌声が力の感度を上げていく。
『nishi-ken!!』
 彼の携帯が鳴る。
 彼の意識を邪魔するそれに舌打ちをしながら出る。
「何ですか?」
 声は思った以上に素っ気ない声が出たことに本人は気づいていない。
「状況はどうなっているの?」
 電話の相手は外で待機をしているレイカだ。
 彼女は今回の作戦の指揮を執っている。
 だが今のnishi-kenにはどうでも良いことだった。
「もう始まっています」
 言われるまま中の状況を説明し始めた彼は自分の中に鳴る彼らの音を思い出す。
「始まってます。凄いです。あの人達の曲と歌声が場を支配していくんです!!あり得ないと思いましたよ。最初の一音、流れ出していくメロディ、歌声、場を転換させていく転調、信じられない光景を見てるんです。感動です!!」
 出た時の素っ気なさが嘘のように言いながら興奮しているのが手に取るようにわかる。
 その興奮を押さえきれないのか、まくし立てるようにnishi-kenは話すのだ。
「nishi-ken。あなたは会場に戻って良いわ。合図は私がテツに確認する」
「ハイ、お願いします」
 そう言ってnishi-kenは電話を切り空間に浸るべくテレポートしていく。
 本来ならば、外で待機しているレイカ達突入部隊に合図を送るのは先行者の役目だ。
 だが、そんな事は忘れている。
 今、nishi-kenにとって重要なことはISSAのアンカーとしての任務を遂行することではない。
 Zeit Netzwerkの曲を聴くことだ。
 レイカはそうなるであろうと言うことを予測していた。
 先ほどの会話でnishi-kenはレイカが意図的にテツの名前を出したことにも気づいていないのだ。
 そしてnishi-kenのセカンドであるミカコは中でもう何もかも忘れて曲に踊り、歌声に酔いしれているだろう。
 テレポートで内部に飛んで帰ったnishi-kenも同様だ。
 Zeit Netzwerkに内部制圧の依頼をしたのだ。
 歌声で簡単に場を支配してしまうウツとそれを増幅させサポートするキネとその二つをコントロールするテツ。
 ビル内の彼らによる制圧も時間の問題だろう。
 いや、もうすでに終わっていて彼らは余興だと言わんばかりに演奏しているのだ。
「テツ、聞こえる?」
 レイカはテツに電話をかける。
「聞こえるよ。レイカこそ聞こえてる?」
 テツは会場の音を流す。
 彼らの音が辺りに漏れでる。
「突入可能なのはどのくらい後?」
 なるべく早く電話を切り上げたいのかレイカは前置きもそこそこにテツに問いかける。
「10分で良いよ」
「じゃあ、ちょうど10時に突入するわ」
 レイカは腕時計を眺めながら言う。
 タイミング良く切りの良い時間があった。
「問題は?」
「10時に鳴る前に建物内に突入したら責任持てないから。その辺はよろしく」
「分かってるわ」
 そう言ってレイカは電話を切る。
 10時まで後10分。
 その10分が長い。
 もう突入部隊はビルに近づけないのだ。
 Zeit Netzwerkの音がビル全体を支配していた。
 と言うことは音はビルの外まで漏れているのだ。
 それに反応する人がいる。
 何もかも忘れて音に身を任せたくなるのだ。
 ウツの力は演奏していく中でさらに力が強くなっていく。
 キネやテツの演奏に共鳴しているのだ。
 後に分かることだが、ESP値が共鳴(シンクロと呼ぶ)する事により力を増幅させる事が出来るのだ。
 1曲が終わる。
 場がざわめく。
 再びあの空間に浸りたいのだ。
「キャー」
 嬌声が上がる。
 聴衆の期待が上がっていく。
 興奮が高まった瞬間、イントロが始まる。
 誰かはそれに始まりを感じ、誰かはそれに終わりの序曲を感じる。
「Loud!」
 世界が作られる。
 ウツが歌う世界が聴衆を再び包んでいく。
 テツが作るグルーヴとキネが重ねるハーモニーがそれをもり立てる。
 何に狂わされているのか分からない。
 もうそこにあるのは音の作り出す世界。
 手を伸ばしても届かない夢のような世界。
 金色の夢と昔誰かが語った世界が聴衆の中に染みこんでいくのだ。
 聴衆は一音一音、吐息すら聞き漏らすことのないように耳を傾ける。
 体全体で音を吸収出来るように身をゆだねる。
 全てはZeit Netzwerkが作り出す音に酔いしれるため。
 曲が終わる。
 消えていく。
 感じていた、金色の夢も。
 Zeit Netzwerkの存在も。
 今までのことが幻だと言わんばかりに消えていく。
 残響だけを会場に残して。

「お疲れ様」
 テレポートで戻ってくればミツコがキンキンに冷えたビールを用意して待っていた。
「つ、疲れたー。ヤッパリ機材全部とテレポートして演奏するのは10分が限度だよー」
 倒れ込んだテツにミツコは水分補給の為のミネラルウォーターを渡す。
「だから、機材減らしたらって言ったような気がするんだけど」
「ミッコちゃん、そんな事聞くテッちゃんだと思う?」
「ごめん、キネくん。全然思わない」
「もー分かってるなら言わない!!」
「ほら」
 無茶をしているのはテツも理解してる。
 だが妥協が出来なかった。
 するつもりもないのだが。
「ミッコちゃん、僕にも貰えるかなあ」
 そう言ったウツにミツコはミネラルウォーターを渡す。
 倒れ込んだテツよりは疲れを見せていないウツ。
 歌うことで体力を消耗するウツは水分を常備しているのだが、飲み干したための2本目だ。
「ミッコちゃん、オレにはビールね」
「水分補給の代わりのビールなら勧めないけどなぁ」
「大丈夫、オレそんなに疲れてねぇもん」
 そう言ってキネはビールに手を伸ばす。
「キネ、先にビールを飲むのは無し」
 そう言いながら、ウツはキネが取ろうとしていたビールを奪い取る。
「え?ウツ何で?」
「そーそーキネくんばっかりずるい」
「いやいや、オレだって頑張ってるよ。あなたのサポートにウツとのハモり。ちゃんとやってるでしょ?」
 キネは自分もやっていたと主張する。
 だが、それが失敗だと気づいていない。
「うんうん、やってたね。じゃあ、疲れてるよね」
「水分補給が先だよな」
「しまった」
「あはははははは、残念だったねえ」
 そう言いながらミツコは美味しそうに一口飲む。
「あーおいしい!」
 その様子を三人はうらやましく見ている。
「何か、ミッコちゃんが一番ずるい」
「ずるくないよ。あたしは留守番してたんだから。まあ、モニタチェックしてたけど」
 ミツコは部屋の片隅にあるスピーカーとモニタと併設している計測器に目を向ける。
「どうだった」
「あれ、会場大丈夫?」
 ミツコはチェックしていたデータを思い出し、一番影響を受けたであろう会場の様子を聞く。
 彼女がチェックしていたのはESP値とPSI値を計測出来るように作成したものだ。
 ウツが出すESPとPSI。
 キネとのシンクロによる値。
 そこにテツが加わった時の増幅。
 それらを把握するための機材だった。
 もちろん音声もとる事が出来る。
 そのためにテレポート時の機材量が増えてしまったのだが。
「わたしは慣れているから良いけど、あれ、耐性無い人はまともに浴びてるわよね」
「別に良いんだよ」
 ミツコの問いにテツは簡単に答える。
「レイカからの依頼は制圧だよ。場の支配。コントロールを失った場は崩れるだけ。それを知っている上でレイカは依頼してきているんだから、問題ないよ」
 以前も制圧を行ったことがある。
 その時も今回と同じ様な状況になったことがある。
 その場にいたレイカは呆れただけで何も言わなかった。
 放心状態となったたくさんの人々。
 力を浴びたせいで気絶した人々。
 あの惨状に何も思わないわけではないし、何も思わなかったわけではないだろう。
 だがあの時特に何も言わなかったレイカは今回も何も事前に言ってきていない。
 何かまずいことがある、あったのならば言ってきているはずなのだ。
「まぁ、テッちゃんが問題ないって言うのならあたしが言う事じゃないもんね」
「ありがとう」
 テツはミツコの気遣いに礼を言う。
 そう、依頼され実行した自分たちが気にしても仕方ないのだ。
 非合法な組織から合法として認めて貰えるISSAに変わっただけで、やっていることは変わらないかも知れない。
 もしかするとそれ以上かも知れない。
 だがしがらみは無いのだ。
 組織には存在しないしがらみが。
 あの頃よりは自由に行動が出来ている。
 好きなことも出来る。
 自分たちの事を覚えていて襲ってくる輩もいるが自由になった。
 そのことを思えばISSAからの依頼をこなすことなど物の数にも入らなかった。
「もしもし」
 レイカからの電話だ。
「お疲れ様。助かったわ。おかげで検挙できた」
「アレで良かったの?」
「えぇ、問題ないわ」
 レイカは詳しくは語らない。
 結局、自分たちはどこでどうやってドラッグ取引をしていたのかを知らないのだ。
 ビルに潜入して制圧と頼まれた。
 クラブを利用したのは音響設備があったからだ。
 設備があると無いとでは大きく違う。
「じゃあ、良かった」
 だが追求するつもりはない。
 もちろん探るつもりもない。
 自分たちの領分では無いからだ。
「じゃあ、また何かあったらよろしくね」
「無いこと祈るけどね」
「そう言わないで」
 本音だが本気で言うつもりはないのを知っているのかレイカは軽く流して電話を切った。

「nishi-kenさん、大丈夫ですか?」
 呆然としていたnishi-kenの目の前に急にミカの顔が現れた。
「うわっ」
「うわってひどいなぁ」
「ごめんっていうか急に目の前に顔があったら驚くでしょう。
「ずっと呼んでました。なかなか戻らないんだもん」
 ミカの言葉に驚く。
 が考えに耽る暇など無かった。
「ミカちゃん、ずっと心配してたよ」
 ミネラルウォーターを手にしたDがそこにいたのだ。
「D…さん」
「凄かったね」
 何がとは言わない。
 今、クラブ内は騒然としている。
 当然だ。
 Zeit Netzwerkが作り出した空間が突然消えたのだ。
 のめり込んでいたのに気づいたのは先ほどのミカの言葉でだ。
 そして、彼らが残した余韻をかき消すようにISSAの面々が突入してきたからだ。
 ミカが先に気づいたのはISSAがnishi-kenよりも彼女を先に見つけたからだ。
 我に返ったミカはすぐさまクラブに入ってきた突入部隊を各階、各フロアに振り分け、予測箇所を説明した後nishi-kenの元に来たらしいのだ。
「彼らの事は知ってる?」
 Dは聞いたつもりは無いだろうがnishi-kenはそれをZeit Netzwerkと判断した。
「はい…。とは言っても連絡を取り合うだけで…直接会ったことは」
「そっか…。一度逢ってみたいんだよね。Zeit Netzwerkに」
「Dさん、名前知ってるんですか?」
 現れた時、彼らは名前を名乗ってないはずだ。
 だとすれば彼は何時知ったのだろうか。
 nishi-kenは軽く興味を覚えたが
「まあね」
 詳しくは語らず、Dはただ意味ありげに微笑むだけだった。




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