「さて、堅物と呼ばれる人間の話でもしようか」
いつものようにアシュレイは語り始める。
「堅物って言うからおもしろみがないのか?」
「それは偏見。まぁ、まじめが取り柄って言う人居るでしょう?そんな感じ」
「アシュレイは知っているのか?そいつのことを」
「カリィはあったこと有るんじゃないの?」
アシュレイの言葉にカリィは首をかしげる。
「彼だよ、ゴルドバの巫女の従騎士の一人、ランディール・バード・ハイリゲン」
「あぁ、一度あったことがある。確かにまじめそうだったかな?」
巫女様から神託を賜ったあと、何故かまだあたしは神殿で巫女様と世間話をしていた。
世間話というか、どちらかといえば巫女様からの質問にあたしが答えているだけというか。
質問の主なことはやっぱりベラヌールの事で、今回あたしがゴルドバに来た理由からも……まさか、巫女様に直々に神託が頂けるとは思いも寄らなかったけれど。
……それだけ、その事が深刻って言うこともあるのかも知れない。
「ねぇ、ルフィア」
突然、巫女様があたしの愛称を呼ぶ。
あたし、巫女様に言ったっけ?
「そう呼んではダメ?ランにだけ?」
「え?、そ、そんなつもりじゃなくって……えっと」
ランディール様に言ったのは、なんて言うか、なんて言うかえっと。
「花冠の聖霊祭はいつだったかしら。そろそろ500年祭よね」
急に巫女様は話を変える。
花冠の聖霊祭はシルフィア1世の為の祭り。
法皇猊下シルフィア1世はなくなった今でもベラヌールの国民に人気があって国内でも一番盛り上がる祭り。
「はい、来月に行います。恐れながら、私が祈りを捧げる役目を頂きました」
「そう」
ふぅ、話が変わったからあれ以上突っ込まれなくってよかった。
あたし自身も分かってないのよ。
なんでランディール様にルフィアって呼んでくれって言ったのか。
「その時はみんなとお邪魔するわ」
え?
巫女様、みんなとお邪魔するって言ったわよね。
「ゴルドバをあけて問題ないのですか?」
「問題?ドコにあるの?危険なことは何もないわ。一応神殿騎士団もあるし」
うっかり忘れていた、巫女様は未来が見えるんだった。
って……そろそろ戻らないと。
「戻る?そうね、あなたと一緒に来た人が心配してるわね。ランに送らせるわ」
「え?み、巫女様っっ」
ランディール様に送らせるってっっ。
巫女様っ。
「ラン、彼女を城下まで送ってあげて?」
動揺しているあたしをよそに巫女様はランディール様をお呼びになる。
いや、ちょっと待って、巫女様。
って言うか何で私こんなに動揺しているの??
「了解いたしました」
巫女様と二三言話されたランディール様は頷かれそしてあたしの方を向かれる。
「ルフィア殿、神殿外まで送りします」
「あ、ありがとうございます」
そのままろくに巫女様に挨拶しないままあたしはランディール様に連れられて神殿の中を歩く。
ゴルドバの神殿は外宮と内宮に分かれてそれが広くて初めて来た人は絶対に迷うと思う。
外宮は巫女様に仕える神官や巫女(彼等は各国からきた見習いも居て修行して国に戻り預言者として国につとめたりするのだ)、神殿を守る神殿騎士団が居るんだけど、内宮には巫女様と従騎士であるランディール様とお会いしなかったけどロシュオール様だけがいらっしゃるという。
外宮も広いけど、内宮も広いのよねぇ。
あれだけの場所に三人だけってなんか寂しい。
「何を、考えているのですか?」
「えっと、随分、広い所だなぁと」
ランディール様からの問い掛けは突然であたしは何を言って良いか分からない。
とりあえず思った感想だけ言ってみた。
「そうですね、私も初めてゴルドバの神殿に来たときにはあまりの広さに驚いたものです」
「確か、巫女様の従騎士になるための試験か何かでいらっしゃったのですよね」
「はい、兄に騙されて、連れてこられました」
「騙されたのですか?ランディール様自ら志願なさったと聞いていましたが」
なんか聞いてた話と違う。
本家じゃ、ランディール様が自ら志願しなったって聞いてたけど。
「腕試しが出来ると聞いていたのです。その当時私はベラヌールの聖堂騎士団の団長になったばかり。ですが団長には私よりも相応しい方が他にいた。その方々に私より相応しいのはあなた方だと示すために」
腕試しに負けるために?
わざわざゴルドバの試験に来たの?
「あまり、それでは意味がないような気がいたします。逆に自分が相応しいのだと周りに認めさせてしまうような」
「そうですね……。矛盾している。実は私の中ではせめぎ合っていたのです。若くして団長になったものですから周りに認めてもらいたいという想いと相応しくないという想いと。どういう理由で自分が団長と選ばれたのか、自分の本来の実力を試すには絶好の機会だった。ゴルドバでは当時従騎士の試験は頻繁に行われていたのです。各地から腕に覚えのある者が多数集まっていた。自分の実力を計るにはうってつけだった。まさか、従騎士に選ばれるとは夢にも思わなかったのですが」
ランディール様が従騎士になった本当の理由。
を、あたしが聞いても良かったのかしら?
なんか成り行きで聞いてるけど。
でも意外な事実を知ってビックリだわ。
ハイリゲン本家も知らない新事実。
ってそれを言いふらす訳じゃないけど。
従騎士になられるぐらいだから、清廉潔白な方かと思ってたけど、意外と普通のあたし達と変わらない人だったんだわ。
「意外でしたか?」
え?
もしかして顔に出てた?
「この話をすると皆、驚くんです。私らしくないとそう言って」
「確かに、意外だと思いましたけど、ランディール様らしくないというのとは違う気がいたします。相手を想像だけで考えるとらしくないと思ってしまうのかも知れないですけど、その方を知ればそういう一面というのも有るのだと。誰でもそうだと思いますわ」
それもこの人の一面なのよね、きっと。
まじめなんだけど、なんかどっか突き抜けちゃうような。
だから巫女様の(巫女様って自由奔放って感じがする)従騎士なんてやって居られるんじゃないのかな。
「そうですね」
なんか、結構良い感じ?
って、何がよっ。
「シルフィアっっ」
げっ、来たっっ。
「どなたですか?」
あたし達を見つけ近寄ってきた男を見てランディール様は問い掛ける。
「ヴィルヘルム・リントと申します。私たちの護衛でベラヌール聖堂騎士団所属の騎士様です」
あたしは、大っ嫌いだけど。
「シルフィア、誰だこの男は」
「リント様、この方はゴルドバの巫女ミア様の従騎士、ランディール様です。あなたもご存じでしょう?ベラヌール聖堂騎士団より従騎士にと選ばれた銀の聖騎士様です」
ランディール様の事をベラヌールの人間で知らない者はいない。
「っっ。失礼いたしました。シルフィアをおつれ下さりありがとうございました。コレより先は護衛である私が付いておりますのでどうぞ、お帰り下さい」
ランディール様に目も会わせずヴィルヘルム・リントは言う。
彼は、ランディール様と言うよりハイリゲンの人間が嫌いなのだ。
騎士団の団長になれないのは彼等のせいじゃないのに、ヴィルヘルムはハイリゲン家のせいだと思っている。
「ランディール様、お気を悪くなされないでください。彼は少し気が立っているだけですから。ここまでありがとうございました」
「いや、私の方こそ申し訳ない。では」
踵を返してランディール様は神殿へと戻っていく。
「シルフィア、いつまであいつを見ているんだっ」
「リント様、外ではシルフィアではなく神官バークスタインと呼ぶようにと司教様から言われた事を忘れたのですか?」
「関係ないだろう?」
はぁ、ランディール様にこの男から名前で呼ばれているところを見られたくなかった……。
って……あたしったら何を思ってるんだろう。
俯いてしまった顔を上げればまだランディール様の後ろ姿が見える。
「シルフィア、行くぞ」
腕を掴んだヴィルヘルムの手を振り払ってまだ見える背に声をかける。
「ランディール様、花冠の聖霊祭で、フラワーチャイルドの…元で」
振り向いたランディール様は頷いたような気がした。
あぁ、あたしは何を言ってしまったんだろう。
もう一度腕を掴んであたしをひっぱるヴィルヘルムの早足にもつれながら、あたしは自分の言葉の理由が思いつかなかった。
ルフィアがミアに何を聞きに来たのかは次のロマンスシリーズで分かるかと思うのですが……。
次は花冠の聖霊祭だね。