「彼女が負うモノは宿命だわ。それは、変えることが出来ない」
未来が見える巫女は静かに側にいる従騎士にそう語った。
いつからだろうか、彼女の表情から憂いが消えることがなくなったのは。
メリーベル・フォトワースは王妃の横顔を見てそっとため息をつく。
「メリーベル、陛下はいかがなされた?」
「……アルマ様、バジル様と共に執政に就かれておられますよ?」
「そう」
メリーベルの言葉に王妃は短い返事を返す。
王妃ハイファ・ガワールの憂いの原因はもっぱら国王であるセジェス・アクレイアの事だ。
セジェス・アクレイアとは彼の偽名で、本名はキルジュ・モナ・ダンガーバン、王位に就いているから最後にエルフ王である意味を持つアルドリーを付ける。
それがこの国の王の名前だ。
王と王妃は昔、どこかの街で出会った。
共に旅の途中。
そんな中で出会い、王は彼女を妃にするとこの国に連れて帰ってきたという。
この国にはそう言うエルフが多い。
王が気に入ったもの、この国はそれで形成されている。
神族という、特殊さがそれを助長させているのかも知れないけれど。
エルフ神族は作られた種族だ。
簡単だけれども特殊な儀式を経て神族へと移る。
「ハイファ様、陛下の元においでになりますか?」
「…私のことは気にせずとも良い。メリーベル、いつも、済まない」
「な、何をおっしゃいますか。私は、ハイファ様に拾われたようなものです。他の者には忌み嫌われたこの姿形、ハイファ様が初めてだったのですよ?美しいと言ってくれたのは」
「浅黒い肌か……。私はただ思ったままを言っただけだよ。礼を言われる程の事でもない」
そうメリーベルに言い小さく微笑む。
弱いほほえみ。
昔の彼女はもっと違っていたようにメリーベルは記憶している。
元に戻ればいいのにとそう願ってもいる。
だが、そうは行かない。
時期が悪い。
今という時期がそれを不可能にさせている。
だからハイファは笑みを見せない。
それが、メリーベルには歯がゆかった。
「失礼するよ」
ノックも軽くしただけでセジェスが部屋に入ってくる。
「陛下、いきなりは困ります」
「まぁ、いいではないか」
メリーベルの苦情にセジェスは笑ってかわしそっとハイファに目を移し
「ハイファの様子はどうだ?」
小さく、問い掛ける。
「…以前にも増して不安定かと思われます」
「そうか……」
ハイファの様子を聞いたセジェスは憂いを見せる。
セジェスにも分かっていたのだ。
どうしようもないことなのだと。
「ハイファ、こう部屋に閉じこもっていてはつまらないだろう。どうだ?どこかに出掛けるか?」
「陛下、何をもうされますか。今がどういう時期か陛下が一番ご存じでしょう?どこかに出掛ける余裕があると思いですか?」
セジェスの言葉にハイファははっきりと答える。
魔王軍が攻めてきていると情報が入ったのはついさっきのことだ。
その事はハイファも知っていたし、第一、セジェスは今までその事で協議をしていたのだ。
「まぁ、気分転換に街に降りるのも悪くはないと思うぞ?どうだ?」
「陛下が、おっしゃるのであるのならば」
ハイファはさしのべられたセジェスの手を取り頷く。
その様子を見てメリーベルは思う。
まだ、その時が訪れなければいい。
そっと思っていた。
だが、時は無情にもその時を止めない。
ラルドエードの者誰もが来なければいいと願っていたことが起こることを。
神聖アルゴル暦832年、この年の冬、魔王軍がエルフ王国に進軍を開始した。
当分本編ではなく外伝です。
今回はハイファ様とセジェス王の話。
彼女が不安定な理由はまた今度。