「何を考えてるんだ?アシュレイ」
カリィは胸に埋めていた顔を上げてオレに問い掛ける。
金糸の髪は寝乱れていて、琥珀色の瞳は少し潤んでいる。
「何も」
誤魔化せばきっと彼女は「嘘だ」と言うだろう。
「嘘だ」
ほら、オレの思った通りに、彼女は答える。
「君には誤魔化すことが出来ないな」
オレは自嘲気味に笑う。
「一つ話そう。心を閉ざしたエルフの話を」
音を立たせずに降る雨を見ながら言う。
くだんの森に降る雨はいつも音を立たせない。
ただ、葉に当たる雨だれの音のみ。
「心を閉ざしたエルフ?」
「そう。今か、それとも未来の話か。ここは因果な場所だから過去も未来も存在しない。ただ今があるのみ………」
オレは目をつむる。
彼の背中を見てうつむく彼女とうつむく彼女を後ろに見る彼の話を静かに思う。
「ハイファ様、こちらにおいででしたか?」
城のバルコニーでたたずむ女性に彼女は話しかける。
ピンクゴールドの髪に、エルフ特有の耳。
頭にはティアラがかかる。
彼女の名はハイファ・ガワール。
エルフ王の后である。
「メリーベル……。エディの様子は?」
ハイファは城下を見ながら彼女を探しに来たメリーベルに問い掛ける。
城はラルドエードと言う森の中にある。
この森は遠い昔高名な魔道士が作ったと言われている。
名は分からない。
それほど遠い昔の話だ。
「エディ様はお元気でございますよ。今日も、クリシュナ様と共におられます。お二人が成長したときが楽しみだと皆言っております」
とメリーベルはハイファの問いに答える。
メリーベル・フォトワース。
エルフの一族に緑の瞳は珍しい。
そして肌が浅黒いのも珍しい。
彼女はその珍しさが災いし迫害される身にあったがハイファの取りなしで王子エディと次代の巫女クリシュナの教育係を務めていた。
「そう」
「はい、先ほどもキラとフィリアが共に遊んでいました」
その時のことを思い出したのかメリーベルは顔の笑みを深くする。
「キラとフィリア。それにジェスとリリーがいればあの子達は大丈夫でしょう」
「えぇ」
ハイファの声は柔らかい。
とても子供達を慈しんでいるのだと声からでも分かった。
「………王は………」
小鳥のさえずり、城下からの子供達の声、城内の演習場での訓練の声。
それが聞こえる中、そっとハイファは問い掛ける。
もしかすると問い掛けることもしていないのかも知れない。
「陛下は……先ほど戻られました」
「分かりました」
メリーベルの答えにハイファは頷く。
「メリーベル、私は良いから。あなたは戻りなさい」
「……了解いたしました」
ハイファの言葉にメリーベルは素直に従う。
城の者なら誰でも知っている。
王と后の仲は良くないと。
二人の立場を慮って、あれこれ噂する人間はいない。
でも、本当のところは誰も知らないのだ。
「ハイファ、ここにいたのか」
「メリーベルから、聞いたのですか?キルジュ」
振り向かず、ハイファは背後に近寄ってきた人間に問い掛ける。
「いや。ここにいるだろうと予測を付けていた」
キルジュと呼ばれた男はこともなげにそう答える。
「ご無事のお戻りに安心いたしました」
「ハイファ、こっちを向いてはもらえないか?」
「放浪をやめると言っていただけるのなら、向きましょう」
ハイファの言葉にキルジュは苦笑いを浮かべる。
「お前を、寂しがらせるつもりはなかったのだがな」
「あなたに、私は必要ない。そのくらい理解しているつもりです」
「それは理解とは言わない。誤解という方だろう?」
「なら、何故」
それ以上ハイファは言葉にならない。
彼女は涙を流し、開けば泣いているとキルジュに知られてしまう。
それだけは避けたかった。
「君は、エディの母親であり、今の巫女だ。その巫女が国を離れるわけにも行かないだろう」
「………巫女になぞ、ならなければ良かった……」
そうすれば、もっと自由でいられたのに。
思うままについていけただろうに。
「それでも、オレは王で。お前は王に添い遂げる巫女だ。それを理解して言っているのか?」
「………あなたの足手まといになるのならばと言っているのです」
「お前を足手まといと思ったつもりはない。ハイファ、考えてみろ。オレが一人抜け出しただけで大騒ぎだというのに。お前まで抜け出してみろ、バジルの奴が切れかねん」
そう愚痴るように呟いたキルジュの言葉にハイファは小さく吹き出す。
「やっと笑ったな。お前が笑わないと帰って来た気にならんよ。いい加減顔を見せてくれぬか?」
「仰せの侭に」
ハイファは振り向きその顔をキルジュに見せる。
帰ってきたというキルジュは宰相にあれこれ言われたのかすでに正装している。
その腰には『聖剣エルヴィンロード』エルフ王の証。
「陛下、お帰りなさいませ」
それを見てにこりとハイファはほほえみ、キルジュに言葉を掛ける。
「ハイファ、手を」
キルジュに言われるままハイファは手を出す。
「心配掛けて済まなかった」
腕を引き寄せ、キルジュはハイファにそうささやいた。
「今日はここまで」
「え?どういう意味だ?」
「なんだか、寂しいままで終わらせたくなかったんだ。だから今日はここまでだよ。だから、お休みカリィ」
「勝手に終わらせるな」
この二人のラストは結構悲劇的なのですが……。まぁキルジュがエルフ王でハイファが王妃であることは変わりないんですが……。
クゼル様が放浪しているとおり、何というか、ハイファ様はお城にいるままなんだよね……。
読み直して気付いたけど、結構不安定な人だなぁと……思いました。
だからかぁ…………。はい。この『だからかぁ……』って所もそのうち書きたいなと思います。
これもシリーズ化しよう。タイトルはとりあえずエルフ王国物語。
というわけで恒例のキャスト紹介。キルジュは池田秀一さん、ハイファは榊原良子さんです。で、メリーベルは白石文子さん。