「…アシュレイ…ありがとう」
カリィがオレに礼を言う。
あぁ、ついにこの日が来てしまったのだ。
オレは愕然と為った。
今まで繋ぎ止めていたモノはカリィのそれで断ち切られる。
きっと彼女はそれを選ばない。
ここは、冥き地。
魂の安息の地ではなく、通過点。
ここにとどまる魂は、彷徨う魂。
今まですごしてきた世界に未練がある者達がとどまる場所。
オレは、この世界を統治する者。
というよりも、この世界の理を見守る者と言った方が正しい。
だから、オレは魂の分別などしない。
彼等は勝手に分かれていく。
自分の行き先を理解して。
時にはだだをこねるのもいるけれど、オレは基本的には関与しない。
冥府王の力に普通の魂が近づいたら消滅してしまう可能性があるからだ。
そうなったらもう二度と次の世に生まれる変わることはない。
でも、その危険を冒してまで近づいたのはカリィ。
彼女はさまよえる魂。
流れる川の畔でボーッと惚けているところをフレイアが見つけてオレに言ってきたのだ。
「イルヴィスに見つかったら強制的に何処かに送られるから」
との理由で。
イルヴィスはこの冥き地の管理者だ。
だから魂の行く道を決定づけることが出来る。
ある一定期間過ぎた彷徨う魂は彼が分別して送っている。
だが、フレイアはどうしても保護して欲しいと言ったのだ。
寂しそうな笑顔を忘れることが出来ないから。
と。
今までフレイアはそんなことを言わなかった。
彼女はイルヴィスが作り上げた人形。
ただ、イルヴィスの側で笑っている者。
それ以上にイルヴィスの仕事を見て、オレのやっていることを見て彼女はオレ達の存在理由を理解しているはずだ。
その、フレイアが言ったのだ。
オレは興味を持って彼女を見た。
フレイアがそう言った彼女を。
「あぁ…」
声を上げずには居られない。
彼女に架せられていた宿命を運命を思って。
彼女が彷徨わずには居られない理由を思い出して。
カリィの魂にはその宿命がしっかりと刻み込まれていた。
この宿命は消えることがない宿命。
次に生まれ変わっても彼女の魂は宿命をしっかりと刻みつけているのだ。
それが彼女に負担に為っていることにオレは気付いた。
傷つけられた宿命は先も続く。
だから、フレイアは気付いたのだ。
同じ運命を延々と続けるであろうカリィに。
ならば、彼女の傷を癒し、彼女の記憶を上書きする。
そして昔語りをすることでその上書きされた記憶が元に戻るようにオレはカリィに施した。
そして記憶が戻ったのなら、彼女の魂を解放する……。
カリィからの
「ありがとう」
は彼女の記憶が戻った証。
「カリィ……。流れに……戻るといい」
オレは、ずっと見守っていく。
今までもこの先も。
「アシュレイ、お前はそれでいいのか?」
カリィがオレに問い掛ける。
それがこの世界の理。
オレはこの冥き地の理を守る王。
カリィはひょんな事で、ココに来たけれど。
それでも手放して見守ろうとそれが正しいことなのだ。
「私は、今更流れに戻りたいとは思わない。お前からさんざん流れの先見たり聞いたりしたからな。今更だと思わないか?」
「それでも…、君は戻らなくちゃ為らない」
「それが運命だというのなら、アシュレイ、私はそれに逆らうことは出来ないのか?お前の側にいたいと思ってはいけないのか」
彼女はまっすぐにオレを見つめてくる。
昔と変わらない。
あの時と、出会ったときと変わらない。
彼女の運命は気付いていたけれど、それを止める事はオレに出来るはずもなかった。
それは理であり運命だからだ。
理は壊れるわけにはいかない。
少なくとも操れる立場にいる者は理を壊すわけにはいかないのだ。
本当はこんな形でカリィと再会はしたくなかった。
「アシュレイ、私はお前の眷属じゃないのか?私は死神のルーザじゃないのか?お前が付けた名前だぞ?」
それはカリィを守るための名前。
眷属としての名前じゃない。
「カリィ、君は戻りなさい」
「冗談じゃない。勝手に閉じこめたのはお前だろう?それなのに今更外に出て行けと言うな」
彼女を閉じこめたのは彼女をこの地の空気になじませるわけには行かないから。
なじんでしまったらそれこそ、この地に永遠にとどまらなくてはならない。
「……せっかく、思い出して、お前に会えたことも思い出せたというのに。それすらも忘れろとお前は言うのか?」
「……カリィ、君は分かるはずだどうするべきなのか。何が正しいのか」
「戻っても、国はない。礎はゴルドバに集約されているのに?巫女としての運命も王女としての運命も私には既に無い。普通の何処かの街に生まれて過ごすのも悪くないだろう?でも、それ以上に私はこの地に残りたいと、お前の側にいたいと思ったらダメなのか?アシュレイ、私はずっとお前を忘れたことはなかった。忘れたくなかった。好きだから……。でもお前は冥府王で私は国の王女であり巫女だった。巫女がこの世の者ではない者に思いを寄せるわけには行かなかった。でも今は違うだろう?私はココにいる、アシュレイ・ゼブル。お前の前に…側に。……」
……カリィに会ったのはまだ彼女が幼い頃だった。
かの国で巫女王女に為る者は幼い頃に洗礼を受ける。
そして有る一定期間の後に国民に巫女位に着いたとお披露目されるのだ。
カリィにあったのはその時だった。
誰もオレの姿に気付かなかったというのに彼女だけはオレの存在に気がついた。
それだけ彼女の力は強かったのだ。
目が離せなくなっててオレは彼女を見守るようになった。
そんな矢先に彼女に宿命がくだった。
そしてこの地に来た。
「君はどうしてそう聞き分けが悪いんだ」
「ただ、側にいたいだけなのに、それでもダメだというのか?」
強制的に戻してもいい。
それが正しい。
でも、……。
「二度と、輪廻の輪に戻れなくても構わないと?それでもいいと?」
「構わない。アシュレイと一緒にいられるのなら」
それが出来ないのはオレの悪いところなのだろうか。
「分かったよ。君には負けた。カリィ…」
オレは彼女の手を引き自分の腕の中に引き入れる。
「オレはずっと君を見守るつもりだった。何度生まれ変わったも見つけて遠くから見守るつもりだったんだ」
「冥府の王に魅入られているのは守護されているんじゃなくっていつ死ぬかと手ぐすね引いている様なモノだと思うぞ?」
「それもそうだね」
カリィの言葉にオレは笑う。
「ありがとう、アシュレイ。今まで見守っていてくれて。ありがとう、これから先も側にいることを許してくれて」
腕の中で静かに言うカリィ、オレはゆっくりと頷いた。
カリィが何故、アシュレイの側にいるのかという説明が出来ました。
でもなんで来たのか寂しそうな微笑みを見せているのか。
アシュレイが声を上げずには居られなかった彼女の宿命。
そのうち書きます。