MESSAGE〜もう一度走り出す僕を〜
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もう一度走り出す僕を

「まさか生きていたとはなぁ、あの時死んだと思ったのに」
 士道譲は立ち上がった新一にナイフを向けながらそう言う。
「そうだよな…あんたは、あの場の高さをまるっきり考えていなかった。無理もない。あの場は明かりなんて全くなかった場所だ。かすかにでていた月の明かりを頼りにするほかなかった」
 そう言って新一は士道譲のナイフを蹴り落とす。
「……ん?」
 今までと明らかに違う新一の様子に士道は戸惑う。
 まさか……。
「だからあんたは知らなかった。あの場所が2mもない高さだということを。あんたはオレが呼んだ警察に囲まれ、オレの生死を確かめる術が無かった。だから刑事に聞くしかなかった。オレが生きているか死んでいるかを確認するにはな…。残念だったな。オレが生きていてさ…」
 そう言って新一は士道に近付く。
 間違いない。
 新一は記憶が戻っている。
「蘭はどこにいる」
「答えると思ったかボーズ」
「答えろっ」
 脅迫するような低い声で新一は士道譲に言う。
「士道譲、殺人未遂及び、誘拐容疑、逃走の罪で再逮捕する!!」
 そう言って警察が突入し、高木刑事が士道に手錠をかける。
「答えろっ蘭はどこにいる」
「新一っ落ち着け。そんなふうに言ったら言うモノも言わなくなるっ」
「そうやっ」
 新一はオレと平の制止がなかったら士道に躍りかかりそうだった。
「そんなににらみつけたって言わないさ」
「蘭を…どうした…」
 今まで聞いたことのない低い声で新一は士道譲に問い掛ける。
 寒けを…感じた。
「工藤っ」
 平も同じことを感じたらしい。
 視線で、声で、人が殺せるのなら…新一は間違いなく士道譲を殺っていただろう。
「しっしらないな」
 新一の威嚇に士道譲はひるみながらも答える。
「何ぃっ」
 オレ達の制止を降りきり、新一は警察が見ている前で士道に躍りかかろうとする。
 その瞬間だった。
「工藤君!!メガネ直ったで」
 そう言って和葉ちゃんが倉庫に入ってきた。
 後から青子と佐藤刑事。
 和葉ちゃんから手渡されたメガネをかけ捜査する。
「阿笠博士の家におったときは反応なかったんやけど、ここに近付いてきたら反応が出始めたんや。博士の話やと20kmしか関知出来へんって言うてたから20km以内には必ずいるはずやで」
「分かってる。ありがとう、和葉ちゃん……。でた……10kmもしないところにいるな」
 そう言って新一は飛び出す。
 飛び出した新一の後を平がおっていった。
「蘭ちゃん……大丈夫だよね」
 オレの側に来た青子がそう呟く。
「当たり前だろ…。ソレよりも、蘭ちゃんの居場所、聞き出さなくちゃな」
 青子をいやオレ自身の中から不安を取り除くようにそう言った。

「工藤っはよ乗れ!!!」
 倉庫街からでようとしたとき、オレに服部が声をかける。
 見ると服部は白バイにまたがっていた。 
「服部…」
 オレの言葉に服部は頷き、オレにメットを投げつける。
「これっ白バイじゃねぇか。2けつ良いのかよ!!それに、オメェ大型持ってるのかよ」
「持ってへんけど乗れる。ソレにな、今は緊急事態や、目ぇつむる言うてる」
 服部の軽く言う言葉にオレは思わず笑いがこぼれ、服部の後ろに飛び乗った。
「工藤、どこや!!」
「取りあえず、このまままっすぐ南西に向かってくれ」
「よっしゃ」
 そう言って服部はバイクのエンジンを吹かし南西の方角にバイクを進めた。
「工藤」
「なんだよ」
 オレの言う通りに進んでいる服部が不意にオレに声をかける。
「記憶戻ったんやな」
「あたりめぇだろ。オレがずっと記憶喪失のままでいると思ったのかよ」
「そうやな」
 服部がオレの言葉に嬉しそうに笑う。
『……ん……』
 ふと声が聞こえてくる。
 メガネの…受信機からだ。
 たしかこれは、蘭に渡した探偵バッジの音声も拾えるんだったよな…。
「……蘭?蘭っ」
 多分蘭であろうと思われる人物にオレは声をかける。
「どないしたんや、工藤」
「蘭の声が聞こえる…。蘭、蘭っ。蘭、聞こえるか、オレの声がっ」
 蘭、頼む無事でいてくれ……。
『……ん……しんいち…?』
「あぁ、そうだ、オレだ」
『なんで新一の声が聞こえるの?』
 蘭は探偵バッジがオレのメガネと交信出来ることを忘れているらしい。
 力弱く聞こえる蘭にオレは安心させるようにゆっくり、はっきりと言葉を紡ぐ。
「探偵バッジだよ。蘭」
『あ…そっか……。でもホントに新一なの?』
「あたりめぇだろ。蘭、今行くからな」
『うん………』
「蘭、蘭っっ!!」
 応答が無くなった。
 今、蘭がどうなっているのかまるっきり分かってない。
「工藤、飛ばすで」
 目的地はだいたい分かった。
 杯戸町の4番倉庫街。
 1番倉庫街から10kmと離れてない場所だ。
 4番倉庫街。
 探偵メガネを頼りにオレは蘭の居所を探す。
「どこにおるんやろな、蘭ねーちゃんは」
 探偵バッジからの送信を確実にするためにバイクの速度を落とし、倉庫街を走る。
「服部、止めてくれ!!」
 その場所は4番倉庫街の一番奥。
 反応がある倉庫の前に来る。
 電気はついていない。
 人の気配がない。
 蘭はホントにココにいるのか?
 大丈夫、発信機で蘭の音声を拾ってる。
 大丈夫。
 倉庫の扉を開き奥に向かっていく。
「蘭、どこだっ!!!」
 服部が倉庫の電源を入れると倉庫内は電気がつく。
「蘭っ!!!」
 蘭は家から連れ去れた格好で倒れていた。
「蘭、蘭」
「……新一……」
 オレの声に気がついたのか蘭は力弱く答える。
 手足は後ろに縛られ蘭は身動き出来ない様子だった。
「蘭、もう大丈夫だから、今、外してやるからな」
 オレはコートをぬぎ、蘭にかけてやってから蘭の手足を縛っているヒモをほどく。
「大丈夫か?痛いところねぇか?」
 オレの言葉に蘭は頷く。
「良かった…オメェが無事で…」
「…新一記憶戻ったの?それに…犯人は?」
「犯人は逮捕された。記憶は…戻ったよ」
 オレの言葉に蘭は安堵する。
「蘭ねーちゃん、大丈夫なようやな。じゃあ、オレは外で和葉達が来るのを待っとるわ」
 服部は蘭の様子にひとまずは安心し倉庫の外へと歩き出す。
「服部っ」
「何や」
 外へ向かおうとする服部をオレは呼び止める。
「……アリガト……な」
 オレの言葉に服部は微笑み片手をあげ外へと向かった。
 服部が外にでたのを確認し、オレは蘭に言う。
「蘭…、ごめん…」
「急に…どうしたの?」
 オレの言葉に蘭は驚く。
「オレがふがいないばっかりに、蘭を危険な目に合わせた。情けねぇよな。転んだぐらいで記憶なくしちまってさ……。蘭…、オメェのところに帰ってくるのがこんなに遅くなっちまって…。ワリィ…」
 全てが解決したらすぐに戻る予定だった。
 戻れると思ってた。
 蘭の側に行きたかった。
 蘭がいるところに帰りたかった。
「新一…わたしは新一が帰ってきてくれただけで…嬉しいよ」
 そう言って蘭はオレに微笑みかける。
 その微笑みにオレはつられるかのように蘭を抱き寄せた。
「蘭…、オレな…ずっと考えてた事があるんだ…。全て解決したら…全て解決したら…オレ……探偵……」
 蘭を危険な目に二度と合わせないためにはそれ以外に方法がない。
 そう思った。
「言わないで」
 蘭がオレの言葉を遮る。
「言わないで…それ以上言わないで。わたし、探偵している新一のこと好きよ。サッカーしている新一も好きだし、推理小説をしかめっ面で読んでる新一も好きよ。どれがかけても新一じゃないわ。探偵やってる新一の顔、凄く生き生きしてるよ」
 そう言って蘭はオレを包むように抱き締める。
「だから…探偵をやめるなんて言わないで。ね新一」
 蘭の言葉がオレの中にしみ込んでいく。
「蘭……好きだ」
「し…新一?」
 オレの言葉に蘭が驚く。
 今までずっと言えなかったこと…。
 言いたかったこと。
 言えば良かったけど、どうしても…戻ってから言いたかったこと…蘭に告げる。
「蘭が好きだ。この…地球上の誰よりも、誰よりも蘭が好きだ。ずっと…ずっと言いたかった。蘭が好きだって言うこと…」
 たらないかも知れない。
 言葉が少ないかもしれない。
 でも、これ以上の言葉が見つからない。
 余計な言葉で飾り立てたくない。
「……」
「蘭?」
 オレの言葉に応えない蘭にオレは不安になる。
「オレが蘭の事好きだって事…迷惑…だったか?」
 不安になりながらもオレは蘭に聞く。
「バカ…」
 そう言った蘭の声は涙でぬれていた。
 バカ?
 なんで…。
「バカ、あんた、わたしの気持ち知ってるのにどうしてそう言うこと言うのよ。あんたってホントデリカシーないんだから」
「あのなぁ…」
 反論しようとするオレの声を蘭は遮る。
「好きよ。わたし、新一のこと…好きよ。地球上の誰よりも…新一のことが好き」
 そう言った蘭の顔をのぞき込むと蘭は笑っていた。
「泣いちゃった。せっかく新一に逢えたのにね。ねぇ、新一」
「何?」
「記憶なかったときのこと覚えてる?」
 蘭の言葉に頷く。
「新一に久しぶりに逢ったときも泣いちゃったじゃない?だからね、新一の記憶が戻ったら絶対にね泣かないようにしようって思ってたの。でもやっぱり泣いちゃった。ゴメンね、笑ってお帰りって言おうって思ってたのに」
「なに謝ってんだよ。泣いたってかまわねぇよ。オレが…見てねぇ所で泣かれるのは…たまんねぇけどさぁ…オレが見ている側ならいくらでも泣いてもかまやしねぇよ。いつだって…こういう風に出来るだろ」
 ……メチャクチャ恥ずかしい事言ってるな、オレって。
 ずっと蘭に言いたかったこと言ってるし、こうやって抱き締めていられるし…。
「……キザ…よね、ホントに」
「悪かったな」
 蘭の言葉に赤くなった顔が余計に赤くなるのが分かる。
 不意に、倉庫の外が騒がしくなったのが分かる。
「何?」
「あぁ、みんながこっちに来たみてぇだ。…行くか?蘭」
 オレの言葉に蘭は頷く。
 オレは立ち上がり、蘭を立ち上がらせ、倒れそうな蘭を支えながら倉庫の外に向かった。
「蘭ちゃんや!!」
「大丈夫、蘭ちゃん?」
 倉庫の外に出てきたオレ達…蘭を和葉ちゃんと青子ちゃんが出迎える。
 倉庫の外には服部と和葉ちゃん、快斗と青子ちゃん、蘭の両親、高木刑事と佐藤刑事そして目暮警部がいた。
「蘭ちゃん、コート持ってきたでって工藤君の着てるから意味ないな」
 和葉ちゃんがオレに蘭のコートを渡してくれる。
「青子、心配したよぉ。よかったぁ、蘭ちゃんが無事で」
「ゴメンね、心配かけちゃって」
 蘭が無事なのを分かって感極まって泣きだしてしまった和葉ちゃんと青子ちゃんをなだめるように謝る。
「蘭、ホント無事で良かった」
「蘭っどこか痛いところはないか?怪我してないか?」
「うん、大丈夫。怪我してないから」
 おっちゃんとおばさんが蘭に声をかけ蘭の返答に二人はうれしそうに微笑む。
 そんな蘭を見て、オレは心底ほっとする。
 ホントに、蘭に何も無くて良かった。
 手足が縛られていた蘭を見たのを思いだし、オレはホントに寒けを感じる。
「…皆さん、心配かけてすみませんでした」
 不意に、蘭が謝る。
 何で、オマエが謝るんだ?
 オマエを危険な目に合わせた原因はオレ何だぞ。
「謝ることないのよ、蘭ちゃん。あなたが悪いわけじゃないわ。何の非もないあなたが謝ることなんてないのよ。悪いのは全部犯人なんだから。そうでしょ」
 頭を下げた蘭に佐藤刑事が言った。
 帰り際、オレはおっちゃんとおばさんに謝る。
「…おじさん、おばさん、蘭を危険な目に合わせて…すみませんでした」
 そう言ったオレにおっちゃんは言う。
「…無事に助け出したんだ……文句はいわねぇよ。これで蘭が怪我の一つでもしていたら許さなかったけどな…。新一…佐藤刑事が言ったろ。悪いのは…犯人だとな」
 そう言っておっちゃんは帰っていった。

 寝る時間。
 オレの隣には…やっぱり蘭がいる。
 蘭は…記憶が戻ったオレと寝るのが何となく抵抗があったらしいが、素直にオレの隣で眠っている。
 蘭と一緒の布団に眠ってたのって…いつごろだっけ…。
 ふと小さいころの事に思いをはせる。
 ずっと…一緒だったな…。
 そう思う。
「新一…?」
「ん、何?」
「あのね…やっぱり、新一は新一だよね」
 不意に蘭の口から発せられた言葉にオレは疑問に思う。
 オレは…オレって?
「コナン君の時も、バレてコナン君のふりしなくなったときも、記憶喪失の時も、そして今も、やっぱり新一は新一なんだなって思う」
「だから…ソレってどういう意味?」
「わたしの自慢の幼なじみで、一番好きな人って事かな?」
「…ら…蘭」
 蘭の言葉にオレの顔は赤くなってしまう。
 電気…消えてるのが幸いしてオレのこの表情は蘭に見られない。
「何てね」
 そう言って蘭はおどける。オレはふっと思いだし、サイドテーブルの引き出しに手をのばす。
「何してるの?」
「秘密だよ」
 オレが…まだコナンの時…、いやがる服部を付きあわせ行ったとある場所。
 そこで買ったモノをオレはサイドテーブルの引き出しの中に入れておいた。
 蘭には…見つかってねぇよな。
 なんて思いながらもその中に入っているものを取りだす。
「蘭……まだ……早いって思うかも知れねぇけどよ…ちょっと手ぇ出してくんない?」
 起き上がりオレは蘭に言う。
「手?」
「そ、手」
「どっち?左、右?」
「好きなほうの手で良いよ」
 オレがそう言うと蘭は困惑する。
「好きなほうって言われても困るよ…。新一が選んで」
「じゃあ、左。蘭、ちょっとの間目つぶって」
 暗がりの部屋で…オレの行為がはっきりと見えるわけじゃないが…それでも、やっぱり、じっと見られるのは……恥ずかしい。
「しん…いち……」
 蘭の声がかすかに震える。
「いいぜ、目を開けても」
 ベッドサイドの明かりをつけ蘭に言う。
「………これって…………新一…」
「一応……今まで、待たせたおわびと…、待っててくれたお礼と……婚約指輪を……兼ねて」
 最後の方は恥ずかしくって言葉にならない。
 蘭の左手の薬指にはめた指輪は蘭とオレの誕生石のエメラルド。
「これ…どうしたの?」
 蘭から出てきた言葉はコレ。
 あのなぁ、盗んできたものかと思うか?
 泥棒じゃあるまいし。
 これを買いに行ったときオレは服部にさんざんからかわれた。
 服部を付きあわせたのは、ガキじゃ売ってくれないから。
 そこの宝石店は父さんと母さんが翻意にしていた宝石店で二人の名前とオレの名前を出したら素直に奥にいれてくれた。
 いわゆるVIPルーム。
 オレがあぁでもない、こうでもないとさんざん選びに選んだ指輪。
 結構…値がはったけど…、目が飛び出るような値段ではなく、服部も納得した値段。
 オレが江戸川コナンになる前に、警察からの謝礼や依頼人に無理やりつかまされた謝礼をこつこつ貯めてきた賜物。
 を…コレ扱いって言うのはなくねぇか?
「ねぇ、良いの?コレわたしがもらっちゃって」
「他に誰がいるんだよ。オレがあげるやつは蘭しかいねぇよ。他に誰もいねぇよ」
 そう言ったオレに蘭は微笑んだ。
「……蘭…、オレホントに探偵続けていいのか?」
 ふとオレは呟く。
 オレは…探偵をやめようと考えていた。
 1番倉庫街から4番倉庫街に行く間に。
 オレが探偵を続けているかぎり、蘭が危険な目にあうのは目に見えている。
 だから…オレは探偵をやめよう。
 そう思った。
 蘭を危険な目に合わせてしまうだけじゃない、他にも寂しい思いだってさせてしまう。
 蘭はさびしがり屋だ。
 ソレを知っていながらオレはコナンの時新一であることを隠した。
 結局はバレてしまったけれど…。
 蘭には寂しい思いをさせてしまっているには違いなかった。
 だから、オレはそんな思いを蘭にはさせたくないそう思って探偵をやめようと思ったのだ。
 けれど、蘭はオレに探偵をやめるなと言った。
「……言ったでしょ、探偵している新一の事好きだって。そりゃあ…寂しいよ…。事件だって行っていなくなっちゃうのは…。でもね、探偵になるのが新一の夢って事ずっと昔から知ってるよ。事件解決しているときの新一ってなんかキラキラしてるじゃない?ソレ見るとあぁ、ホントに探偵っていう職業が好きなんだなぁって思うもの。だからやめて欲しくない、わたしが心配だからっていう理由でやめて欲しくない」
 と蘭はオレにきっぱりと言う。
「ホントに続けても良いんだな」
「うん、良いよ。ちゃんとわたしのところに帰ってきてくれるなら」
「あたりめぇだろ。オレが帰るところは蘭の所以外にねぇよ」
 そう、蘭以外の所なんて帰ろうとも思わない。
「蘭」
「何?」
「言い忘れてたけど……メリークリスマス、蘭」
「…メリークリスマス、新一」
 そう言いあって、オレと蘭は眠りにつく。
 また明日からどんなことが待っているんだろう。
 事件がまた舞い込んでくるのか?
 当分は勘弁して欲しい。
 ってふと感じてしまう。
 けれど、オレに迷いはもうない。
 蘭が探偵のオレを見ていてくれる。
 だから、大丈夫。
 失速しても…何度でも、走り出せる。
 蘭が…いるから…。

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