単純承認と債務の相続について
-
1 相続が開始した場合の,相続人の選択肢
相続が開始した場合,相続人は,- ① 単純承認する。
- ② 限定承認する(ただし,共同相続人全員で行う必要があります)。
- ③ 相続放棄する。
という,いずれかの方法を選ぶことができます。
ただし,一定の場合には,単純承認したものとみなされます。
2 法定単純承認
- (1) 相続人が,相続財産の全部又は一部を処分した
- (2) 相続人が,熟慮期間中に限定承認や相続放棄をしなかった
- (3) 相続人が,限定承認や相続放棄をした後であっても,相続財産の全部若しくは一部を隠匿し,債権者を害することを知りながらこれを消費し,または悪意でこれを財産目録中に記載しなかった
ような場合には,単純承認したものとみなされます(民法921条)。
相続人が,熟慮期間中に限定承認や相続放棄をしなかった場合には,単純承認したものとみなされますので,熟慮期間の経過により法定単純承認と扱われる事例は多いと思われます。
なお,家庭裁判所に申し立てて,熟慮期間を伸長することもできます。
詳しくは,「相続放棄について」を参照して下さい。3 単純承認の効果
民法896条は,「相続人は,相続開始の時から,被相続人の財産に属した一切の権利義務を承継する。ただし,被相続人の一身に専属したものは,この限りでない。」と規定します。
また,相続人は,単純承認をしたときは,無限に被相続人の権利義務を承継するものとされます(民法920条)。
そのため,単純承認をした相続人は,被相続人の物権(土地や建物,動産の所有権)や債権(預貯金等)のみならず,債務(被相続人の一身に専属する債務を除く)も承継します。
相続人が,被相続人の債務を相続したくない場合には,家庭裁判所で,限定承認,あるいは相続放棄の手続を行わなければなりません。
詳しくは,「相続における限定承認(限定相続)」と「相続放棄について」を参照して下さい。4 債務の相続について
債務については,その種類に応じて,相続の際の取扱いが異なります。
債務の発生原因である契約も含めて,以下で概観します。(1)被相続人の一身に専属する債務
被相続人の一身に専属する債務は,相続の対象となりません。
芸術作品を作る債務や,雇用契約上の労務提供債務が,被相続人の一身に専属する債務だと考えられています。(2)継続的信用保証契約
ア 保証人の地位の相続
最判昭和37年11月9日民集16巻11号2270頁は,「限度額及び期間の定めのない継続的信用保証契約は,特段の事情のない限り,保証人の死後生じた債務について,相続人は保証債務を負担するものではない。」と判示しました。この判例の考え方からすれば,
- ① 限度額及び期間の定めのない継続的信用保証契約であっても,特段の事情がある場合
- ② 限度額や期間の定めがある継続的信用保証契約
は,相続されることがある,とも考えられます。
ただし,保証債務については,「保証契約締結に至った事情,取引の業界における一般的慣行,債権者と主たる債務者との取引の具体的態様,経過,債権者が取引にあたって債権確保のために用いた注意の程度,その他一切の事情を斟酌し,信義則に照らして合理的な範囲に保証人の責任を制限すべき」とした裁判例もあります(東京地判平成17年10月31日金法1767号37頁)。
そのため,継続的信用保証契約の内容や,被相続人が保証人となった経緯等により,地位相続の有無や,保証人としての責任範囲は異なるものと考えられます。
なお,現行法では,極度額を定めない貸金等根保証契約は,効力を生じません(民法465条の2第2項)。
イ 既に発生していた保証債務の相続
保証人の死亡時に,具体的な保証債務が発生していたときは,この保証債務は金銭債務であり,可分債務であることから,保証人の相続人に,法定相続分で当然に分割されて相続されると考えられます。(3)賃貸借契約の保証
ア 賃貸借契約の保証人の地位の相続
賃貸借契約の保証については,判例は,一身専属性を否定して,その相続性を認めています(大判昭和9年1月30日民集13巻103頁)。
イ 既に発生していた賃貸借契約の保証債務の相続
賃貸借契約の保証人が死亡して相続が開始した際に,既に主債務者(賃借人)が賃料を滞納しており,滞納賃料について具体的な保証債務が発生していたときは,この保証債務は金銭債務であり,可分債務であることから,保証人の相続人に,法定相続分で当然に分割されて相続されると考えられます。(4)身元保証契約
ア 身元保証人の地位の相続
身元保証契約に関し,判例は,原則として,身元保証契約の相続性を否定しています(大判昭和18年9月10日民集22巻948頁)。
イ 既に発生していた身元保証債務の相続
相続開始時に既に具体的に発生していた債務は,相続されます。
なお,身元保証契約については,「身元保証契約は最大限5年の効力しかありません」の項を参照して下さい。(5)不可分債務
不動産の移転登記手続債務のような,不可分な給付を目的とする債務は,遺産分割までの間,各相続人に不可分債務として帰属すると考えられています。(6)可分債務
金銭債務のような可分債務は,相続分の割合で相続人の間に分割される,とするのが,判例の立場です(大決昭和5年12月4日民集9巻1118頁。最判昭和29年4月8日民集8巻4号819頁)。
金銭債務を分割する基準は,特に指定がなければ,法定相続分です。
なお,共同相続人間で,法定相続分とは異なる割合で,債務を分配する遺産分割協議を行うことはできますが,その遺産分割協議の効果は,債権者には対抗できません。
そのため,例えば,共同相続人の一人が遺産全部を相続するかわりに,被相続人の債務も全て支払うという内容の遺産分割協議をしても,被相続人の債務は,遺産分割協議とは無関係に,法定相続分で,各相続人に相続されます。(7)連帯債務の相続について
連帯債務の相続について,最判昭和34年6月19日民集13巻6号757頁は,「連帯債務者の一人が死亡し,その相続人が数人ある場合に,相続人らは,被相続人の債務の分割されたものを承継し,各自その承継した範囲において,本来の債務者とともに連帯債務者となると解すべきである。」と判示し,金銭債務のような可分債務は,連帯債務であっても分割承継されるとしました。