若い教会員と新会員に向けて
【目次】
若い教会員に経験ほしいこと
若い教会員に経験ほしいこと 元資料
新会員に必要なこと
新会員に必要なこと 元資料1
新会員に必要なこと 元資料2
新会員に必要なこと 元資料3
新会員に必要なこと 元資料4
新会員に必要なこと 元資料5
「末日聖徒を護る」の各ページとの関連
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若い教会員に経験ほしいこと
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若い教会員に経験ほしいこと 元資料
2025年2月9日、青少年とYSAのための全国ディボーショナルのマキューン長老の話:リアホナ2025年4月号ローカルページ
1. 喜びを得る
「一つ目の望みは、皆さんが喜びを得ることです。
皆さんが生涯にわたって喜びを抱き続けられるようにと願っています。」
喜びを味わってほしいという望みこそが、会長会としてあらゆる決断を下す際の原動力となっており、
近ごろセミナリーのスケジュールに変更が加えられたことに関しても、その願いが根幹にあると語るマキューン長老。
変更によってセミナリーの受講期間が延び、とりわけ受験前の時期には負担を感じる青少年も多いだろう。
「皆さんが大変だということは分かっています。
しかし、人生において重要なことが起こっているとき、皆さんにとって最も必要なものは霊的経験、
また天の御父との関係であるということも、わたしたちは理解しています。
良い学校に行き、良い教育を受け、良い職に就くことは非常に大切です。
しかし、永遠の命は比べものにならないほど重要なものなのです。」
神は約束を果たされる御方であるとし、マキューン長老は真剣な眼差しで、一つずつ言葉を紡ぐ。
「人生において主を第一に据えるなら、他の物事はあるべき場所に落ち着きます。
そうするなら、皆さんは喜びに満ちた人生を送ることができるのです。」
2. 神の愛を知る
「二つ目に、真に神の愛を知り、味わってほしいと望んでいます。
神が愛してくださっていることを心の底から感じることです。」
主御自身は、御父についてこのように語っておられる。
「神はそのひとり子を賜わったほどに、この世を愛して下さった。
それは御子を信じる者がひとりも滅びないで、永遠の命を得るためである。」
神の愛をさらに感じるには、父なる神についてさらに深く理解する必要があるとし、マキューン長老は続けて説く。
「神の特質を想像してみてください。
御父は完全なる愛に満たされ、親切で優しく、忍耐強く、憐れみ深い御方です。」
ところがわたしたちは、救い主こそ愛と憐れみの象徴であり、神はあくまで正義の象徴であると思い込んでいる節がある。
「確固として公正な御父に対して、自分たちのために嘆願してくださる救い主、といった構図が思い浮かぶかもしれませんが、
それは正しい認識ではありません。」
主は御父に完全に従われた御方であり、御父から愛と憐れみについて学ばれた。
主御自身、「子は父のなさることを見てする以外に、自分からは何事もすることができない」と述べておられる。
わたしたちは自分の理解力を超える物事を理解しようとする際、
自分の目に見えるもの、理解できるものに頼ろうとする傾向があると指摘するマキューン長老。
例として、天の御父を理解しようと努める際に死すべき父親について知っていることを当てはめる場合があるほか、
聖文の中でさえ、「怒る」神や「妬む」神など、人間的な特質を用いて神について説いている箇所がある。
しかし、それらはあくまで限られた理解力しかないわたしたちのために使われている表現なのだ。
「神はその愛と憐れみにおいて完全な御方であられ、その特質はいかなる死すべき人間の父親の特質をも超越しています。
御父は、わたしたちが御自分のみもとに戻ってくることを心の底から望み、道を備えてくださった御方なのです。」
3. 自分が持てる力を理解する
「皆さんに望む三つ目のことは、自分が持てる力を理解するということです。
それは父なる神が、御子イエス・キリストを通して皆さんに与えてくださる力です。」
聖約を交わす個人と主との間に特別な関係性が生まれることは、聖句にも述べられている。
「あなたがたが交わした聖約のために、あなたがたはキリストの息子および娘と呼ばれる。
見よ、それは、今日キリストが霊的にあなたがたを子としてもうけられたからである。」
神聖な儀式に参加し、聖約を交わして守るなら、男性にも女性にも等しく、豊かに神権の力が注がれる。
「愛する皆さんがこの世においても永遠においても、尊くすばらしい人生を送ることができるようにと願っています。
神は生きておられ、わたしたちには救い主が与えられています。
わたしたちは主の贖いを通して清めと癒しを受け、永遠に続く喜びと神様の愛を感じることができるのです。」
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新会員に必要なこと
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新会員に必要なこと 元資料1
総合手引き、「23.2 新会員を強める」
新会員にはそれぞれ、友情と奉仕の機会と霊的な養いが必要です。
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新会員に必要なこと 元資料2
歴代大管長の教え ゴードン・B・ヒンクレー、「新しい改宗者とあまり活発でない会員に愛をもって手を差し伸べる」
改宗者のますますの増加に伴い、わたしたちは、改宗者が道を見いだせるように助けるため、一層の大きな努力を払わなければなりません。
改宗者の誰もが三つのものを必要としています。
それは友人と責任と「神の善い言葉」による養い(モロナイ6:4)です。
わたしたちにはこれらのものを提供する義務と機会があります。
友情
改宗者は自分が見いだしたものに対する熱意をもって教会に入ってきます。
わたしたちは直ちにその熱意を生かすようにしなければなりません。
彼らの話に耳を傾け、導き、質問に答え、どんな状況やどんな条件の下でもそばにいて助けるようにしてください。
全ての会員にお願いします。改宗者として教会に入ってくる人々に友情と愛をもって手を差し伸べてください。
わたしたちには、バプテスマを受けて教会に入る人々に対してこのような責務があります。
無関心であってはなりません。
独り放っておいてはなりません。
新会員はこの教会の方法と文化に慣れるために助けを必要としています。
その助けをすることは、わたしたちにとってすばらしい祝福であり、絶好の機会です。
温かい笑顔、親しい握手、励ましの言葉、これらは驚くべき結果を生みます。
これらの人に手を差し伸べましょう。彼らと友達になりましょう。彼らに親切にしましょう。
彼らを励ましましょう。
この業、すなわち主の業に対する彼らの信仰と知識を増し加えましょう。
皆さんにお願いします。教会に入ってくる人を歓待し、友人になってください。
また、歓迎されていると彼らが感じ、安らぎを得られるようにしてください。
そうすれば、すばらしい結果が見られることでしょう。主は改宗者の定着というこの偉大な過程において助けをなす皆さんを祝福してくださるでしょう。
責任
この教会には、人々に期待していることがあります。
教会には高い標準があります。
力強い教義があります。
教会は人々に大いなる奉仕を期待しています。
怠けてただついて行くだけであってはなりません。
わたしたちは行動するよう人々に期待しており、人々はそれに応じます。
彼らは奉仕を行う機会を喜んで受け入れます。
そして、奉仕するときに、能力と理解力が増し、物事を行う資格が備わって、それを立派に果たします。
行うことを何か新会員に提供してください。
実践がなければ信仰は強くなりません。
信仰と証は腕の筋肉に似ています。
その筋肉を使い、栄養を取れば、もっと強くなります。
腕を三角巾でつって、そのままにしていれば、その腕は弱く、力がなくなってしまいます。
証も同様です。
さて、中には、自分は責任を引き受ける準備ができていないと言う人がいます。
しかし、準備ができていたから召されたという人はいません。
わたし自身についてもそれが言えます。
わたしにはこの大きくかつ神聖な召しに対する準備ができていたと、皆さんは思いますか。
わたしは圧倒される思いでした。
適任ではないと感じました。
今も圧倒される思いでいます。
今も適任ではないと感じています。
しかし、前進しようと努めており、主の祝福を求めており、主の御心を行おうと努めており、
またわたしの奉仕が主に受け入れられるように願い、祈っています。
わたしがこの教会で受けた最初の責任は、執事定員会会長の顧問でした。
12歳のときのことです。
自分が適任だとは感じませんでした。
圧倒される思いでした。
しかし、皆さんが努力しているように、わたしも努力し、その後、数々の責任を与えられました。
適任だと感じたことは一度もありませんが、常に感謝の気持ちと進んで努力したいという思いを持っています。
この教会に入る全ての改宗者に、すぐに責任を与えるようにするべきです。
ごく小さな責任かもしれません。しかし、それがその人の生涯を大きく変えるのです。
もちろん新しい改宗者は全てを知っているわけではありません。
多少の間違いを犯すことがあるでしょう。
だからどうというのでしょうか。
わたしたちは誰もが間違いを犯します。
大切なのは、活動からもたらされる成長なのです。
神の善い言葉による養い
これらの改宗者は福音に対する証を持っていると、わたしは信じています。
彼らは主イエス・キリストを信じる信仰を持ち、
主が神から遣わされた実在の御方であられることを知っていると、わたしは信じています。
心から罪を悔い改め、主に仕える決心をしていると、わたしは信じています。
モロナイはバプテスマを受けた後の人々についてこう述べています。
「そして人々はバプテスマを認められ、聖霊の力が働いて清められると、
キリストの教会の民の中に数えられ、その名が記録された。
それは、彼らが覚えられ、神の善い言葉で養われ、そして彼らを正しい道にとどめるため、
また絶えず祈りを心に留めさせ、
彼らの信仰の創始者であり完成者であるキリストの功徳にだけ頼らせるためである。」(モロナイ6:4)
今日も当時と同様、改宗者は教会の民の中に数えられます。
それは、彼らが覚えられ、神の善い言葉で養われ、そして彼らを正しい道にとどめるため、
また絶えず祈りを心に留めさせ」るためです。
改宗者が会員として一歩を踏み出すときに、彼らを助けましょう。
全ての新しい改宗者にとって欠かせないのは、
神権定員会や扶助協会、若い女性、若い男性、日曜学校、あるいは初等協会に参加することです。
また、聖餐会に出席して聖餐を受け、バプテスマのときに交わした聖約を新たにするよう、
励ましを受けなければなりません。
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新会員に必要なこと 元資料3
「わたしの福音を宣べ伝えなさい」伝道活動のガイド p215
ゴードン・B・ヒンクレー大管長はこう語りました。
新しい改宗者はだれでも3つのことを必要としています。
常に頼ることのできる、自分を支えてくれる教会の友人、
自分の質問に答えてくれ、自分の問題を理解してくれる教会の友人。
責任。
この教会のいちばん大きな特徴は活発に働くことです。
それは、わたしたちを成長させてくれる過程です。
主に対する信仰と愛は、腕の筋肉に似ています。筋肉は使えば強くなります。
使わなければ弱くなります。
どの改宗者にも責任を与えるべきです。
すべての改宗者は『神の善い言葉で養われ』なければなりません(モロナイ6:4)。
改宗者にとって欠かせないのは、神権定員会や扶助協会、若い女性、若い男性、日曜学校、あるいは初等協会などに参加することです。
また、聖餐会に出席して聖餐を取り、バプテスマのときに交わした聖約を新たにするよう励ましを受けなければなりません。
友情を育む
- バプテスマと確認の前に、可能であればすべてのレッスンに会員が同席するようにします。
こうした会員たちは、あなたが教えている人々としばしば時間をともにし、
質問に答え、彼らが抱える問題を理解し、励ましを与えてくれます。
- 会員をバプテスマ会に招待して、新しい改宗者をワードに歓迎してもらいます。
会員は教会の様々な集会において、新しい改宗者が安心できるように助けます。
また、彼らをほかの会員に紹介します。
- できるだけ早い時期に、あなたが教えている人々をビショップ、ビショップリック顧問、
長老定員会および扶助協会の会長、そのほかワードの指導者たちに紹介します。
ビショップをはじめ、ワードの指導者たちが果たす役割について説明してください。
- だれかがバプテスマと確認を受けたら、必要に応じて、
ミニスタリングブラザーおよびミニスタリングシスターを割り当てるようワードの指導者に依頼します。
奉仕の機会
- 男性の改宗者が、アロン神権とメルキゼデク神権について理解し、神権を受 ける準備ができるよう助けてください。
神権定員会では、ともに学び、礼拝し、 奉仕する機会があることを説明します。
- 伴侶に先立たれた人や病人を助ける、福祉事業に参加するなど、
新会員と戻りつつある会員に奉仕の機会に携わってもらいます。
- 改宗者を神殿・家族歴史相談員に紹介し、
彼らが小冊子『わたしの家族』やFamilySearch.orgを活用して家系図の作成を始められるようにします。
- 改宗者がバプテスマを受けて1か月以内に、亡くなった先祖のために神殿で バプテスマを受ける備えができるよう目標日を設定します。
あるいは同じく1か月以内の目標日に、神殿に参入できる人に家族ファイルカードを託します。
家族歴史を行い、神殿に参入し、亡くなった先祖のために儀式を行うことで、改宗者の定着率は驚くほど高まります。
これらの活動は、救い主に対する信仰を強めることにつながるためです。
- 宣教師から教えを受けるために家族や友人を備えるよう改宗者を招きます。
宣教師は新しい改宗者と戻りつつある会員にリフェローを尋ねるべきです。
神の言葉で養う
- バプテスマの前後で、宣教師のレッスンをすべて教えます。
バプテスマの後は、新会員が抱いている質問を確かめ、それらに応じます。
宣教師のレッスンにある招きについては、新会員の現在の必要に合わせて調整してください。
- 新しい改宗者と戻りつつある会員に、彼らがバプテスマを受ける前に決意した事柄と、
バプテスマと確認を受けたときに交わした聖約を思い起こさせます。
- 個人として、また家族として毎日祈るよう励まします。
- 聖文、特にモルモン書を毎日研究するよう励まします。
- イエス・キリストの福音が預言者ジョセフ・スミスを通して回復されたことに対する新しい改宗者の証を強めます。
- 毎週日曜日に教会に出席してふさわしい状態で聖餐を受けることの大切さを、引き続き教えます。
改宗して間もない人や戻りつつある会員と教会に集い、一緒に座ります。
- 週に一度、家族で過ごす夕べを開く方法を教えます。
教会のウェブサイト、福音ライブラリー、教会機関誌といったリソースを活用することができます。
- 回復された福音を人々に分かち合うよう励まします。
- セミナリーやインスティテュートのクラスに登録するよう助けます。
- 教会が提供する様々なリソースについて知らせます。
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新会員に必要なこと 元資料4
ウリセス・ソアレス長老、「キリスト・イエスにあって一つ」
わたしたちは、新しい友人がイエス・キリストの教会で歓迎され愛されていると感じるように助ける方法について、長い間教えられてきました。
彼らが生涯にわたって強く忠実であり続けるためには、3つのことが必要です。
第一に、彼らに必要なのは、心から関心を寄せ、いつでも頼れる誠実な真の友となり、ともに歩き、疑問に答えてくれる教会の兄弟姉妹です。
わたしたちは会員として、教会の活動や集会に出席するとき、自分の責任や割り当て、関心事にかかわらず、常に注意して見慣れない人を捜すべきです。
わたしたちは、新しい友人が教会で受け入れられ歓迎されていると感じるように助けるために、簡単なことを行えます。
例えば、温かいあいさつをする、真心からほほえむ、隣りに座って一緒に歌い礼拝する、ほかの会員に紹介する、などです。
このような方法で新しい友人に心を開くとき、わたしたちはミニスタリングの精神を実践しています。
救い主がされたようにミニスタリングを行うとき、彼らは「教会内でよそ者」のように感じることはないでしょう。
彼らはわたしたちの心遣いを通して教会に溶け込めると感じ、新しい友達を作り、そして最も大切なこととして、救い主の愛を感じることでしょう。
第二に、新しい友人には割り当て、すなわち、人に仕える機会が必要です。
奉仕は、末日聖徒イエス・キリスト教会の偉大な特質の一つです。
それはわたしたちの信仰をより強く成長させるプロセスです。
すべての新しい友人は、その機会にふさわしい人です。
ビショップとワード評議会にはバプテスマのすぐ後に割り当てをあたえる直接の責任がありますが、
会員としてわたしたちが非公式に人を助けるよう新しい友人を招いたり、奉仕活動に誘うことを妨げるものはありません。
第三に、新しい友人は「神の善い言葉で養われ」なければなりません。
わたしたちは彼らが聖文を愛し、聖文に慣れ親しめるよう助けるために、
一緒にその教えを読んで話し合い、物語の背景や難しい言葉を説明することができます。
また、定期的な聖文研究を通して個人的な導きを受ける方法を教えることもできます。
さらに、新しい友人の家庭に手を差し伸べ、教会の定例集会や活動以外の時間に彼らを自分の家庭に招いて、
聖徒のコミュニティーという壮大な川に溶け込めるように助けることもできます。
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新会員に必要なこと 元資料5
リアホナ2024年12月号、「新会員とともに弟子としての道を歩む」
新会員は,教会の友人,奉仕の機会,神の言葉による養いを必要としています。
心から関心を示す
エイミー・ファラガーは,教会のドアをくぐった瞬間に,この教会が真実だと分かりました。「聖霊から受けた証を否定することはできなかったので,バプテスマを受けることにしました」と言っています。
19歳で教会に入って1年ほどすると,扶助協会で奉仕する召しを受けました。その1年後には,ヤングシングルアダルトワードの扶助協会会長として奉仕するよう召されました。「このような経験は,わたしの人生をほんとうに豊かにしてくれました」と彼女は言います。「全力で取り組みました。」
教会員としてはまだ比較的新しかったので,この召しを果たすのは大変でもありました。「新しい文化の中にいて,聞き慣れない言葉やなじみのないしきたりが次々に出てきました」と彼女は言います。「教会員と話してもたいていは場違いな感じがして,自分はここにいる価値があるのかと疑問を感じました。」
そんな難しさがあったにもかかわらず,教会員は彼女を温かく,両手を広げて受け入れました。ある姉妹などは,友達になってほしいとお願いしに来たほどです。「そういう人たちとの交流があったおかげで,新しい生き方を学ぶという難しさが少し和らぎました」とファラガー姉妹は言います。「自分はこの人たちの仲間なのだと感じました。教会の文化や教義を理解していないからといって,ワードの会員から非難されることはありませんでした。」
教会に入って5年後,彼女は結婚しました。彼女と夫は長年にわたり,いろいろなワードに所属しました。特にあるワードでは,彼女の改宗談が受け入れられて,ワードの活動でパネリストとしてその経験を話してくれないかと頼まれたこともありました。
ほかのワードでは,積極的に溶け込もうとしたのですが,仲間として認められていると感じることができないこともありました。エイミーは教会には自分の居場所がないのではないかと考えるようになりました。「時には,耐えられないほどの孤独を感じることもありました」とそのころのことを振り返って言っています。「それでも聖餐会に出席し,託児の召しを果たしましたが,強い不安を感じていました。」
つらい思いをしている時期にワードに支援を求めたのですが,その努力は空回りしました。そこで,彼女はステーク会長に助言を求めました。あるとき,会長と話しているときに,そんな心の痛みを打ち明けました。会長はすぐに対応してくれて,もっと聞かせてほしいと言いました。二人はじっくりと話し合い,今後も定期的に話し合うことを約束しました。「ステーク会長はほんとうに関心を寄せてくれて,わたしの言うことすべてに耳を傾けてくれました。何が起きているのかという突っ込んだ質問をしてくれたのは,ステーク会長が初めてです。」
ステーク会長に相談したり,ほかの専門家のカウンセリングを受けたりすることによって,彼女は天の御父の愛を感じることができるようになり,それは癒しへの重要な一歩となりました。「すべてが変わりました。わたしは自分の居場所を見つけています」と彼女は言います。「改宗者であることを恥じる必要はないことを知りました。」
「だれが新しく会員になったのかを指導者が把握して,その人に目をかけることが大切です」と,彼女は言います。「尋ねにくいことも思いきって質問し,彼らが実際にどんな状態でいるのかを知ってください。新会員の能力に見合った召しや責任も,新会員が自信をつけるために,大切です。奉仕するのは,一部の指導者が考えるほど負担になりません。」
エイミーは最近,臨床メンタルヘルスカウンセリングの修士号を取得し,メンタルヘルスに関するステークのワークショップを開催し,教会の依存症立ち直りプログラムを支援しています。
人に仕える機会
カ・ボー・チャンは香港で生まれ,幼いころにアメリカに移住しました。10代のころ,オレゴン州ポートランドで音楽を学んでいたときに大学のルームメイトから教会のことを聞きました。福音の真理が心に響き,バプテスマと確認を受けました。その後間もなく,彼は勉強を続けるためにエストニアに行きました。
エストニアで教会を見つけるのは困難でした。会員との交流がなく,彼は祈りについても聖文についても十分に理解していたわけではなかったため,信仰が次第に冷めていきました。
そんな中,学校でマイラという若い女性と出会います。「彼女は,すべてが輝いていました」と言います。隣に座るようになり,すぐに友達になりました。
マイラは教会員ではなく,宗教になじみがありませんでした。しかし,交際していくうちに,「もし結婚するとしたら,それは永遠の結婚でないとね」と彼女が言ったのです。
学生生活を続けながら,カ・ボーは霊的な促しを感じて教会に戻りたくなり,近辺を探して支部を見つけました。マイラと一緒に参加した最初の活動は支部のクリスマスパーティーでしたが,居心地が悪く,印象が良くなかったため,二度と行かないと,マイラは誓って言いました。しかし,カ・ボーは教会に通い続けました。
ある春の朝,マイラはカ・ボーに,自分と教会のどちらかを選ばなければならないと言いました。彼はひるむことなく,自分には教会が必要だと言い,一緒に出席するよう彼女に勧めました。
彼がきっぱりと答えたために,マイラは自分が何か大切なものを見落としているような気がして心を和らげ,再び教会に行くことに同意しました。次の日曜日,教会に行くとすぐに,一人の姉妹宣教師が笑顔で迎えてくれました。まるで長年の友人であるかのようにこの宣教師に引かれるのを,マイラは感じました。不安は薄れ,2週間後にバプテスマと確認を受けました。
カ・ボーとマイラは聖文や福音の実践の意味を理解していませんでしたし,新しい宗教には,なじみのあるものは何もありませんでした。音楽ですら,知っている曲はなかったのです。しかし二人は,教会に出席して福音を学ぼうと努めました。
宣教師が転任してしまうと,マイラは会員たちのことをよく知りませんでしたし,扶助協会のような新しい環境に戸惑いを感じてもいたため,自分はここにいてはいけないのではないかと思ったこともありました。間もなくビショップリックは,霊感を受けて,初等協会でピアノを弾く責任に彼女を召しました。「ピアノを弾くことで,居場所と目的ができました」と彼女は言っています。
神の善い言葉によって養われる
ヨルマ・アラコスキと妻マリは,改心の道を知っています。母国フィンランドで教会に入って以来,二人は様々な立場で奉仕してきました。マリは神殿メイトロン補佐として,ヨルマはフィンランド・ヘルシンキ神殿の初代神殿会長会顧問として召されたこともあります。
しかし,多くの改宗者と同様,彼らにも信仰の闘いがありました。宣教師と会ったころ,マリは夫ほど簡単に証を得ることがなかったのです。最初はモルモン書が好きになれず,指先で押し返し,できるだけ触らないようにしたほどです。
しかし後に,モルモン書を読んでいる夫の頬を涙が伝うのを見て,「もしこの本がこんなにも深く夫の心に響くのであれば,読む価値があるに違いない」と思いました。
そして抵抗が次第に和らぎ,真理を探究し始めたのです。やがて,彼女もモルモン書を読んで涙を流すようになりました。
マリとヨルマは,教会に入ったとき,慣れ親しんだ文化や伝統と異なる生き方をしなければならないことに気がつきました。しかし,彼らは瞬時に人生の進路を変え,決して振り返ることはありませんでした。「教会はわたしたちの生活に大きな満足をもたらしてくれました。何もかもがうまくいきすぎると思えるほどでした。わたしたちは教会の人たちからとても親切に迎えられました」とマリは言います。
「突然,新しいことがたくさんわたしたちの生活に入ってきました。」日曜日はもはや余暇ではなくなり,教会の集会予定がぎっしりと詰まるようになりました。当時は安息日に集会が3つ開かれていたのです。「そのため,集会の度に子供たちの身支度を整え,タイミングを見て食事や昼寝をさせなければなりませんでした。」
家庭の夕べ,扶助協会,初等協会のいずれにおいても,平日も毎日福音に関連した活動や集会に時間を割く必要がありました。「土曜日には,日曜日の食事と服を用意しました」とマリは言います。
アラコスキ家族は教会に入ったときに,大々的な発表はしませんでしたが,親族や友人に徐々に知られるようになりました。「この決断をだれもが理解してくれたわけではありません」とマリは振り返ります。「少数ではありましたが,友人の中には,口を利いてくれなくなった人もいました。しかしそれは,生活に入ってきたすべての貴いもののために払う代価としては小さなものでした。どんなものも,そしてどんな人も,わたしたちに教会を捨てさせることはできないのです。父はわたしたちが教会に入ったことを知ると,次のように言って,どんな不和も解決しました。『自分たちが良いと思うようにさせよう。大人なのだから。何が良いかは分かっているのだし。』」
やがて,この夫婦は結び固めを受けたいと思うようになりました。そこで計画を立て,犠牲を払って,スウェーデンとドイツをバスで2日行き,船で1泊して,ついに,当時ヨーロッパで唯一の神殿であったスイス・ベルン神殿に到着したのです。
二人は,福音の証を得たら前進する多くの人たちの良い例です。それはまるで,前もってすべてを知らないまま御霊に導かれて行ったニーファイのようです(1ニーファイ4:6参照)。彼らは仲間の会員からヒントを得て,教義を学び,福音を自分たちの生活に応用する方法を学びました。何か分からないことがあれば,研究したり,さらに導きを求めたりしました。
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「末日聖徒を護る」の各ページとの関連
若い教会員に経験ほしいこと
- 信仰生活での喜び
- 信仰生活の障害となるものを取り払う
- この教会のすばらしさを知る
- 喜びを得ること、そしてそれを分かち合う
- 神からの愛
- 神の力
- 教会員たちが神の力を経験した事例
- 神の力をどのようにして得るか
新会員に必要なこと
- 教会の中の友人
- 教会での責任
- 神の言葉での養い
- 新会員が抱く質問に答える
- 信仰を続けていく上で役立つ知識
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