神の力を得る

【目次】
ネルソン大管長の啓示の話

オークス大管長の啓示の話

パッカー長老の啓示の話

聖約により神の力を得る

啓示に対する注意点

御霊のある状態

御霊を感じるには

奇跡が起こるには

信仰と証

救いの計画とキリストの福音

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ネルソン大管長の啓示の話

「教会のための啓示、わたしたちの人生のための啓示」より(リアホナ2018年5月号)

わたしたちは複雑で争いの激化する世に住んでいます。ソーシャルメディアに常にさらされ、24時間やむことのないニュースの嵐が容赦なく襲いかかります。
真理を攻撃する無数の声や人の哲学をふるいにかけたいと思うなら、啓示を受けられるようにならなければなりません。

繰り返し行くことのできる静かな場所を見つけてください。神の御前にへりくだってください。
天の御父に心を注ぎ出してください。
御父に頼って答えと慰めを求めてください。
心配事や恐れ、弱さについて、イエス・キリストの御名によって祈ってください。
そうです、心の切なる思いについて祈ってください。
その後で耳を傾けてください。
心に浮かんだ考えを書き留めてください。
感じたことを記録し、それに従って、促しを受けたとおりに行動してください。
来る日も来る日も、年月を重ねて、このプロセスを繰り返すときに、「啓示の原則が身に付いて」くるでしょう。

救い主、贖い主イエス・キリストは、今から再びおいでになる時までの間に、最も力強い業を幾つかなされるでしょう。
わたしたちは、父なる神と御子イエス・キリストが尊厳と栄光のうちにこの教会を管理されることを示す奇跡的なしるしを見るでしょう。
しかし、導き、指示し、慰める、変わることのない聖霊の影響力がなければ、これから先、霊的に生き残ることはできなくなるでしょう。

愛する兄弟姉妹の皆さん、啓示を受ける霊的な能力を伸ばすように、切にお願いします。
聖霊の賜物を享受するために、そしてもっと頻繁に、もっとはっきりと御霊の声を聞くために求められる霊的な業を行うことを選んでください。

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オークス大管長の啓示の話

「啓示」より(聖徒の道1983年12月号)

啓示には次の8つの目的がある。

真理を証する

御霊によって、イエス・キリストが人類の贖い主であり、福音が真実であり、モルモン書が真実であるという確信を得ることができる。(モロナイ10:4-5)

予言

将来起こることを予言する。
大管長や使徒職を持つ人は世界や教会全体のために予言する。
祝福師も祝福を受ける人について予言する。
一般の教会員もその責任の範囲内において予言的な啓示を受ける。

オークス長老・姉妹夫婦は5人の子ども授かって以降、10年以上、子供を授からなかったが、妻が神殿で、もう一人子どもが授けられると御霊のささやきを受けた。
その予言は1年半後に成就し、6番目の子どもが生まれた。

慰める。不安や恐れ孤独感を取り去る。

預言者ジョセフ・スミスがリバティーの牢獄の中で、何か月もの間ひどい状況に置かれていたときに、自分と迫害されている聖徒たちのために主に嘆願したとき次のような慰めの言葉が与えられた。
「息子よ、あなたの心に平安があるように。あなたの逆境とあなたの苦難は、つかの間にすぎない。
その後、あなたがそれをよく堪え忍ぶならば、神はあなたを高い所に上げるであろう。あなたはすべての敵に打ち勝つであろう。」
(教義と聖約121:7-8)

夫に先立たれたある婦人は、死んだ夫の霊を近くに感じ、愛と関心を確信した。

励ます

神の教えや戒めに従いたいと思うように励ます。

ある技師の体験談。
宣教師の訪問を受けた彼の奥さんは、二人を家に招き入れた。
奥さんは宣教師のメッセージに積極的だったが、彼の方は自分の意に反して勝手にレッスンが進んでいるように感じた。
ある晩、奥さんはバプテスマを受けたいと、彼に打ち明けた。
彼の心には怒りが込み上げた。
彼は上着をつかみ、ドアを荒々しく閉めて夜の戸外へ出て行った。
歩きながら、宣教師にレッスンを許した自分を、ののしった。
やがて歩きつかれ、怒りも収まってきた。
すると何かしら祈りたい気持ちに駆られた。
彼は歩きながら祈った。
疑問に答えてくれるよう、神に懇願した。
そのとき、はっきりと心に訴えるものがあった。
「福音は真実である。」そう告げる声が聞こえた。
安らかな思いに満たされた。
家に着くまでには、あれほど怒りを覚えたことが進歩の機会に思えてきた。
玄関のドアを開けると、ひざまずいて祈る奥さんの姿があった。

知識を伝える

大切な宝物をなくした子供が助けを求めて祈り、そのありかを知らされた。

系図探求で問題にぶつかったとき、祈りを通して、その解決に必要な事柄を知らされた。

教会のある責任に、だれを召したらよいか答えを祈り求めた指導者に、みたまが具体的に名をあげて答えた。

何かを思いとどまらせる

御霊は人から不安感を取り去る役割をするが、何かを思いとどまらせる場合、逆に不安を与えるときがある。

オークス長老の経験談
ブリガム・ヤング大学の学長をしていたころ、1枚の書類に目を通していた。
その書類は何度も確認をしていた。
しかし、サインをしようとしたとき、非常に消極的な思いと不安を感じ、もう一度洗い直すように依頼した。
すると、それまで分からなかった問題点が明らかになった。
もし事を進めていたら、大学は将来非常に厄介な問題を抱え込んでしまうところだった。

確認する

私たちは、神様から導きを受けるとき、すべてを神様にやってもらうのではなく、まず自分の自由意志を行使し、自分自身で考え、その結果を主に伺うと言う方法をとる。
それが正しければ、心の内が燃えるように感じる。(教義と聖約9:7-9)

行動を促す

緊急事態など突然、御霊が行動を促すことがある。

オークス長老の祖母チェスティ・オルセン・ハリスの体験
家の近くの干上がった川底で何人かの子供たちを遊ばせていたとき、子供たちを川底から土手にあげるようにと言う声が聞こえてきた。
とても天気の良い日で、雨が降りそうな気配はなかったので、無視して、遊びを続けた。
ところが、せかすような声がまた聞こえたので、急いで子供たちを集め、土手に駆け上がった。
すると、突然の濁流が、子供たちが遊んでいた場所をものすごい音を立てながら流れていった。
その啓示が無ければ、皆、溺れ死んでいたところだった。

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パッカー長老の啓示の話

(「リアホナ」2007年1月号)

中央幹部に召される前に経験したある出来事から、わたしは大きな影響を受けました。
あるとき飛行機で、無神論者を自認する男性の隣の座席になりました。 神は存在しないと執拗に主張する彼に、わたしはこう証しました。
「それは違います。神はおられます。わたしは神が生きておられることを知っています!」
彼は反論しました。
「知っているですって。そんなことを知っている人がいるもんですか!あなたが知っているはずがないでしょう!」
その無神論者の男性は弁護士でもありましたが、わたしがどうしても折れないのを見ると、証というテーマに関して究極的とも言える質問をしました。
彼はあざけるような態度で、わざと丁寧な口調でこう言いました。
「そうですか。では、知っているとおっしゃるなら、どのように知っているのか説明してくださいませんか。」
わたしは答えようと試みましたが、高い学位を持っていたにもかかわらず、うまく伝えることができませんでした。
御霊や証という言葉を使うと、その無神論者の男性は「おっしゃることが理解できません」と言うのです。
祈り、識別、信仰という言葉も彼にとってはまったく無意味でした。
「ほらね、ほんとうはあなたも知らないんですよ。もし知っていたら、どのように知っているのか説明できるはずですよ。」
ひょっとしたら、証をしない方がよかったのでしょうか。
わたしはどうしたらよいか分からなくなりました。
そのとき、わたしは特別な経験をしました!
何かが心に注がれてきたのです。
預言者ジョセフ・スミスはこう述べています。
「人は、啓示の霊の最初のささやきを自覚しただけで祝福を受ける。
例えば清い知識が心に流れ込むのを感じたとき、あなたがたの心には、いろいろな考えが閃光のように次から次へと浮かんでくるだろう。
そして神の御霊を学び理解することによって、あなたがたは次第に啓示の原則を知るようになり、やがてイエス・キリストにあって完全な者となるであろう。」
そのとき浮かんだ考えを、わたしはその無神論者の男性に言いました。
「ではお尋ねしますが、塩がどんな味か御存じですか。」
「当たり前ですよ。」
わたしは続けました。
「では、わたしが塩を一度も味わったことがないと仮定して、塩がどんな味か説明してみていただけませんか。」
彼は少し考えてから言いました。
「ええっと、あの、甘くなくて、酸っぱくもなく。」
「それでは、どんな味ではないと言っているだけで、どんな味がするかについての説明にはなっていませんよ。」
彼は何度か説明を試みましたが、できませんでした。
塩の味というごく当たり前のことなのに、言葉だけでは説明できなかったのです。
わたしはもう一度証しました。
「わたしは神が実在されることを知っています。
あなたはその証をあざけり、わたしがそれを知っているなら、どのように知っているのか説明できるはずだとおっしゃいました。
霊的な意味で、わたしは塩を味わったのです。
厳密にどのように知っているのかを言葉で説明することはできませんが、それはあなたが塩の味を説明できないのと同じことです。
しかしもう一度申し上げますが、神は実在の御方です!
生きておられるのです!
あなたがそれを知らないからと言って、わたしまで知らないとはおっしゃらないでください。
わたしは知っているのですから!」
別れ際に彼はこうつぶやきました。
「あなたが信じている宗教に頼らなくてもやっていけます。わたしには必要ありません。」
それ以後、自分が知っている霊的な事柄を言葉で説明できなくても、わたしはまごついたり、恥じたりしなくなりました。

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聖約により神の力を得る

聖約と儀式と祝福との3つはセットになっている。 私達が「聖約」を履行すると、神が「祝福」をくださる。

ネルソン大管長は「神と聖約を交わして、それを守るとき、神から力を得ます。」と言っていた。
この言葉は上の「儀式」「聖約」「祝福」を表す。 神から力を得られる儀式は、3つの段階があって、それぞれの祝福の中に神から力をいただくことが含まれる。

1つ目のバプテスマの儀式では、私たちが行う聖約として次のものがある。 これは聖餐式の祝福の言葉でも述べられている。
これに対する神様からの祝福には、次のものがある。 2つ目の神権の聖任の儀式では、私たちが行う聖約として次のものがある。 これに対する神様からの祝福には、次のものがある。 3つ目のエンダウメントの儀式では、私たちが行う聖約として次のものがある。 これに対する神様からの祝福には、次のものがあります。 これらの「力」とは「自分の力以上のことを行う力」。
これらの3つの力について、詳しく説明する。

聖霊の賜物について 神権の力について 聖霊の全きについて 上のレベルの力ほど他人のために使う力、神に近い力になる。
契約書の形式で書面化してみた。(PDFファイル)

神の力の現れ 目次へ戻る

啓示に対する注意点

正しく、善いことを求め、神の御心に反することは求めない。
楽しみを満たすなど、不適切な動機から悪い求め方をしない。

個人の啓示は自分の権限の範囲内で与えられ、他の人のためには与えられない。
教会のための教義や戒め、啓示は、預言者だけ受ける。
教会指導者は、教義を教え、霊感を受けて助言をするが、決定を下す責任は本人にある。

啓示は神の戒めや、交わした聖約と調和している。
神の戒めに反する啓示は与えられない。
自分の感情を間違って解釈したり、自分の聞きたいことだけを聞いたりしてはいけない。

すでに与えられた啓示を受け入れる。
与えられた啓示に納得できなくて、新たな啓示を求めてはいけない。
状況の変化なければ、神はすでに問いかけに答えている。
以前与えられた答えを信頼しながらも、さらなる啓示に対して心を開いておく。

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御霊のある状態

御霊(みたま)とは
御霊と言うとき、神会の御三方の一人である聖霊を指すこともあるが、ここでは聖霊の影響力について説明する。
聖霊を太陽に例えるなら、御霊は太陽光線になる。
太陽は一つしかないが、地上のすべての人に光を与えることができる。
聖霊は分身することができないので、複数人に同時に訪れることはできないが、地上のすべての人に同時に影響を及ぼすことができる。
バプテスマのときに受ける聖霊の賜物は、聖霊の影響力を常に受け続けられる権利である。
聖霊の影響力を受け続けることによって、イエス・キリストのようになることができる。

御霊があるとき 御霊がないとき
信仰、信頼 不信仰、疑い
希望 絶望、諦め
慈愛 憤怒、憎悪
知恵 愚昧
勇気 臆病
節制、自制 無節操
正義 偽善
純潔 色欲
忍耐、寛容 不寛容
救恤、慈善 強欲、貪欲
勤勉 怠惰
謙虚、感謝 傲慢、嫉妬
正直 偽証
忠実、従順 裏切り、不従順
柔和 頑固、固執
喜び 悲しみ
平安、安心 不安、心配
平和 争い
満足 欲望、不満
冷静 興奮、混乱、焦り

御霊を受けている状態 御霊を受けていない状態
幸福、平安、晴れ晴れした穏やかな気持ちを感じる。 不幸、憂鬱、欲求不満、混乱した気持ちがする。
寛大になる。 所有欲、自己中心、要求されることに対して反発したくなる。
怒らない。 すぐに怒る。
人々から注目されても気にならない。 人目をさけ逃避的になる。
喜んで人々と交わり、人々を幸福にしたいと思う。 人々、それも特に家族を避ける。また家族を批判する。
他の人々の成功を喜ぶ。 人々の成功をねたむ。
自制心があり、過食や度を越えた睡眠を避ける。人騒がせな娯楽に走らない。怒りや情欲、欲望を抑える。 感情の起伏が激しく、憎しみやしっと、怒り、肉欲、空腹、疲労などに脅かされている。
自信を持ち、生きることに喜びを覚える。 すぐに落胆し、生きることの価値について疑問を感じるようになる。

御霊を受けている人 御霊を受けてない人
知識と英知を賢明に使って生活できる。
自分自身と周囲の世界に現実的な目を向ける。 自分自身と周囲の世界を正しく理解しておらず、偏狭で否定的な態度をとる。
物事を決めるときに、知識や理性、過去の経験を基盤としてそれを行なう。 物事を決めるときに、感情的に、あるいは想像に任せて、または偏見や無知のままにそれを行なう。
あらん限りの知識を存分に生活に取り入れている。 知識の相関性が無く、不合理な、あるいは矛盾した考えを抱いている。
信念と行動の標準を定め、いつもその標準に従って物事の決定を下し、生活している。 流行や他人の意見に容易に感化される。自分自身の行動の標準がない。他人の言葉に従いやすく、感化されやすい。
自分自身を大きなものの一部とみなすことができる。
自分がさらに大きな全体の一部であると言うことを認識する。また自己の存在を失わず、標準への妥協がない範囲内において現実の世界に喜んで接触の場を求める。 すべてを自己中心に考える傾向がある。
真理と知識を尊び、絶えず自分自身を現実に即した者に変えようと努める。 自分の考えと相容れない真理や、物の見方を変えるように求める真理を拒絶する。
社会生活における自分の役割を認識している。人々との交わりを望み、必要に応じて自分の気持ちを制する。自分の属する集団や社会に貢献する。 自分の必要を満たしてくれる人を求める。自分の立場に利する人々に目を向け、そうでない人々に背を向ける。自分は与えることなく受けることだけを望む。
自分自身の社会的、身体的、情緒的福祉に責任を負う。自立し、自分の望みを達成するために自ら働く。 依頼心が強い。人々に依存していることに満足し、相手が自分のことに気を使ってくれないと腹を立てることがある。
自分自身の自由意志や個性、標準に従おうと言う決意を保ちながら、歩み寄れるところは人々に歩み寄る。 譲歩することを強情に拒み、執拗に我を通す。自分の思い通りにならなければ、腹を立てたり、人の感情を害する言葉を吐いたりする。
権能と紀律と、現在の社会の慣習を十分に尊重する。 紀律を無視し、権能の必要性を否定し、他人の権利を侵してまでも自分の権利を主張する。
現実の世界を受け入れ、その世界に生きる。
現実を見つめて生活する。たとえ不快であっても現実を受け入れる。可能な範囲内で歩み寄り、できるだけ現実に即した生活を送るように努める。 不快であれば現実を否定ないしは回避しようとする。現実の生活を回避する手段として、アルコールや麻薬を引用し、また空想、幻想にふける。
過去、現在、未来のバランスをとり、しかも現在をその生活の中心としている。 現実を回避し、過去にばかりこだわる。あるいは、未来のことばかりを言う。心に焼きついた過去の出来事を基準にして、現在の生活を変えようとする。
自分の行いを制御し、物事の優先順位を適切に決めることができる。
欲望や欲求を制するように努め、それをいつも抑制することができる。 しばしば自分の行為を正当化するなどして、自由に衝動や欲望を満足させる。
価値ある長期目標を達成するために、喜んで目前の苦しみに耐え、犠牲を払う。 目先の満足と報いを求め、また将来確実に恩恵の得られることが分かっていても、そのために犠牲を払うことを良しとしない。
快楽を求めず、原則になった行動をとるようにする。行動規範に従って生活する。 不愉快なことを避け、自分の利得のみを追い求める。外部の諸状況に行動を左右される。
愛、性、結婚、親であることに対して健全で適切な態度をとる。
幸せな生活を送るために愛の必要性、性の正しいあり方、結婚の重要性を理解する。 愛、性、結婚について誤った考え方を持っている。あるいは、不健全な態度をとっている。
同姓の人とも異性の人とも、正しく健全な交流を行なっている。 男女いずれかの人々に偏って嫌われる。あるいは偏って好かれる。また、そのような交流を行なっている。
性が霊的、情緒的、心理的にどのような意義をもつかを十分に正しく理解しており、前向きの態度でそれを正しく行使する。 性の正しいあり方を誤解している。性の役割について誤った、あるいは有害な考え方を持っており、また性に対して不健全な、あるいは現実に則さない態度をとる。

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御霊を感じるには

聖霊は霊の御方なので、目に見えないし、声を聴くこともできない。
つまり、5感では感じることができない。
では、どうやって、その存在を知ることができるのだろうか。

霊のことは、霊が感じることができる。
肉体の感覚や欲求に心を向けるのではなく、霊の感覚や欲求に心を向ける。

5感が邪魔になるので、それらの感覚を遮断する。
目を閉じて、視覚を遮断し、静かな場所に行き、聴覚を遮断する。
肉体的、社会的な欲求(食欲、性欲、金銭欲など)から離れる。
そして、断食、祈り、瞑想を行う。
聖霊によって、心が満たされるように感じるようにする。
神様の愛を感じるようにする。

断食をしているときの「おなかすいた」という思いは、肉体的な欲求に心が向いてしまっているので、その気持ちから離れるようにしなければならない。
聖霊によって、心が満たされているときは、空腹を感じない。

疲れているときは、そのことに気が行ってしまうので、十分に休息をとった朝に、瞑想、祈りをするのがよい。

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奇跡が起こるには

奇跡が起こるためには法則がある。
自分にできることを精一杯おこなって、自分の中に確信が持てるぐらい神様が備えられた手段を使って、経験を繰り返し、勉強を繰り返し、聖霊から確信を得た時に、不安と恐怖が取り去られる。
どんなつらい経験、どんな問題に当たっても、立ち向かう勇気が生まれる。
その最後の最後に不思議なことが起こる。
これが奇跡という。
これは、法則なので、数学や物理では、誰がいつおこなっても、同じ答えが出るように、奇跡の法則も、誰がいつおこなっても、同じ答えが出てくる。

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信仰と証

バプテスマの面接の質問
  1. あなたは神が永遠の御父であられることを信じていますか。
    イエス・キリストが神の御子であられ、世の救い主、贖い主であられることを信じていますか。
  2. あなたはイエス・キリストの教会と福音が預言者ジョセフ・スミスを通して回復されたことを信じていますか。
    あなたは〔現在の大管長の名前〕が神の預言者であることを信じていますか。
    そのことはあなたにとってどのような意味がありますか。
  3. 悔い改めとはあなたにとってどのようなことですか。
    あなたは過去の過ちをすべて悔い改めたと感じていますか。
  4. あなたは過去に重大な犯罪にかかわったことがありますか。
    もしあれば、現在執行猶予中または仮釈放中ですか。
    これまでに堕胎や同性愛にかかわったことはありますか。
  5. あなたは末日聖徒イエス・キリスト教会の会員になることには福音の標準に従った生活をすることが含まれることを教わっています。
    以下の標準はどのような意味であると理解していますか。
    それらの標準に進んで従いたいと思いますか。
    a.純潔の律法。この律法は法的に結婚した男女間の結びつき以外のあらゆる性的関係を禁じています。
    b.什分の一の律法
    c.知恵の言葉
    d.安息日。毎週聖餐を受け、教会員に奉仕をすることも含まれます。
  6. バプテスマを受けると、進んでイエス・キリストの御名を受け、主の戒めを生涯守り通すことを、神と聖約します。
    あなたはこの聖約を交わし、聖約に忠実に生活する心構えができていますか。
神殿の面接の質問
  1. あなたは永遠の父なる神とその御子イエス・キリストと聖霊に対して、信仰と証を持っていますか。
  2. イエス・キリストの贖罪と、あなたの救い主、贖い主としてのイエス・キリストの役割に対して、証を持っていますか。
  3. イエス・キリストの福音の回復に対して、証を持っていますか。
  4. 末日聖徒イエス・キリスト教会の大管長を預言者、聖見者、啓示者として、また、すべての神権の鍵を行使する権限を託された、地上で唯一の人として支持していますか。
    大管長会および十二使徒定員会の会員を預言者、聖見者、啓示者として支持していますか。
    教会のそのほかの中央幹部と地元の指導者を支持していますか。
  5. すべてのことが主の前に「清く行われ」なければならないと、主は言われました。
    あなたは思いと行いにおいて道徳的に清くあるように努めていますか。
    純潔の律法に従っていますか。
  6. 家族やほかの人々と個人的に、また公に接するときに、イエス・キリストの教会の教えに従っていますか。
  7. 末日聖徒イエス・キリスト教会の教えや慣行や教義に反する教え、慣行、教義を支援したり、奨励したりしていませんか。
  8. 家庭でも教会でも安息日を聖く保ち、出席すべき集会に出席し、備えをしてふさわしい状態で聖餐を受け、福音の律法と戒めに調和した生活をするように努めていますか。
  9. あなたが行うすべてのことに正直であるように努めていますか。
  10. 什分の一を完全に納めていますか。
  11. 知恵の言葉について理解し、それに従っていますか。
  12. 以前の伴侶や子供に対して経済的な責任やその他の責任がありますか。
    もしあれば、現在そのような責任を果たしていますか。
  13. エンダウメントで教えられたとおり神殿ガーメントを身に着けることを含め、神殿で交わした聖約を守っていますか。
  14. 悔い改めの一部として神権役員のもとで解決する必要のある重大な罪はありませんか。
  15. あなたは、自分には、主の宮に参入して神殿の儀式を受ける資格があると思いますか。
信仰 + 行ない = 証
信仰
イエス・キリストの何を信じるのか。
信仰の段階(アルマ32章)


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救いの計画とキリストの福音


【この図をクリックすると拡大します】

建物の設計と仕様書を、救いの計画とキリストの福音になぞらえる。

計画    = 救いの計画   (何をするのか)
技術仕様書 = キリストの福音 (どのようにするのか)
現場監督  = 預言者

天父が定めた救いの計画の知識に頼り、キリストの福音の恩恵を受け、預言者の導きに頼る。

計画の目的は、人が不死不滅と永遠の命を得られるようにすること。

不死不滅
神様のように病気や老いのない死なないからだ、神様のようにいろいろな能力を与えられたからだ、宇宙を創ることもできる。

永遠の命
永遠に神様と住むこと、神様のようになること、神様のように霊の子供も創れるようになれる。

【救いの計画】

【キリストの福音】


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