ポルノグラフィーの克服

【目次】
ポルノグラフィーの使用を克服するための7つのヒント

ふさわしさは完璧さではない

ポルノグラフィーの弊害

克服するには

ポルノグラフィーへの対処を風邪の対処になぞらえる

誘惑にかられるとき、かられないとき

愛と情欲

真実の愛

悪霊たちが人を誘惑する様子

依存症克服のための12のステップ

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ポルノグラフィーの使用を克服するための7つのヒント

リチャード・オストラー
リアホナ2020年10月号から要約
  1. 自分が天の両親の子供であり、天の両親に愛されていることを知る。
    • 克服し、解決するまで愛や助けを受けるに値しないと考えるのは、サタンの望み。
    • 自分の力で克服することができてから、愛に値する人間になれるという考えをサタンは植え付け、愛する人々から引き離す。
    • いつでも天父から希望と霊感と個人の啓示、キリストの癒しの力を受けるられる。
  2. 恥を取り除く。
    • 恥とは、自分が壊れた人間、損傷を負った人間、悪い人間だと感じること。
      この考えは依存症のサイクルに閉じ込めてしまう。
    • 恥を感じている人は、救い主の助けは受けられないという気持ちを抱く。
    • 天父はキリストの贖いの祝福に完全な希望を持つよう望んでおられる。
  3. 「依存症」というレッテルを安易に使わない。
    • ポルノグラフィーと闘っている人の大半は実際には依存症ではない。
    • 依存症という言葉に恥を感じ、希望を失い、自己嫌悪に陥る。
  4. 「個人の防止プラン」を書き出す。
    • 防止プランとは3つのパートから成る計画書
    • パート1:誘因を挙げる。
      • 誘因になるものに遭遇することが、ポルノグラフィーを見ることにつながるサイクルの最初のステップ。
      • 誘因には幾つかの種類がある。
      • 状況的なもの:
        過去の思考や行為きっかけとなる環境
        (同じ部屋にいる、あるいは特定の時刻になる、など)。
      • ストレス/不安/孤独/トラウマとなる出来事:
        感情的な苦しさや難しい状況にあるとき、それから逃れたり、
        それに対処したりする手段として、ポルノグラフィーに向かう。
      • 視覚的なもの:
        ソーシャルメディア、映画、写真などを通じて、ポルノグラフィーではないが誘因となるものを何気なく目にしてしまう。
    • パート2:誘因を減らす方法についてプランを立てる。
      • 深夜に不安定な気持ちになるなどの状況的な誘因を抱えているなら、
        寝る30分前にスマートフォンの電源を切ったり、
        自室にスマートフォンを持ち込まないで寝たりする。
      • ポルノグラフィーが感情的な苦しさに対処するための手段であるなら、
        そうした感情に対処するもっと良い方法を見つける。
        運動や瞑想は、ストレスや不安の軽減に役立つ。
        友人と出かけたり、インスティテュートのクラスに登録することで、孤独感が和らぐ。
      • 自分を悩ませているものは何か、どんな選択肢が自分に役立つかを考える。
      • 霊的な手段を過小評価しない。
        祈り、聖文研究、奉仕、教会への出席や神殿参入は、誘因になるものを減らし、気持ちを強く保つうえで欠かせない強力な手段。
    • パート3:誘因になるものに遭遇したときの対処プランを立てる。
      • それぞれの誘因に対して、幾つかのステップから成る対処プランを書き出す。
      • 誘因になるものに遭遇したときには、
        すぐにスマートフォンの電源を切る、
        だれかにメールを送るか電話をかける、
        散歩に行くか運動をする、
        モルモン書を読む、など、
        自分の思考をほかのものに向けるのに役立つことをする。
      • 誘因が過ぎ去ったら、何が効果的だったか、次回により効果を挙げるにはどう改善すればよいかを考えて、防止プランを更新する。
      • それを、毎日目にする場所に置く。
  5. ラプス(一時的/一度限りの過失)とリラプス(再発)の違いを理解する。
    • ラプスとは、失敗してもすぐ立ち直り、それを学習経験として防止プランを改善する。
    • リラプスとは、諦め、歯止めが効かなくなり、それを気にもかけなくなる。
    • ポジティブな姿勢で前を向き、立ち直りに一日近づいたことを知る。
    • ラプスが生じた際には、次のように自問する。
      • 何が起こっただろうか。
      • この誘因はどのような点が違ったのだろうか。
      • 最近、ひどくストレスを感じていただろうか。
      • 情緒的にはどんな状態だっただろうか。
      • しばらく聖文研究をしなかったことで心が弱まったのだろうか。
      • 最近、運動が足りていなかっただろうか。
      • 防止プランの中に何か効果的でないものがあるだろうか。
      • 次は、どんな点を変えられるだろうか。
    • 自分が学んでいることを書き留めて、前に進む。
  6. 救い主の癒しの力を信じる。
    • イエス・キリストは悔い改めという成長の過程で助けてくださる。
      克服しようと努力するとき、能力を授ける力を持っておられる。
    • 望みを変えて、前進するための力を与えてくださるように、主に願い求める。
      自分自身ではできないことを、主は行ってくださる。
  7. 一人で行おうとしない。
    • 教会指導者や家族に助言を求める。
    • セラピストや専門のメンタルヘルスカウンセラーから手助けを得る。

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ふさわしさは完璧さではない

ブラッドリー・R・ウィルコックス
リアホナ2021年11月号から抜粋

仮に「デイモン」と呼ぶ、ある若い男性はこう記しています。
「ある時からポルノグラフィーに苦しむようになり、克服できない自分を常にひどく恥ずかしく思っていました。」
失敗するたびに後悔の念に苛まれ、神からいかなる憐れみや赦しも、更なる機会を頂くにもふさわしくないと自分を厳しく裁くようになりました。
彼はこう述べています。
「いつもつらい思いをするのは当然だと思い込んでいました。
もっと努力して完全に克服しようとしなかった自分は、神に嫌われているだろうと思っていました。
一週間、時には一か月間我慢できることもありましたが、また逆戻りしてしまい、『決して良くなれないのなら、努力しても無駄ではないか』と思うようになりました。」
このように落ち込んだ時期に、デイモンは神権指導者にこう話しました。
「自分は教会に来るのをやめるべきかもしれません。もう偽善者でいるのはうんざりです。」

指導者は答えました。
「悪い習慣を克服しようとしているからといって、君が偽善者なわけではないよ。
それを隠したり、嘘をついたり、問題はこのような高い標準を掲げている教会にあるのだと自分を正当化しようとするなら、君は偽善者だ。
でも、自分の行動に正直で、前に進むために行動しているのなら、偽善者ではないよ。
それは弟子であるということなんだ。」
そして、リチャード・G・スコット長老の言葉を引用しました。
「主は弱さと背きをまったく異なった見方で見ておられます。
弱さについては、常に憐れみをもって語っておられます。」
この見方がデイモンに希望をもたらしました。
神が天で「デイモンがまた失敗した」などとは言っておられないことに気づいたのです。
むしろ「デイモンの進歩を見てごらん」と言っておられることでしょう。
この若い男性はとうとう、自分を恥じてうつむいたり、言い訳や正当化のために横を向いたりするのをやめました。
神の助けを求めて天を仰ぎ、それを得たのです。

デイモンはこう語っています。
「これまで神に頼ったのは赦しを求めるときだけでしたが、今では『人に能力を授ける力』である恵みも願い求めるようになりました。
そのようなことをするのは初めてでした。
最近では、自分がしたことに対して自己嫌悪に陥る時間がかなり減り、イエスがしてくださったことを思って主を愛する時間が増えました。」

デイモンがどれほど長く苦しんできたかを考えると、支援する親や指導者があまりにも性急に「二度としないように」と言ったり、「ふさわしい」とされる立ち直りの基準を独断で設けたりするのは、助けにならず、非現実的でした。
代わりに彼らは、小さな、達成可能な目標から始めました。
成功か失敗かといった二者択一的な考え方を捨て、少しずつ成長することに焦点を当てたことで、デイモンは失敗ではなく成功を積み重ねることができました。
デイモンは、奴隷の状態にあったリムハイの民のように次第に栄えることができると学んだのです。

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ポルノグラフィーの弊害


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克服するには


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ポルノグラフィーへの対処を風邪の対処になぞらえる

風邪 ポルノグラフィー
外から帰ったたら、手洗いとうがい お祈りをする。神様の力を願い求める。
体を冷やさない
・雨に濡れたままにしない
・汗をかいたままにしない
・エアコンで冷やし過ぎない
神様のことを行う
・聖典の研究
・リアホナを読む
・先祖の記録の作成
のどの痛みを感じたら、すぐ薬
・ビックスドロップ
・のどヌールスプレー
・風邪薬
ポルノグラフィーに触れたら、すぐ離れる
・パソコンから離れる
・教会や教会員のサイトを見る
・瞑想する

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誘惑にかられるとき、かられないとき

誘惑にかられるとき かられないとき
暇なとき 忙しいとき
安心している(心に隙がある)とき 問題や課題に集中しているとき
自分の欲を満たそうとしているとき 家族のことを考えているとき
好奇心を満たそうとするとき 人に関心を示しているとき
寂しいとき 家族と接しているとき
悲しいことが起こったとき 楽しいことをしているとき
ストレス、不安、混乱のあるとき 平安な気持ちを感じているとき
不満を抱いているとき 感謝の気持ちを持っているとき
まとめると、心が空虚なときと、ネガティブな感情を抱いているときがサタンの誘惑を受けやすい。
心をポジティブなもので満たすことができるよう訓練することが大事。

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愛と情欲


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真実の愛

盲目的な愛 真実の愛
盲目的な愛は、ほとんどの場合、急激に発展する。「恋におぼれる」とか、「一目ぼれした」とか言うときは、この盲目的な愛を指すことが多い。この最初の気持ちが続いて十分に成熟した愛になることもあるが、そうでないこともある。 真実の愛は、ロマンチックな様相を呈しないかもしれないが、時の経過とともに次第にしっかりと根を張り、成長する。肉体的および知的な魅力が突発的であるのに比べて、愛が育つのには時間が必要である。
盲目的な愛は、通常、相手の、ある種限られた特徴、能力、性格に基づいて生じる。 真実の愛は、相手のすべてに対して抱くものである。「彼のこのようなところが好き」というのではなく「彼が好き」と言う。
盲目的な愛は、感情によることが多い。「恋を恋する」という状態である。 真実の愛は、人に対して抱くものであり、そこから大きな楽しみと喜びが得られる。感情は二次的なものであり、愛する相手が第一である。
盲目的な愛は、必ずしも自己本位でないかもしれないが、自己中心の傾向が強い。これは主に、自分の欲求を満たしたいという感情によって育まれる。ある人々は愛というと、相互の欲求を満たすもの以上の何物でもないと考えている。 真実の愛も、その関係の中に自己の満足を見出すが、それが目的ではない。自分自身と同様、人の喜びと成長にも目を注ぐ。成熟した愛を持つ者は、相手の霊的、情緒的、肉体的健康にも心を配り、完全な一致を図るように努める。
盲目的な愛は、その対象が一人に限られないことがある。次から次へと心が移り、同時に複数の人々を対象とすることさえある。 真実の愛は、愛する人への約束である。愛する人への誠意を尽くすと言う契約である。
盲目的な愛は、急変する。情緒に極めて影響を及ぼしやすく、非常に心変わりしやすい。情緒不安定になると、典型的な症状として、食欲不振、集中力の欠如、勤労意欲の減退が生じてくる。 真実の愛も、変わる。しかし、その変化は緩やかである。しかも勤労意欲は増し、成長を望む気持ちが大きくなって、二人の結びつきは以前に増して強くなる。情緒に大きな影響を及ぼすとすれば、それはただ地味で着実な幸せを望む気持ちである。
盲目的な愛は、現実離れすることが多い。現実に立脚しない計画を巡らし、空想にふけり、現実を見ようとせず、将来の計画を立てることを拒む。 真実の愛は、理想を描き、また現実的でもある。そのバランスを良く保つ。愛する者は遠い将来の報いのために、喜んで犠牲を払う。問題やチャレンジには現実的な目をもって直面する。
盲目的な愛は、肉体上の魅力によることが多い。肉体上の魅力が二人の結びつきを支配する。 真実の愛も、肉体上の魅力が関係する。しかし、全体の要素から見て、肉体上の魅力の占める割合は小さい。
盲目的な愛は、不安定でもろい。二人の結びつきが解けないのは、ただ嫉妬心による。肉体上の結びつきが無ければ、二人の関係は危機にさらされる。また、ストレスがたまれば、二人の関係は損なわれる。 真実の愛は、安定しており、信頼でき、はつらつとしている。成熟した愛は、他の人々に脅かされることがない。愛はできれば一緒にいることを求めるが、別れても弱まることがない。愛にはチャレンジや問題に抗する力があり、これらは愛の強さをはかるに過ぎない。

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悪霊たちが人を誘惑する様子

臨死体験中のスペンサーは悪霊たちが人を誘惑する様子を見た。
ポルノグラフィーを見る青年に悪霊たちが群がっていた。
青年がポルノグラフィーを見ているそばに8人の霊がいた。
4人はかつてこの地上で生きていた人の霊。
残りの4人はこの地上に生を受けたことのない悪魔。
霊たちは興奮し、錯乱状態で跳び回り、青年に向かって興奮した声で怒鳴っていた。
地上で生きていた人の霊の目的は情欲を満たすためだった。
彼らの依存症は霊体だけになっても続いている。
彼らは画像には関心はなく、青年の肉体に入って、性欲を満たす感覚を体感することに関心があった。
地上に生を受けたことのない悪魔の目的は、青年を陥れることだった。
彼らは青年が経験する熱情には関心はなく、青年を支配し、自分たちに従わせ、惨めな状態にすることに関心があった。
悪霊たちは青年に特定のウェブサイトを思い出させ、それを見るよう強く迫り、どう感じるべきか教えていた。
青年が良心の声を無視続けるようにし、キリストや聖霊との関係を感じなくし、家族をないがしろにさせていた。
青年の興奮が高まると、悪霊たちは熱狂した。
さらに攻撃的になり青年にとびかかり、平手打ちをし、ののしった。
青年の情欲が頂点に達したとき、彼の頭のてっぺんから黒い裂け目が現れた。
その瞬間に地上で生きていた人の霊がフットボール選手がタックルをするように攻撃を始めた。
彼らは競い合って中に入ろうとしていた。
中には一人か二人しか入れないので、他の霊が入ると、中にいた霊は追い出された。
追い出された霊は、床でけいれんしていた。
霊はすぐに回復すると、また戦いに加わり再突入を繰り返していた。
肉体を離れても、情欲や依存症は彼らに付きまとう。
自分たちを癒すことがおできになるイエス・キリストに、心を向けないからである。
キリストの恵みなしでは、依存症から来る強い情欲を収めることができない。
彼らはスリルを経験する機会を求めて、地上の人に付きまとう。

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依存症克服のための12のステップ

  1. 正直
    依存症を克服するに当たって、自分が一人では無力であることと、もはや思いどおりに生きていけなくなったことを認める。
    • 素直に敗北を認めることによって、ようやく立ち直りへの第一歩が始まる。
    • 立ち直りを始めるために唯一必要なのは依存症とのかかわりを断ちたいという強い望み。
    • 自分にとって大切なものがどれほど損なわれているか真剣に考える。
    • 高慢を捨て謙遜になろうと務める。
      • 高慢は一種の錯覚であり、あらゆる依存症の本質的な要素。
      • 高慢は立ち直ろうとする際に大きな妨げとなる。
    • 問題を認め、助けを求め、集会に出席する。
      • 立ち直り集会に参加する、または、ビショップ、専門カウンセラーとともに、それぞれのステップに従って取り組む。
      • 福音の教義を研究する。
      • そのような場所に出席することで、自分の状況に対する深い理解や希望、支えなどを得られる。
  2. 希望
    神の力によって健全な霊性を取り戻すことができると信じる。
    • 神には依存症の束縛からわたしたちを解放する力があると信じる。
    • 依存行動に頼る代わりに、信仰をもってイエス・キリストの愛と力に頼る。
    • 祈る。聖文を読み、深く考える。
    • 永遠の父なる神と、その御子イエス・キリストと、聖霊とを信じる。
      • 自身やほかの人々の生活の中に御三方の愛と力を見いだす。
      • 自分自身やほかの人に対する信頼だけでは依存症を完全に克服することはできない。
      • 独りの力ではできないことを救い主があなたに代わって行ってくださる。
  3. 神への信頼
    自分の意志と生き方を永遠の御父である神とその御子イエス・キリストの配慮にゆだねると決心する。
    • 神に対して心を開き、自分の人生を全面的に主にゆだねる。
      人生に関する自分の意志さえもすべて神にゆだねる。
    • 自らの選択の自由を捨て去ることが永遠の命を受けるためにどうしても必要。
      『仰せのとおりにいたします』と言って行うことで、後々になって、差し出した以上の選択の自由が自分に返ってくる。
    • 立ち直りはわたしたち自身より主が力を尽くされた結果、もたらされるものの方がはるかに大きい。
    • 聖餐会に出席する。バプテスマの聖約を思い起こし、新たにする。
    • 神を信頼し、従うと決意し、変えられるものは変え、変えることのできないものは受け入れる。
  4. 真実
    自分自身の行動を徹底的に吟味し、恐れず道徳上の棚卸し表を作成する。
    • 神を信頼するという自分の意志を表明する。
    • 自分の人生について調べ、道徳上の棚卸し表に書き表す。
      まず自分の人生を振り返り、その時々の思いや出来事、感情、行動について思い返し、大まかに整理する。
    • これまでに負ってきた負債、または現在負っている負債を自覚する。
    • 生活の中に潜む破壊的な要素を認識する。
    • 人々に関すること、学校あるいは組織に関すること、信念や考え、 信条に関すること、また肯定的な感情と否定的な感情(悲しみ、後悔、怒り、 恨み、恐れ、苦々しい思いを含む)の発端となった出来事や状況、 環境に関することなど思い出すままに書き出してみる。
    • 過去の自分の行動を省みて、そのような行動を引き起こした考えや感情、信条について吟味する。
    • 一覧表を書き終えたら、記憶の一つ一つから学び取れるように主の導きを求める。
    • 以下の5つの見出しごとに段落を分けてまとめる。
      • 出来事
        何が起こったか。その出来事に関して記憶している事柄について簡潔に記す。
      • 影響
        その出来事は自分やほかの人々にどのような影響を与えたか。
      • 感情
        その出来事が起こったとき、自分はどのように感じたか。
        また現在はどのように感じているか。
        恐れがその出来事にどのように影響したか。
      • 自己評価
        その状況に、自分の性格的な弱さや強さがどのように影響を及ぼしたか。
        自分の態度や行動の中に、高慢や自己憐憫、自己欺瞞、身勝手といった何らかの兆候が見られるか。
        正しい行動を取ったときのことについても記す。
        以下の自問をする。
        • この状況においてわたしはどのような結果を望んでいたか。またそれはなぜか。
        • わたしはその状況をどのように収めようとしたか。
        • それはわたしの問題だったか。
        • わたしは自分が望んでいるものを得るために、どのような行動を取ったか、あるいはなすべきことを怠ったか。
        • わたしは現実から目を背けたか。
        • わたしが期待したことは自分自身やほかの人々にとって理にかなったものだったか。
        • わたしは自分自身やほかの人々にうそをついたか。
        • わたしはほかの人々の感情を無視し、自分のことだけを考えたか。
        • ほかの人を思いどおりにする、注目や同情を集める、特別扱いをしてもらうなどの動機で、わたしはいかに自分が犠牲者であるかのように振る舞ったか。
        • わたしは神やほかの人々からの援助を拒んだか。
        • わたしは自分が正しいと主張したか。
        • わたしは自分が無視され、なおざりにされたため、侮辱されたと感じたか。
      • 霊感あふれる助言
        この出来事に関して主はどのような助言を与えられるか。
        聖典や教会指導者から与えられる霊感あふれる助言について考えながら、自分の考えや感じたことを書き留める。
    • 4つの重要な要素
      • 書くこと
        書き上げた一覧表を常に手もとに置いて読み返し、必要なときには参照する。
        完璧な道徳上の棚卸し表を作って、ほかの人を喜ばせようとするなどの完全主義に陥ると、かえって作業を完成させる妨げとなる。
      • 正直
        人生の罪深い部分について正直になる。
        自分の弱さを見いだすと同時に、自分の強さについてもさらに理解を深める自分の優れた特質やこれまで前向きに取り組んできた事柄についても書く。
      • 支援
        立ち直りについて理解している人からの励ましと支援。
        最も効果的な方法が見つかるように彼らは助言できる。
        また自信を失ったときには励ましてくれる。
      • 祈り
        これまで主がどれほど助けてくださったか思い起こす。
        神に心を向けて慰めや勇気、導きを求めたことによって、絶えず助けの手が差し伸べられていると感じたはず。
        祈り求めさえすれば、神はいつでもそばにいることがおできになり、また実際常に自分とともにおられる。
    • 過去から自分を解き放つ
      思い描く自分自身の姿は、そう望むなら、人生の方向転換をするように鼓舞してくれる。
      自分の経験が学びの機会であったと知るようになる。
      長い間苦しんできた自分の弱さを明るみに出すことによって、新たな人生に向かって前進する機会が与えられる。
    • 個人の日記を書く。聖霊の導きを求める。
      生活のあれこれや心に深く考えていること、達成したことや成功、失敗、交際および印象に残ったこと、自分の証をつづる。
      聖霊の助けを得て自分の経験一つ一つから学び得る教訓を見いだし、理解することができる。
    • 過去と現在の生き方を吟味する。
      ありのままの自分自身に目を向けるとき、神が目を開いてくださり、神がご覧になっているのと同じ観点で自分自身を見ることができるようになる。
    • もはやその罪を思わない。
      適切な時期に、否定的な言葉や怒りの表現、個人的な背罪に関する記述など、ほかの人々や次の世代に伝えるべきでない内密の事柄をすべて処分すべき。
      書いたものを処分することは、悔い改めの象徴であり、過去を葬り去る非常に有効な方法である。
  5. 告白
    イエス・キリストの御名により天の御父に対し、また自分自身や正しい権能を持つ神権指導者、そのほかの人に対して、自分の過ちをありのままに認める。
    • 赦しを求め始める。必要に応じてビショップに相談する。
      神と自分自身、ほかの人々に正直になる。
      • 重要な点を隠すことがないようにすべてを話す。
    • 生活の中に平安を招き入れる
      • 不必要に罪を明かすことがないようにする。
      • 否定的な事柄に固執することがないようにする。
  6. 心の変化
    性格上の弱点をすべて神に取り除いていただくために、あらゆる面で自分自身を備える。
    • 依存行動を控えることによって、自分たちの性格的な弱さが、特に自分自身の目に、以前よりもはっきりと見えるようになる。
    • 否定的な思いや感情は繰り返し湧き起こり、付きまとい、新たな生活を脅かし続ける。
    • 依存症に戻りたいという願望そのものを捨てるには、心の変化を経験しなければならない。
    • 最も謙遜さが必要なのは、神の助けを借りずに自分を変えたいと、いまだに望んでいる自分の高慢さ認めること。
    • 神からの孤立こそが、依存症の一因となる数々の不安を生じさせている。
    • 自ら進んで救い主に心を改めていただく。
      日曜学校や扶助協会・神権会に出席することによってキリストの交わりに参加する。
      • 過去の束縛から解放されたら、教会で多くの兄弟姉妹の中にあって、だんだんと居心地よく感じられるようになる。
    • 神の力を通して不完全さを取り除いていただくために、進んで心を改める。
  7. 謙遜
    自分の欠点を取り除いてくださるよう、へりくだり天の御父に祈り求める。
    • 自己満足的な高慢をすっかり捨て去り、それまで救いを得るためにしてきた数々の試みが何の役にも立たなかったことを認める。
    • キリストのもとに来ることによって、キリストにあって完全になり、この世の生活の中で弱点を克服するようにと、神はわたしたちに望んでおられる。
    • 打ち砕かれた心と悔いる霊の犠牲をささげなければならない。
    • 罪の贖いは、自身の苦しみではなく、主の苦しみによって得られる。
    • 自分が払う犠牲は、主が払ってくださった「大いなる最後の犠牲」を、へりくだって思い起こすことだけ。
    • 聖餐の祈りについて瞑想することにより、救い主の贖いの力が、自身の生活に効力を及ぼすように願い求める。
    • 神が自分にできないことを代わって行ってくださるように謙遜に祈る。
  8. 赦しを求める
    自分が傷つけた人の名前をすべて書き出し、全員に進んで償いをする。
    • 感情に任せて性急に事を進めるのは弊害をもたらす恐れがある。
      祈るために時間を取り、ビショップまたはほかの神権指導者などの信頼できる相談相手から助言を受けることが必要。
    • 自分が赦しを求める必要のある人々のリストを作る前に、まず自分が赦す必要のある人々のリストを作る。
    • 赦すのが難しい人の名前がリストにあった場合は、その人々の幸福のために祈り、自分自身が得たいすべての祝福を、彼らのために願い求める。
    • なすべきことをしなかったためにほかの人を傷つけたことはないか。
      相手を攻撃するつもりはなかったとしても、依存症にふけっていた間に自分がほかの人々に及ぼした害について考える。
      無責任で短気な態度、批判的でいらいらした態度、道徳な行いが愛する人々や友人を傷つけたことを認める。
      ほかの人々の重荷をさらに重くしたこと、だれかを悲しませたり、危機にさらしたりしたことがないか。
      うそをついたり、約束を破ったこと、様々な方法でほかの人々を操ったり、利用したりしたこと。
    • 慈愛の賜物を求める。ほかの人々のために祈る。
  9. 償いと和解
    自分が傷つけたすべての人々に、可能なかぎり、直接償いをする。
    • 償いを引き延ばさない。立ち直りの途上にある人の中には、恐れに負けて取り組むのを引き延ばしたとき、再び元の習慣に戻ってしまった人が大勢いる。
    • あなたの立場や事情を長々と説明することではなく、自分が犯した過ちを認め、謝罪の言葉を伝え、可能なかぎり償いをする。
    • 相手の対応が友好的ではなく、無愛想であっても、議論をしたり、批判をしたりしてはいけない。決して自分を正当化しない。
    • 接触を図ったり、償いをしようとすることが、その人に苦痛を与えたり、あるいは、傷つけることさえある。
      そのような恐れがあると思ったら、行動に移る前に、信頼できる相談相手とその状況について話し合う。
    • 実際に償うことが不可能な場合もある。例えば、相手の信仰や純潔を失わせたような場合。
      ただし、その後に正しい模範を示すというのは、罪の償いの一つの方法といえる。
    • 人を愛する。人を裁かない。喜んで教会の召しを受け、什分の一とささげ物を納める。
      • 教会での自分の働きは、恐れや義務からのものか、それともキリストにあって新たに生まれた信仰から派生した、ごく自然な行動かについて、よく考える。
    • 償いをするために、自ら進んで必要なことを行う。
  10. 日々の自己評価
    個人の道徳上の棚卸しを継続し、過ちを犯したときには直ちにそれを認める。
    • 感情や思い、動機、行いについて吟味するために自らに問いかける。
    • 日々自己を評価することにより、自分の悪習から目を背けたり、自己満足というわなに陥ったりしないようにする。
    • 心配、自己憐憫、混乱、不安、敵意、肉欲、あるいは恐れといった思いを抱いたら、すぐに御父に頼り、これらの感情を平安に変えていただく。
    • 正当化や合理化、ほかの人や物事への責任転嫁といった方法に訴えず、 常に心を開き、思いを救い主の教えに集中させる。
    • この問題は自分のどのような性格的な弱さが引き起こしたのだろうか。
      自分のどんな行動が原因となったのだろうか。
      自分自身にとっても、ほかの人にとっても、礼儀にかなった解決策を導き出すために、自分は本心から何を言ったり、行ったりできるだろうか。
      主はすべての力を持っておられる。心穏やかに主を信じよう。
    • ほかの人に対して否定的な行動を取ってしまった場合には、できるかぎり早く修復に努める。 プライドを捨て、心から「わたしが間違っていました」と言うことが、人間関係の修復に欠かせない。
    • 自己評価の一環として神権面接を受ける。継続的にほかの教会員との関係を強める。
    • 日々思いや言葉、行いを吟味する。どのような過ちもすぐに改める。
  11. 個人の啓示
    祈りと瞑想を通じて、主の御心を知ることができるよう、またそれを実践する力が得られるよう願い求める。
    • 聖文を学び、学んだことについて祈り、瞑想するにつれて、誘惑を退ける能力は増す。
    • 祈りと瞑想は恐れや落胆に対する力強い解毒剤となる。
    • 個人の祈りと瞑想を通じて導きと力を受けるために、イエス・キリストの御名によって御父のもとに来る。祝福師の祝福を受け研究する。
    • 一日を通して、聖文やそのほかの霊感あふれる書物について瞑想する。祈り続ける。
  12. 奉仕
    イエス・キリストの贖いのおかげで、霊的に目覚めたので、このメッセージをほかの人々に伝え、自分が行うすべてにおいて、これらの原則を実践する。
    • 依存症から解放された状態を保つためには、自分の殻から抜け出て奉仕しなければならない。
    • 真理と義を探し求めているすべての人々に伝えるべきメッセージは、神は、これまで常にそうであったように、今も奇跡の神であられるということ。
    • 主の憐れみと恵みについて自分の証を分かち合う。
    • 依存症に苦しんでいる人やそのような家族がいる人に気づいたとき、 彼らが話したいようであれば、自分が彼らの気持ちを理解できること を知らせるために、自分の経験について幾らか話すことができる。
      しかし、助言を与えたり、手はずを整えたりはしない。
      このプログラムや霊的な原則について情報を与えるだけで良い。
    • 公の場で証をする。
      ほかの人々に奉仕する中で召しと才能を尊んで大いなるものとする。
      家庭の夕べと家族の祈りを行う。神殿に参入し、そこで礼拝する準備をする。
    • 立ち直りの原則を分かち合うことによって、依存症に苦しんでいるほかの人々に奉仕する。
      これらの原則を生活のあらゆる面に実践する。
      • 贖罪は生活のあらゆる面に適用できる。
        責めさいなまれ、苦しみを受け、苦痛を味わうとき、あるいは悲嘆に暮れているときに、主はわたしたちを癒すことがおできになる。
      • 模範と励ましの言葉を通して、このメッセージをほかの人々と分かち合う。
        人々に会ったら、ほほえみを浮かべてあいさつをする。
        彼らがしてくれることに感謝を示す。
        機会が訪れたときには、イエス・キリストの贖いを通してもたらされる希望について証をする。

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