2019/03/25 ATEM 東日本支部春期例会に参加して
3月24日に麗澤大学研究センター(新宿)で開催された、映像メディア英語教育学会(ATEM)東日本支部春期例会に参加したのでレポートする。
━━ 開催要項 ━━━━━
主催 ATEM東日本支部
名称 ATEM東日本支部春期例会
日時 3月24日(日)午後1:00〜5:25
会場 麗澤大学東京センター(新宿アイランドタワー4F)
プログラム ⇒こちら
━━━━━━━━━━━━
会場のある新宿アイランドタワー
全部で1つの講演と、5つの発表がおこなわれた。プログラムでは発表は4つであるが、レポートの都合上、清水氏と塚田氏の共同発表を別にした。
もくじ
講演:国際バカロレアの英語授業における映像メディアの活用実態と可能性
発表:『ビリーブ 未来への大逆転』、『レプリカズ』に見る文化と人間性の考察
発表:『メリー・ポピンズ リターンズ』、『運び屋』に見る文化と人間性の考察
発表:日英映像対訳コーパスによる May I? など機能語だけの文による学習法
発表:映像で考えるアイルランド系人名
発表:Developing speaking skills through short film creation: A preliminary analysis
まとめ
表題
国際バカロレアの英語授業における映像メディアの活用実態と可能性
発表
概要
日本での国際バカロレア英語授業での批判的思考やその評価方法を検討した
方法
公演する赤塚祐哉氏
--- 国際バカロレア --- とは
国際バカロレアは初耳だったので、Googleで検索しながら拝聴した。それによると、各国の大学を受験するための国際資格を取得するための教育プログラムで、日本では約20の高校とほぼ同数のインターナショナルスクールが認定されている。大学受験資格取得専門学校(予備校)のような感じだろうか?
最終的には資格試験を受けるのだが合格率は8割程度で、日本人の合格者は2006年が302人、2015年が701人であった。取れるのは受験資格だから、合格しても大学に入れるとは限らない。高卒認定試験のようなものらしい?
目指す人物像(学習者像)として以下の10個があげられている。
探究する人(Inquirers)
心を開く人(Open-Minded)
知識のある人(Knowledgeable)
思いやりのある人(Caring)
考える人(Thinkers)
挑戦する人(Risk Takers)
コミュニケーションができる人(Communicators)
バランスのとれた人(Balanced)
信念をもつ人(Principled)
振り返りができる人(Reflective)
確かに素晴らしいことが並んでいるのだが、これら単純な数値では評価できないことを、最終的には一定の得点以上を取った受験者を合格させることで、プログラムが終了となる。
数値化できないことを、複雑な多次元の評価表に数値を書き込んで、結局は1次元にして輪切りにするところは、従来型と変わらないのではないか。現場の教師と生徒が熱意を持って人格と知性を形成する努力をしたとしても、社会システムとしては輪切りにされていくことに変わりはないような気がしてしまった。
大学側が欲する目標と学力を持つ生徒をどのように選別するかは、個々の国の個々の大学で異なる(=多様)はずなのだが、ひとつの試験で受験資格を与えるのは、結局、日本のセンター試験や共通テストの世界版(=没個性)だと受け止めた。
このあたりは、田淵の理解不足かもしれない。
--- 授業参観 --- でわかったこと
授業中の生徒の発言時間は、一般校では1割だが、バカロレア認定校では5割だった。
--- 批判的思考 --- の例題
お題が出された・・・交通事故で病院に父と息子の2人が担ぎ込まれた。その息子を担当した外科医はひと目見て自分の息子だと言った・・・どういう親子関係か状況か考えてみよう。
田淵の読み・・・外科医の元カノの再婚相手で、息子は元カノの連れ子・・・正解は、外科医=子の母親だった。外科医=男性という先入観に気づかせるお題だった。
--- 批判的思考 --- の定義
国際バカロレアは批判的思考(critical thinking)を重視しているそうで、それについても発表で説明があり、その後議論になった。興味深いことに、批判的思考を重視しつつも、批判的思考とは何かについては不明(定義されていない)とのことだった。以前は定義されていたものが、いつの間にか消えてしまったそうだ。これについての会場と終了後の議論(要旨)を紹介しておく。
・ 定義がないのは腑に落ちない
・ 現場の教師がそれぞれ批判的に考えろということ
・ それでは、現場の先生が困惑する
・ 言葉で定義しないと哲学ははじまらない
講師の赤塚氏は、樋口の定義を紹介した。
ある主張や事象に対して問題点を感じとり,根拠となる情報にもとづいてその構造や状況を分析,整理しながら,妥当性を評価するとともに 解決策や代案を含む判断 意思決定を行うこと(樋口直宏, 筑波大学人間総合科学研究科学校教育専攻学校教育学研究紀要, 2014)
ちなみに、ググルと次のような簡明な説明を見つけた・・・明確な定義はなく,分野によって異なる・・・としつつ・・・
ものごとを鵜呑みにせず,自分の頭で,しかも,きちんしたやり方で考えること
⇒クリティカル・シンキングとは何か?
critical thinking=鵜呑みにしない
なるほどと思った・・・
「Here's looking at you, kid=君の瞳に乾杯 」同様の名訳である
--- 批判的思考 --- の英語授業法
批判的思考授業法での議論で、会場の吉田氏の提案が秀逸だった・・・意見には理由があるので、because を使って発表させる・・・
10年ほど前に参加した日本教育メディア学会(2009 新潟)で、メディア・リテラシー(テレビや新聞やネットや書籍などのメディア情報を主体的に読み解き、情報を理解する能力)の議論があったことを、講演を聞きながら思い出した。
赤塚氏の講演はとてもフランクでわかりやすい上に、実情を踏まえた説明が多く、示唆に富んでいた。もっと伺いたかったが、所用で早く帰られたのが残念だった。
表題
「ビリーブ 未来への大逆転」、「レプリカズ」に見る文化と人間性の考察
発表
概要
女性には閉ざされていた弁護士への道を切り開き、最高裁判事にまで上り詰めた女性の物語を通して、性(gendar=社会的役割としての性別)について考える
方法
3月22日(金)から全国ロードショー公開された映画の紹介
発表中の清水純子氏
予告編がテレビで流れている。ウェブにもアップされている。
VIDEO
https://www.youtube.com/watch?v=B56fS2PSXDc
1970年代
・・・女性はクレジットカードを作れない
・・・仕事を選べない
・・・男性は専業主夫になれない
・・・この裁判に勝ったら歴史が変わる
・・・時代を変えた世紀の裁判
鮮烈なキャッチコピーが印象的だ。
見たくなってしまった・・・
5分間の法廷スピーチが見どころ・・・と、清水氏が一押しの場面を是非 YouTube Public Domain で公開してほしい。
女性の成功物語というだけに留めず、夫が先輩弁護士として協力し、助言と家事育児をもこなしていたことが大切な要点だと強調されていた。
・・・そのとおりだと思う。女性に限らず、家族や周囲の協力=協同なくしては、何事もなしえない。
表題
「メリー・ポピンズ リターンズ」、「運び屋」に見る文化と人間性の考察
発表
概要
紹介の映画による授業案例と回答例、さらにジャンルやカテゴリまでついていて、実戦向きの発表
発表後の質疑応答する塚田三千代氏(左)と清水純子氏
ディズニー映画といえばアニメが思い浮かぶが、原作「メアリー・ポピンズ」の作者パメラ・L・トラヴァースの「アニメはダメ 」との意向で実写版となっている。
予告編がウェブにもアップされている。
VIDEO
https://www.youtube.com/embed/3nKVMF2rSXA
--- 授業案例 ---
授業デザインが示されていた。なかなかここまでできることではない。簡単に紹介する。
(1) あらすじと特徴を抑えた上で
(2) 授業で使える適切な場面を提示し
(3) すぐに討議に使えるQAセットを4組準備している
たとえば
Q: なぜトプシーに会いに行ったのか? トプシーの応答はどうだったか?
A: 壊れた花瓶の修理を頼みに行った。水曜日は仕事をしない主義だからと言う理由で、断られた。
授業案例を拝見するにつけ、映画英語への塚田氏の熱意とパワーを感じた。
塚田氏は、共同発表者の清水氏とともに映画評論活動を活発に行うとともに、映画を使った英語授業にも実践的に取り組んでいる。今回の発表の冒頭で示された指針(policy)をここに再掲しておく。
1. 映画は広く深く見て考えて討議する最適な素材になり得る
2. 映画の制作意図、時代の風潮や傾向の差異、文化の変容を大切にする
◇監督・脚本家の作家性
◇多様化する文化
◇映画史リテラシ(*現代に置換え)
表題
日英映像対訳コーパスによる May I? など機能語だけの文による学習法
発表
田淵龍二(ミント音声教育研究所)
発表原稿は ⇒こちら
概要
AI翻訳機の躍進を受け止めて、教師が失業しない教授法開発の提案+
英会話習得に向けて、機能語だけのような簡単な表現(May I?)から次第に発展させる手法
方法
AI翻訳機が排出した翻訳英語を、対訳コーパスを使って自分なりの英文に仕上げる
AI翻訳機 Voijjar(ボイジャー)で翻訳した様子
対訳コーパス CORPORA(コーポラ)で検索した様子
東日本支部例会でははじめての発表だったので、プロジェクタ投影や音声がうまく再生できるか不安だったが、係の皆さんのおかげで順調に事が運び、感謝している。
AI翻訳機やコーパスとは馴染みの薄い先生方が多いので(授業利用度1割以下)心配だったが、アンケートでは9割が満足したとの回答し、手応えを感じた。
アンケートの自由筆記欄で目立った記述を紹介する。
・CALL教室を使わないが、スマホでできるので、生徒に使わせたい。
・辞書を使わなくなるのが心配
・場面や文脈がすぐわかるのがいい
・・・その他 詳しくは ⇒こちらのページ で紹介した
表題
発表
概要
映画俳優(配役)の名前から出自を知るとともに、時代背景や社会的地位や階層・職種まで推察する
発表中の吉田雅之氏
Macintosh や MacArthur そして McMillan, McDonald,,, など Mac-, Mc-, M'- で始まる名前が目につくことが多いが、それが son of 〜 (〜の息子)という事はどこかで聞いたことがあった。しかし、スコットランドやアイルランドに由来することまでは知らなかった。
このように名前(姓名)から、その人と祖先や出自を推測できるのである。
アイルランドといえば、英国のEU離脱問題では喉に引っかかった骨のような存在になっている。北アイルランド問題や、米国におけるアイルランド系(アイリッシュ系アメリカ人は人口比で最大とされる)の人種問題もある。
映画で出てくるアイルランド系の名前の人は、警察官や消防士が多いという。
田淵は最近の映画はあまり見ないのでピンとこないのが残念だった。
調べてみると、ビートルズの4人のうちポール・マッカトニー(Paul McCartney)の祖父がアイルランドからの移民で、ジョン・レノン(John Lennon)、ジョージ・ハリスン(George Harrison)もアイルランドからの移民の子孫とされている。
ビートルズの4人が生まれた育ったリバプールが、18世紀イギリスの産業革命の舞台となった工業都市で、アイルランドからの移民が多いことに関係があるようだ。
参考: ⇒ビートルズのアイルランド性(Irishness)
アイルランドの首都ダブリンとイギリス最大の港湾工業都市リバプールは海を隔てた対岸に位置している。船便で7-8時間、飛行機なら1時間。直線距離で200kmほどなので、博多と釜山の関係に似ている。
吉田氏なら、ジョン・レノン(John Lennon)、ジョージ・ハリスン(George Harrison)の名前から多くのウンチクを傾けることができるかもしれない。
. . [↑] [↓] 6
6 発表:Developing speaking skills through short film creation: A preliminary analysis もどる もくじへ
表題
Developing speaking skills through short film creation: A preliminary analysis
発表
概要
短編映画を協同学習で制作する授業に効果があるかを調べる。
方法
2クラス40人を平均5人に組分けし、半期の実践を行った結果を前後テストの成績で評価した。
発表中のライアン・スプリング氏
この種の実験では、処理群(実験群)と対照群(統制群)の2系列で行う統制群法(control group method)が使われるのだが、被験者(参加者)が少ないときは困難である。
また、一般に英語の授業は週に複数回あったり、生徒自身の授業外自習など変動要因も多いので、薬の臨床試験のように厳密に行うことは簡単ではない。
そこで、パイロットテスト(予備実験)として行われることが多い。実験手法を確立し目的をピンポイントに絞り込み、精度を高めるための目的で、小規模で試してみるのだ。
そうした観点からスプリング氏の研究を振り返ると、短編映画協同制作授業では、流暢さがました反面、正確さが停滞ないし後退したことがうかがえたことから、次の段階では、正確さを高める工夫を強化したグループと、従来どおりのグループに分けて行うと有意な差が出るかもしれない。
発表者のスプリング氏は漢字検定の1級を取得していると聞いた。漢字検定は10級で80字、2級で約2000字、1級で約6000字なので、努力家であることがわかる。英語母語話者でかつ日本文化にも造詣を深めている先生が、ATEM 東日本支部の副支部長として活躍されることは、とてもうれしいことだ。
会場近くの新宿中央公園の桜は、まだ5分咲きだった
寒の戻りの花冷えの中、50人ほどの教室に参加者30人ほどが一同に介しておこなわれた例会は、最後の懇親会に14名が参加して幕を閉じた。
参加者が一箇所で一日過ごすスタイルはとても気に入っている。同じ体験を共有することで、会員間の交流や意見交換がなめらかになるからだ。例会の参加者が増えて規模が大きくなっても、このスタイルを続けてくれるよう願っている。
規模の大きな大会だと、一度に5つも6つも発表がある。そうなると、自分の関心事に偏って移動を繰り返すようになる。参加したい発表がぶつかることも多い。しかし、全体集会風になると、全部の発表がもれなく聞ける。しかも、普段考えたことのないような、あるいは面白くないと思っていたような分野で、思いがけない発見がある。
論文の査読をさせられているのだろうかと勘違いするような発表が多々あるとがっかりするし、授業する先生や生徒の顔が見えてこない発表では、どんな理論を聞かされても今ひとつ説得力に欠けるようでもったいない気がする。
その点ATEMは、映画映像が好きで、その授業を紹介したい意欲に満ちている発表がたくさんある。視聴しているうちにこちらの問題意識が刺激され、ついついたくさん質問したくなる。もっと時間が欲しいと思う。
次の例会(6月16日早稲田大学)が待ち遠しい。
. . [↑] [↓] 8
関連記事
. . [↑] 9
2019.03.26 田淵龍二 TABUCHI, Ryuji