当法律事務所は介護事故・保育事故・学校事故を得意分野としています。
介護保健法施行後、医療法人が、介護保険施設(介護老人福祉施設、介護老人保健施設)を開設したり、居宅療養介護や短期入所療養介護などの居宅サービス事業を行うケースが増加しています。それに伴って施設内での介護事故や訪問介護の際の事故も増加しています。
特に多いのは歩行時の転倒、ベットから車椅子への移乗の際の落下、入浴介助時の事故、食事介助時の誤嚥です。高齢者でかつ要介護者であるから必要な注意義務を尽くしたとしても発生を防止できない場合もあります。しかし施設の構造上の不備や職員に対する指導・訓練の不備、医療機関との連携の不備によるものも少なくありません。介護事故防止のためのマニュアル整備、職員に対する指導監督をより徹底する必要があります。
働く女性の増加に伴い保育需要も増大していますが、保育所の中には保育態勢が不十分なところも少なくありません。そのため保育事故も増加しています。平成21年に厚生労働省が平成16年から平成21年までの認可保育所及び認可外保育施設における死亡事例を公表しました。それによると認可保育所では19名、認可外保育施設では33名の死亡事例があったとされています。特に認可外保育施設での0歳児で19名の死亡が報告されています。死亡に至らなかった事故はこの何十倍にも上ると考えられます。特に多いのは転倒・転落事故、誤飲・誤嚥事故、溺水事故、やけど・熱中症などです。このほか遊具による事故や園児同士のトラブルによる事故も起きています。
事故が起きてしまった場合に十分な補償がなされているかといえば必ずしもそうではありません。独立行政法人日本スポーツ振興センターの災害共済給付、施設が加入する賠償責任保険、保護者が加入する傷害保険などがありますが共済給付や傷害保険には限度額がありますし、賠償責任保険は施設に過失があることが前提で、過失を争われる場合もあります。事故が起きてしまった場合の相談窓口を整備し、事例を収集・分析して事故防止に役立てると同時に、簡易迅速な被害回復が図られる必要があります。
体育授業中や部活動中の熱中症、柔道の練習中の頭部打撲事故、プール授業での飛び込み事故など学校事故があとを絶ちません。柔道の練習中の事故はスポーツ事故の中で最も多いものですが、中学校で武道が必修化されることによって事故の増加が懸念されます。
熱中症も学校事故の中では多いものです。熱中症は必ずしも気温が高くなくとも湿度が高いと発症の危険性があります。夏期の運動中の水分補給はとても大切なことです。しかし基本的知識に欠け、無理な指導をする教師は少なくありません。
学校内での事故の場合学校側は故意に事実を隠蔽する場合もあります。お子さんが学校内で事故に遭ったが学校側の説明に納得できないという場合には一度弁護士に相談してみて下さい。
当法律事務所では介護事故・保育事故・学校事故に関するご相談を受け付けています。相談料は1回5000円です(時間制限はありません)。ご希望の方は事務所にお電話下さい022-211-5624。こちらから相談カードをご送付しますので、それに事故の概要を記入してご返送ください(調査カードをプリントアウトしてご送付いただいても結構です)。ご返送いただければ当方よりご連絡して面談の日時を決めます。最近では無料相談や電話相談を行っている法律事務所も少なくありませんが、一般論ではない個別具体的なアドバイスをするには十分な相談時間を確保しなければなりません。そのために当事務所では相談は有料となっております。
昼間時間のとれない方の場合は、ご予約いただければ午後5時以降の夜間相談や土曜日の相談も行っています。宮城県以外でも青森県、秋田県、岩手県、山形県、福島県、栃木県にお住まいの方、あるいは青森、秋田、岩手、山形、宮城、福島、栃木の施設で介護事故・保育事故にあわれた方であれば相談をお受けしています。
電子メールでの相談は、遠方あるいは体調や仕事の関係で直ぐに面談できないが取り敢えず一般的なアドバイスを受けたいという場合に応じています。この場合の相談料は無料です。メールでの相談の場合にはカルテなどの資料を見ることができないので、回答は一般的なアドバイスにとどまります。面談による相談に代わるものではありませんので、簡単なセカンドオピニオンあるいは面談による相談をするかどうかの判断材料としてご利用下さい。
事件解決までの流れ
第1 調査が必要な場合
1 介護事故・保育事故・労働災害の中には、事故に関する記録(実況見分調書、介護記録、事故報告書など)や診療記録などを検討しないとそもそも責任追及可能かどうか分からない場合もあります。このような場合は、最初にこれらの記録を入手して調査検討することになります。介護記録などで改竄のおそれがある場合は証拠保全手続きといって裁判所を介して入手する必要がある場合もあります。
2 検討終了後、依頼者に検討結果を説明すると共にその後の方針について助言します。検討には時間がかかる場合もあります。医学的知見を要する場合などは依頼を受けてから検討結果を説明できるまでに2ヶ月程度要する場合もあります。
検討の結果、責任追及の可能性があると判断される場合には責任追及の手続きに移ります。不法行為訴訟では立証責任は原告側に負わされており立証の見通しが乏しい場合には調査だけで終了という場合もあります。事故の調査はこの点を十分ご理解の上ご依頼下さい。
第2 損害賠償請求事件の解決方法
1 調査が不要な場合及び調査の結果責任追及可能と判断される場合には、まず示談交渉・ADR・調停を受任範囲とする損害賠償請求事件として受任致します。具体的には、まず実況見分調書、介護記録、事故報告書、診療記録、後遺障害診断書、源泉徴収票、給与明細などを入手します。入手方法は証拠保全手続き、カルテ等の開示手続き、情報公開請求、弁護士照会など色々ですから受任時にご説明します。
次に入手した資料に基づいて事案の経過及び相手方の責任原因を明らかにし、損害賠償額も明示した催告書を相手方に送付します。相手方も保険会社や保険会社の顧問弁護士と協議する必要があるので、1ヶ月程度先に回答期限を設定します。ただ通常はもう少し時間が欲しいとの連絡が来て2ヶ月程度先に回答が来る場合が多いようです。
2 相手方から交渉で解決したいとの意向が示されれば、示談交渉を行います。示談交渉は2ヶ月から3ヶ月程度かかるのが普通です。最終段階では依頼者と十分協議します。例外的ですが示談交渉の過程で相手方の反論に理由があり当方の主張を維持できなくなる場合もあります。その場合はその段階で責任追及を諦めざるを得ない場合もあります。事前に慎重に検討してもそのような場合があり得るということはご承知置き下さい。
示談交渉では解決できないが調停手続きやADRなら一定の解決が期待できるという場合にはこれらの手続きをとります。調停とは簡単に言えば裁判所における話し合いの手続きです。調停委員が双方の主張を聞いてお互いの解決を斡旋する手続きです。調停が不成立の場合には裁判に移行します。ADRとは裁判外紛争解決機関のことで仙台弁護士会が設けています。
3 相手方の回答が交渉の余地がないというものである時あるいは調停手続きやADRが不調で終わった場合には次に裁判手続きをとるかどうかを決めます。
裁判には費用も時間もかかるのでそう簡単にはお勧めできません。勝訴の見込みが低いのに裁判をお引き受けすることはできません。ですからこの段階で勝訴の見込みが低いと判断される場合は委任関係は終了になります。その場合、結果的には示談交渉・ADR・調停を受任範囲として損害賠償請求を委任したのに着手金だけ払って何にもならなかったということになります。損害賠償請求事件を委任される場合は、このようなリスクがあることをよくよく理解した上で決めて下さい。
4 裁判になると、最初の半年位は双方が書面のやりとりをして、裁判での争点を整理する手続きが行われます。
争点整理が済むと証拠調べに入ります。証拠調べでは相手方や関与した者の証人尋問が行われます。原告本人の尋問も行います。専門家の私的鑑定書を提出する場合もあります。これで裁判所が責任の有無について心証を形成できれば、その時点で和解を勧めるかそれが無理なら判決ということになります。
裁判では判決よりも和解で解決されるケースの方が遥かに多いのが実情です。判決は勝つか負けるかで中間的な判決というものはありません。ですから、お互い100%の自信が持てない場合には、中間的な解決として和解を希望する場合が少なくないからです。また判決ですと不服があれば互いに高等裁判所に控訴することが可能なので、たとえ勝訴したとしても最終的な解決に時間がかかる場合があります。しかし和解であればそれで裁判は終了ですから早期に解決できるメリットもあります。
5 判決が出された場合には不服があれば原告、被告とも高等裁判所に控訴することができます。
1 調査事案の弁護士費用
事件を弁護士に依頼するには弁護士費用とそれ以外の必要経費(実費)がかかります。
介護事故など資料を集めて専門的な検討を加えなければそもそも責任追及可能かどうか分からない場合には、調査事案として受任します。調査検討を先行させる必要がない場合(交通事故は多くの場合調査検討が不要です)は直ちに損害賠償請求事件として受任するので調査費用は不要です。
調査費用は10〜20万円、証拠保全手続きを伴う場合は20〜30万円(消費税別)です。
調査費用は一括払いが原則ですが、難しい場合には分割でのお支払いにも応じておりますのでご相談下さい。
2 調査事案の必要経費
弁護士費用以外に、カルテの翻訳費用、画像鑑定費用、協力医の助言を得た場合の謝礼、レントゲン写真のコピー代、交通費などの実費がかかる場合もあります。
3 損害賠償請求事件の弁護士費用
損害賠償請求事件の弁護士費用は、事件に着手する時にいただく着手金と事件が解決したときにいただく成功報酬の2段階になります。
示談交渉・ADR・調停を受任範囲とする損害賠償請求事件の着手金は、損害賠償請求の金額と事案の難易度に応じて10万円〜20万円(消費税別)の範囲で決めさせていただきます。着手金は一括払いが原則ですが、難しい場合には分割での支払に応じております。分割での支払いも難しいという場合は、例外的に着手金を減額して成功報酬を増額する方法もありますのでご相談下さい。
示談交渉・ADR・調停では解決に至らず、裁判を受任する場合は、その時点で追加の着手金を10万円〜20万円(消費税別)の範囲で決めさせていただきます。
裁判を受任した場合は解決まで何年かかろうと、また控訴されても追加着手金を頂くことはありません。
事件が解決した場合には、得られた賠償金の15%+消費税が成功報酬となります。もちろん賠償を得られなかった場合は成功報酬はありません。
最近の自動車保険には弁護士費用保険が付帯されているものが多くなっています。この場合は自分や家族が加入している自動車保険で弁護士費用を賄うことができます。交通事故に遭われた際は弁護士費用保険が付帯されているかどうか必ず保険代理店に問い合わせてください。
4 損害賠償請求事件の必要経費
示談交渉の段階では費用はかかりません。
調停、ADRの場合は所定の手数料を納付する必要があります。
裁判の場合は裁判所に納付する印紙代がかかります。印紙代の金額は例えば2000万円の損害賠償請求の場合には8万円です。年金暮らしであるあるいは母子家庭であるなど資力に乏しい方の場合には訴訟救助といって裁判終了まで取り敢えず納付を猶予してくれる制度もありますのでそのような場合はご相談下さい。
裁判所の書類の送達などに要する費用として1万円を予納する必要があります。
必ず必要というわけではありませんが、事案によってはカルテの翻訳費用、画像鑑定費用、協力医の助言を得た場合の謝礼、レントゲン写真のコピー代、交通費などの実費がかかる場合もあります。証拠として専門家の私的鑑定書を提出する場合には30万円位の費用がかかります。
裁判所に鑑定を求める場合には50万円位の鑑定費用を裁判所に納めなければなりません。多くの場合は原告、被告の双方申請の形をとるので折半することになりますが、原告だけが申請する場合には全額負担しなければなりません。
5 被告(相手側)の弁護士費用
よくある質問に、仮に裁判で敗訴した場合被告の弁護士の弁護士費用を払わなければならないのかというものがあります。日本では敗訴者負担制度はとられていませんのでその必要はありません。弁護士費用は原告被告それぞれが自己負担することになっています。ただ原告(被害者)については勝訴すれば弁護士費用のうち一定の金額を損害と認定してくれるので、その場合は被告(相手側)から弁護士費用の一部を支払ってもらえます。
依頼に当たってご留意頂きたい事項
1 裁判による解決の限界
訴訟では最終的には損害賠償請求の形しかとれません。例えば今の法律では判決で相手方に謝罪を命じることはできないとされています。懲罰的な慰謝料も今の法律では認められていません。復讐の目的で裁判を利用することも許されていません。相手方の責任を認定し、正当な金銭賠償を命じるというのが裁判による解決です。
また真実究明ということが裁判の目的の一つになりますが、裁判所が自ら積極的に真実を明らかにする活動をしてくれるわけではありません。原告、被告それぞれの立証を見て、証拠上どちらの主張が裏付けられているかという観点から判断するだけです。ですから裁判をすれば必ず真実が明らかになるというわけではありません。むしろ被害者側が主張する事実が真実であるとのお墨付きを与えることが裁判所の役割だと理解した方がよいでしょう。
2 調査依頼をお断りする場合
調査の結果、相手方に責任がないと考えられる場合あるいは責任が全くないわけではないものの証明が困難と思われる場合には、そのことを率直にご説明します。しかしともすればそのような説明は、あたかも弁護士が相手方の味方をしているかのように受け取られがちです。詳しく理由を述べますが、責任がないと思われれば率直にそのようにご説明します。ですから、最初から責任があるものと決めつけて、そのような説明は受け付けられない、責任追及が難しいというような調査結果は受け入れられないとお考えになるのであれば依頼はご遠慮下さい。
3 損害賠償請求事件の依頼をお断りする場合
事故では死亡あるいは重度の後遺症という悲惨な結果がもたらされる場合が少なくありません。本人や遺族がどうしてそのような事故が起きたのか真実を知らなければ、死の悲しみを乗り越えることも後遺障害に立ち向かうこともできないはずです。ですから事案の真相を究明するということが重要だと考えています。次に起きた事故を相手方や関係機関の教訓とし、二度と同じ過ちが繰り返されないよう警鐘を鳴らし、反省を求めることが重要と考えています。証拠に基づいて事案の真相を究明し、正当な賠償を求め、併せて今後の同種の事故の再発を防止することに貢献したいというのが当事務所の考えです。
裁判の経過の中で、やむを得ない事故であったことが判明する場合もあります。また当初の見通しと異なり敗訴あるいは不本意な和解という結果になることもあります。事前にどんなに慎重に検討し、準備をしたとしても予想外の展開になることが少なくありません。事件を引き受けるということは勝訴の可能性があることを意味するだけで、勝訴を請け負うという意味ではありません。ですから「必ず勝ってくれなければ事件を依頼する意味がない」とお考えになるのであれば依頼はご遠慮下さい。
なお敗訴となれば賠償金を得られないどころか、相手方の主張が正しかったと公に認定されることを意味します。ですから弁護士は、基本的に依頼者を敗訴させることだけは避けたいと考えるものです。従って勝訴の見込み次第では示談による解決や和解を強くお勧めせざるを得ない場合も少なくありません。そのような場合に「弁護士の助言を聞き入れることができない」とお考えになるのであれば依頼はご遠慮下さい。
4 辞任・解任について
訴訟を遂行するに当たっては依頼者と弁護士との信頼関係がなければなりません。会社と会社の金銭の争いのような場合には別に信頼関係など無くとも構わないのでしょうが事故や災害の損害賠償請求はそうはいきません。また裁判は証拠調べが終わってしまってからではやり直すことが非常に難しくなります。ですからもし委任後弁護士に対する不審の念を抱いた場合には遠慮なく、納得のゆくまで説明を求めて下さい。その上で弁護士の説明に納得のいかない場合には解任して頂いて構いません。この場合着手金は返還できません。
逆に依頼者の方の考えがどうしても弁護士の考える方針と相容れないという場合、連絡しても返事を得られない場合、必要書類の取り付けをお願いしても協力していただけない場合など信頼関係を維持できないと判断される場合は、弁護士の方から一方的に辞任する場合があります。依頼者に責任がない場合は着手金をお返しします。
途中で辞任や解任という事態にならないよう、事件の依頼に当たっては分からない点不明な点は遠慮なく質問して下さい。弁護士の説明が納得できない場合は依頼すべきではありません。
1 介護事故とは
介護事故について明確な定義はないが、「介護の提供過程で、利用者に対し何らかの不利益な結果を与えた場合または与える危険のあった場合」であるとされる。
介護事故の類型として、(1)転倒、(2)ベッドからの転落、(3)介助中のあざ・出血・やけど、(4)誤嚥・誤飲、(5)薬の誤配等がある。
特に多いのは歩行時の転倒、ベットから車椅子への移乗の際の落下で全体の7〜8割を占める。入浴介助時の事故、食事介助時の誤嚥も1割未満ではあるが比較的頻度は高い。
2 責任原因
介護事故が起きたからといって施設に直ちに法的責任が発生するわけではない。債務不履行ないし不法行為の要件に該当する場合にはじめて法的責任が生じる。
介護施設の設置者と入所者(利用者)との間には介護サービス提供についての準委任契約が存在する。その契約に基づく付随的債務として介護施設の設置者は安全配慮義務を負う。これは介護サービスの提供過程で利用者の心身の安全を確保するよう配慮する義務である。介護施設の職員がこの安全配慮義務に違反し、それによって利用者に損害が発生した場合に、使用者である介護施設の設置者が債務不履行責任を負うことになる(民法415条)。
債務不履行責任とは別に被用者である介護施設職員の故意・過失(注意義務違反)によって利用者に損害が発生した場合は、介護施設職員が不法行為責任を負う(民法709条)と共に、使用者である介護施設の設置者も不法行為責任(使用者責任−民法715条)を負う。
また介護施設職員に故意・過失がない場合でも、施設の物的設備に瑕疵があったような場合(例えば階段の手すりが破損していた場合)には土地の工作物の設置または保存の瑕疵による不法行為責任(民法717条)が生じる。
安全配慮義務違反と過失(注意義務違反)はほぼ同じ内容であり、債務不履行責任と不法行為責任の違いは時効期間である(前者は10年、後者は3年)。
3 「安全配慮義務違反」「注意義務違反」
問題は「安全配慮義務違反」ないし「注意義務違反」の中味であるが、抽象的に言うならば「介護の実践における介護水準に照らして要求される注意義務を怠った場合」である。何が介護の実践における介護水準かは、それぞれの介護行為の性質(例えば危険性の程度)、利用者の状況(例えば痴呆の程度)など様々な要因を考慮した総合判断から導かれるものである。
従って単に介護施設が決めたマニュアルや慣行に従ったというだけで過失が否定されるわけではないし、逆に利用者が想定外の行動を取った場合などは過失が否定される場合もある。
医療過誤の場合の注意義務違反も「臨床医療の実践における医療水準に照らして要求される注意義務を怠った場合」とされる。医療行為については近時各学会においてそれぞれの疾患について診療ガイドラインが作成されており、医療水準を考える場合このガイドラインが参考とされる場合が多い。ところが介護に関してはそれぞれの介護行為についてこのような具体的なガイドラインは作成されておらず、文献も少ない。そのため要求すべき介護水準を決めることは難しく、過去の類似事件の判例を参考にするしかないのが現状である。
(例1)
介護老人保健施設入所後摂食不良が原因で半年あまりで体重が5キログラム以上減少。浮腫やふらつきも現れたが病院を受診させず。発熱で病院に入院。入院後1週間で誤嚥性肺炎で死亡。
(例2)
嚥下機能の低下した入所者について食事介助方法及び食後の監視が不適切であった。食事介護直後に上気道閉塞し低酸素脳症となる
第2 介護事故の判例
1 横浜地裁平成17年3月22日判決
介護老人施設でデイサービスを受けていた高齢女性が、同施設内の便所で転倒受傷した事故につき、施設職員の歩行介護に過失があるとして施設経営法人の損害賠償責任が認められた事例(一部認容 認容額1253万0719円 確定)
<当事者>
当事者Xは、事故当時85歳の女性。「本件施設」は、Y市の地域ケアプラザのひとつであって、社会福祉法人であるY協会がY市から委託を受けて運営管理する施設。Xは、平成12年2月から本件施設において、週に1回の通所介護サービスの利用を開始。平成14年7月18日、Xは要介護2の認定を受ける。介護認定のために作成された主治医による意見書には、「筋力が落ちているため、転倒に注意を!」との記載。認定調査票には「両下肢に麻痺があり、加齢による筋力低下で歩行が不安定である」、「両足での立位歩行は、支えがないとふらついてできず、杖が必要である。室内歩行時も杖を使用している。」との記載があった。
<事故の概要>
平成14年7月1日(事故当日)Xは通所介護サービスを受けて帰宅するため、本件施設内で送迎車の到着を待っていた。送迎車に乗る前に、トイレに行くことを思いたってXが立ち上がったところ、これに気づいた介護担当職員Aは「ご一緒しましょう」とXに声をかける。Xは「ひとりで大丈夫」と答えたが、Aは「とりあえずトイレまでご一緒しましょう」と言ってトイレの入り口までの数メートルを歩行介助。トイレ入り口まで到達したところ、Xは本件トイレの中に入っていった。Xはこのとき、Aに対して「自分一人で大丈夫だから」といって、内側から本件トイレの戸を完全に閉めた。Aは「どうしようかな」等と迷ったが、トイレから出てきたときに歩行介助を行おうと思い、その場を離れる。一方、Xは本件トイレ内を便器に向かって右手で杖をつきながら歩き始めた。しかし、2、3歩歩いたところで突然杖がすべったことにより、横様に転倒し、右足の付け根付近を強く床に打ち付けた。診断名は右大腿骨頸部内側骨折。平成15年1月24日、X要介護4の認定を受ける。
<裁判所の判断>
@ 安全配慮義務違反
Y協会としては、通所介護契約上、介護サービスの提供を受ける者の心身の状態を的確に把握し、施設利用に伴う転倒等の事故を防止する安全配慮義務を負うというべきである。Xはその当時転倒したことがあり、転倒して左大腿部を骨折したこともあった。下肢の状態も悪く、歩行が不安定であった。主治医の意見書「介護に当たっては歩行時の転倒には注意すべき」とされており、Xは、本件事故当時、杖をついての歩行が可能であったとはいえ、転倒する危険が極めて高い状態であり、本件施設の職員はそれを認識しあるいは認識しうべきであった。従ってY協会は、通所介護契約上の安全配慮義務として、送迎時やXが本件施設内にいる間、Xが転倒することを防止するため、Xの歩行時において、安全の確保がされている場合等特段の事情のない限り、常に歩行介護をする義務を負っていた。
本件トイレの構造(入り口から便器までの距離、横幅、手すりがない)からすると、]が本件トイレの入り口から便器まで杖を使って歩行する場合、転倒する危険があることは十分予想しうるところであり、また、転倒した場合にはXの年齢や健康状態から大きな結果が生じることも予想しうる。
そうであれば、Aとしては、Xが拒絶したからといって直ちにXを一人で歩かせるのではなく、Xを説得して、Xが便器まで歩くのを介護する義務があったというべきであり、これをすることなくXを一人で歩かせたことについては、安全配慮義務違反があったといわざるを得ない。
A 過失相殺
介助を拒否したXの過失割合は3割。
<考察>
@ 意思能力に問題のない要介護者による介添拒否の場合、介護義務を免れるか
「介護拒絶が示された場合であっても、介護の専門知識を有すべき介護義務者においては、要介護者に対し、介護を受けない場合と、その危険を回避するための介護の必要性とを専門的見地から意を尽くして説明し、説得すべきであり、それでもなお要介護者が真摯な介護拒絶の態度を示したというような場合でなければ、介護義務を免れることにはならないというべきである。」→専門職としての高度な注意義務
A 過失相殺
高齢者においては、自己が介助を必要としている状態にあることを認識しておりながら助力をもとめなかった場合には過失相殺がされる。
本件以外にも
ア 東京高判平成15年9月29日 判時1843号69頁
患者が付き添いを断ったことから8割の過失相殺。
イ 東京地判平成13年12月27日 判時1798号94頁
著しく歩行能力が劣り、介助をうけなければ安全に通過できない可能性があることを認識しながら漫然と一人で通行を開始した点につき原告にも過失があったとして7割を過失相殺。
2 福岡地裁平成15年8 月27日判決
通所介護サービスを受けていた高齢者が、昼寝から目覚めた後に転倒して右大腿骨骨折を負った事故につき、介護サービス施設の債務不履行責任を認めた事例。裁判所は請求を一部認容し470万円の支払いを命じた。
<当事者>
被害者は、当時95歳で、ケアプランでは要介護状態区分4に認定されていた。Xは脚力が低下していることが認められ、横たわった状態から自力で立ち上がることは出来なかった。
<裁判所の判断>
通所介護契約の利用者は「高齢等で、精神的、肉体的に障害を有し、自宅で自立した生活を営むことが困難な者を予定しており、事業者は、そのような利用者の状況を把握し、自立した日常生活を営むことが出来るよう介護を提供するとともに、事業者が認識した利用者の障害を前提に、安全に介護を施す義務があるというべきである。
Xが歩行に困難を来すとともに転倒の危険があることは、契約締結時に示された居宅サービス計画書や、娘からの書面で知らされていた。また、Yにおける52回にわたる利用状況からYはXの活動状況を把握していた。よって、Xが昼寝の最中に起きあがり、移動することは予見可能であった。
さらに、「Xは視力障害があり、痴呆もあったのだから、静養室入口の段差から転落するおそれもあった」点についても、予見可能であった。
本件事故は、Yが、Xの動静を見守った上で、昼寝から目覚めた際に必要な介護を怠った過失により発生したといわざるを得ず、Yには、本件事故によりXに発生した損害を賠償する責任がある。
3 福島地裁白河支部判決平成15年6月3日
汚物処理場での転倒事故について一部認容し537万円の支払いを命じた。
<当事者>
被告Yは、介護老人保健施設を営む社会福祉法人。原告Xは、Yに入所していた95歳の女性である。
<事故の概要>
Xは、本件事故発生10日前の時点で、介護保険等級において「要介護2」の認定が為されており、日中はトイレに赴くものの、夜間は居室に設置されたポータブルトイレを使用していた。Yにおいてはポータブルトイレの清掃を朝と夕方の一日2回行うことになっていた。ところが事故発生当日の清掃記録によると、午前5時の時点では処理が行われたものの、午後4時(事故の2時間前)には確認が行われず処理も為されていなかった。午後6時頃、Xが夕食を済ませて自室に戻ったところ、ポータブルトイレが清掃されていないことに気づき、自分で処理を行うことにした。トイレで排泄物を捨てた後、容器を洗おうとして隣接する汚物処理場に入ろうとしたところ、出入り口に存在していた高さ87ミリ×幅95ミリのコンクリート製凸状仕切りに足を引っかけて転倒した。この事故により、Xは右大腿骨頸部骨折の傷害を負い、入院加療68日間、通院加療31日間を要した。
<裁判所の判断>
Yの債務不履行責任につき、「居室内に置かれたポータブルトイレの中身が破棄・清掃されないままであれば、不自由な体であれ、老人がこれを運んで処理・清掃したいと考えるのは当然であるから、ポータブルトイレの清掃を定時に行うべき義務と本件事故との間に相当因果関係が認められる」。
過失相殺については、Yは、介護要員に連絡して処理をしてもらうことが出来たと主張するが、「介護マニュアルの定めが遵守されていなかった本件施設の現状においては、Xら入所者がポータブルトイレの清掃を頼んだ場合に、本件施設職員が、直ちにかつ快く、その求めに応じて処理していたかどうかは不明である」。したがって、「本件において、原告に過失相殺を認めるべき事情はない」。
工作物責任についても、「現に入所者が出入りすることがある本件処理場の出入り口に本件仕切りが存在するところ、その構造は、下肢の機能の低下している要介護老人の出入りに際して転倒等の危険を生じさせる形状の設備であるといわなければならない」として、民法717条による損害賠償責任も肯定。
4 東京地裁平成24年5月30日判決
<事故の概要>
ショートステイ利用中のAが、明け方にベッドから転落し、頭部打撲から脳挫傷となった事案。
<裁判所の判断>
裁判所は施設の注意義務違反を認めず請求を棄却した。
<考察>
本件では夜間徘徊があるなど、転倒の予見可能性は認識されていた。しかし事業者は転落を防止するために転落防止柵の設置、離床センサーの設置及び対応、二時間おきの定期巡回、転落後の経過観察など考え得ることはすべて行っている。
次にこの事業所は、Aさんは転倒・転落のリスクが高いとして、ショートステイの途中退所や睡眠剤の導入などについて介護支援専門員に相談していた。ショートステイは特養ホームなどとは違い短期間の利用であり、自宅と生活環境が大きくかわるために、認知症高齢者のアセスメント・モニタリングが難しく、事故が発生しやすい。特に初回利用の場合、その介護事故やトラブルのリスクは大きい。当該事業所で必要な対策をとると同時に、外部のケアマネジャーとも連携・報告し、転倒転落事故を回避しようと努力していたことが評価された。
人員配置についても、裁判所は、当該事業所のスタッフ配置は指定基準以上のものであり、利用者との間で交わされた短期入所生活介護契約で示された職員体制に照らして不十分とは言えないとしている。指定基準と利用契約で示された基準に合致していれば、法律違反ではないと判断した。指定基準に合致しているからよいというのではなく、契約・指定基準両方の基準を満たしていなければならない。
5 仙台地裁平成21年7月10日判決
一部認容し440万円の損害賠償を認める
<当事者>
被害者は80歳代女性。介護施設は短期生活介護事業所を設置する医療法人
<事案の概要>
被害者Xは、平成18年4月脳梗塞、加齢によるアルツハイマー型の認知症と診断。同年10月に介護保険の要介護度が2から5に変更。同年10月4日から10月6日まで被告施設で1回目のショートステイの利用申込書には、「重度認知症」、「精神状態は日常生活に支障をきたすような症状」、「意思疎通困難が頻繁にあり常時介護を必要とする」、「左耳聞こえない」と記載。
1回目ショートステイの介護記録には徘徊、帰宅行動、他室侵入など多数の問題行動が記載。
10月28日からの2回目のショートステイでも同様の問題行動が頻発。10月31日7時ころ居室においてで転倒しているところを発見。右大腿骨転子部骨折と診断。
<原告の主張>
Xは短期入所した時点で、重度認知症であり、その精神状態は日常生活に支障をきたすような症状、意志疎通困難が頻繁にあり常時介護を必要とする状態にあった。
介護記録を見ると、他居室侵入、深夜徘徊、帰宅願望、クローゼットなどでのもの探しなどの問題行動を頻回に起こしていた。重症認知症患者の介護施設における事故で最も多いのは転倒及びベッド、いす等からの転落事故である。従って入所中の重症認知症患者に顕著な問題行動が認められた場合には、居室内を含む施設内での転倒、転落が予見されるのであるから、それを防止する処置を講ずべき義務がある。具体的には歩行時の見守り、居室への頻回の訪室、椅子等に上ろうとしないように手の届かない場所に所持品をおかないなどの予防措置が必要であった。
そして施設としてなしうる通常の予防処置をとってもなお転倒、転落などが予想されるような問題行動が認められる場合には、そのことを家族などに知らせて引取りを要請すべきだった。
<裁判所の判断>
上記判決では原告の主張をほぼ認め440万円の損害賠償を命じた。被告は控訴せず判決は確定した。
<考察>
重度の認知症の場合には介護事故を完全に防ぐのは難しいかもしれない。しかし具体的な問題行動を認識し、かつ当該施設で対応が困難と判断される場合には家族にそのことを告げて引き取りを求める義務がある。また施設に受け入れるに当たっては、当該施設で対応可能かについて慎重に検討しなければならず、対応が困難な場合にはそもそも受け入れるべきではないと思われる。
6 東京地裁平成15年3月20日判決
<事案の概要>
自立歩行可能な中程度の認知症の利用者を自宅まで送った運転者が、送迎バスから降りるための踏み台を片付け、ドアを閉めて施錠する作業をしている間に、利用者が転倒して骨折した。
<裁判所の判断>
616万円の損害賠償を認容。
<考察>
やや厳しい判断とも思えるが、利用者を自宅内に送り届けた後に踏み台の片付けやドアの開閉を行うべきであった。容易に結果回避が可能であった点が重視されたと思われる。本件は送り届けた際の事故だが、同じことは迎えの際にも言える。利用者を送迎車の脇に立たせてから踏み台を取り出すのではなく、踏み台をセットした上で利用者を迎えに行くべき。転倒が予想される利用者については、乗降時には必ず両手を空けてふらつきなどに対応しうる状態にあることが要求されていると言える。
<関連する問題>
なお送迎時の移動介助環境が悪い場合は介護事業者は利用者とケアマネージャーに改善を要求し、危険が改善されない場合は安全なサービス提供ができないものとしてサービス提供を断ることも検討されるべき。
例えば門から玄関までの通路に段差や障害物があってがあり車椅子が使えず歩行介助にも危険がある場合、飼い犬が送迎時に放し飼いになっているような場合は、それを放置して事故が起きれば介護事業者が責任を問われる可能性もある(当然過失相殺がなされるが責任がゼロになるとは限らない)。
7 東京地裁平成19年5月28日判決
<事案の概要>
97歳女性、認知症あり。特別養護老人ホームで出前の卵丼を誤嚥して死亡。
<裁判所の判断>
事業者は利用者の生命、身体、財産の安全確保に配慮する義務を負い、また利用者の体調・健康状態からみて必要な場合には、医師又は看護職員と連携し、利用者から聴取確認してサービスを実施すべき義務がある。
院外看護要約書で食事摂食時にむせはないか、嚥下状態の観察が必要とされていたことからすれば、介護職員が吸引処置をしたとしても気道内の異物が完全に除去されたか否かを判断することは困難である。従って容体安定後も引き続き状態を観察し、容体が急変したときには直ちに嘱託医に適切な処置をするよう求めるか救急車の出動を要請すべきであったとして292万円の賠償を命じた。
<考察>
医師や看護師との連携は極めて重要。仮に転倒や誤嚥が不可抗力だとしても、適切な医療措置を受けさせなかった場合はそれだけで責任を問われうる。介護職員が骨折や呼吸不全を見落とすケースは少なくない。
8 福島地裁(和解成立 和解金額は不開示とする合意)
原告は男性、事故当時75歳。認知症、躁うつ病、糖尿病。
平成21年11月5日以降、高齢者専用賃貸住宅において、介護施設が提供する介護サービスを受けていた。介護施設提携の病院内科受診中。
平成22年6月15日、躁うつ病悪化したとの診断でリスペリドン投与開始。同年7月5日リスペリドン錠2mgが21日分処方された。7月12日以降21日までの経過は次のとおり。
@ 嚥下障害
7/12 19´50 「むせり(+)」
7/13 20´15 「むせり(+)」
7/14 「朝食摂取やや時間かかる」
7/15 19´55 「ムセリやや(+)」
7/20 「昼食、主1/2 副全 ムセリ(+)」20´08「ややムセリ(+)」
7/21 「昼食、主1/4 副1/3 自力摂取不可」
A 構語障害
7/18 「呂律回らず会話困難な様子あるも返答(+)」
7/19 「意識あるも呂律まわらず」
7/20 「意味不明な訴え(+)」
B よだれ
7/21 「だ液がでるのが困る」
C 運動低下、鎮静、ふらつき等
7/15 「倦怠感(+)歩行不安定」
7/16 「倦怠感・胸焼けの訴え有。入浴せず。活気(−)」
7/18 「1′52 ナースコールあり薬効強く動けず尿失禁」
7/19 「声掛けに端座位になれず、会話がやっとできる様子」「歩行不安定」
7/20 「足の運び悪くふらつきあり」「朝食時は自力にて起上できず」
「朝食時、お茶碗や箸スプーンがなかなか持てず、一部介助行」
7/21 ケアマネに連絡し状況報告す。9´40ケアマネ来館。状態確認し、定時の起上介助・定期的な水分補給・トイレ誘導指示あり。HPへの受診を早められないかの連絡を入れてみるよう指示あり。朝診察要請の連絡を入れる。
被告病院受診(介護スタッフ2名が立会い)BP109−57 KT38.8℃。WBC 20240↑↑CRP 0.71
再診の7/26まで様子を見ることとする。リスペリドンによる過鎮静傾向で効いているような状態。
同年7月22日、S総合病院入院
肺炎球菌肺炎(誤嚥による)と診断し、CTRX1gを開始した。精神科の薬は全て中止して様子を見たが不穏となり再開した。再開すると意識レベルが低下し誤嚥するようになり、7/30精神科にコンサルトし調節を依頼し抗生剤をCAZに変更し肺炎は改善した。誤嚥が続き食事は困難と判断され経管栄養を継続した。また尿閉となり、尿道カテーテルも留置した。8/16より発熱し酸素飽和度も低下し、肺炎の再発と診断されCTRX1gを開始したが呼吸状態が悪化。同年8月18日死亡。
<原告の主張>
医師がリスペリドンについて適切な服薬指導、副作用への対応方法の説明を行っていれば、介護施設はより早期に医療機関を受診させたはずで、その場合は服薬中止によって誤嚥性肺炎の発症を防止できた。
本件では医療機関を受診させるのが遅いので、もし医師が適切な服薬指導を行っていた場合には介護施設の責任が問われうる事案。介護施設には新規薬の与薬の際にはその副作用を理解し、副作用の徴候が見られた場合には医療機関に相談するあるいは受診させる義務がある。
9 山形地裁(請求棄却)
被告は指定介護老人福祉施設
<本件事故に至る経緯>
利用者は事故当日の2週間前である平成22年2月18日から、被告が運営する「指定介護老人福祉施設」の提供するデイサービスを受けていた。
平成22年3月4日(事故当日)
8:40 自宅から相手方施設へ送迎。本人は意識があり、声掛けすると返答は見られた。車椅子に移乗する際もスタッフを掴んで移乗。
9:20 相手方施設到着。
9:50 リクライニングへ移乗行おうと声がけ行う。反応見られず、寝ている様子だったので二人介助にてリクライニングへ移乗行う。
10:00 看護師がバイタルをチェックしたが、血圧116/91、体温36.9、脈拍89で特に異常は見られなかったが、全然起きる様子が見られず、入浴しないほうが良いとのことで家族(妻)へ報告行う。午前中はリクライニングにて寝ている。時折声掛け行い対応する。返答は聞かれず。
11:30 リクライニングよりベッドへ移乗し、下着の交換、臀部(肛門)を洗浄し、薬を塗布する。その間何度か黒い排便見られる。その際、ピクッという反応と、軽い声だしは見られた。
12:00 ホールへ戻り食事中だったが、起きる様子は見られず、食事はとらなかった。声掛けするが反応は見られず。そのまま過ごす。
13:30 Ns帰宅。
13:50 声がけし軽い声出し見られる。呼吸の確認は何度か行う。
14:10 バイタル測定、血圧88/55、脈拍76とバイタル低くなる。引き続き声掛け行う。反応無し。引き続き寝ている。
14:50 再びバイタル測定、血圧83/47、脈拍71と少し下がる。引き続き呼吸の確認は行う。
15:10 何も口にしていないため、昼食後の服薬(狭心症を改善する薬)が出来ず、飲まなくてはいけないため、担当ケアマネージャーへその旨報告行う。報告後すぐに主治医へ連絡とるようにとのことで連絡する。家族(妻)にも報告行う。センター長にも報告行う。
15:30 Dr到着。すぐに今日の様子を報告行い、診察。担当ケアマネージャーも到着される。診察終了し、反応なく危険な状態とのことですぐに119番通報する。あわせて家族(娘)へも連絡行う。
16:00 救急隊到着。医師より詳しい状況を説明する。救急隊処置中も、反応が無く昏睡状態が続く。
16:10 病院へ搬送される。搬送の際、再び救急隊及び娘へ状況報告行う。
16:20 病院へ到着。すぐに処置室へ運ばれる。息子・妻と合流し、状況を説明する。その後、医師へ今日の状況を聞かれ報告する。待機中に家族よりいつからこの状態だったかと聞かれ、センター到着時より眠った状態が続いていたと答える。なぜもっと早く対応しなかったと聞かれ、寝ているものと判断したと答える。心臓の病気もあり、反応ない状態が続いたら、普通はすぐに対応すべきではないかと問われる。対応が遅かったのはセンターの判断が甘かったと答え、謝罪する。
17:05 医師より血圧が100台に戻ってきたが、予断の許さない状態である。消化器系からの出血も見られるとのこと。
17:30 医師より状況報告。消化器系より出血見られる部分は、少量の持続的出血だった。多量の場合は即死であったとのこと。すぐに手術をして出血を止めたいところだが、今の状態で手術をすると、命の危険性があるため行えない輸血によって状態が回復するのを待って処置行う。
17:35 原因は大腸癌だと思われる。消化器系の出血箇所も、大腸癌から来るもの。輸血をして容態を安定させるために、そのまま入院となる。
平成22年11月7日上行結腸癌で死亡。
<原告の主張>
1 指定介護老人福祉施設の人員、設備及び運営に関する基準(以下「本件基準」という。)第11条1項は、「指定介護老人福祉施設は、施設サービス計画に基づき、入所者の要介護状態の軽減又は悪化の防止に資するよう、その者の心身の状況等に応じて、その者の処遇を妥当適切に行わなければならない。」とし、2項は「指定介護福祉施設サービスは、施設サービス計画に基づき、漫然かつ画一的なものとならないよう配慮して行わなければならない。」と規定する。
2 入所者の健康管理について第18条は、「指定介護老人福祉施設の医師又は看護職員は、常に入所者の健康の状況に注意し、必要に応じて健康保持のための適切な措置を採らなければならない。」とする。
3 被告作成の、「居宅サービス計画書」には、総合的な援助の方針として、「在宅医による定期訪問診療を受けることで、病状が把握でき安心して生活できるようになります。短期入所と通所介護を利用し、日常の介護を行い、看護師による病状管理を行います。緊急時は主治医との連携を図ります。」とも記載されている。
4 利用者は事故当日の午前9時50分から搬送に至る午後4時ころまでの約6時間、ずっと意識がなく、介護担当者らの呼びかけに対しても反応しない状態が続いていた。2月18日に施設入所して以来、利用者は眠りについていたとしても介護者の声掛けに反応しなかったことは一度もなく、また昼食を欠かしたこともない。
また、心筋梗塞の既往を有しており、ワーファリン・アスピリンを常用している状態にあったが、このことは介護担当者も当然認識していた。介護担当者はなおさら利用者の状態について注意深く見守る必要があったというべきであるし、通常とは異なる事件当日の利用者の状態の異常性については認識すべきであった。
このような状態の異常性に加えて、さらに14時10分には血圧は80台にまで低下しているのであるから、少なくともこの時点においては、主治医に報告をし、その健康状態について診断を求めるべきであった。そうであるにもかかわらず、意識レベルを確認することもなく、主治医や看護師に報告して指示を仰ぐこともしなかったことは、介助者が被介助者に対して負うべき適切な健康管理義務懈怠、心身への安全配慮義務懈怠に該当する。
<裁判所の判断>
利用者は昼夜逆転ぎみの生活をしており日中は寝ていることが多かった。声がけに全く反応がなかったわけではない。従って施設職員が寝ていると誤解したことは致し方ない。血圧低下の程度もそれほど大きくないので意識レベルを確認する義務までは認められない。
<考察>
寝ているのか意識レベルが低下しているのかの違いは、刺激に対する反応があるかどうか。意識レベルの低下を危惧した場合は身体を揺すりながら大声で声がけしてその反応をみるべき。それで目を開けるなどの反応がなければ意識レベル低下と判断して責任者、ケアマネ、主治医に連絡して指示を仰ぐべき。裁判所の判断は誤っていると思う。おそらく大腸癌で余命8ヶ月であった点を考慮して、安全配慮義務の程度を下げて判断したものと思われた。
第3 リスクマメジメント
1 リスクマネジメントの実際
リスク情報収集→リスク分析→リスク対策立案→実行→フィードバック
2 転倒・転落(7〜8割)
リスク情報
過去の転倒歴・回数(1ヶ月以内、1〜3ヶ月以内)
徘徊の有無
めまいの有無
抗不安薬、抗うつ薬服用の有無
自宅での介助状況の確認
排泄の頻度
コミュニケーション能力
転倒・転落アセスメント・スコアシートの活用
危険度T〜Vに分類
リスク対策
危険度T〜U:ベッドの高さ・ストッパーの固定の確認やベッド柵の確認、ベッド周囲の障害物の確認・整理
危険度V:ベッド周囲にマット等の打撲のショックを和らげる工夫。必要時は床しきマットにする。車椅子乗車時の見守り。
(参考)
介護事故の実態と未然防止に関する調査研究
2000 年6月6日 国民生活センター
損害保険会社から提供を受けた介護事故例223 件中143 件(64.1%)が転倒事故であり、転倒事故の多さがうかがえる。
例えば、車いすからの転倒事故をみると「職員が車いすのベルトを締め忘れたこと」、「職員が目を離したこと」の責任が問われている。
立った姿勢から転倒した事故について、施設側の責任とされた理由
・ 精神的に不安定な状態であったのに、施設側の対応不十分。
・ 床に水がこぼれていた。床が歪んでいた。施設の管理不備。
・ 徘徊癖のあることを把握しながら、誰も見ていなかった。
・ 数日前にも転倒し負傷。老人性痴呆症もある。施設の管理不十分。
・ 介助の求めに応じなかったため1 人で立った。介助がなかった点。
・ 職員と入所者が接触し、転倒、骨折させる。職員の過失。
・ 安全確保義務違反。常時見ているべき重度痴呆の人を見ていなかった。
・ 歩行が 1 人でできない人が歩行訓練中に、転倒、骨折、入院。
・ 畳とフロアーの段差(5cm)に、つまずき転倒。防止策を講じなかった。
3 誤嚥(1割未満)
リスク情報
覚醒の程度
向精神薬使用の有無(嚥下機能低下、せん妄、低血圧等の副作用)
良肢位の保持(きちんと座位をとれるか)
嚥下機能
アセスメントの結果不安な場合は嚥下確認まで見守る
食思
食べ残しを放置しない
誤嚥防止アセスメントの活用
4 送迎時の事故
デイサービスの送迎時の事故が多い。手順のマニュアル化。移動環境の改善。
5 褥瘡
褥瘡リスク・アセスメントの活用
第4 介護事故が起きた場合の対応
窓口の統一
重大事故の場合は施設長が直接対応
救急対応
家族への連絡・情報提供
謝罪の要否
事故報告書の書き方
推測を交えない
状況を図示する
箇条書きにする
5W1Hを明確に
第5 紛争解決の実際
証拠保全
示談交渉
調停
ADR
訴訟