ドローの法則 (ドロの法則)
どういうわけか、オルシェフスキーは[分岐学の原理はドローの法則である]と以前にそう主張しました[恐竜学最前線 2 学研 1993. pp94 ]。しかしこれは間違いです。どこからこのような誤解が生じたのか分かりませんが、分岐学の原理とは最節約です。ドローの法則ではありません。
さて、ドローの法則そのものの解説を簡単にすると、イギリスの古生物学者、ルイス・ドロー(1857~1931)が提案したもので、簡単にいうと、
[進化の過程で一度失われた特徴は二度と現れることはない]
というものです。
ところでここで素朴な疑問なんですが、ドローの法則とはどのようにして確立された法則なんでしょうか?。
例えば実際の科学者たちが法則や仮説を見つけた過程を見ると、まず彼らは観察データを集めてそこから、データを説明する仮説を発見する!!(仮説発見)か、あるいはあまり例はないらしいけどデータを積み重ねてそこから一般化を行なう方法(枚挙帰納法)で導き出してきたといわれます。これには異論がありません。
ではドローさんはどうやってドローの法則を導きだしたのか?
理屈の上で考えると、まずデータを集めなければならないのですから、彼は生物の幾つかの進化過程を観察したということなのでしょう。
どうやって?
例えば1万年間の生物の進化過程を見るには1万年間見なければいけないはずなのですが・・・。ようするに直接的な観察からドローの法則を導き出すことは不可能です。
もちろん系統解析することで生物の進化の過程を推論することはできるのですが、ドローさんの時代にそうした系統解析のテクニックはありませんでした。おそらくドローさんがしたことは、どんな考えに基づいてやったのかは知らないが生物の進化の歴史を脳内で推理し、それらの推理を積み重ねることでこの法則を導いてみせた、というのが現実であるように思えます。実際、当時としては他にやりようがありません。
では系統解析を数学的に行える時代になった今ならどうでしょうか?
実際にはどうも生物の世界はドローさんの法則の反証になるような例がいろいろとあります。たとえば、Loss and recovery of wings in stick insects. Nature vol.421 2003 pp264~267 にもあるように、遺伝子系統樹と形態の分布から考えると退化した器官が復活したことを支持する例があります。他にもよく引用される後ろ足のあるマッコウクジラが捕まった例もありますし、身近な動物にも、これそうじゃないのか?という例があります。ここから考えるとドローさんの法則の反証例になるものは結構あるらしい(例えばダーウィンもキンギョソウの花には退化したおしべが時々発現することを指摘している)。
もちろん系統解析をする時にドローの法則のような仮定を敷くこともできます。しかしそれはその生物のその特徴がそういう挙動を示すということがあらかじめ知られていた時にはじめて説得力を持つでしょう。例えばエンドヌクレアーゼの制限部位をデータにした時に塩基配列の変化で逆転があまり起きないという仮定をしいた例がありますが(孫引きだけど「系統分類学入門 ―分岐分類の基礎と応用― 」E.O ワイリー etal pp70~71 )、これもこの場合はその仮定が現実的だから、というものでした。
この仮定、”ドロの最節約性”と呼ばれているんですが、これはあくまでもあまり逆転しないという仮定です。なくなったら戻らないというドローさんの厳しい主張とはちょっと違う様子。参考文献の同じページには形質進化が不可逆であるというカミン・ソーカルの最節約性(むしろこちらの方がドローさんの理屈に近いか?)という仮定をしいた例も引用されていますが、これはめったに使われないそうです。
いずれにせよ、挙動が確率的にある程度分かっているような塩基配列を対象にするのならこのように前提を敷くこともありますが(ちなみにドローの法則とは限らない)、形態形質のように挙動がまったく分からないものにそういう仮定を敷くのはかなりな冒険であると思われます。
なおドローの法則は[岩波 生物学事典 第4版 ]では進化不可逆の法則として少し解説されています。知りたい人はそれをチェックして下さい。またこちらではDollo さんはドロと表記されています。