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最近読んだ本
2005年・
その1



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(注)【 】内はネタバレ。すでに読んだ方は反転させて読んでくださいね。


◆ ゼロの焦点  松本清張  blog版

昭和33年発表。
36年に映画化され、ヤセの断崖を観光名所、自殺の名所にした名作。
ある世代の人には北陸のイメージを決定付けたとも言える作品。
私の母もこの作品に描かれた重く雲の垂れ込めた北陸、そして、角巻の女性が雪の中を歩く能登半島に憧れていました。

そういう意味では清張は地方色を取り入れるのが上手い作家ともいえますね。
これと同時の読んだ「渡された場面」も、唐津や玄界灘に面した鄙びた漁港の雰囲気が作品に重みを加えてました。

ストーリーは、新婚早々の夫が失踪。見合い結婚で夫の過去を知らない新妻が夫の過去を探る旅に出るというもの。失踪した人間の過去が明らかになる私のとても好きなパターンではあるのですが、この作品ではちょっと捻った設定になっています。

雑誌「宝石」に鮎川哲也の「黒い白鳥」と同時期に連載されていたのは有名な話。
リアルタイムで読んでいた人にはスリリングな連載だったでしょうね。

舞台となったのは昭和33年ということで、やはり移動・通信手段はかなり違います。それに社会常識も。なんたって自分の母親に敬語ですよ。今ではありえないですよね(笑)
動機も時代背景を写したものになっています。

小説としては新婚早々の妻が探偵役だったり、真相に近づいた人間が次々と殺されたり、一気読みしてしまう面白さですが、ミステリーとしては、かなり難点が多いと言えます。砂の器を再読した時にも感じたことですが、真相が判明するきっかけとして偶然に頼ることが多いんですよね。
推理をするのが一般人ということで、いろいろと不整合が出てくるのは仕方ないですが、いろんな場面で都合のよい飛躍があるという印象は強いです。

以下、ネタバレで書いてみます。反転させて読んでくださいね。


広告取次ぎという職種で責任者の下宿が不明で会社は困らないのか?
緊急の時はどうするんだろう?

伏線だとは思うけど、昼間に夫、あるいは上司の失踪について訊きに来た客に
ウイスキーを出すものか?
それにしても都合よく毒入りウイスキーを飲む被害者たち。

鵜原より、英語を話しただけで前身がわかるような女性を受付においておく方がはるかに危険。田沼久子も鵜原と同時に消すべきでしょう。

曾根を自殺したことにして消すのはいいが、なにも実際に崖っぷちに立たなくてもいいのでは?
そうすれば突き落とされなかったんだから。

鵜原の兄がクリーニング屋を探すというのは謎めいていて惹かれる設定だけど、
弟の下宿を探すという意味では、あまりに迂遠な手段。






◆ 渡された場面  松本清張

これはタイトルに惹かれて読んだ作品。
玄界灘に面した鄙びた漁港。そこの宿で創作をしていた作家が捨てた原稿を、
ある事情で手に入れた同人作家が自作として発表してしまった。
しかし、その原稿には四国で起こった殺人事件につながる事実が描かれていた。

前半は倒叙物にもなっていて、後半は四国県警の捜査。
九州で作家が書いた小説と四国の事件がどうつながるかということが
まず一番の興味。
さらには、もうひとつの事件が明らかになる過程が後半の見せ所。

でも、もうひとつ熱心に語られているのが、地方でブンガクする青年たちのこと。
純文学に対する思い込みや思い上がりに同人作家たち、
地方の同人世界に厳しい批判を展開しています。
これが一番の読みどころかも。



◆ 魂萌え (桐野夏生)   blog版

帯の文句と派手な装丁から、内容は濃厚なお話かと思ったら59歳の箱入り主婦のお話でした。ミステリーではありません。新しいバッグを買うというごくふつうの行動にも、ここまで重大な決心が必要になるという生き方、お金がないのではなくて、夫や子供を最優先に考えた生き方には自分の母親を思い出す人も多いかも。

関口敏子は59歳の専業主婦。夫が定年退職して、これから夫婦二人で気ままな生活をはじめようとしていたが、その矢先、夫が心臓麻痺で急死する。子供は二人いるが、二人ともすでに独立している。長男は結婚してアメリカで生活しており、娘は家を出て同棲中だが、その相手と近いうちに結婚することになっている。

突然一人残されてしまった敏子。これから一人の家でどう生きていくのか、家の相続はどうするのか。まだまだ先のことだと思っていた様々な問題が一度に降りかかる。さらには敏子の知らなかった夫の秘密の生活まで明らかになる。
しかし長年家庭の中しか知らずに生きてきた敏子には何をどう判断して決めたらいいのか見当も付かない。混乱する敏子を差し置いて、息子一家の急な帰国や同居が決まってしまう。

自分のこれからの人生が子供たちによって決められていくことに不安を感じた敏子は、一人になって考える時間を持とうと思い家を出る。以前見かけたカプセルホテルに泊まることにしたのだが、そこで出合った人たちによって、いかに自分が世間を知らなかったかを思い知らされる。


外のことは夫や子供に任せ、自分は勝手知ったる家の中のことだけを取り仕切る。面倒な契約や手続きも人任せ。世の中の動きにも興味ない。いつか夫は先立つだろうけど、その時のことは、もう少しあとで考えよう・・・。私の母の世代の専業主婦は、こんな感じの方が多いのかもしれませんね。それでも夫がふつうに長生きすれば、そのままのどかに生きていけるんですよね。その点、敏子は夫の急死によって外に出るチャンスを手にしたとも言えるかもしれません。

一般的に、この年代の主婦が小説やドラマに登場すると、嫁と衝突してるとか、退職して毎日家にいる夫にうんざりしてるとか、夫婦で百名山に登ってるとか、そんな決まりきった設定が多いので、一人の人間として自分と向き合う敏子の内面描写は新鮮でした。

歳をとって突然一人になるというのは不安なものでしょうね。実際のところは現実になってみないとわからないような気はしますが、私はこの中にも書いてある「なんとかなるだろう」と思ってしまう人たちの一人なのかもしれません。正直、敏子の考え方や行動にはまったく共感できなかった。でも生きていくことは毎日が初めての経験。今時60歳、人生これからですよね。

登場人物はすでに若くない敏子やその友人たち。怖いほどリアルな描写も多いです。例えば、新しい華やかな服を着て出かけ、年上の人たちには「若くてきれい」と誉められても、若い人にはふつうにおばあちゃん扱いされてしまう。世間というものの怖さですね(-_-;)
でもあの銀行員は失礼だ!
あんな銀行は即解約した方がいい・・・と思ったけど、他もたぶん同じだろうね。

「邪魔」以来、孤独と自由と責任を考えさせる小説に出会う機会が多いようです。
自由なる孤独か、束縛の多い人間関係優先か。現代の課題なのでしょうか。



◆ 逆光のメディチ  (藤本ひとみ)

ルネサンス期のフィレンツェの大事件、パッチィ家の陰謀を中心にメディチ家の栄光と陰りを描いた作品。メディチ家の最盛期をロレンツォ・イル・マニフィコと弟のジュリアーノに、コジモの庶子であるレオーネという人物を配して史実とフィクションを織り交ぜたストーリーになっています。

パッツィ家の陰謀については塩野七生さんの本で面白い解釈があったので、ちょうどいい機会なので読み返そうと思ったのですが、見つからなかった。
どこに書いてあったんだろう? わかる方いらっしゃいますか?

パッチィ家の陰謀は政治的陰謀というより銀行経営の経済戦争だったと記憶しているんですが、この小説ではレオーネというロレンツォに対抗意識を持つする人物を登場させて、メディチ家の当主の座をめぐる陰謀を絡ませています。

レオーネが考え出す、人の心の影の部分に付け込む入り組んだ策謀と、ロレンツォ(と側近のアントニーナ)が繰り出す正攻法の策略の対比が面白い。ロレンツォの育ちのよさというか、人柄の大きさがわかるんですよね。こう言ってしまうと庶子であるレオーネの立場がないけど、そんなことはありません。レオーネの心情も細かく描かれているので、ちゃんと感情移入出来てしまうんですよ。

そして忘れてはいけない、この小説の中心、花と言われた美青年のジュリアーノ。でもどうもあの性格には着いていけなかった。わずか25歳で陰謀で殺されてしまうところは悲劇的なんですけどね。

もう一人、語り手としてレオナルド・ダ・ヴィンチをモデルにしたアンジェラという少女が登場するのですが、なぜ少女にしたのかな。アンジェラは少年のままでもよかったと思うけどね。ダヴィンチの鏡文字の解釈も面白かったです。

この本はラムさんにお借りしました。多謝。




◆ 聖戦ヴァンデ   (藤本ひとみ)

ヴァンデの暴動というのは知らなかったのですが、1793年フランス革命の時代、共和国軍と反革命勢力が衝突して多数の市民が犠牲になった事件で、革命の暗黒部分と言われているそうです。時期的にはルイ16世が処刑されてからマリーアントワネットが処刑されるまでの間に起こった内戦。
ヴァンデの暴動が一応終結したこ93年の年末に、いわゆる恐怖政治への移行があり、翌年にはテルミドールのクーデターが起こる。そういう時代の事件です。ところでナントの虐殺とは違う事件なのかな?
(↑間違ってたら教えてくださいね。)

ストーリーは共和国軍と反革命勢力の若きリーダーを中心に進む。
反革命勢力を率いるのはヴァンデ地方の領主で貴族のアンリ。貴族として農民を守り導くことを使命と考えている、ある意味では古い思想に忠実な青年。本当に好青年という人物なんだけど、それだけに責任感や固定観念に縛られて身動きが取れなくなって、破滅の道に進むしかなくなってしまう。そこが歴史の転換期の悲劇を感じさせます。

一方、共和国軍のリーダーはロベスピエールに心酔する18歳のジュリアン。ジュリアンは自由思想に傾倒するあまり旧弊な人々に憎悪に近い感情を持っている。経験不足から来る観念のみの行動は、革命政府中枢も持て余すような過激な方向に向かってしまう。実は彼のような人物がアンリとは逆の位置で、革命の進路を阻むんですよね。これだから歴史は不思議。

もう一人、アンリの親友でありながら平民であることから共和国軍に参加したニコラがいます。この人は社会性も持った人物。いわゆる苦労人タイプ。最後に後始末をつけるタイプの人物。

この三者の若さが持つ熱狂、一途さ、視野の狭さと傲慢が革命を動かしていく。歴史というものがどういう力で動くのかがよくわかる作品です。

この本はラムさんにお借りしました。多謝。




◆ Dの複合  (松本清張)  blog版

タイトルのイメージから、企業陰謀ものなどを連想してしまいますが、
内容は古代史ミステリー。

無名の作家・伊勢忠隆は旅の雑誌に民俗学的伝説をさぐる旅のレポートを連載することになり、その取材のために丹後半島を訪れた。しかし宿泊した木津温泉で奇怪な事件に遭遇する。その後も伊勢が訪れる場所には、奇妙な出来事が続いた。

前半は浦島伝説と羽衣伝説に関する考察が中心で、この部分はそこそこ面白い。
でも後半の事件部分は、やや無理矢理な印象ですね。
特に数字の謎と事件の結び付きはかなり強引。
数字の謎だけなら興味深いのですが。
135に関する謎は一時ブームにもなりましたよね。
日本人の思い込みを突いたもので、あらためて知るとけっこう驚きます。

それにしても松本清張の作品はタイトルが印象的。
この「Dの複合」も、なんともミステリアスなイメージを連想させますが、他にも「球形の荒野」「聞かなかった場所」「ゼロの焦点」などは思わず本を手にとってしまいそう。でも、ベストはやはり「点と線」でしょうか。単純にして謎めいてますね。



◆ 犯人に告ぐ  (雫井脩介)  blog版

幼児連続殺人事件の犯人がニュースキャスターに脅迫状を送りつけてきた。
マスコミを利用する犯人には警察もマスコミを利用した捜査を、ということで、
捜査責任者がニュース番組に出演して直接犯人に呼びかけることになった。
・・・・・・
最近はTVで実際に起こった犯罪の情報を収集する番組も増えていますが、
ニュースで事件担当者が捜査の経過を逐一公表するというのは衝撃的。
でも実際にやったら模倣犯が出そうな気がしますね。
「模倣犯」といえば、ニュース番組のシーンでピースを思い出してしまった。

小説としてはかなり面白く読めたんですが、でも最後は消化不良。
「ミステリー」と言われるとどうしても完璧な結末を期待してしまうんですよね。
そういう意味ではやっぱり警察小説は苦手なのかも。
ただ巻島が仕掛けた罠には、かなりすっきりした気分になりましたが(笑)

最初の記者会見のシーンはとてもリアルで、思わず感情移入してしまいました。
考えてみれば、普通の人間が公的な場面、記者会見や裁判の証言などで、場慣れしている人たちに囲まれて質問攻めにあったら、キレてしまうのは充分あり得ることですよね。あがり症の私としては巻島には同情しましたよ。

とにかくドラマや映画にしたら盛り上がるであろう作品。

ネタバレ→【  どうしても犯人探しをしたくなる推理小説ファンとしては、
犯人がラストではじめて登場する人物であることにはどうも納得できない。
本格ではないから、そのことで責めるのはおかしいのだけれど、
習性なんだからしょうがない←開き直り(^^;)
誘拐事件も未解決のままなんですよね。
それに、手紙が風に飛ばされて高速の分離帯に落ちるなんて、あまりに都合が良過ぎるし、お菓子の缶に付く超強力磁石も納得できませんでした。
余程接近して落とさないと他のものにくっついてしまいそうですが。
実験して欲しいぞ(笑) 
 】


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