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最近読んだ本
2005年・
その2


「最後の願い
「犬はどこだ」
「チャングム1〜3」
「量刑」
光原百合
米澤穂信
キム・サンホン
夏樹静子
「模倣の殺意」
「生首に聞いてみろ」
「タイムスリップ森鴎外」
「虚貌」
中町信
法月綸太郎
鯨統一郎
雫井脩介

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(注)【 】内はネタバレ。すでに読んだ方は反転させて読んでくださいね。


◆ 最後の願い 光原百合   blog版

この作家さんも、実ははじめて読む。
ミステリーに殺伐を求めてしまう私としては(笑)、
詩や絵本を書いているというプロフィールで、つい敬遠してました。
それを今回読む気になったのは、心境の変化か?ネタ切れか?(笑)
でもまあ、本好きとしては先入観にとらわれてばかりではいけないですからね。

もちろんこの作品にも凶悪な犯罪や不可思議なトリックは出てきません。
言わば心理謎解き。

全体の構成は連作短編集になっています。
度会恭平は劇団を立ち上げようとメンバー探しをしている役者兼演出家。
彼は自分が一目置けるような人間でないと一緒に仕事をする気になれない。
そんな度会が見込んだ、なかなか個性的なメンバーたち。
その役者&スタッフ一人ひとりにまつわる、 ちょっと不可解なエピソードが
1編づつ語られます。

たとえば、
知らない女性からいきなり「あなたは私の恋人です」とかかってきた電話。
または、昭和初期に建てられた美しい洋館で起こった、ある悲劇。

人間は自分が見たり聞いたりした出来事を、ただひとつの真実であると思い込む。
でも別の視点から見てみれば、違う真相が隠されていることもある。
1つ1つのエピソードはありがちな話でもあるけど、全体を貫く1つの謎と
劇団のメンバーのキャラクターの魅力で、とても雰囲気のいい小説になっています。
謎解きに挑戦するというよりも、午後のお茶と共に楽しむ小説(^^)




犬はどこだ  米澤穂信   blog版

デビューが角川学園小説大賞奨励賞受賞で、“氷菓”に“妖精”、“いちごタルト”*の青春ミステリー作家ということで、私には関係のないジャンルだと思っていたのですが、はじめて読んだら、これがかなり面白かった。
*注:「氷菓」「さよなら妖精」「春期限定いちごタルト事件」

・・・探偵家業をはじめたと言うと聞こえはいいが、実は迷子犬探し屋「紺屋S&R」を開業した紺屋長一郎、25歳。しかし最初の以来は失踪した女性の捜索だった。

この失踪の過程がなかなか謎めいているんですよ。
若い女性が行方不明になった事件というと、ほとんどパターンは想像できる。
ある程度捜索が進んだところで遺体発見、あと犯人探し、という展開。
しかし、どうやら今回はそう簡単な事件ではないらしい。

そこへ2つ目の依頼と「紺屋S&R」への就職希望者が現れる。
依頼は古文書の解読。就職希望者はハードボイルドに憧れる後輩の半田平吉。
当然、古文書解読は半田の仕事になるんだけど、
この半田のキャラクターが軽い軽い(笑)

読者は、この半田が古文書解読なんて依頼がこなせるのか不安がつのるんだけど、ちゃんと図書館へ出かけたりして、一応無難に調査を開始する。
そこで、この古文書を調べていたのが実は失踪した女性だとわかるんだけど、
それは別々に調査をしている紺屋と半田は気が付かない。

やがて、意外なところからヒントを得て失踪の理由がわかるのですが、
事件の概要がわかってからも逆転があり、とても楽しめる作品でした。

次々に出てくる手がかりを元に、いろいろ予想を立ててみたんだけど、
それがほとんど外れてしまいました。なかなか巧みなミスリード。
それとも私の深読みしすぎですか?(笑)
でも、あのチャットは…


ネタバレ

あのチャット、「GEN」には裏があると思ったんだけど、
本当にただアドバイスするだけの人だったんですね。
でもブログなんかに何気なく書いた情報から実名や住所を割り出すということは ありそうな気がする。人間の直感は一見無関係に見える情報を結びつけ手しまうことがあるから怖い。
あと、あの古文書は「
七人の侍」の元になった古文書を思わせますね。




◆ チャングム(全3巻)  キム・サンホン著 米津篤八訳

NHKで放送中の韓国ドラマ「宮廷女官チャングムの誓い」。
その主人公である大長今(テジャングム)の生涯を描いていますが、
ドラマの原作というよりも、史書に名を残す大長今という医女を題材にした小説。
ということでストーリーはかなり違いますが、基本的な流れは同じ。

反逆者の娘オンニョニは使用人であった夫婦の子として育てられていた。
しかしその美貌と才能は隠すべくもなく、7歳にして医師・李鐘海に弟子入り、
医学を学ぶ。もうこの時点で医学を志しているのはドラマと違うところ。

しかし好色な宦官・韓乃温の手当てをしたことから目を付けられ、
妾にされそうになる。
妾は逃れたが、韓乃温はオンニョニを諦めきれず宮中へ送り込む。
この時はまだ中宗の前の燕山君の時代で、宮中も乱れ放題。
宮女にしておけば、いつか手をつける機会があると思っているわけです。

オンニョニは宮中で大長今という名前を貰い、やはり厨房で働くことになる。
ここで厨房尚宮は他の部署に比べて格が低いということが書かれている。
たしかに考えてみれば水仕事で手も荒れるし、きつい仕事かもしれない。
ドラマでは王の食事担当ということで花形部署みたいに見えたけどね。

しかしチャングムの才能と知識はずば抜けていて、たちまち出世していく。
この辺でドラマのチャングムとの性格の違いが目立ってくる。
小説のチャングムは、その学識に比例して、ちゃんと大人なのよ(笑)

しかし、やはり妬みや嫉妬にさらされることは同じ。
韓乃温のたくらんだ陰謀に巻き込まれ、宮中を追われてしまう。
追放されたチャングムは官婢に落とされるが、
流された先で医女として活躍する。

そして燕山君がクーデターに倒れ中宗が即位すると、チャングムは復権し、
再び宮中に招かれる。ここでは王が一代ずれているんですよね。

中宗のチャングムへの信頼は厚く、王族すべての主治医に任じられます。
ところで、この中のチャングムはいともあっさり王の脈を取ってます。
優れた医師は男でも女でも関係ないみたい。
内医院の抵抗はあるけど、それにもあっさり勝利。
ミン・ジョンホみたいな人も現れて、めでたく終わります。

この小説のチャングムは復讐に執念を燃やすこともなく、
政治潔癖症でもなく、その知識と経験に基づいて人や世の中を見つめ、
地に足をつけて生き抜いています。
そんなところはドラマより共感できるかもしれません(^^;)
一番の違いは人望のあるなし…でしょうか?(笑)

そういえば、この大長今という名前、ドラマでは王の主治医になってから「大長今」の名を与えるって言ってたから、「大」は称号かと思ってたけど、単なる姓ということなのかな?

この本はラムさんにお借りしましたm(__)m


 量刑     夏樹静子

上巻はとにかく面白い。でも下巻になるとストーリーの枝葉の部分の描写が長くなって、ポイントがぼやけてしまいます。
基本的には法廷ミステリーなんですけどね。

上村岬は愛人である守藤秀人から頼まれた荷物を届ける途中、犬の散歩をさせていた母娘を轢いてしまう。思わぬ渋滞に巻き込まれ時間に遅れる焦りから、ついスピードを出しすぎてしまったのだ。動転した岬は秀人に連絡するが、時間通りに荷物を届けることを優先するように指示される。

渋滞、夜道、目印を見失って道に迷う、迫る時間・・・
岬が事故に至る心理は誰もが覚えがあることではないでしょうか。
そして事故を起こしてしまった恐怖、突然降りかかった悲劇の重さ、
この導入部は思わず引き込まれました。

さらには、家に戻った被害者の夫が妻と娘の不在を知る場面や、
捜査が進むに連れて追い詰められていく岬の心理。
どれも迫力のある描写です。

その後は裁判のシーンになるわけですが、裁判官がどのように事件を判断し、合議を進めていくか、なかなかわからない世界なので、このあたりは面白い。裁判官も日本の社会の中で、そして個々の家庭の中で育つわけですから、その中で様々な価値観や判断基準を持つのは当然。でもそれが人ひとりの運命を変えるのだから厳しいですよね。

ここまではリアルで面白い小説なんですが、このあと、岬がなぜ事故をすぐ通報しなかったのかという謎の追求が始まるかと思ったら小説は意外な方向へ展開していきます。守藤秀人が保身のために強硬手段を取るのだけど、あまりに無謀。とにかく秀人の取った方法は理解不能だし、それを長々描く必要もなかったと思います。導入部が面白いだけに、それが残念。

ただ、人命を奪ったことに対する量刑が軽すぎるという裁判官の考えは、とても納得できますが。




◆ 模倣の殺意  中町信    blog版

ミステリー界では「幻の名作」として有名な作品らしい。
あとがきによると、元々は「そして死が訪れる」というタイトルで第17回江戸川乱歩賞(昭和46年)の候補になった作品で、受賞は逃したが昭和48年に「新人賞殺人事件」とタイトルを変えて出版された。

中町作品は翌47年にも「空白の近景」が乱歩賞候補になっているので、当時は本格派として期待されていた作家だったようですね。
(ちなみに第17回の乱歩賞は受賞作なし。18回は和久峻三の「仮面法廷」が受賞)

一般的に中町信の知名度がどれくらいあるのかわからないのですが、私個人のことを言えば、母親が好きだった作家として名前だけは知っていました。でもその当時の中町作品はトラベルものばかりだったので、読んだのは「散歩する死者」だけ。それも内容はほとんど覚えていません。今回久しぶりに中町氏の本を見つけ、本格ものということで読んでみる気持ちになりました。

・・・あらすじ・・・
推理作家の坂井正夫が自殺した。坂井と仕事上でもプライベートでも付き合いのあった編集者の中田秋子が、坂井の自殺に疑問を持ち独自に調査を始める。一方、坂井正夫の同人誌仲間でルポライターの津久見伸助も週刊誌の依頼で坂井の事件を調べるうちに、坂井に恨みを持つ人物がいたことを知る。

複雑な作品なので感想を書くのも難しい。
ちょっとした矛盾を突き詰めていくと真相にたどり着くかも・・・とくらいしか言えません。
でも、なかなか大胆な仕掛けで推理の楽しみを味わえる作品です。

ここからは思いっきりネタバレで書くので、ご注意!
すでに読了した方は反転させて読んでください。
【     




中田秋子の章で描かれる坂井正夫と、津久見の知り合いの坂井正夫が別人であることは、キャラクターの違いがはっきり描き分けられているので、わりあい簡単に気が付きました。特に女性関係での二人の差は明確ですからね。でも私は秋子にプロポーズした坂井が死んだ後に、他人が成りすましているのかと思ってました。たまたま同姓同名だったんですね。

一番最初に二人が別人ではないかと気付くのは筆跡の違いかな。
堅苦しいまでの楷書(創元推理文庫p32)と、金釘流の読みにくい原稿(同p112)。

また坂井(秋子側)の自殺については、新聞チェックをしているはずの秋子が気が付いていないのに(同p26〜)、坂井(津久見側)の死は夕刊に「文学青年自殺」と小さく報じられた(同p41)というのもポイント。
坂井(秋子)の死について新聞に載らなかったことは、(同)p270に「調べてみたんですが、新聞には一行も報じられていませんでした」と確認の文章があります。

もう1つ、津久見も瀬川恒太郎の家に出入りしていたのに、坂井と会っていないという伏線もありましたね。

他にもありますか?

疑問なのは、カメラに凝っているはずの清景ホテルの女将が、律子が撮った写真を自分が撮った写真と言われて気が付かないのかということだけど、忙しかったからよく覚えていないということかも。  
 】




 生首に聞いてみろ  法月綸太郎   blog版

歴代のミステリーの名作が頭の中にあるから手放しで高得点は付けられないけれど、現代の段階ではトップレベルの評価をしていいと思う作品。

タイトルと、事件の導入部(石膏像の首が切り取られるという)はおどろおどろしいですが、内容はストレートな謎解き。
その分、新本格ファンというより従来の推理小説ファンにウケる内容かもしれません。

それにしても法月さんはずいぶん読みやすくなったんですね。
「10年ぶりの長編」「このミス1位」という触れ込みではあったけど、私としては以前の作品はどうも趣味に合わなかったので、期待してなかったんですよ。
でもこれは面白かった!
謎解きミステリーとしてよく出来てると思います。
久しぶりに純粋な謎解きを読んだという満足感を感じることが出来ました。

ここ最近のミステリーはデコラティブな日常遊離型か、その対極として日常生活の延長に起こる事件、あるいは思い切ってSF風と、謎自体が面白いという作品があまりなかったような気がします。でもこの作品は、とりあえず謎があってそれを解くためにストーリーが組み立てられている。

登場人物もひたすら謎と、そしてその謎を解くためだけに設定されている。
余計な身の上話はない。そこも潔くていい。
これで、あの人やあの人に人生を語られたら、それこそワイドショーになってしまうから(笑)

細かく言うと、疑問に思う部分もあるけれど、あら探しもミステリーの楽しみ(^^)

とにかく謎と伏線と解決を楽しめる1冊でした。




◆ タイムスリップ森鴎外   鯨 統一郎   blog版

もうまったく〜鯨さんたら嘘がうまいんだから〜(笑)
森鴎外が現代にやってきて何をするのか・・・
ありえない話だけど読んでいる間は楽しい。
待ち時間とか電車の中なんかで読むにはお薦めです。

タイムスリップしてしまった森鴎外。
渋谷で知り合った女子高生たちと、ある謎解きに挑戦する。
携帯にもパソコンにも驚きながら馴染んでしまうところは、
さすがにドイツ留学をした人物(笑)

女子高生のキャラ設定に疑問を感じたけど、
これはキャラクターも含めて全編パロディということなのかもしれない。
特に謎の提示と解答部分はミステリーへの挑戦と考えるとさらに面白い。

小説とは別として、森鴎外って良くも悪くも明治の男だよね。

それにしても近代文学でも消えていった作家は多い。
私の学生時代には書店でふつうに見かけた作家・作品でも、
もう全集でないと読めないものがある。
出版界も時代によって変わっていくのは当然のことだけど、
消えてほしくない小説もあるよね。




◆ 虚貌 雫井 脩介   blog版

上巻は面白かった。でも解決部分はわかり辛い。
とにかく犯人だけはわかったけど、なにがどうなったのか理解してしません(^^;)

21年前、運送会社の社長一家が襲われ、社長夫妻は殺され子供二人は大怪我をするという凶悪な強盗殺人事件が起こった。犯人は解雇された元社員を主犯とする4人組。すぐに逮捕され刑が確定。
しかし主犯とされた人物が出所後、他の加害者たちが続けて殺される。

作者は何を描きたかったのだろう?
エンターテインメントにしては登場人物が背負っているものが重過ぎる。
タイトルから考えると、顔というものアイデンティティがテーマなのかもしれない。
自分のものでありながら自分が見るより人が見ることのほうが多く、
他人が自分を評価する基準にまでなってしまう顔。
顔は個人が社会とつながる最初の手がかりとも言えるだろう。
女性はもちろん、男性でも顔に怪我をすれば服に隠れる部分の怪我とはまったく違う痛みを持つ。

でも顔がテーマなら、犯人の内面を中心に描いた方がわかりやすかった。
(ネタバレなので隠します【  火傷で顔を失った少年が顔を取り戻したいと葛藤する 】)話として。

ただし、冒頭の事件のシーンは圧巻。
トリックについては、やはり不満。
あのトリックで、テーマがずれ、話がややこしくなっただけのような気がしますね。
トリックを消化しきれてないという意味でも不満が残りました。


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