◆猫の贈り物 リー・W・ラトリッジ著 鷺沢萌訳 講談社文庫
久々惚れた本。笑えて、泣けて、怖い。
原題は「Diary of a Cat」、その題名の通り猫の日記です。猫の目で見た猫の生活と人間の生活。よくあるタイプの小説なのですが、主人公の猫とそれを取り巻く人間達のキャラクターがユニークなので、一味違った作風になっています。
「6月25日・・・寝た。」
「6月26日・・・寝た。」
「6月27日・・・今日は壁に登った。」
これだけでウケてしまったのですが、猫の好きな人ならわかる、猫の不思議な行動も出て来ますし、それに対する人間の反応も思い当たるところがあって笑えます。
でもそれだけじゃありません。この猫は警句も吐きます。
「人間てものはときどき、一瞬の幸福感にすがっているみたいに見える」「一匹の猫はいいのだ。だがひとたび人間が二匹目の猫を手にすると、「う〜ん、猫が二匹いるっていうのも悪くないな。三匹いたってどうてことないんじゃないかな・・・・」などと思いはじめる」などなど。
これがなかなか他にない鋭さでニヤリとさせられます。
このように猫を取り巻く人間達が描かれるのですが、後半になると新たな展開が始まります。主人公猫の飼い主が入院してしまうのです。猫達に訪れた危機。その果てに起ることとは・・・
ミステリーに慣れない方には、伏線がわかりにくいかもしれませんが、じっくり読んでみてね。
◆氷雪の殺人 内田康夫 文芸春秋
北海道利尻島、その中央にそびえる利尻山で登山者が凍死する事件が起った。死んだのは東京から来た観光客で、日本有数の通信機メーカーの幹部社員・富沢春之だった。浅見光彦は兄陽一郎の要請で利尻に向かう。目的は北海道沖縄開発庁長官の秋元康博に会うこと。実は秋元から浅見刑事局長に直接「弟さんにお会いしたい」という要望があったのだった。秋元の用件はやはり凍死事件の謎を解くことであった。やがて富沢の会社と防衛庁との不正が発覚、事件は巨大な利権問題へとつながっていく。
巨大な利権がらみの事件ということで、まさにタイムリーな内容。それにしても公共事業の「当初の目的を失っても予算を遣いきってしまうまで事業を中止しない」というのは誰が考えても不合理。それがまかり通ってしまうのはなぜなんでしょうね。
今回は相手が大きいので、陽一郎兄さんとの連係プレーが多くて楽しかったです。
◆ギリシア棺の謎 (エラリー・クイーン) 創元推理文庫
20年ぶりの再読なんですが、こんなに面白かったとは! 再認識しました。初読の時はややこしくてなかなか読み進めず、そのイメージで今まで敬遠してたのですが、損してました。
国名シリーズとしては4作目ですが、大学を出たばかりのエラリー・クイーンが最初に関わった事件という設定。この作品が発表された1932年には、他にも『Yの悲劇』『エジプト十字架の謎』が出版されているのですから、まさに黄金期の作品。徹底的に理詰めの推理過程も『Yの悲劇』を思わせます。
・・・ニューヨークのハルキス画廊の創立者ゲオルグ・ハルキスが亡くなり葬儀が行われた。しかし葬儀の後、遺言状が行方不明になっていることが発覚する。参列者や屋敷や捜索されたが、結局見つけることは出来なかった。唯一残る隠し場所と思われるのはハルキスの棺。ついに発掘されることになったが、そこで見つかったものは・・・
次々に緻密な推理が披露されるのですが、その度に新たに現われた証拠によって覆されてしまう。この犯人とエラリーの豪華な推理合戦をお楽しみください。本格ミステリーを堪能できますよ。それにしてもこの犯人は、犯罪者というよりほとんどマニア(^^;) この探偵にして、この犯人ありというか、どっちもどっち。でも楽しいです。
ネタバレ→【 それにしてもティーカップのトリックには参った。おまけにそれが作為のトリックだというのだから、すごい。エラリー以外は気付かないでしょうね。犯人もさすが警察関係者だけあってよくわかってる。 】
◆異説本能寺 信長殺すべし (岩崎正吾) 講談社文庫
時代小説ではなくてミステリーです。構成はいわゆるベッドディテクティブ。入院中の俳優が資料をもとに本能寺の真相を解くというもの。
なんとなく『成吉思汗の秘密』などを思い出してしまう書き方ですが、違う点は検討される1つ1つの説を短編に仕立てて描いてる点です。たとえば秀吉黒幕説を立てたとすれば、その場合どういう事が起ったか、どういう場面が想像されるかを小説化しています。これはけっこう面白い発想です。
この中で論証されている結論は最近かなり唱える人の多い説ですが、この作品の影響なんでしょうか? それとも、さらに前からこの説があったのかな? ちなみに1993年に発表された作品らしいですが、もしこの作品がもとでこの説が有名になったなら、影響力のある作品だったんですね。私としては、半分は納得できるかな。
◆かめくん 北野勇作 徳間デュアル文庫
SF大賞受賞作なんだから、きっとSFなんでしょう。
でもSFとしては“驚きの遊び”がないように感じます。小説の“遊び”はあるんですけどね。かめの甲羅の形而上学もイマイチよくわからなかったし、単純なパロディとして読んでしまいました。
と言いつつ、最後には感激してしまったんですよね。青春小説としてはいい線いってるんじゃないでしょうか。初めて一人暮らしをした時を思い出して、懐かしい気分になってしまったんですよ。
新しい町、新しく出会う人たち、そこで作っていく自分だけの人間関係。いつか必ず離れることがわかっている町と人々。まだ世の中というものがわからなくて、自分のこともわからなくて、手探りで生きていた時代を・・・。
ところで、はじめて手土産のお菓子を貰ったり、人にあげた時に「大人だ」と思いませんでした? この中で、やたらにやり取りされるお土産のことを読んで、その気分を思い出しました。
◆宛先不明 鮎川哲也 講談社文庫
タイトルから推測できると思いますが、郵便を使ったトリック。鮎川作品にしては気軽に読める1編です。
印刷会社の営業マンが社員旅行の途中、秋田の公園で殺された。その裏には取引先の出版社の社内の勢力争いが関係していると思われた。捜査を進めるうちに有力容疑者が浮かんできたが、彼には強固なアリバイがあった。
これは珍しくトリックがわかってしまった作品。というのも、あとがきでも書かれているように『11枚のトランプ』のマジックのトリックの応用なんですね。刑事コロンボにも似たようなトリックの出てくる作品がありましたね。こんなことを書くと簡単な作品と思われそうですが、鬼貫警部がトリックを暴いていく過程はやっぱり面白いです。
◆黒い白鳥 鮎川哲也 創元推理文庫
労使抗争の真っ只中にある紡績会社の社長・西ノ幡が線路際で死体で発見された。西ノ幡は東北線の陸橋上で殺されたあと、列車の上に投げ落とされ、カーブで列車の屋根から振り落とされたと見られる。警察の予想通りに翌朝白石駅で屋根に血の跡を付けた列車が発見された。その結果殺害時刻が割り出されたのだが、容疑者はすべて鉄壁のアリバイを持っていた。
最初に読んだのは高校時代。深夜の陸橋から投げ落とされる死体。闇の中で屋根に死体を乗せたまま疾走する列車。このイメージがかなり恐ろしかったです。
『砂の城』と共に時刻表トリックの双璧といわれている作品ですが、世間の評価はこちらの方が上なんですね。でも私としてはやっぱり『砂の城』の方を押したいです。
どちらのトリックも幾何学的な美の世界ですが、『黒い白鳥』のトリックは錯覚を利用したもので証言に頼っている。それに対して『砂の城』は純粋に時刻表に隠されたトリックで、掲載されている時刻表のみで解けるところがフェアだと思います。
謎解きとは関係ないので書きますが、この中にアフレコ風景が出てくるんですよ。OVAのおまけなどで見たことあるけど、この描写がとてもリアルで驚きました。昭和30年代の始めは外国のTVドラマが大人気で、第1次声優ブームの時代。吹き替えの声優さんに注目が集まっていたから、こういう描写が出てきたのかと思うと楽しかったです。
ご注意→【 いきなり4文字目に犯人の名前が出てくるというのも、読み終わった後で考えるとすごいですね。
でも労使問題や宗教関係をミスリードに使っているから、ここで犯人を出しておかないと、いきなり意外な人物が犯人として登場することになってしまう。それを考えると当然といえば当然なんだけど、最後に知多が登場することによって、その意外性が必然に思えてしまうところもすごいです。
おまけに36Pには謎解きとなる路線図も乗っている。 】
◆佐渡伝説殺人事件 内田康夫
徳間文庫
いきなり浅見光彦が殺人容疑で捕まってしまうという意外な展開。
浅見光彦は仕事の打ち合わせが遅れて、めずらしく深夜に帰宅することになってしまった。表通りで編集者の車を降り浅見家へ向かう路地を歩いていると、一人の男が倒れていた。近づいて声をかけたその時、ハイヒールの音が近づいてきて、そのまま気を失ってしまった。気が付いたところは警察署。それだけでも驚きだが、その上殺人容疑までかけられていた。
殺害されたのは会社役員の駒津良雄で、死体のポケットには「願」の1字を書いた紙片が残されていた。その後、駒津の友人の三輪昭二も佐渡島で殺されてしまう。そして佐渡島に「願」という地名の場所があることがわかり、事件との関係が注目された。
冒頭の展開だけでもわくわくなんですが、そこへ陽一郎兄が弟を貰い受けに自らやって来るのだから、兄さんファンにはたまりません(^^)
ストーリーは二転三転、意外な結末が冒頭にシーンにつながってくる展開で気に入ってる作品です。
◆後鳥羽伝説殺人事件 内田康夫 角川文庫
浅見光彦初登場の作品。20年前の作品にしては浅見家の人々のイメージが変わってないところは驚き。でも佐和子は忘れられてたけど。そういえば浅見光彦は博士課程終了してたんだっけ・・・
芸備線三次駅の跨線橋で若い女性が死んでいた。女性は正法寺美也子という東京からの旅行者で、当日福山から新幹線で東京へ帰る予定であった。しかし彼女はなぜか予約していた新幹線には乗らず、反対方向の三次駅で殺されていた。
美也子が急に予定を変更したのは旅の途中で出会った誰かと待ち合わせがあったものと思われるが、怪しい人物は目撃されていなかった。調べが進むうちに、彼女は学生時代にも同じルートを旅していて、しかもその時の記憶を無くしていた事がわかる。記憶を無くした原因は、旅の途中で宿泊した民宿が土砂崩れに合い、同行の友人が亡くなるという事件が起ったことであった。
このときに亡くなった友人というのが浅見光彦の妹の祐子。事件を知った浅見は調査に乗り出し、殺された女性の持ち物から一冊の本が無くなっていることに気付く・・・
時刻表の隙間をぬった跨線橋での殺人は、当時のミステリー界の雰囲気を感じさせて、あらためて面白かったです。これは最初からプロットを練ってあるのがわかりますね。あの伏線は・・・。
初登場とは言っても、浅見光彦の登場は途中からで、捜査の主体はあくまで警察。それも捜査の中心から外された刑事の単独行動で、浅見はそれに協力するという内容になっています。しかし伝家の宝刀を抜くところは例によって同じ。
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