第四夜
スタンドの四大定理
(後編)

 季子(きこ)は流れていた音楽を薄く聞こえる程度の音量に絞った。

「精密性はBを平均と考えている。遠隔操作型においてはB以上の割合は半分、50%だ。それに対して近距離型のB以上の割合は2/3、66%になっている」縫希(ぬうの)がメモを読み上げる。「ただし、僕の精密性の判定のしかたは形状によるところが大きい。人型で普通の人間ほどのサイズがあるなら、ほぼ無条件でB判定となる。逆にいえば、そこからA判定やS判定になるのは特別に抜きん出ているといえる。ちなみに自動操縦や暴走型はいれていない」

 季子はCDコンポの音量を調節した後、その場を離れず立ったまま縫希の話を聞いていた。

「そこで遠隔操作型と近距離操作型、両方とも人型のスタンドのみを選出して精密性を比べた。近距離操作型において精密性がA判定以上の割合は23%だ。約4〜5体に1体の割合だな。それに対して遠隔操作型の精密性A判定以上の割合は…」縫希は一拍置いた。「0%だ」

 メモにもう用はないのか、縫希はメモを指で弾いた。メモはしばらく宙を右に左に彷徨ったが丸テーブルの中央に、文字の書いていないほうを上にして落ち着いた。

「つまり遠隔操作型には精密性が抜きん出たスタンドはいないのね」

「いや、ゲブ神をAと判定している。人型ではないので外した」
 その時、三叉の燭台にささっている3本のロウソクのうち2本が燃え尽きた。1本きりになり部屋の明るさが格段に落ちた。黒のワンピースを身につけていた季子の姿は、まるで闇に溶け込むように見えなくなった。ワンピースのすそのあたりの赤のラインだけがボンヤリと見える。
「季子の言うとおり遠隔操作型の精密性は近距離型よりも劣る傾向にあるな」

「縫希、パワーとスピードと精密性は決して独立したものではないわ。少なくても縫希が判定しているパラメータはそうでしょ。スピードの無い精密性は意味がないし、パワーの無い精密性は無駄よ。動作がどんなに正確でも、それがスローなら優れているとは言えない。動作がどんなに正確でも、キーボード1つ叩けないようでは役立たずだわ。縫希が人型を精密性の基準としているのは、そういう汎用性も意識しているからでしょ…」縫希が頷くのを見て季子は話を続けた。「だからといって遠隔操作型スタンドが能力的に劣っているわけではないわ。遠隔操作型は精密性、パワー、スピードの換わりに遠隔視や長距離射程を獲得しているのよ」

「ふ〜ん…。実は僕はそこらへんのところは漠然としか考えていなかったんだ。第3の定理をまとめてみよう…。『スタンドの射程距離とパワー、スピード、精密性は反比例する傾向にある』というところだな」

「続いて第4の定理に行きましょうか。確か『スタンドはスタンドのみ接触可能である(ただしスタンドが物質と融合している場合はこの限りではない』だったわね」

「そうだ、だけど例外がある。「スタンドの効果を受けた物質はスタンドに影響を与えることができる」。これはスタンドが単に接触した物質がスタンドに影響を与えられるというワケではない。スタンド能力の一種と考えるべきだろう」縫希は予備のロウソクを1本持ってきて燭台にさしながら話を続けた。「例としてはセックス・ピストルズの弾丸だ…カルネ死亡前のノトーリアス・B・I・Gが銃創を受けている。これはピストルズの触れた弾丸がスタンドに影響を与える事ができるようになったと考えられる。また、銃を使用するという意味で同じタイプの能力であるマンハッタン・トランスファーの弾丸も恐らくスタンドに影響を与える事ができると僕は推測している。ジャンピン・ジャック・フラッシュの弾丸もスタンドではなくボルトやナット等だし、プラネット・ウェイヴスの隕石もスタンド効果を受けた物体だ」

「そう言われればそうね」

「ところでスタンドと物質の接触で関連するのだけれど、僕の考えではスタンドは普通の状態では物質と接触しない、物質とは透過する。物質と接触するためにはスタンド使いが「接触する」という意志を持つ事で物質に触れられる。ただし、ラヴァーズとの戦闘において示された事だが、あまりにも厚い壁などは透過できない。このことから透過できると言っても物質は微小な抵抗力を持っていると推測する」マッチを擦り、ロウソクに灯をともした。再び季子の姿が浮かび上がった。ダイヴァー・ダウンの能力はこの抵抗を全く受けない事だろう、もちろんスタンドの透過抵抗も含めてだ」

「そうね。でも、ダイヴァー・ダウンの能力の真髄は「潜行」することではなく「潜行しながら接触できる」ことよ」

「「潜行しながら接触する」…」
 縫希は季子の言葉を繰り返した。

 季子は丸テーブルの縫希の対面に戻り、緩やかに座った。
「そうよ…「接触」と「透過」を使い分けることは当たり前のスタンド性能だけれど、「接触」と「透過」を同時にコントロールする場面は驚くほど少ないわ。いえ…皆無と言ってもいいわね」

「…承太郎が自分の心臓を止めた場面と……後は何かあったかな」

「そう、あの場面はよく検討すればかなりの精密性が必要だと解かるわ。まずスタンドを透過モードにして体内に潜行。心臓の正確な位置に手を配置する。そして心臓停止に必要な部分だけを接触モードにする。波紋でもくっつく波紋とはじく波紋の2種類を同時にコントロールすることはかなり難しいことだったわ。そういう意味で、接触と透過を同時にコントロールできるスタープラチナとダイヴァー・ダウンが精密性S判定なのは必然なのかもしれない」

「ふぅむ…なるほど。それじゃあ、第4の定理をまとめてみよう。『スタンドはスタンドのみ接触可能である。ただし、スタンド能力の効果を受けた物質はその限りではない』。このスタンド能力の効果には「融合」も含まれる。どうだい?」

「良いと思うわ。検討した四大定理をもう1度挙げてみましょう」

「うん。

(1)スタンドは必ず本体を持つ。ここでいう本体とはスタンドを生み出した者、及びスタンドに生命エネルギーを供給している者を指す。両者が明らかな場合は前者を優先する。
(2)スタンドは1人一能力である。
(3)スタンドの射程距離とパワー、スピード、精密性は反比例する傾向にある。
(4)スタンドはスタンドのみ接触可能である。ただし、スタンド能力の効果を受けた物質(融合を含む)はその限りではない

 今後はこの定理を使用していこう。オリジナルの四大定理と区別するためにこの定理に名前を付けようと思うんだ。カッコイイやつを!」

「良いとは思うけど……何てつけるの」

「『ビッグ・バング・セオリィー』とするよ。スタンドの根本を司る定理だから、宇宙起源の爆発とひっかけたんだ」

「大袈裟ねぇ…」
 季子はアメリカ人のようにわざとらしく大きく肩をすくめた後、クスッと笑った。




(第四夜 終)