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展覧会の紹介

ビデオレター
「sapporo映像短信」
2003年1月25、26日(土、日)
屋台劇場まるバ会館(南区澄川4の7)

 札幌在住の映像作家、伊藤隆介さんと吉雄孝紀さんが、偶然同時期にデジタルビデオカメラを買ったのを機に、毎月1本ずつ交換しあった映像書簡を公開した。

 札幌における自主制作映画の上映拠点である「屋台劇場まるバ会館」の、吉雄さんは支配人、伊藤さんは広報宣伝部長という間柄でもあり、さらに伊藤さんは、道教大助教授として後進を指導する一方で、実験的な映画やインスタレーションの制作などでも活躍している。

 いわゆる劇映画とはちがい、日常生活からしみでる哀歓のようなものがただよう佳作となった。端的に言って、切ないのだ。40を目前にして、ふたりがお互いの頭髪の薄さをわらいあう場面があったけど、筆者にはわらえません。なんか、失礼になっちゃう気がして。

 伊藤さんの映像の冒頭、8ミリカメラのおもちゃが登場する。手動のハンドルをぐるぐるまわしながらのぞくと「スターウォーズ」の一場面がたのしめるという趣向だ。こういうのを見ていると、彼が高校時代につくった実験アニメ「カリ・コンサート・イン・スターウォーズ」を、どうしてもおもいだしてしまう。

 あるいは、おなじ映像で、山手線の車窓から、ならんで走る京浜東北線を延々とうつしている場面がある。

 これは、東京のことをよく知らない人には、いったいなにごとかと思うでしょうが、この両線は、品川−東京−上野−田端間、ずっと隣り合ったレールを走っているのです。そんなに大勢乗客がいるというのが東京のすごいところ。

 音声は、車掌のアナウンスにまじって乗客の英語が聞こえ、いったいここがどの国かと思ってしまうほど。それはともかくとして、山手線は環状線だから、何時間乗っていても「どこにも行けない」電車である。

 この「どこにも行けない」という断念の感情は、伊藤さんの映像全篇に色濃くあらわれているように思う。韓国の地下鉄の映像が、いつのまにかニューヨークの電車の映像につながってしまう場面もふくめ、わたしたちはどこへでも行くことができるのに、それは、ほんとうの“脱出”になっていない−。そういう一種の失意にも似た思いというか、無常観のようなものを、どうしても読み取ってしまう。映像自体は、感傷を排して淡々と進んでいくのだが…。

 さて、この、いささか単調な山手線映像につづく吉雄さんの映像が見事。電車のおもちゃがループ状の線路をぐるぐる周回している場面なのだ。ときどき、ドアが開いて、坊やが乗り降りするようなそぶりを見せるし、「次は終点…」というアナウンスも流れるけれる楽しいおもちゃなのだが、それでも「どこにも行けない」という閉塞感を投影するに足るおもちゃであることもまた事実だろう。

 吉雄さんのほうが、美人の奥様とかわいいお子さんの映像がときおり挿入される上に、PR映画の撮影とか映画教室といった「いかにも仕事」という情景があるので、なんだかほっとさせられたりもするのだが、それでも
「いったい自分はなにをしてるんだろう」
「ぼくたちはどこへ行けたんだろう」
という自問は、いつまでも終わらない地下鉄南北線の車窓の夜景(南北線の南平岸−真駒内間は高架を走るのです)とともに、通奏低音のようにひびいているのだ。

 それでも、人生はつづく。

 あるいは、人生はいつか終わる。かならず。
 筆者は、昨年9月の丸山隆さんの葬儀のとき、カメラを手にした伊藤さんの姿を目撃した。そのときの映像も、挿入されている。

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