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豊平区豊平2の2つれづれ日録の題字20035,6

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 6月29日(日)

 やすみ。あーとだいありーは更新なしです。
 好天続きだった6月の札幌ですが、下旬は曇りの肌寒い日がつづき、これはこれで北海道の夏らしいとおもう。


 6月28日(土)

 あしたのNHK教育テレビ「新日曜美術館」の特集は、河鍋暁斎です。幕末から明治初期に活躍した天才絵師で、筆者に言わせると、ドーミエなんぞ彼の足元にもおよびません。お時間のある方はぜひ!

 6月27日(金)

 ギャラリー回りの途中で便意を催すことの多い日。めったにないことなんですけど。それで気づいたのは、いま、洋式の便器が多いんですね。個人的にはあまり好きじゃないけど。

 6月26日(木)

 今週は、会社で、エルス(els=編集者レイアウトシステムの略)という機械(パソコンソフト)の操作をやらされている。これまで整理部と制作部で分担していたレイアウト作業を整理部だけでできるようになるわけだから、合理化なのである。なんだか、機械につかわれているみたいなところもあるけど、オレが経営者ならやっぱり導入するよなーと、みょーに納得したりする。ただ、会社でも家でもパソコンとにらめっこなのは、ちょっとつかれる(って、家ではかってにやってるだけでしょ、と言われそうですが)。

 6月25日(水)

 やすみ。
 疲れがたまっているのかいくら寝ても寝たりない。
 午後になってエイヤっと外出。ふしぎなことに、ギャラリーを回っていると元気が出てくるのであった。
 TEMPORARY cafeで詩人の笠井嗣夫さんに会い、最新詩集「ローザ/帰還」(思潮社)を頂戴した。途中まで読んだが、これはすごい!
 夜はS-AIRで話し合い。来年3月の展覧会について。

 あーとだいありー、24日付と25日付を更新。

 6月24日(火)

 仕事がいそがしく更新がとどこおっております。
 とりあえず、スケジュールだけ更新しました。
 また、「展覧会の紹介」の「素−そのやわらかなもの」が読めないという指摘がありまして、もう一度アップしておきますm(__)m

 6月22日(日)

 39歳の誕生日。
 家族が「おめでとう」と言ってくれるのはうれしいが、死に一歩ずつ近づいていくのがどうしておめでたいのかわからんと思う筆者はひねくれているだろうか。
 ちなみに、タレントの阿部寛さんと筆者はまったくおなじ生年月日である。
 その事実を知った筆者の母は、筆者の顔をまじまじと見て
「ごめんねえ」
と言った。どういう意味だ。

 美唄、滝川、旭川、上砂川とドライブ。たいへんな好天。
 締めは平岡の味覚園で焼肉。1日300キロを超えて走ったのはひさしぶり。つかれて、早々に寝てしまう。
 アルテ・ピアッツァ美唄は、もう何度目になるかわからない。いつ来ても、なごめるところだ。「安田侃の世界」展開催中とあってか、いつになく混雑していた。
 展示作品はいつもとおなじようだが、写真パネルが旧教室にならんでいた。
 ただ、アルテ・ピアッツァと同居している幼稚園が運動会で、ずっと音楽がながれていた。それも「嵐」とか「モー娘。」のカラオケ。雰囲気ぶち壊しではあるが、運動会だからしかたがない。
 それより、運動会のBGMといえば「クシコスポスト」とか「ジェンカ」じゃないんだろうか。

 7月3日は午後2時まで天皇ご夫妻来訪のため一般の人は入れないそうである。
 そういうことのために当日足止めされる人が気の毒だし、どこへ行っても一般の人が遮断された状態の施設や観光地しか知ることのできない皇族もまたお気の毒という気がする。


 6月21日(土)

 ニセアカシアの花が落ちて、舗道の上を染めている。「アカシアの雨」とはこういうことなのかしらん。
 今夜は、めずらしい霧の夜です。

 北海道開拓記念館から「講演会のお知らせ」のはがきがきた。
 「蝦夷地のアワビ、中国へ」
 29日午後1時半から道庁赤れんが庁舎でひらかれるとのことである。
 27日−8月17日に記念館でひらかれる特別展「北・貝・道−海と陸と人びと−」の関連行事である。
 たしかに、筆者はアワビが好きだ。
 でもなあ、どうしてこんなはがきがくるんだろう。
 とりあえず、美術ネットとアワビって関係なさそうだしなあ。
 ということで、表紙やスケジュール表に載せるわけにもいかず、ここで告知ということにします。

 6月20日(金)

 朝刊各紙に文化庁の国語調査の結果が出ていましたが、「確信犯」の意味、筆者もとりちがえておぼえていました。反省。

 6月19日(木)

 朝7時55分出発、帰宅午後10時。
 よって、あーとだいありーは更新しません。

 ベッカム選手来日。彼が移籍するレアル・マドリードというチームは、フィーゴとジダンとロベルトカルロスとラウルがいるそうで、サッカーにあまりくわしくない筆者でも、これは有名人を集めすぎだということがわかる。へたなナショナルチームより強いやん。

 6月18日(水)

 朝から仕事の日と、夜勤の日が不規則にやってくるので、生活パターンが壊れている。
 17日は午後1時起床、夜はハヤシライスを食って、満腹で眠たくなって同9時半に寝てしまう。
 18日は午前0時半に置きだして、このサイトをシコシコと更新。朝から仕事へ。
 帰宅後、午後10時すぎにパソコンの前でうとうとし、そのままねてしまい、いまは19日午前5時だ。

 18日の読売朝刊だったとおもうが、新日本文学会が2年後をめどに解散するという短信記事が載っていた。
 終戦直後、中野重治らが編集にたずさわり、その後日本共産党の影響下を離れて進歩的文学者のよりどころとして月刊誌「新日本文学」を出していた。
 しかし、中野をはじめ野間宏や井上光晴ら進歩的文学者の多くが鬼籍に入った。新日文に掲載された小説が新聞の時評などに取り上げられることもなくなっている。いま新日文の代表はふたりいるはずだが、ひとりは美術評論家の針生一郎氏である。
 時代のうつりかわりをしみじみ感じる。

 6月17日(火)

 朝刊と夕刊のはざまの、“なんちゃって休み”。
 午後から車で、芸術の森美術館へ。
 サンルーフをあけて走ると、エゾハルゼミの大合唱があちこちで聞こえてくる。
 緑はいよいよ濃く、ポプラの綿毛が雪のように舞い、札幌のいちばんいい季節になったとつくづく思う。
 芸術の森からは、有明、大曲、北広島を通り、野幌森林公園の東側の道道江別恵庭線を走って、江別市陶芸の里セラミックアートセンターへ。55分かかった。この移動は自家用車でないと、相当むつかしいだろうな。
 ここから三番通、米里を経由して、都心までは35分ほどだった。

 6月16日(月)

 今月から地下鉄などの駅のプラットフォームが全面禁煙になった。
 「健康増進法」の施行にともなう措置だとかいうが、イヤな法律だね。べつに不健康だって、人にめいわくかけなきゃいいじゃん。
 喫煙者を締め出すのも「そこまでしなくたって」って気がするよ。なんか、健康ファシズムみたい。
 だいたい、ここまで喫煙が排除されるようになってきたのは、もちろん受動喫煙の危険性があきらかになってきたとかいろいろ理由があると思う。ただ、原因としてだれも指摘してないのは、世の中の清潔志向じゃないか。
 30年前を思い出せば、道路の半分はまだ舗装されてなくて風が吹くと砂埃が舞ったし、便所は汲み取りのため臭かったし、魚屋に行くとハエが飛び、農村は肥料のにおいがして、ようするに感覚的に不快なことはいまよりはるかに多かったのだが、そんなことに人々はいちいち目くじらをたてていなかったのだ。日本社会の無臭化・清潔化がすすむなかで、タバコの煙の「耐えがたさ」が相対的にクローズアップされてきたってことじゃないのかなあ。
 あ、ちなみに、筆者はタバコはのみません。

 ギャラリーまわりができなかったので「あーとだいありー」の更新はありません。

 6月15日(日)

 仕事。
 北海道神宮のまつりで、マチがなんだか浮き立った気分。
 昼間の気温は22度なのに、女の子たちはゆかたやノースリーブで精いっぱい夏を味わおうとしている。


 6月14日(土)

 休み。日帰りで道立帯広美術館などへ。
 このときの様子はのちほどアップします。

 6月13日(金)

 本郷通のギャラリー喫茶仔馬の帰り道、南郷通8の文教堂書店(古本屋)に寄る。音楽雑誌のバックナンバーがますます充実している。美術関係では、伊藤隆介助教授(札教大)、久米淳之学芸員(道立近代美術館)一押しの「アートディーラー」があった。

 6月12日(木)

 自宅からバスに乗って幌平橋で下り、そこからJRバスに乗り換えて、旭ケ丘へ。
 たいして本数の多くないバスの乗り換えがスムーズにできるのは、札幌市の公共交通の、全駅・停留所のダイヤを網羅したサイトで、事前に調べていったから。これはべんり。

 6月11日(水)

 イスラエル軍がハマス幹部を暗殺しようとして失敗、3歳の女の子を含むふたりを巻き添えで死亡させた。
 案の定ハマスは報復の自爆攻撃をエルサレムで決行。すぐさまイスラエルはガザをヘリコプターで空爆、民間人など6人を殺傷した。
 ブッシュ米大統領はイスラエルによる暗殺失敗については「困惑」を表明したにとどまったが、ハマスの報復自爆テロについては強い調子で非難した。いつものダブルスタンダードだ。
 ハマスが戦闘継続を明言していたのはたしかだが、先日の首脳会談以降はこれといった行動を起こしていない。そんななかでわざわざ越境してハマス幹部の殺害を狙ったイスラエル軍のやり方およびタイミングは、ロードマップを危機に陥れる意図を持ったとしか思われない、最悪のものである。
 日本の新聞では、ハマスが自爆なので「テロ」と称され、イスラエル軍の攻撃は「テロ」と言われないが、やっていることはおなじである。敵対する組織の幹部だからといっていきなり殺害していいはずがない。つかまえて裁判にかけるというのが世界の常識である。まして「自治区」内でそんなことを勝手にやってよいわけがない。
 イスラエルが、ロードマップを履行する気のないことがこれではっきりした。あんなにイスラエルにとって「甘い」ものであるにもかかわらず。 

 6月10日(火)

 S-AIR(札幌アーティスト・イン・レジデンス)の実行委が道立近代美術館で。来年3月に、S-AIRとしては初めての大規模な展覧会が美術館で開かれるので、その打ち合わせなのだが、いつから筆者は実行委員になったのだろう? じぶんでもわからなかったりする。

 「ギャラリースケジュール」のページは、▲をクリックするといちばん上まで戻るようにしているが、なんと1月のページにとんでしまうことが判明。なおしておきました。

 6月9日(月)

 ギャラリー山の手(西区山の手7の6)に行ったら、作家の丸藤信也さんと、友人の画家の木嶋良治さん、版画家の矢崎勝美さんに会い、国道5号までぶらぶらあるく。
 木嶋さんは一度、中村善策さんといっしょに小樽の公園で絵を描いたことがあるそうだが
「イヤーあの人はすごいわ。角サン(サントリーの角瓶ウイスキーのこと)飲みながらかいてるのな」。
 3人とも60代半ばで、「トシをとった」などといっているが、お元気です。

 リンク集で、アルテピアッツァ美唄が「アルテピアッツア美唄」になっていたので、訂正しておきました。

 6月8日(日)

 起床午後2時。
 ハンドルネームを「ねむいヤナイ」から「寝すぎヤナイ」にあらためなくちゃならないな。
 異例のやりなおしとなった札幌市長選は民主党など支持の上田文雄氏が当選。


 6月7日(土)

 顔にドーラン塗った人たちに会いたくなかったし、「ソーラン、ソーラン」の大音響も聞きたくなかったので、わざわざバスで真駒内まで行き、そこからバスを乗りついて西11丁目で下りてコンチネンタルギャラリーと札幌市資料館をまわり、市電でFree Space PRAHAへ向かう。
 そこでひらかれた「腕に覚えあり」については、あーとだいありーに書きました。
 学校の枠を超えて若手(17−23歳くらい)の交流ができたのは、ほんとに良かったとおもいます。ここから、あたらしいグループ展やムーブメントの芽が出てくるかもしれません。
 グループ展をやるときは、akaさんに相談したら「アートスペース201」の賃料がすこしやすくなるかもしれません(なんて書いたら、おこられるかな)。

 6月6日(金)

 さがしていたマンガ、「ロッキン・ラヂヲ」(和田ラヂヲ)が、会社のE氏のおかげで、やっと手に入った。
 数年越しで捜索していたのだが、じつは、中味は、ロックシンガーのベックが
「ベックオーライ」
と言っていたり、
「レスリーマッ公園」のスピーカーから
「S、A、T、U、R、D、A、Y,ナイッ」
という声が出てたり、脱力するほどのくだらなさで、うれしくなった。

 有事関連法が成立した。

 6月5日(木)

 会社の健康診断が大誤算。
 1時間以上かかってしまい、見に行くはずだった展覧会も行けずじまいに。

 角川書店が「NPO」などを商標登録したことが話題になっている。
 なにか意味があるのだろうか。
 もし角川が、その名もずばり「NPO」という題の雑誌を創刊すれば、だれも同一の誌名の雑誌を出すことなんかないと思う。
 当の角川が「俳句」「短歌」という雑誌を出していることからも分かる。後発の社は「俳句朝日」など、いくらかちがった誌名で発刊せざるを得ないのだ。

 藤田省三さん歿。
 日本の戦後思想をになった人々が亡くなっていきます。

 6月4日(水)

 朝早くせがれに起こされる。
 昼寝をしていたらつい寝すぎてしまい、かえって眠くなる。われながらアホだと思う。

 6月3日(火)

 またまた更新前に寝てしまう。
 仕事は午後9時まで原稿がほとんど来ず、ヒマで眠ってしまいそう。だからといって、新聞制作時間がそのぶん遅くなったりすることは、絶対にない。ようするに締め切り前の短い時間にしわ寄せが来るのだ。

 夜、会社から帰るとき、信号待ちで、となりの車線に、或る会社の軽自動車がとまった。
 ドアに、社名と住所が書いてある。
 「豊平区月寒3条9丁目」
!?
 そんな住所、ないぞ。
 「月寒」というのは「月寒西」か「月寒東」のどちらかだと思うのだが。
 それにしてもじぶんの会社の住所を間違うかな、ふつう。

 6月2日(月)

 左上の写真、飽きたので変えてみた。豊平2条にあるアパートだ。
 豊平2条通については、いずれ紹介してみたいと思っている。左のアパートも、ネーミングがすごい。
 左の写真は、水たまりに、その堂々たる名前が反射しているのが気に入っている。
 「明」と「住」の文字の間にある窓も気になる。屋根裏に誰かいるのか。

 「あーとだいありー」のレイアウトを今月から変えてみた。
 このほうが読みやすいと思うのだが、ご意見をお寄せください。

 6月1日(日)

 休み。
 となると眠いのだった。更新もサボる。


 5月31日(土)

 めずらしく夕刊単発。といっても午後2時半ぐらいまで会社にいて、それから三越、アートスペース201をまわり、FABカフェで珈琲を飲み、クリエイトフォトギャラリーに入ろうとしたらもう展示替えになっていて、コンチネンタルギャラリー、札幌市資料館を見て、東西線に乗ってバスセンター前で下りて、札幌市写真ライブラリー(サッポロファクトリー)に寄ってから帰宅。 

 5月30日(金)

 休み。
 といっても、29日は朝刊で夜2時過ぎまで会社にいて、31日は夕刊作業のため朝から出勤という「なんちゃって休み」だけど。
 夕方、マイカーで2軒だけまわる。
 どちらも作者の方から興味深い話をいろいろうかがえて良かった。

 「あーとだいありー」に書けなかったが、斎藤周さんは、キリンビールの主催した、「ハートランドビール」をテーマにしたグラフィクスのアワードに応募して入賞し、長野県の脇田美術館で展示されているという。
 キリン・ハートランドビールは筆者も好きなので、ちょっと話が盛り上がった。
 このビールが発売されたのはたしか1986年。この少し前に、「ビール容器競争」というのがあり、ピコピコと音の出るたる型容器などを各社が競って発売していた。また、この直後からいわゆる「ドライ戦争」がはじまる。言うまでもなく、アサヒがスーパードライを大ヒットさせてビールの流れを変え、各社がいっせいに追随したもののほどなくして撤退したのである。
 ハートランドビールは、このふたつに挟まれてひっそりと世に出た、ちょっと不憫なビールである。
 しかし、うまい。「朝の空気のようなさわやかなビール」である。ただ軽いだけではなく、味はしっかりしていて、泡がきめ細かい。
 いま話題になっている六本木ヒルズのあったあたりに、ハートランドビールのビヤホールがあったのを思い出す。再開発の途中なので周囲は都心にもかかわらず空き地があったり、古い民家を改造したギャラリーがあったり、ふしぎなたたずまいの一帯だった。

 清田の古書店、伊藤書房に初めて寄る。
 文庫、コミックスが多いが、美術評論、文学など硬い人文書や郷土関連も充実していて、なかなかおもしろい。
 すでに持っているので買わなかったが、堀淳一さんの「サッポロこぼれある記」(そしえて)があった。廃線、川の源流、地図などテーマごとの本が多い堀さんにはめずらしい、地元サッポロにしぼった本。札幌の堀ファンにはおすすめです。

 5月29日(木)

 パソコンの処理速度が急におそくなったのか、掲示板がなかなかひらいてくれない。レスが遅れていますが、ごめんなさい、こういう事情なんです。

 星野伸之著「真っ向勝負のスローカーブ」(新潮新書)を読んだ。
 ときには時速80キロというメチャ遅のカーブで相手打線をいつのまにか打ち取っているオリックスの元エース星野投手は、旭川出身。
 近年の道産子プロ野球選手の代表格だった。
 とにかくプロ野球史上もっとも球が遅い投手のひとりだったことはまちがいない。
 この本を読んで、体力だけで勝負してそうな野球選手が、じつはあたまをものすごく使っていることがわかった。こりゃ神経すり減るなあ。
 読みをフル回転させて打者に立ち向かい毎年コンスタントに二桁の勝ち星を挙げていた星野投手もすごいが、こんな、甲子園にも出ていない投手をスカウトしてきた人もえらいと常々おもっていた。
 そしたらけさの道新に、このスカウトのことがちらっと出ていた。当銀秀崇さん。三笠出身で札幌商業から阪急(オリックスの前身)に入って代打の切り札として活躍したという。

 5月28日(水)

 札幌の各所でライラックが真っ盛り。
 大通公園などは文字通り花の匂いでむせかえるよう。なんだか香水工場みたいだ。いつもの年にもまして香りがきついように思えるけど、これは気のせいだろうか。

 5月27日(火)

 2週間ぶりぐらいで雨が降った。
 そのせいではないだろうけど、雨があがったあとで、ひさびさに青空というものを見た。舗道の上にじぶんの翳がくっきりうつるのが新鮮だった。

 5月26日(月)

 仕事はやすみ。
 例によってうたたねしてばかりで、なにもできず。
 夕方、東北で震度6弱の地震。子供を小児科に連れてゆき、その帰り道の時間帯だったので、気づかなかった。

 5月25日(日)

 長いこと雨がふっていない。
 そのかわり、青空をひさしく見ていない。星も。
 昼間は毎日空が白い。これもシベリアの山林火災のせいなのだろうか。奇妙としか言いようがない。


 5月24日(土)

 読売新聞夕刊、土曜日に載っている「芥川記者の展覧会へ行こう」が毎週たのしい。今週の書き出しは

「ここだけの話ですが、美術の世界というのは、けっこう複雑なところです。
 日本画や洋画の「画壇」とよばれる場があり、現代美術という分野もあって、まったく別の世界です。
 おたがい知らん顔している。現代美術の人は、画壇を時代おくれの世界だと思い、画壇の人は、現代美術を理屈っぽくてむずかしい世界だと思っている」

 世界最大の発行部数を誇る新聞に「ここだけの話ですが」というのがゆかい。
 芥川さんは続けて書いている。
「でも、私のような一観客には垣根は関係ありません。日本画にも洋画にも現代美術にも、自分にとっておもしろい、切実なものがある」
 まったく同感であります。

 5月23日(金)

 しごとがいそがしく、疲れて帰宅後ねてしまい、「あーとだいありー」とこの日記は、翌24日の昼に書いている。

 山川真一さんに聞いた話。
 富士フォトサロン新人賞を受け、富士フォトサロン札幌(中央区北2西4、札幌三井ビル別館)で写真を展示していた岡田敦さんは、山川さんの甥とのこと。
 うーむ、奥さまも画家だし、娘さんは昨年の道展で協会賞を受けているし、芸術一家なんですねえ。

 5月22日(木)

 昨夜は2時就寝。けさは6時に起きた。
 夕刊1面から地方版への通し勤務。
 きょうの空き時間は、三岸好太郎展を見に、道立近代美術館と三岸好太郎美術館をはしご。
 この展覧会については、近日中に「展覧会の紹介」にアップします。

 気象台的には「晴れ」なのかもしれないが、青空を薄雲がかくしている日々が長いことつづいている。ただし、雨もほとんど降らない。
 きょうは雲を通して見えた太陽がいやにオレンジ色だった。三岸好太郎美術館の庭をあるいていると、オレンジ色のまだらが地面にうつっている。木々の若葉を透して見える光線がオレンジ色なのだ。土の上にいろいろな色があるなんて、なんだかおもしろい。

 3月以降の「展覧会の紹介」の「前のページ」「次のページ」のリンクがずれていたので、大幅に修正しました。

 5月21日(水)

 夕刊2面から地方版。
 いわゆる“通し勤務”といわれる日で、午後2時ごろから5時半過ぎまでが空き時間となる。
 この時間をつぶすのに苦慮している同僚もあるが、筆者にとっては絶好のギャラリーまわりの時間である。
 きょうは、札幌時計台ギャラリー(中央区北1西3)で2時間も作品を見て作者と話をしたので(ただし、かわばたさんのところはお客さんがいっぱいだったのであいさつだけして出てきた)、ほかにはギャラリー山の手(西区山の手7の6)ぐらいしか行けなかった。
 ギャラリー山の手には、バス代と時間節約のため、「西区役所前」からあるいた。12分くらいで着いた。

 それにしても、お金はともかく、だれか時間を分けてくれないかなあ。

 5月20日(火)

 尹東天さん(ソウル在住)の個展のオープニングパーティーに顔を出した後、S-AIRの事務局でアーティスト・イン・レジデンスの作家えらび。東西線の東札幌でおりてあるいたが、いつまでたってもつかない。おかしいなと思って前を見たら国道12号の陸橋が…。反対方向にあるいていたのだった。
 札幌のアーティスト・イン・レジデンスは年々知名度がアップして世界各地からの応募数が増え、えらぶのも一苦労。国立美術館で展覧会をやった人とか、国際美術展に出品した人などもふるい落とさざるを得ないのがつらいところ。
 6月にはいれば、事務局から作家の発表があると思います。

 5月19日(月)

 S-AIRの事務局で、レジデンス作家の資料を読む。
 そこで聞いた話ですが、アサヒ・アート・コラボレーション「わたしのお宝交換プロジェクト」お宝募集のお宝があまりあつまっていないそうなので、興味のある方は
http://www.iacnet.ne.jp/~sair/asahi/otakara
をどうぞ見てください。
 ギャラリーまわりをしていないので、あーとだいありーの更新はありません。

 5月18日(日)

 地下鉄南北線澄川駅のプラットフォームの中央附近で新聞を読みながら列車の到着を待っていたら、いちばん前のほうで
「わー」「きゃー」
という悲鳴が上がった。
 女性が地下鉄に飛び込んだらしい。
 運転手が青ざめた顔つきで、地下鉄の最前部にいる人に向かって
「もしもし、もしもし」
と繰り返している。
 むろん、返答はない。
 どこからか警備会社の男性があらわれ、最前部に人が近づかないようにしている。
 筆者もいちおう新聞記者なので、現場にちかづいて事情を聞こうかともおもったが、たんなる自殺ならみじかいベタ記事にしかならないので、やめにした。
 運転手と、ほかの交通局職員、警備会社職員らが、目撃者から事情を聞いている。
 南北線は全線で運転を見合わせた。
 数分後、急停止した列車の戸を駅員が手でひらいて、乗客の誘導を始めた。
 筆者もプラットフォームを離れることにした。
 それにしても、澄川から中心部に行く手段がない。
 駅を出ると、消防の工作車がサイレンを鳴らしながら駅へと近づいていく。
 まっすぐ西にあるいて、ミュンヘン大橋をわたり、石山通からじょうてつバスに乗ることにした。徒歩で20分以上かかった。
 それにしても、自殺は、かなしむ人がいるし、迷惑にもなるからやめたほうがいいと思う。

 何年か前、平岸駅で人身事故が発生したときには、駅前から都心まで無料バスが出た。
 その後、バスがどんどん民営化しているので、札幌市交通局は代替バスを出そうにも出せないのではないか。これは意外な民営化の盲点であった。
 また、飛び込み自殺の遠因として、プラットフォームに駅員が配置されていないことが挙げられる。
 これも、経費節減のためだと思うと、札幌市交通局が莫大な赤字を出しているため致し方ないとはいえ、なんだか悲しくなる。


 5月17日(土)

 創成川の白いライラックの花がそろそろ開いてきているようだ。

 5月16日(金)

 子ども二人連れて小児科へ行く。

 アクセス数が7万を突破しました。みなさん、ありがとうございます。

 5月15日(木)

 写真雑誌「Photo Pre」、丸善札幌店で見かけました。
 雑誌売り場ではなく、美術書のある3階です。

 5月14日(水)

 ふたたび休み。
 「お言葉ですが…広辞苑の神話」、あまりにおもしろいので、あっという間に読了。これほどたのしく、日本語について教養の深まる本はめったにあるものではない。

 5月13日(火)

 朝から仕事。昨夜あんなに早く寝たにもかかわらず、家人から起こされたのは朝6時半。
 午後2時にいったん仕事を切り上げ、6時までギャラリーまわり。
 まず、アートスペース201に行き、すすきのから市電に乗って中央図書館まで本を返しに行く。
 本を返したら電車内で読むものがなくなってしまったので、ちかくの札幌東急ストアで文春文庫の「お言葉ですが…広辞苑の神話」(高島俊男著)を買う。
 ふたたび市電に乗り、山鼻16条で下車。Free Space PRAHAで、飲食チケットを入手。
 近くにはチケットを使える店がないので、円山方面へ。啓明バスターミナルにとまっていた「円山公園駅行き」バスに乗ったら、ほどなく発車。
 いろいろと寄るところがあるのを思い出し、南5西21で下車。ギャラリー紀、ギャラリーミヤシタへ。
 カフェルネの前を通りがかったら、まだ橋本尚美さんの版画が展示してあった。
 南5条通りは桜がきれいである。
 それから、青玄洞、エルエテギャラリースペース、カフェエスキスの順に立ち寄った。
 エルエテでは、「Photo Pre」(窓社)3号を買った。このおもしろい写真雑誌は、札幌ではエルエテでしか見たことがない。 ▲(追記) 鈴木涼子さんの傑作「アニコラシリーズ・汗」がカラーで7ページにわたって掲載されている。風間健介さんも1ページ載っている。
 エスキスでおいしい珈琲を飲みながら気がついた。月菴に寄ってない。きょうで終わりだ。でも、もう会社にもどらなくてはならない。
 帰宅11時過ぎ。ビールを飲みすぎてサイトの更新中止。

 5月12日(月)

 休み。ほとんど昼寝ですぎてしまった。夜も9時にねてしまう。

 5月11日(日)

 仕事。石狩市長選の地方版をつくる。
 なぜか今週は時間がとれず、原田ミドー展など見逃してしまったものもある。「あーとだいありー」の文章量がへっているわけではない。ということは、やはり春になって展覧会の数自体が増えてきたのかな。


 5月10日(土)

 咳がひどく、映画会に行くのはあきらめました。
 最終日のあすに、見るのを持ち越した展覧会多数。書こうと思っていながら書けていない文章も山のようにある。どうしてこんなにいそがしいんだろう??

 5月9日(金)

 あーとだいありーですが、まだ書き残しがあります。
 伝統工芸新作展、11日まで。各日午後1時から作品解説がおこなわれています。

 急に寒くなり、どうやら風邪をひいた模様。やれやれ。

 5月8日(木)

 6日は休みだが、市内のギャラリーをいくつかまわった。7、8日は仕事。
 とにかく見るスピードに書くスピードがおいつかない。
 とりあえず、いったんアップします。

 5月5日(月)

 こっそり鹿追と帯広に行ってきた。
 「あーとだいありー」のほうもこちらも、更新が追いついていない。すいません。
 それと、表紙の、道立函館美術館の映画会の日程がずっと誤記されてました。これも関係者の皆様におわびします。

 5月4日(日)

 家族とドライブのため、あーとだいありーの更新はありません。

 道内各地で、たくさんのこいのぼりをあげるのが流行しているようだ。
 よく知られているのは、札幌・定山渓温泉だが、川をまたいでこいのぼりを泳がせるのは、札幌・精進川、小樽・勝納川などでもおこなわれている。
 きのうびっくりしたのは、北広島の国道274号沿いで、建築用クレーンを空高く上げ、そこからひもをわた精進川をまたいでとりつけられたこいのぼりしたひもに20匹以上が泳いでいたこと。壮観だった。
 写真は、精進川のこいのぼり。豊平区澄川4の9と、南区真駒内東町1をまたいで取り付けられています。


 5月3日(土)

 パレスティナでアッバス内閣が成立した。
 とにもかくにも米国の圧力のもと、パレスティナ自治政府は和平の道を選択しつつある。
 しかし、過激派はテルアビブで自爆テロを決行し、3人が死んだ。
 それに対しただちにイスラエル軍が報復。幼児をふくむ12人が殺害された。
 ニュースでは「自爆テロ」のほうが目立つという印象をもつ人がいるかもしれない。しかし、イスラエルはかならずといっていいほどガザなどに侵入し、ハマス幹部のみならず附近住民を巻き添えにし、倍の人間を殺してゆく。
 今回米国が出したロードマップ(解決への道筋)は、原理原則から行くとけっしてパレスティナがすなおにのめるものではない。自治区内の入植にしろ、2000年秋以前に入植した土地の返還については不問に附されている。はっきり言って、イスラエルよりの妥協案だと筆者は思う。
 それにもかかわらずイスラエルはそれすら受諾する気配がない。
 イスラエルはただちに残虐な報復行為をやめなくてはならない。
 パレスティナが独立した国家を持つ以外に、中東和平はありえないのだ。
 イスラエル・シャロン政権の警告にもかかわらず、川口外相はアラファト議長と会談した。
 さいきんではめずらしい、日本外交が独自性を発揮した場面だった。
 イスラエル・パレスティナ問題では、福田・園田ライン時代以来の遺産が、まだ日本にはあるといっていい。
 ユダヤ人差別とも無縁な日本が、双方を説得する場面がこれからあるかもしれない。

 5月2日(金)

 札幌24度、北見28度。
 北国の春は、唐突に、いっきにやってくる。
 桜、つつじ、コブシ、モクレン、レンギョウ…。まさに「春の祭典」。

中央区北4西28、西28丁目駅バスターミナル 会社からの帰路、豊平川沿いの道を、前輪のタイヤをパンクさせたおんぼろワゴン車がのろのろと走っていた。ホイールが路面と摩擦して、火花を散らしていた。
 もう、走れないだろうなあ。

 5月1日(木)

 休み。ギャラリーまわりはなし。

 しかし、いろんな集団が出てくるなあ。なんなんだ、電磁波の研究とか、パナウェーブとかって。
 ひとことだけ言っておくと、白い色に電磁波を遮断するはたらきは、もちろんありません。
 それと、幹線道路にラジオを近づけると雑音が入ることからもわかるように、自動車もかなりの電磁波を出している。もし電磁波の害がこわいのであれば、自動車で移動するのはやめたほうがいいと思う。