宗祖聖人・安城の御影
浄土真宗の教章
宗 名 浄土真宗
宗 祖 親鸞聖人
宗 派 浄土真宗本願寺派
本 山 龍谷山 本願寺(西本願寺)
本 尊 阿弥陀如来(南無阿弥陀仏)
聖 典 釈迦如来が説かれた「浄土三部経」(『仏説無量寿経』『仏説観無量寿経』『仏説阿弥陀経』)、宗祖親鸞聖人が著述された主な聖教(『教行信証』「三帖和讃」など)、中興の祖蓮如上人のお手紙(『御文章』)など
教 義 阿弥陀如来の本願力によって信心をめぐまれ、念仏を申す人生を歩みこの世の縁が尽きるとき浄土に生まれて仏となり、迷いの世に還って人びとを教化する。
生 活 親鸞聖人の教えにみちびかれて、阿弥陀如来のみ心を聞き、念仏を称えつつ、つねにわが身をふりかえり、慚愧と歓喜のうちに、現世祈祷などにたよることなく、御恩報謝の生活を送る。
宗 門 この宗門は、親鸞聖人の教えを仰ぎ、念仏を申す人々の集う同胞教団であり、人々に阿弥陀如来の智慧と慈悲を伝える教団である。それによって、自他ともに心豊かに生きることのできる社会の実現に貢献する。
私たちのちかい
一、自分の殻(から)に閉じこもることなく
穏(おだ)やかな顔と優(やさ)しい言葉を大切にします
微笑(ほほえ)み語りかける仏さまのように
一、むさぼり、いかり、おろかさに流されず
しなやかな心と振る舞いを心がけます
心安らかな仏さまのように
一、自分だけを大事にすることなく
人と喜びや悲(かな)しみを分かち合います
慈悲(じひ)に満ちみちた仏さまのように
一、生かされていることに気づき
日々に精一杯(せいいっぱい)つとめます
人びとの救いに尽くす仏さまのように
本願寺御影堂
その他・住職からのコメント
「他力」とは阿弥陀如来の本願のはたらきをいい、「本願力」といっても同様の意味になります。したがいまして、私たちの教えを「他力本願」とまとめたりしますが、これは、自分の望みを他人まかせにして生きる、といった意味ではありません。阿弥陀如来の本願にまかせて、私たちの浄土往生と成仏を信じて生きること、これが大切なことなのです。
阿弥陀仏の本願とは、その根本は、「われにまかせよ、わが名を称えよ、浄土に生まれさせて仏にならしめん」という願いで、『無量寿経』の第十八願のことです。
阿弥陀仏の本願は、南無阿弥陀仏(なもあみだぶつ)の呼び声(これが上の本尊ですね)になって、私たちにはたらいています。私たちは、この本願のはたらきにおまかせして(これが真宗で一番大切な「信心」ということです)、念仏を申しつつ、如来の慈悲につつまれて、浄土への道を歩ませていただくのです。(上記の「教章」や「ちかい」をしっかりと見すえてください)。