TEAM.TOKIWAの ゲキレツマンガ道場
>>この連載は月1回更新します。次回更新は6月の最終月曜日です。バックナンバーは下にあります。 >>TOPPAGE
第5回 へいお待ち、料理漫画一丁あがり! 2005.5.31 今回のテーマは料理漫画です。しかし増えましたよね、料理漫画。対決もの、あるいは料理店を舞台にした人間ドラマ系、うんちく系など……メジャーどころな少年・青年漫画誌ではすでに漫画の1ジャンルとしてすっかり定着した感がありますな。 |
渡辺水央●ライター
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真下弘孝●イラストレーター・デザイナー
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粟生こずえ●編集者・ライター
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『孤独のグルメ』(久住昌之・谷口ジロー/扶桑社/94年〜96年) インパクトなのか素材の善し悪しなのか、はたまたエピソードなのか料理それ自体の味なのか……。結局このへんですよね、料理マンガの判断基準って。そのうちどれかひとつでも“うまい”と感じさせることができたら、料理マンガにおいてはひとまず成功。 たとえば『美味しんぼ』(雁屋哲・花咲アキラ/小学館)って実はあれだけ素材のことに言及していながら、実はエピソードのうまさこそカギだと思うし(基本線としての父子の対立とか。あとミョーにいいんだわ、岡星兄弟の話とか。しみったれてて)、『ミスター味っ子』(寺沢大介/講談社)は完全に料理それ自体よりもインパクト勝負(同じ講談社のかみやたかひろ『OH!MYコンブ』にいたってはインパクト以上のものは……)。 逆を言うと、全部がそろってるものっていうのもなかなかないわけで、上記の要素が少しでも数多くそろっていればいるほど完成度も高いということにはなるんですが、その中で個人的に高得点をあげたいのが『スーパー食いしん坊』(ビッグ錠/講談社)。 ビッグ錠の料理マンガと言えば『包丁人味平』(集英社)ですが、あちらは完全に職人世界のインパクト勝負で技勝負。対して『スーパー食いしん坊』は、言ってみればただの意地汚い食いしん坊なデブの中学生(また汚いんだ、見た目も)が、いぎたなく己の腹を満足させんがためにあぁだこうだと料理してるだけの話なんだけど、これがアイデアよしにしてなかなか味もよさそうだったりして。お世辞にもビッグ錠の描く絵としての料理ってうまそうには見えないんだけど、なんなんだろう、あれって。竹筒に入れたトロピカルカレーも変わり種たこ焼きも、動物型のハンバーグもミョーにうまそう。あぁ、素材も題材も高級過ぎないところがポイントなのかな。これがどこ産の素材でこんなに丁寧に吟味して調理して……と言われたところで一般人には想像も及ばないわけで、それを考えたときに『スーパー食いしん坊』って変化球ではありながら味が推定できる範囲の料理を扱ってたところが強みにして、まさにうまみだったのかなぁ。ジャンクな庶民の味の勝利? さて、そんな中でもインパクトよし、素材の善し悪しもよし、そしてエピソードはもちろんのこと、料理それ自体もすごくおいしそうに見えて、料理マンガとして言うことなしだなぁと思えるのが、『孤独のグルメ』(久住昌之・谷口ジロー/扶桑社)。 グルメと言いつつ、実際はグルメじゃないところがこの作品のよさ。と言うか、外枠から説明したなら、この作品は本来はパロディと言うかギャグなんですね。ハードボイルドな男がその雰囲気に不似合いな『東京都武蔵野市吉祥寺の廻転寿司』やら『東京都杉並区西荻窪のおまかせ定食』やら『東京都渋谷区神宮球場のウインナー・カレー』だのをハードボイルドに食べて、ひとりごちる……みたいな。本来はやはり久住原作で、それこそトレンチコート姿のハードボイルドな男が夜行列車の中で駅弁の食べ方をハードボイルドに悩み続ける『夜行』(泉昌之=久住昌之と泉晴紀とのユニット/青林堂)の延長線上にある作品なのだけれど、これがギャグじゃなくしみじみとした料理マンガとして、そして一級品のグルメマンガとして成立してしまっているところがなんともすごい。 なんでも最初作画家として想定したのは谷口ジローではなく、もっといかにもハードボイルドタッチの作家だったのだとか。なるほど、その人がこの原作で描けばそのギャップに笑えもしようという感じなんですが、谷口ジローも『事件屋稼業』などなど確かにハードボイルドタッチの作家ではありながら、氏の強みはその中でも人間臭さと言うか、人間のやるせなさ、せつなさを画一的じゃなく真に迫るものとして描けてしまうところ。 つまりハードボイルドタッチで描いても、それが“いかにもハードボイルドしてるぅ。ププッ!”といった類いのギャグには見えないんですね。おかしいどころか、妙にしっくり来てしまう。本来、ギャグに転換されていいはずの主人公の男の食にかける悲喜こもごもが本当に悲喜こもごものドラマとして見えてしまう。そこでこの作品は、ギャグとしては失敗してるんだけど、男の食のドラマ(それ自体がはた目から見ればどうにもギャグでしかないとも言えるのだけれど)としては成功してると言うか。 いや、いいんだよ。なんか。大の男が腹ごしらえの当てがはずれて焼きそばの替わりに焼きまんじゅうをほお張っていたり(『群馬県高崎市の焼きまんじゅう』)、所在なさげに場違いな日曜日の公園でカレー丼とおでん食ってたりするのが(『東京都練馬区石神井公園のカレー丼とおでん』)。男が食にこだわっていればいるほど間抜けにも見えるし、無頓着であってもそれはそれでそこになにか哀愁のようなものも漂ってきて、人がものを食べることそれ自体がハードボイルドにして滑稽なものだと感じさせる逸品。おススメ。出てくる食べ物の数々もかなりおいしそうです……庶民舌にとっては……。 【マンガ読みの余談】 料理マンガではないのだけれど、山岸涼子のマンガに描かれてる日本料理とか(作中で作り方のコツも説明されてたりする) 、ぬまじりよしみのマンガで解説されてるおススメ料理、よしながふみのマンガにレシピ付きで出てくるちょっとした料理なんていうのも激しくおいしそうです。そのよしながふみは『愛がなくても喰ってゆけます』(太田出版)というグルメマンガも出ましたが、面白いのが2巻が発売されたばかりの『フラワー・オブ・ライフ』。一応ジャンルはボーイズラブ系ですが、クセの強い高校生たちの日常譚がすごくいいです。よしながふみを始め、今市子、やまがたさとみ、紺野けい子、雁須磨子、最近では山田ユギと、女性誌に進出してるB・L系作家も多いですが、これが読ませてくれる人が多いだけにB・L系作家、侮りがたし。よしながふみが『メロディ』でやってる『大奥』、早く単行本出ないかなぁ……。 |
『包丁人味平』(牛次郎&ビッグ錠/集英社/73年) 料理の漫画といえば、やはり『包丁人味平』です。この作品は料理マンガというジャンルの開祖的存在ですが、読んでいて口の中で唾が溜まった料理マンガといえば個 人的にこれしか浮かびません。 おそらくビッグ錠の画風がモノを言っていると思います。ただ、彼の描く絵は荒削りで、料理の漫画にしてはちょっと汚い気がします。しかしそれがかえって人間の「生々しさ」を伝えている感じがするのです。出てくる料理を見ても、正直、それが美味そうには映りません。だいたいブラックカレーって何ですか。聞くところによる と料理というものは、味覚より視覚だそうです。そうなると“黒”は失格でしょう。 けれどそんなことを軽く吹き飛ばすほど食べている行為の絵に魅力をおぼえます。そしてその姿は何とも生々しい限りです。食べることで生きているパワーを伝えてい る、とても力強い作品だと思うのです。 現在、数ある料理漫画でこのような生々しい迫力を出している作品は思い付きませ ん。料理の絵は細やかで上手なのだけれど、それを見ても生唾が溜まることはありません。きっとそれは絵でしかないからでしょう。絵に描いた餅。……これは意味が違 いますか!? もしかしたら『味平』は劇画の時代がなせる技なのかもしれません。それでも脳味噌と想像力を刺激するビッグ錠の画風は素晴らしいです。ついでに作品には油が染み付いているような気もします(まるで馴染みの洋食屋のような)。食べること=生のエネルギー。とにかくこれを感じます。尚、汚いと書いたのは悪口でありません。生きていればカスも出るでしょう。申し訳ありませんが、海原雄山の台詞や態度にリアリティは感じられないのです。 【マンガ読みの余談】 5月はマンガを1冊しか買っていません。それは毎回このコーナーで書いている上 條淳士の『SEX』(小学館)です。最終巻である第7巻(写真)を購入しました。 とりあえず終了のようです。しかしもしこの作品が単行本用に各巻(註:第3巻以降のこと)書き下ろされていたなら、どのようなカタチとなったのでしょうか。もはやそれは望めないのでしょうか。わかりません。ゆえに「とりあえず」と書いてみまし た。やはりこのマンガは第1巻が凄いですね。神憑かり的というか。第1巻のみ永遠の名作。 |
『懐古的洋食事情』(市川ジュン/集英社/87年) “西洋化”が進む明治〜昭和初期を舞台に、洋食をエピソードに絡めつつも一話一話が恋物語になってる、短編集。ああ、これを語るには、同じ著者の『陽の末裔』(集英社)についてもひとこと触れておかねばならないなあ。『陽の末裔』は大正時代、紡績工として上京した二人の少女の半生を綴る大河ドラマ。美貌と猛烈な上昇志向を備えた一人は資産家の養女となり、それだけでは飽きたらず自らもガンガン事業に乗り出して、上流社会でその名を知らぬ者はいない程の存在となっていく。片や、もう一人は婦人記者となり女性解放運動にのめりこむ社会派婦人として奮闘。住む世界はまったく違っても、その友情は尽きぬのである。この『懐古的洋食事情』は、『陽の末裔』の関連人物が顔を出す、姉妹編ともいえる作品。両方読むと、その時代感がより楽しめるはずである。 さて、『陽の末裔』のような骨太な大河ドラマを描ききる作者の手によるのだからして……本作は「美味×恋」物語以上の味わいがあるのが特長。つまり、そこに「西洋化」する日本の背景を描きこんであるところがポイントなんである。 現在、一番手に入りやすい集英社文庫版は、時代順に並べた編集となっている。第一話「血湧き肉躍る料理店」は明治10年という設定だ。「西洋料理くらい、マナーに従って食べられるのが上流階級のたしなみ」とばかりにレストランに足を運ぶものの、肉が切れなくて四苦八苦する洋装の令嬢、切り分けた肉をナイフに刺して口に入れ出血する男、ナイフや肉をとばし合い謝り合う光景……などが随所に散りばめられるのも、いとおかし。「ホントに初期はこんなんだったんかも」と思わせてくれて楽しい。西洋料理店「開花亭」を切り盛りする主人は「料理くらい征服できんで 西洋に並ぶ大国になれるか!」と、西洋へのライバル心バリバリ。一方店を手伝う実の娘・ゆきは、おいしくて栄養のある新しい食べ物としての西洋料理を、肩肘はらずに楽しめる庶民的な店にしたいという理想に燃えている。父は料理は男の仕事とし、ゆきを厨房に入れることはしない。ゆくゆくは自分好みの料理人を育ててゆきの婿にしようと構想しているのをゆきは知っているが、ゆきは自分の夢をあきらめない。「それこそ新しい時代なんだもの。女がいきなり自由になったわけじゃないけど あたしは挑戦するの!」と言い切るのである。 ところが後日、開花亭の客である子爵が、ゆきを嫁に欲しいと言い出す。父は「これはうちの跡取り娘だから」と断り押し問答が始まるが、ゆきはソレを黙って聞いてる娘じゃないのである。「わたしのことをわたし抜きで勝手に決めないでくださいね! わたしはわたしの力でお店を継ぐんです!」。そこへ、どさくさにまぎれて子爵の使用人が口をはさみ……ハイ、ここで“恋物語”要素が加算されるんです。かくしてこの話は「新しく希少な高級品の西洋料理はやがて20年ほどの時を経て大衆化への道を歩みます。洋食という名の日本風西洋料理へと」というモノローグでシメられる。そうか、こんなふうな、いろんな人の理想や工夫があって物事は変わっていくんだろうなあ、と思わせる。 家事をしたことのないお嬢様が、恋した男性の好物がコロッケと聞いて毎日クリームコロッケ作りの特訓をするのだが(お嬢はフランス料理のコロッケしか食べたことがなかった)、男性が言ってたのは実はじゃがいものコロッケだと知って特訓し直すとか。サナトリウムの患者に牛乳を届ける娘、西洋野菜作りと普及に燃える男、トマトを初めて見て悩む新妻や。何かとハイカラな女学生にチョコレートを分けてもらい、口に放り込むや「西欧の主義主張が身内に一気に溶け出してくる気がする」なんて言っちゃう男子学生や……作者のロマンティックな想像力の炸裂具合がすばらしく、どの一編も味わい深いのである。 【マンガ読みの余談】最近、開店ラッシュのチェーン古書店ブックスーパー(ブック○フとクリソツなアイコンが目印)の都内某店で『純愛とセックス』(高橋三千綱・原作/内山まもる・絵 双葉社)の3・4巻を各100円で購入したのがうれしかったです。このコンビによる作、好きでねえ。正直、傑作ではありませんが浮世草子としてはいい線いってると思います。そういえば『こんな女と暮らしてみたい』も、ユルユルと集めているんだがいっこうに揃わないな。 昨今の少女漫画の「主役級男=一億総クール化現象」にはかねてより眉をひそめておる私ですが、『高校デビュー』(河原和音/集英社)はおもしろい! たぶん、主人公の女の子の……「ありがちな天然描写」をはるかに超えた野性人っぷりとのコントラストが良いんでしょうね。男の「クールの背景」もちょっとずつ表現されてるし。河原和音、ロングヒットの『先生』はまったく受けつけなかったんだが。あと、先月だか先々月号だったかもしれませんが『コーラス』で太宰の遺作「グッド・バイ」を漫画化したのはなかなか大胆でしたねー。渡辺ペコだっけ?『蛇にピアス』の漫画化もうまかったが。コミックス買おうかしらん。 |
第1回 燃えよ、プロ野球! 2004.11.29
第2回 燃えよ、ケンカ魂! 2004.12.27
第3回 もてはやされよ、ショートコミック! 2004.1.31
第4回 そろそろ読んでみようと思っている漫画! 2004.4.30