家族旅行


「…はい?」
 火影執務室。そこに呼び出されたカカシが珍しく間抜けた声を出した。
「なんじゃ。文句あるのかの」
 じろり。
 無理矢理作った鋭い視線に、カカシが内心溜息を吐く。
 暗部隊長専用の連絡鳥を使い、更に特務事項と言われ、幾分緊張して赴いたにも関わらず、目の前に居るのはうきうきと弾んだ口調のクソジジィ。…もとい、木の葉隠れ里の里長・世に名高い五影の一人・プロフェッサーと異名される忍術の大家…の筈の、三代目火影。表情に出さずとも溜息の一つも出ようというものである。
「…いえ。そうではありませんが…」
「では問題なかろう。特別演習で、内容は潜入じゃ。単純じゃが、これもチャクラコントロールの修行。しっかりやらせるんじゃな」
「…三代目。そういう事を言っている訳ではないのですが」
 さらりと誤魔化そうと嘯く老人に、冷静且つ注意深く突っ込みを入れる。
「…前に言っておいたじゃろ。楽しみにしておれと」
「………」
「丁度アカデミーも夏休みに入る。折角じゃから、あ奴らと楽しんで来い。修行は楽しく厳しくがお主のモットーじゃったな」
 にんまりと悪巧みを成功させたような笑顔を向ける老人に呆れ半分、正面から溜息を吐いてやる。
 確かそれは、休みをなかなか取らないカカシへの脅しだったように思う。それも、一ヶ月以上前の話だ(銀真珠挨拶(9話)参照)。

 まだ、憶えていたのか。

 思わず目が据わりかけたカカシに気付くことなく、本来、敬愛すべき里長は上機嫌に一人頷いている。
「……あっちには確か、特S任務が二、三ありましたね。ついでにやって来るので、そっちの任務依頼書もください」
 何を言っても聞かないだろう相手に譲歩案を提示する。
 いくら子供たちの為の特別演習とはいえ、その間、任務の一つもなく、ほぼ無為に過ごすのはカカシには拷問に等しい。…時間があり過ぎると、逆に持て余してしまうのだ。
 所詮、カカシは拒否権のない立場なのである。コレくらいは譲歩させないとやっていられない。
「…イヤじゃ」
 …嫌がられるのは覚悟していたが。
 とはいえ、ここで退く気にはなれず、再度口を開く。
「あれ、急ぎだったでしょ。単独で出来るの、俺しか居ないじゃないですか」
「…お主は何だってそう任務をやりたがるんじゃ!」
「効率を考えているんですよ。一石二鳥でしょ」
 ばちばちという火花の散る音を感じてしまう程の勢いで始まる、歴代最長任期の火影対、里一番の実力者と噂されるエリート上忍の睨み合い。
 お互いからじわじわと漏れ出す殺気に、控えていた暗部たちが慌てて執務室の結界の強化を計り出す。
 ちなみに、火影を護るべき彼らが火影に向けられた殺気に対処しないのは、その相手が自分たちの隊長で、本気になられたら束になっても敵わない上、どれ程殺気立っても、決して火影に刃を向けたりしない人物だからである…。
「三代目」
「…それは暗部にでもやらせると言っておる」
 冷たい殺気を纏ったまま凄んでみせる青年に、老人が拗ねた顔でそっぽを向く。
「その、暗部隊長として、俺が、適任だと言ってるんです」
「お主には上忍師としての役目があるじゃろう」
「あそこでしたら、子供達が戦闘に巻き込まれる確率はかなり低いですし、もう一人保護者を連れて行くんだから問題ありません」
「そういう問題じゃないじゃろうが!」
 再び睨み合うと、互いに一歩も引かぬ応酬。
 じりじりと膨れ上がる殺気に、暗部数名で強化した筈の結界が軋み出す。
 それにしても、こんなくだらない言い争いで里長である火影と、それに次ぐ実力者と目されている者の二人が対峙している等、火影や写輪眼のカカシに憧れる子供たちには絶対に見せられない現実である。チャクラを振り絞って結界を強化しつつ、ハラハラと二人を見つめる暗部たちは内心、泣きたくなっていた。
「…じっちゃん…!」
「な、何じゃ」
 業を煮やしたカカシに、非常に珍しい呼称を使われ(中忍昇格以降、唯一度しか使用された事がない。しかも約十年前)、三代目が一瞬怯む。

「…グダグダと駄々捏ねてないで、とっとと任務書渡しやがれ!」

 滅多にない…と言うより、十数年振り(四代目在任時以来)のカカシの怒号が木の葉の里に響き渡った。


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