挨拶


おまけ

「失礼します。三代目〜?」
「来たか。カカシ」
 執務室にノックと同時に入る。目の前には苦虫を噛んだような表情の老人。
「そりゃ呼ばれましたから」
「…任務じゃ」
「はい」
 不機嫌そうな三代目に首を傾げつつ頷く。カカシに任務を言い渡す度に複雑な表情を浮かべる三代目だが、ここまで不機嫌なのは滅多に見ない。
「こいつを届けてくれ」
 投げ渡された巻物を受け取り、合点がいったように頷く。三代目の巻物の取り扱いから考えて、本来ならカカシに廻されるような任務内容ではないのだろう。となれば、考え付く事は唯一つ。
「…もしかして、指名ですか」
「…そうじゃ!あのバカ大名、箔がつくからといちいちお主を指名してきおって…!」
「まあまあ。指名なら、かなりふんだくったんでしょ」
 憤慨する三代目を宥めながらくつりと笑う。
 通常の依頼は、依頼内容によってランクと担当を里側で決めるのだが、依頼主の希望で担当者を指名する事も出来る。その場合、別に指名料が加算されるのだが、それは指名を受ける忍毎に金額が変わる。レベルの高い忍であればある程、その金額は高くなる。当然、里一番とも謳われ、各国のビンゴブックに記載されているカカシの場合、その料金も里で一番高額になる(なるべく指名されないように、一際高くしてるらしい)。
「当然じゃ!…疲れておる所悪いな」
「いーえー。商売繁盛、結構じゃないですか」
「…カカシよ…」
「はい?」
 大名の見栄の為だけに呼び出されたのを特に気にした風もないカカシに三代目が低く唸る。
「いい加減、この手の任務が嫌になったりせんか?」
「いえ。別に」
「里に常駐したいとか思わんのか?」
「してるじゃないですか〜」
「カカシ!」
 三代目の言葉の裏に隠された本題を、のらりくらりと反らそうとするカカシに三代目が怒鳴る。
「ダメで〜すよ。まだあの子は手がかかるんです。それに、他の二人もまだまだ未熟ですし」
「あやつの方はどうするのじゃ。まだ待たせる気か」
「あの子が一人前になったら新婚生活の続きをする約束してますよ」
「…ワシにそれまで現役でいさせる気か」
「すみません」
 切り札を出しても撤回しない態度を受けて深い溜息を吐く三代目に頭を下げる。いつもの押し問答とはいえ、カカシは自分が我侭を言っていると思っている。
「まぁ、良い。とにかく、この件が終わったら、今度こそお主は休暇じゃ。一週間位イルカを連れて旅行にでも行って来い」
「…まだバラす気ないんですけど。それに、あの子達はどうするんですか。アスマもまだ帰って来ないし」
 決して休暇が嫌な訳ではないが、懸念があるままに休める性質ではない。他のしがらみもまとめて、やんわりと辞退する。
「…ふむ…。よし。アスマが帰って来たら、七班とイルカに特別任務を用意してやろう!」
「…はい?」
「楽しみにしておれ。ではそれは頼んだぞ。早く行けば間に合うじゃろ」
 何かを思いついたらしいが、それについては答える気がないのだろう。無理矢理に話を本題に戻すと、追い払うように手を振る。その際、水晶玉から覗いていたのだろう、子供たちを連れた食事の件を出されて、ふ、と目許が緩む。
「…そうですね。あそこなら往復一時間位です」
「…報告は明日で構わん。早く戻ってあやつらを安心させてやれ」
「りょーかーい」
 煙管を銜えて横を向いてしまった三代目に嬉しげに笑うと、鮮やかに掻き消えた。
「…ったく…。アレは誰に似たんじゃ」
 消えた気配に苦悩の表情を浮かべる。『里の為』を第一に、『忍』である事を身上とし、それが自身の意思と疑いもしない。


 三代目の
 四代目の
 実の父の
 三忍の


 それぞれの理想を己が姿に投影させて。
 如何なる時も里の為に生き、命を賭して仲間を守り、誰よりも清廉で、何よりも有益。それを意識せずに体現してみせる。ほんの些細な望みですらも過分だと思っている節がある。本来であれば、誰よりも欲して構わないささやかな望みにも拘らず。
「…それでも、帰る場所は譲らぬのだからマシかもしれんの」
 ひっそりと笑う。
 カカシが唯一欲するモノ。ただ一人にのみ与える誓い。それがある裡はまだ、良いと思う。でなければ、あの稀有な青年はとうに壊れてしまっていたろう。
「疾く帰れ。帰れよ、カカシ」
 己が居場所へ。
 銀月を眺めながら、一人ごちた。















「…やれやれ。まだ、居るかな」
 キィ…と店のドアを開けて中を窺うと、奥に騒がしい一団を見つけて、目を細める。ゆったりと近寄ると、ドアを窺っていたらしい、中の一人が幸せそうに微笑む。
「…お帰りなさい」
「ただーいま」
 その言葉だけが、特別。


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