旅行のまとめ
最終更新:2011-10-2
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このときは竹村さん同行。たしか謝恩フリー切符を使った旅行だと思われる。出発はおそらく大垣夜行で、そのあと、京都から新快速で姫路まで、さらに鈍行を乗り継いで、宇高航路で四国入りしたと思われる。高松で栗林公園観光の後確か一泊し、南風3号にて大歩危往復し、観光をした後、帰りは普通で高松まで戻ったと思われる。宇野線快速で岡山へ戻り、岡山-新大阪は新幹線移動だったような気がする。確かかなり込み合っていたような。大阪からは長岡まできたぐにで移動したが、席が取れず、列車の床で夜を過ごしたような気がする。そのあと、普通を乗り継いで高崎まで出て、そのあと八高線で寄居へ向かい、秩父鉄道で長瀞へ行き、川を眺めたあと帰ったように記憶している。
このときは竹村さんも同行した。東京からは急行東海。その後乗り継いで神戸で宿泊。夜景を見に摩耶山に行った。翌日は和田岬線に乗った後さらに乗り継いで小倉からはたまたまいたにちりんに飛び乗って博多へ。さらに日南で延岡。高千穂峡見学の後、阿蘇へ。続いてハイパーサルーンとかもめを乗り継いで長崎へ。帰りはさくら。宇部から山崎さん合流。
保津峡の複線化工事中で、写真が残っている。そのあと京都へ戻って湖西線で近江塩津へ。ここで乗り換えたらしく、写真が残っている。兼六園、永平寺など見学して柏崎から越後線に乗り、帰りはムーンライト。永平寺に宿泊した記憶があるが、それ以外には何も記憶がない。
1988-12-16〜19 京都方面
澤柳の日程を言うと、大垣夜行で出発して高野山観光の後あの東山ユースホステルに宿泊。翌日は京都-福知山-大阪と回ってさらに下津井から船で丸亀へ。ここから観音寺方面へ移動してどこかのユースに宿泊。翌日瀬戸大橋をバスで移動して帰ったように記憶している。このときも参加者の日程はばらばらだったと思う。
1989-2-4 秩父旅行
宝登山、長瀞の写真が保管されている。帰りはどうも高麗川から川越線を使ったらしい。
1989-3-28 2階建てグリーン車の旅
2階建てグリーン車に乗ろうと国府津まで往復した。
1989-5-4 館林、赤城
りょうもう号を使いながら、館林のつつじ見学、大間々観光などをした。
1989-7-31 大磯
何をしに行ったのか不明。
1989-8-? 秋田
秋田にいた叔父を訪ねて竿灯祭りの時期に合わせて行った旅行。行きはやまびことたざわを乗りついて秋田へ。叔父の車で田沢湖、角館、男鹿半島などを見て回り、帰りはあけぼの。ところが台風に見舞われ、新庄から酒田を回って長岡へ行くという、おかしな経路になってしまった。長岡からは無料であさひに乗り、ようやく朝10時過ぎに東京へ。
1990-3-16〜20 卒業旅行
たしか出発は3/16の津軽で、東能代から五能線に乗った。タクシーで津軽中里から金木まで移動しながら高山稲荷神社観光。宿泊は青森のホテルサンルート。 翌18日ははつかりで盛岡へいき、急行陸中で陸中大橋へ。少し見学した後、普通で釜石へ。さらに三陸鉄道と盛線で気仙沼へ。宿泊は大島の国民休暇村。 翌19日は猊鼻渓、厳美渓と見学し、仙台、山形と移動して、急行べにばなで新潟。そこから澤柳は今川まで戻ってみんなと合流し、帰りはムーンライト。別行動が多かったはずで、プランは人によって大きく違っていただろう。
鉄道研究会の旅行。大沼公園で下車、レンタサイクルで駒ケ岳見物の後、集合地である洞爺湖温泉へ。北斗が異常に混んでいて、大沼公園から洞爺まで座れなかった。合宿中は、室蘭の地球岬、登別温泉地獄めぐりなどをしてすごす。単独になった後、宗谷で豊富へ向かい、花のないサロベツ原生花園を見物した後、稚内の駅前食堂で舌鼓を打つ。ここで初めてサザエを賞味し、本当の味を知る。
稚内からは利尻で札幌へ。ここからオホーツクで上川へ向かい、層雲峡をレンタサイクル見物。小樽で町を見物後、高速バスで札幌へ戻り、帰りは北斗星。
出発は13:30発ロマンスカー。鈍行を乗り継いで京都からムーンライト高知。阿波池田で降りて、徳島へ行った後高知で宿泊した記憶がある。記録によると、東海道線が遅れ、米原から京都まで新幹線に乗ったらしい。 9/9は、龍河洞観光後、列車で土佐山田-窪川-松丸と移動して、滑床渓谷のそばで宿泊した。 9/10はバスで宇和島へ出て観光後、列車で松山へ。お城へ行った後、いしづち、マリンライナー、新快速と乗り継いで、大阪からはドリーム大阪。
1992-2-22〜25 伊勢代替旅行 大垣城、樽見、松阪、伊勢、津、亀山、関、伊賀上野
九州へ行く予定が澤柳の体調不良により急遽変更。切符は青春18。 出発は2/22の大垣夜行。美濃赤坂往復後、樽見へ行って北方真桑から名鉄揖斐線で新岐阜へ。そこから新名古屋へ名鉄で行って、快速で松阪。観光後、二見が浦、伊勢観光して、近鉄で津へ。さらに阿漕まで行って宿まで歩く。 2/24は津までバスで出た後、亀山、関、伊賀上野と回って、近鉄で桜井へ。そこからはJRで奈良を経由して京都。亀岡を往復した後彦根から高速バスで東京へ。
1992-5-30 箱根、真鶴ドライブ
出発は7:20のあさぎり。三島で車を借りて、箱根と真鶴をドライブ。帰りはキセル切符が残っているので、どうやら東海道線の普通だったらしい。
1992-9-10〜14 南九州 熊本、えびの、鹿児島、指宿
9/10 なはで出発。乗り継ぎ割引でないので、大阪までは普通でいった可能性が高い。熊本観光後、えびのでえびの高原へいき、ここで宿泊したような記憶がある。 9/12はえびの高原から霧島を経由して鹿児島へ。ここで車を借り、指宿で宿泊。 9/13は指宿から枕崎を経由して鹿児島へ。車を返してつばめで博多へ。ここから直方、門司港を経由して帰京。帰りはムーンライト九州か?
1993-1-5 喜多方
18切符利用。1/4のムーンライトで出発。新津のドムドムで朝食の後喜多方へ。観光後どうやって帰ったかは覚えていない。
1993-2-24〜28 山陰 津山、松江、出雲、香住、出石
大阪までどうやって行ったか記憶にないが、夜行で大阪に着いた後高速バスに乗り継いで津山へ入った。津山観光の後、電車で松江へ行き、25日は宍道湖に面した国民宿舎に宿泊。 26日は出雲大社、日御崎、一畑薬師など見学後、松江で車を返し、列車で鳥取まで移動して鳥取厚生年金会館宿泊。 27日は鳥取砂丘観光しようとしたがバスの下車に失敗し、やむをえず浦富海岸へ。そのあと電車で竹野へいき、日和山、玄武洞を回って京都へ。京都からはドリーム京都で帰京。
1993-3-16〜17 春合宿
和歌山県の和歌浦集合という合宿。新幹線で新神戸へ行き、うろこの家などを散策。そのあと集合場所へ向かった。翌日はメンバーの車で水軒駅へ行き、和歌山港へ。続いて特急へ乗り継ぎ、さらに高野線へ乗り継いで、千代田検車区へ向かい、見学する。南海電鉄のご好意で、貴重なダイヤグラムを頂戴する。
別府温泉集合の合宿。どうやって九州へ入ったか記憶がないが、小倉から日田彦山線、久大線経由で別府へ入った記憶がある。地獄めぐりはバス利用で済ませたが、別府駅でタクシーの運転手に誘われ、湯布院の民芸村へ3人で向かう。イベントとしては、大分運転所の見学があった。
合宿終了後は、進藤と2人旅。にちりんで宮崎へ向かい、レンタカーを借りて青島、鵜戸神宮、都井岬、飫肥などを見て回った。帰りは都城から急行えびので八代へ向かい、ここからなはのレガートシートで帰ってきた。
出発は9/9北斗星1号の個室。そのままスーパーホワイトアローとオホーツクを乗り継いで上川から層雲峡へ。観光の後、快速と普通を乗り継いで網走へ行き宿泊。 9/11は網走からバスで原生花園へ行き、観光の後釧網線で釧路へ。釧路からレンタカー。この日は根室へ宿泊。 9/12は車で知床を観光して川湯温泉に宿泊。 9/13は阿寒湖を観光後、車を返す。列車で札幌へ行き、小樽観光後はまなす、はつかり、やまびこを乗り継いで帰京。
1994-1-5〜10 南紀 新宮、白浜、高野山、明日香、橿原
南近畿ワイド周遊券で南紀を周遊した。記憶が定かでないが、たしか熊野市で途中下車して鬼が城を見学したように思う。この日は新宮の民宿泊。 1/6は 8:00にレンタカーで出発し、夕方まで熊野、那智めぐりをした。新宮のホテル泊。 1/7は新宮を朝出発し、串本で潮の岬など観光して白浜へ向かい、見学後国民宿舎で宿泊。 1/8は白浜から道成寺、紀三井寺、高野山と回って高野山泊。 1/9は高野山から河内長野、古市、橿原と移動して橿原、明日香観光をし、さらに長谷寺観光後、伊勢中川、桑名と近鉄で移動、桑名からはJRで弥富へ、さらに名鉄の佐屋特急で新名古屋、ここからパノラマスーパーで新一宮へ移動し、ここから大垣へ行って大垣夜行で帰京。
1994-7-15〜17 山陽方面 岩国、広島、岡山
行きは徳山行きの高速バス。岩国、宮島、広島、呉と観光して三原駅前のステーションホテル泊。翌日は尾道、倉敷、岡山と観光したが、後楽園が異常に暑かった記憶がある。帰りは岡山から新幹線で、新大阪まではウェストひかり。
卒業旅行。行きはJALロンドン行き。ロンドンの町を観光したのち、ユーロスターでブリュッセルへ。そこからさらに鉄道でリール、リールからはTGVでパリへ。パリ観光後は夜行でウィーンへ。本場のクラシックを堪能する。
ウィーン観光後は列車でインスブルックを経由してミュンヘンへ。ノイシュバンシュタイン城などを見学する。帰りはミュンヘン発成田直行のJAL便。
確か行きは能登だったと記憶している。和倉温泉からレンタカーでヤセの断崖、総持寺を見学して戻る。さらに輪島へ列車で移動して泊。 翌日、輪島から定期観光バスで九十九湾小木まで観光しながら移動。急行のと恋路号と特急きらめき、新幹線を乗り継いで帰京。
1995-8-24〜26 第1回スジ分合宿
澤柳が大学院に進んだため、現役生の合宿に参加できないことから企画された1回目のスジ分合宿。東京発海部行きと言う怪しげな乗車券を使って旅行した。岡山までは8:56発のぞみ7号。そこから瀬戸大橋線快速に乗り継ぎ、高松からは14:01発うずしお11号で海部へ向かった。徳島までは指定席に乗ったのでよくわからないが、徳島から先は編成が減ったこともあってかなり混み合っていた。みんながS切符を持っていたのは興味深かった。海部からは甲浦まで往復し、鯖瀬駅で全員集合、近くの国民宿舎で一泊した。翌日は鳴門へ寄るなどしてゆっくり高松まで戻り、確か神戸に宿泊したような気がする。次の日は神戸付近の私鉄などに乗りながらあちこち観光し、東京までは新幹線だったと思われる。
1995-8-31〜9-4 北九州 耶馬溪、国東、唐津、柳川など
8/31の新幹線で新大阪、つづけてあかつきのレガートシート乗車。肥前山口からは普通で佐世保へ。松浦鉄道で伊万里へ向かい、そこから虹ノ松原へ行って宿泊。 9/2は虹ノ松原から佐賀へ出て、バスで柳川へ。船乗船の後、西鉄で甘木へ。この日は甘木宿泊か? 9/3はバスで日田へ。観光の後、バスで耶馬溪へ。さらにバスで中津へ行き、レンタカーで真玉町の宿に宿泊。 9/4は車で国東半島を観光の後、中津で返してソニックにちりん、のぞみを乗り継いで東京着21:24。
1996-1-2 千葉
東京湾フリー切符で浜金谷へ行く。このとき、久里浜港からバスで野比へ、さらに観音崎へ回って逸見から横須賀まで歩いたような記憶がある。
8/23の14:30発JAL195便にて熊本。他のメンバーと熊本駅にて合流。熊本市内の民宿にて宿泊。24日は、豊肥線を経由して大分へ。そこからソニックにちりんで小倉。さらにこだまで徳山。岩徳線経由で広島へ。ここでも民宿泊。25日は、車を借りてドライブ。民宿からはアストラムラインに沿って五日市インターへ。そこから高速で浜田道瑞穂インターへ。2車線で交通量がかなり少ない。そこから一般道で石見川本駅、浜原駅、香淀駅と三江線に沿って移動。道路がかなり狭いところが多く、てこずる。浜原駅付近で食事するが、周囲の人気の少なさに驚く。中国道高田インターから広島インターまでは高速で戻る。帰りは広島バスセンターからバスで空港へ向かい、JAL176便にて帰京。
1996-9-20〜23 名古屋 岐阜、郡上八幡、熱田神宮など
9/20 ムーンライトながらで出発。大垣から墨俣城へ行った後、バスで岐阜。岐阜で2DAYフリー切符を買った後、岐阜城を観光し、名鉄美濃町線、長良川鉄道経由で郡上八幡へ。21日は郡上八幡で一泊。 翌日、バスで新岐阜へ戻り、名鉄で犬山、武豊、豊川などを経由して栄のホテルに宿泊。 23日はバス地下鉄全線一日乗車券を買って、基幹バスの試し乗り、名古屋城、大須観音などの観光をして帰京。澤柳は中央線経由で帰宅。
1997-1-1〜2 久能山、日本平など
このときは帰りに豊橋から「伊那路」と中央道高速バスを乗り継いだ。中央道が混雑していた記憶がある。
2回目の卒業旅行。行きはウィーン行きのオーストリア航空直行便。2日は午前にオペラのチケットを買い、美術館、ウィーン大学、市庁舎、ブルク劇場などを見て回る。
3日は午前に楽友協会ホールとコンチェルトハウスへ行き、チケットを物色する。午後はドナウ川のほとりを鉄道で移動。4日は午前に美術史博物館、午後は買い物を楽しむ。夜はオペラ「トロバトーレ」鑑賞。5日は午前にシェーンブルン宮殿、午後は路面電車でウィーンの森方面へ向かう。21:25発夜行列車でウィーンを発ち、チューリヒへ向かう。寝台ではなく、座席を予約する。
チューリヒからは列車でジュネーブへ向かい、2時間ほど観光した後、チューリヒへ戻って空港で残りの3人出迎え。
7日は列車を乗り継いでベルン−ブリーク−ミラノ−チューリヒと移動。途中の景色がすばらしい。チューリヒからは23:00発の寝台でパリへ。
パリ東駅で荷物を預けたかったが、なぜか一時預かりが閉鎖。のちにテロ対策とわかる。仕方ないのでホテルへ行き、荷物を預かってもらう。ベルサイユ宮殿を観光し、ホテルへ戻る。9日はまず東駅へ行き、夜行の切符を手配。担当者がフランス語を交えて話すのでコミュニケーションに困る。それからエッフェル塔、凱旋門を観光。地下鉄でルーブルへ向かう途中、途中コンコルドで爆弾発見のため運休し、ここから徒歩で移動。さすがに疲れてきたので、ルーブルは見学せず、カルーゼル凱旋門でしばし休憩。パリ北駅21:01発夜行で東ドイツへ。
10日朝、ブラインシュバイク着。ここから鉄道を乗り継ぎ、ハルツ狭軌鉄道でSLの旅を楽しむ。宿泊はカッセル。11日はカッセルからフランクフルト空港へ。ここでレンタカーを借りる。アウトバーン経由でシュトゥットガルトへ。この日はそのまま宿泊。12日は国道を経由してディンケンスビュールへ。私も運転を担当したが、慣れない右側通行の上、マニュアル車のためかなりてこずる。ディンケンスビュールはかなり美しいところだった。この日はニュールンベルグ宿泊。
13日は廃線探索をしながらミュンヘン空港へ向かい、レンタカーを返却。Sバーンで市内へ向かう。この日の夕食はビアガーデン。14日は午前はBMW博物館、午後は買い物を楽しむ。中央駅21:00発の夜行で再びパリへ向かう。到着後パリ北駅まで歩き、タリスでブリュッセルへ。さらにユーロスターに乗り継いでロンドンへ。
16日は午前に交通博物館を見物。午後はドックランド軽鉄道に試乗。17日は午前にウェストミンスター寺院などを見て回り、ヒースロー空港からANA直行便にて成田へ。
飛行機往復、レンタカー利用の一人旅。行きはANAで青森空港へ。レンタカーを借り、八甲田、七戸、野辺地と経由してむつへ。翌日は恐山を観光した後、薬研を経由して大畑駅、そこから大間、仏ヶ浦、脇野沢と経由してむつへ戻る。翌日は六ヶ所村を経由する。途中の道が異常に狭い。ただし、原子力関連設備が近くなると、非常に道がよくなり、交通量も圧倒的に増える。三沢からは十和田湖、小坂、碇ヶ関と回り、大鰐弘前からは高速で空港へ戻る。
1998-1-10 大阪日帰り旅行
行きは伊丹、帰りは関西と、大阪の2つの空港を巡った旅行。
1998-5-29〜31?
彦根、五個荘、京都大原など
行きは旭川空港へJAS。台風に見舞われ、2時間30分遅れとなった。連絡バスで旭川駅へ向かい、そこからレンタカー。本当は遠軽を回りたかったが、時間の都合で紋別へ直行。途中で台風が追いかけてきて、嵐になる。紋別市内は強風で歩くのも大変な状態。
翌日は雨が上がったものの、あちこちで冠水しており、昨日通った国道は通行止め。紋別からはオホーツク海沿いに稚内へ向かう。途中の人口の少なさに驚く。稚内では旅館に泊まり、料理に舌鼓を打つ。
帰りは天塩まで道道を通る。交通量が少ないため、かなり飛ばせた。天塩からは音威子府、美深を経由して旧深名線の沿線をたどる。朱鞠内で給油をするが、周囲に民家数軒。これでは鉄道は成り立たないだろう。時間が余ったので富良野へ行き、「北の国から」で使われた黒板五郎の家を見学。
旭川で宿泊した後、鉄道で滝川、バスで新十津川へ行き、札沼線に乗る。発車時点の乗客は私一人で、石狩当別あたりまではかなり閑散としている。札幌からはさらに鉄道で千歳空港へ行き、JAS便で羽田へ。機種はレインボーセブンだったため、楽しめた。
周遊切符をつかった初めての旅行。行きは東京6:16発のつばさ。北山形駅前でレンタカーを借りる。山形北インターから西川まで高速を使い、湯殿山、羽黒山、最上川と巡り、山形空港、天童将棋博物館などを見物しながら、北山形へ戻り、レンタカーを返却。車を返したあと時間があったので、左沢まで往復。宿泊はホテルメトロポリタン山形。なぜかほかのホテルがほとんど満室で、やむを得ずここに泊まった。値段が高いだけあって、快適。
翌日は山形駅前で再びレンタカーを借りる。まずは山寺へ行き、普段の運動不足を解消する。続いて蔵王へ。美しいお釜が見られた。帰りは山形から仙山線経由、仙台からはMAXやまびこで帰ってきた。
岡村先生のお宅を訪ねることが主目的の旅行。行きは池袋からスーパービュー踊り子のグリーン車で先頭からの風景を堪能する。伊豆急下田駅の前でレンタカーを借り、爪木崎、石廊崎を回って松崎へ。宿泊は松崎の国民宿舎。
翌日は河津七滝、旧天城峠を通り、昭和の森へ。ここで事故を起こされ、110番後に2台で交番へ。そのあとは土肥、戸田、修善寺と経由して、伊豆スカイライン沿いの中伊豆荘に宿泊。
翌日、朝一番で岡村先生宅へ。植木などを頂き、伊豆高原でレンタカーを返した後、東京へ。小田原からはロマンスカーにした。
2000-2-10〜13 九州
天草、福岡など
初の一人旅海外旅行。行きはトロント行き直行便で、翌日路線バスでナイヤガラ観光。次の日は飛行機でカルガリーへ移動し、レンタカーを借りてカナディアンロッキー観光。山を走るのはよかったが、最後の日にカルガリー市内のホテルへ行くのはかなり骨が折れた。地理がよくわからない上、左折禁止の交差点も多く、ホテルの周りを何週もしてしまった。
2001-1-2 信越方面
日帰りで、ほくほく線沿線、高田などを観光。帰りに長野新幹線に乗車。
レンタカーで、帯広周辺を回った。行きは釧路空港へ。スーパーおおぞらで帯広へ移動した後、レンタカーで襟裳岬、石勝線沿線などをめぐった。
レンタカーで、高知空港から高松空港まで、徳島県を経由して回った。徳島県木沢村の山奥にある1件宿の温泉がなかなかよかった。宿から土佐山田へ向かう途中の国道は、かなり民家が少なく、寂れている印象だった。
行きは大宮発718のやまびこ1号。さすがに275km/hは速い。盛岡からは駅レンタカーで山田線沿いに宮古へ向かう。大志田、浅岸の各駅を散策するが、道が砂利で運転にてこずった。また、区界、川内、陸中川井など、交換できる駅はすべて有人で驚いた。初日は宮古から浄土ヶ浜を探索し、早めにホテルへ入る。宮古駅では、
いまどき珍しい一般塗装のキハ52を発見。
翌日は岩泉線沿いに岩泉へ向かう。押角駅は取り付け道路が鉄道関係者用としか見えない木製の橋で驚いた。山田線といい、岩泉線といい、想像以上に廃れている。岩泉からは小本、島越、田野畑と三陸鉄道の駅を巡りながら、鵜の巣断崖、北山崎と観光地を回る。陸中野田駅前の道の駅で食事をした後、平庭高原までほとんど1車線の県道を通り、そこから国道で盛岡へ戻った。盛岡からは1801発やまびこ24号で大宮まで戻る。帰りは自由席だったが、盛岡発車時点ですでに満席。仙台からは通路にも立ち客が現れる盛況。
2003-1-2 信越方面
初詣旅行。900発あずさで下諏訪へ行き、諏訪大社を見物。そのあと、普通で長野へ。久しぶりの篠ノ井線に感動。松本では駅弁を購入。車内で味わう駅弁もまた格別。長野では、異常な混雑の中善光寺参りをし、帰りは臨時のあさま号。
初めての沖縄旅行。行きは羽田発815のJAL便DC10。那覇空港からレンタカーを借り、南部を周遊。車の速度が遅く、異常に時間がかかる。ひめゆりの塔では、沖縄戦体験者の話を直接伺う。首里のホテルにチェックインした後、首里城周辺を散策する。
翌日は今帰仁城へ向かう。石垣しかないが、それでも沖縄らしさ満載。帰りに海中道路へより、ドライブを楽しみながら那覇へ。1630那覇発JTAで石垣島へ。なぜか接続しているはずのバスが直前で発車してしまい、タクシーで市内へ。
3日目は西表島へ。船の後部に乗り、八重山の島々を楽しみながら向かう。大原港でレンタカーを借り、島内をドライブ。浦内川遊覧では、マングローブを見物し、さらに徒歩で滝を散策する。由布島ではめずらしい水牛車に乗ってみる。
4日目はまず波照間島へ。サイクリングで南国情緒を満喫する。美しい浜辺にたたずむ時間のなんと贅沢なことか。続いて、竹富島へ向かう。小さな島なので、レンタサイクルで十分見て回ることができた。
最終日は石垣島内ドライブ。時々雨が降る最悪のコンディションだったので、ドライブに専念する。具志堅用高記念館では、試合の模様をビデオで鑑賞。
石垣発1300のJTAと、那覇発1435のJALを乗り継ぎ、東京へ。JAL便は満席。
2003-7-27 白樺湖方面
大宮発906のあさま503号で佐久平へ。そこからレンタカーを借りる。翌日は台風が来ることがわかっていたので、車山、霧ケ峰湿原、さらには美ヶ原まで足を伸ばす。宿泊は白樺湖ほとりのリゾートホテル。
翌日は朝から大雨。仕方がないので、まずは諏訪大社経由で松本空港へ。しかし全便欠航で残念。さらに奈良井宿へ向かい、しばし観光した後、茅野へ戻ってスーパーあずさ10号で新宿へ。新宿へついたころには、雨も小ぶりになっていた。
2003-11-29〜12-1 屋久島
羽田発905のJAS573で鹿児島へ、そこからJAC081に乗り継いで空路屋久島へ。JAC便は36人乗りのSAAB340B。小さいのにスチュワーデスがちゃんと一人乗務していたので驚いた。空港からはレンタカーを借り、島内を2日に渡りドライブ。初日、2日目は残念ながら、時々小雨も降るあいにくの天気。屋久杉ランドや白谷雲水峡などでは、日が射さないためきれいな写真が撮れなかった。しかし3日目は幸い晴れ、美しい浜を見ることができた。ホテルの部屋からは種子島が見え、食事では地元のトビウオ料理などを味わう。
帰りは1415発JAC074とJAS578を乗り継ぎ、鹿児島経由で帰京。JAC便はいまどき珍しいYS11で、空からの開聞岳、桜島などを楽しむ。鹿児島からは足摺岬付近まではしっかり景色が見えたが、そこからは台風の影響で天気が悪く、大島あたりからは飛行機も揺れだす最悪の天候。
有楽町線、京浜東北線の終夜運転の電車を乗り継ぎ、横浜発434の伊豆初日の出号で片瀬白田まで行き、初日の出を拝む。雲があって初日の出はあまり拝むことができなかったのが残念。その後、伊東まで戻り、高速船で大島元町港へ。船自体は双胴船のため揺れなかったが、港に入ると防波堤がないため異常に揺れる。これでは一般の船だとかなり揺れるに違いない。ニッポンレンタカーで車を借り、リス村、三原山、椿公園などを散策。昼は元町港の待合所で取り、大島空港から調布空港までBN2Bアイランダーで帰る。高度が低いため、途中の眺めは最高。
高校時代の友人久武氏を訪ねた旅行。出発は1010発ANA853で函館入り。空港バスで函館駅に行くと、今は函館山のロープウェイが台風の影響で運休中とのことだった。そのまま、旧函館区公会堂、五稜郭などを見て回り、ホテル入りして夕食を済ませてからロープウェイが運転公開したのを確認して函館山へ。昼間運休していたせいか、ロープウェイが異常に混みあっていたが、天気がよくてすばらしい写真が取れた。
翌日はレンタカーで松前、江差を見て回る。少し時間があったので、帰ってきてからトラピスチヌ修道院を見て、ホテルへ。
3日目は函館830発のスーパー北斗で札幌へ。グリーン車をおごってみる。普段新幹線通勤をしているので、ちょっとスピードが遅い気がしたのが不思議だ。札幌駅北口で久武氏と待ち合わせ、北大、時計台、旧道庁、銭函駅と見て回り、夕食はジンギスカン。
最終日は夕張観光。大雨という最悪の天候で、夕張のテーマパークはほとんど人影なしという有様。あちこち寄り道しながら千歳空港まで送ってもらい、帰りは1830発ANA074便でスーパーシートに乗ってみた。
羽田発905のJAL1953便にて奄美大島へ。機種がMD81で、音楽のサービスもない2時間のフライトは応えたが、元JAS系の乗務員らしく、サービスはよかった。天候は関東付近は最高で、駿河湾などはきれいに見えたが、そこから先はなぜか薄曇りで、空港到着間際まで陸地が見えなかった。
旅行後半は天気が崩れることがわかっていたので、レンタカーを借りるとまずはアヤマル岬、大浜海浜公園を回って、途中高知岳展望台に寄りながら南部の古仁屋へ。薄曇りのため、思ったよりも海がきれいではなかったのが残念。宿泊はヤドリ浜のリゾートホテル。
翌日はホノホシ海岸などを見ながら時間をつぶし、1140の船で加計呂間島の生間(いけんま)へ向かう。前日に軽自動車を予約してあり、島内を3時間観光。道が異常に狭く、軽自動車でちょうどよかった感じだが、徳浜海岸、スリ浜などは、ちょうど天気がよくなってきて、エメラルドグリーンの美しい海が拝めた。レンタカーを借りてすぐに、なぜか島の人が車に乗り込んできて、渡連という集落まで乗せたが、なぜか500円もくれた。帰りは1540の船に乗り、少し早めにホテル着。
3日目はまず国道58号線を少し戻り、マングローブパークを観光。しょぼいモノレールに乗るところが怪しい。つづいて島の西側へ向かうが、道が異常に狭くなってきた。名音という集落からマテリヤの滝までは林道というより遊歩道で、借りていったカローラだと擦るのではないかというぐらいの狭さだった。くれぐれも擦らないように、慎重な運転を余儀なくされた。滝を観光後、マテリヤの滝から大棚の集落へ下る道があったようなのだが、「名瀬」の道標に従って進むと、なんと延々と1時間以上も林道を走る羽目になった。名瀬市街で昼になったのでコンビニで軽い昼食を購入し、奄美自然観察の森、笠利崎を観光して龍郷のリゾートホテルへ。もう天気が怪しくなっていて、笠利崎ではせっかくのサンゴ礁の色が汚いこと。いずれにしろ、ここまでに室外の観光スポットはほぼ回ってあるので、明日はおとなしく室内観光設備を中心に過ごすことになりそう。先を急いでも仕方ないので、4時ぐらいにホテルに入り、ゆっくりする。
最終日、まずは前日に予約していた金作原原生林ツアーに参加するため、8時ぐらいに出発して名瀬市内へ。ガイドブックには道の案内がなく、ツアーに参加するようにと書かれていたが、さすがそのとおりで、林道が異常に狭いし、道標もない。これはレンタカーで来るべきではないだろう。金作原ではガイドの説明を聞きながら、なかなか普段はお目にかかれない植物を見て回る。12時ごろにツアーが終了し、再びレンタカーに乗ってばしゃ山村へ行き、昼食とみやげ物購入を済ませる。昼食では名物の鶏飯を食べてみた。つづいて奄美パークに行くが、このあたりからかなり雲行きが怪しい。ただし、ここは室内観光設備なので、雨のことは心配せずゆっくり観光できる。展望台から見ると、滑走路っぽい敷地が残っており、ひょっとして古い空港だったのだろうか。ここの観光を済ませた後は、もう観光地はないし、雨模様のため、コンビニで買ったお菓子を食べながら、奄美パークの駐車場で時間をつぶし、さらに雨のアヤマル岬でも駐車場で時間をつぶし、飛行機の時間になったところで空港へ行く。帰りは奄美大島空港1900発のJAL1958便。
2005-5-5〜6 米沢、仙台
GW中のため、帰省中の久武氏が札幌へ戻る途中、怪しげな移動をした旅行。東京発816やまびこ45号で出発。福島からは普通に乗り換え、峠の力餅を賞味しながら米沢入り。上杉神社などを観光し、昼食は米沢牛をおごる。山形まで新幹線で移動し、そこから山寺へ。1時間しかなくて麓しか観光できなかったが、その後、仙台入りして、ちょっと早めの夕食で今度は一杯飲みながら牛タンを味わう。18時40分ごろに仙台駅で空港に向かう久武氏を見送る。氏はその後、飛行機で札幌へ戻った。
翌日はちょっとゆっくり目に出発し、あおば通駅から松島海岸駅へ向かう。松島では五大堂、瑞巌寺を観光し、船で島巡りを楽しむ。その後、仙台駅へ戻り、ラーメンで昼食を済ませ、空港リムジンバスで空港へ。新幹線に乗れば早いのに、わざわざCRJ機で成田へ行こうと、ANA3134便で1時間のフライトを楽しむ。帰国ラッシュで混みあう成田空港でなぜか仙台土産を持ってスカイライナーに乗車。
2005-09-23〜24 新潟
三連休が続くため、誘惑に負け、旅行に出た。23日の大宮発738のMaxとき305号で越後湯沢入りし、そこからレンタカーで、小出、只見、会津坂下、鹿瀬と経由して新潟駅前のホテルまでドライブ。塩沢石打から小出と、会津坂下から新潟まで、私としてはかなりの長距離高速道路に乗った。只見線沿線は人気が少なくかなり寂しい状況で、鉄道の意味があるのか怪しいと思えた。
翌日はまずは新津へ向かい、豪農の館と鉄道資料館を見学し、その後再び高速道路を利用し、弥彦、青海川駅、出雲崎、寺泊と見て回った。三条燕ICから米山ICまではかなり長距離だが、とくに長岡で分岐してからは交通量が少なく、気持ちよいドライブだった。寺泊を出発するのが遅れ、結局長岡のレンタカー事業所に着くと時間ぎりぎりになってしまった。帰りは長岡発1841のとき334号で、ひさしぶりの200系の乗り心地を堪能した。
長く会っていない久武氏に会うため、土日を使ってあわただしく札幌訪問した。
行きは羽田9時発のANA55便。初めての第2ターミナル利用だったが、出発口が少なすぎる感じだ。通過してからあれだけのボーディングブリッジがあるなら、もっと出発口がないと混雑するのは当たり前だ。宇都宮上空では宇都宮駅がはっきり見えた。そこからは曇り模様で、男鹿半島、函館市街などははっきりは見えなかった。新千歳空港からは、快速エアポートで札幌へ。そこからニセコライナーに乗るはずだったが、出発ホームがわからないうちに発車され、結局15分後のエアポートに乗る羽目に。それなら最初からそのエアポートに乗るべきだった。6両編成なのに異常に混みあっており、北広島あたりからは立ち客多数。また、札幌からの列車も札幌時点では立ち客多数で、手稲まではかなりの混雑だった。銭函からは久しぶりの海沿いの風景を楽しむ。雪との予報だったが、時々日差しもあり、思ったより天気はよさそう。
小樽で運河を散策し、そのあと、メルヘン交差点近くで昼食中に勤務を終えた久武氏から電話があり、昼食後、メルヘン交差点で落ち合う。
彼の車でまずは祝津へ。鰊御殿を見学し、そこからは余市、蘭島、塩谷の各駅をたどり、列車撮影を楽しむ。まだ4時30分ごろの塩谷ではすでに真っ暗で、北海道の日の短さを実感。そのあと、展望台で小樽の夜景を撮影したり、夜の運河を撮影したりと、撮影三昧の時間をすごし、札幌のホテルへ。
翌日は銀山、小沢、倶知安と函館線の駅をまずは巡る。どこもかしこも人気が少なく、さびしい。昼食はニセコ駅併設のレストランで。スキーにはまだ早いはずだが、若い女性の姿が目立つ。何が目当ての旅行なのか。そのあとは、真狩村を経由して、旧胆振線の跡をたどる。中学生のとき乗車して以来だから、もう20年ぶりになる。すでにそのときの記憶は薄れてしまっているが、旧新大滝駅前も含め、こんなにわびしかったかと思うぐらいわびしい。たしかに鉄道が廃止されてからもかなり経つので、やむを得ないところか。
壮瞥で旧胆振線に別れを告げ、昭和新山へ。そこからロープウェイで有珠山へ上る。まだ4時だというのにかなり暗い。三脚使用で山の写真を撮り、4時30分の最終便で下る。なんと山上の売店従業員まで一緒の便だ。車に乗ったころにはすでに真っ暗で、観光はできないため、そこからは撮影行となる。黄金駅では北斗15号を撮影。虎杖浜駅では北斗星2号を撮影するつもりだったがダイヤの乱れでなかなか来ない。あきらめて三脚を片付けだしたところでようやく通過、撮影し損ねた。空港で夕食をともにし、久武氏と別れる。
帰りは新千歳発2035のANA82便。ボーイング747-400Dで、はじめて2階席を押さえてみた。ほかの飛行機を見下ろす感じで、悪くない。家に着いたら11時30分ごろで、明日の仕事に備え、すぐに眠りについた。
ANAのマイルが異常にたまったので、宮古島を訪問した。
出発は3/9のANA125便。那覇でANA1723便に乗り継ぎ、宮古へ。羽田でチェックインしようとしたら、「離島は天候調査中」といわれ、チェックインに手間取る。那覇に近づいてみたら、確かに天候は最悪で、遠回りをしたそうで異常に時間がかかった。宮古行きの機材到着も相当遅れ、結局宮古着は30分ぐらい遅れてしまった。でも、宮古島に着いたら低気圧は去ったあとで晴れ間がのぞいていた。ANAのツアーのせいか、予定よりも広い部屋を充ててくれ、部屋からはきれいな海や伊良部島が拝めるし、最高の気分。
翌日は船で伊良部島へ渡り、レンタカーを借りて島を周遊。天気は快晴で、海が異常にきれい。下地島空港では、ちょうどJALの訓練飛行をやっていたのだが、ちょうど自分が着いたら着陸してしまった。残念。
3日目はホテルにレンタカーを配車してもらい、宮古島周遊。距離が短いのでヴィッツにしてみた。一人ならこれで十分のようである。この日も天気は快晴で、海がむちゃくちゃきれい。宮古からANA1724便で那覇へ。機内からの撮影が楽しめた。宮古島もきれいだったが、慶良間列島の海も最高だった。那覇からは再びレンタカーを借り、恩納村へ向かう。プライベートビーチのあるホテルだったが、修学旅行の高校生が多数おり、ビーチの見学はまたの機会とする。
4日目は午後から雨が降ることがわかっていたので、8時にホテルを出発し、万座毛、残波岬、座喜味城と周辺観光地を回る。そのあと、沖縄記念公園へ行ったのが失敗で、駐車場が一杯で入れない。スイッチバックしようとしたら車をぶつけてしまうし、最悪。幸い傷はたいしたことなく、そのまま近くのレストランで食事を済ませ、高速道路上の伊芸SAで小休止をしたりしながら3時ごろにはホテルへ戻る。ホテルへ着いたらなんと大雨。
最終日は天気も悪いので、まずは海中道路を通って伊計島を往復し、そのあと那覇市内の奥武山公園へ。12時30分ごろには着いたので、そこからモノレールで市内見学。モノレールの1日乗車券を買い、国際通りを散歩するなどした。幸い雨は降らず、傘はいらなかった。
帰りはANA132便にて羽田へ。今度は遠回りもしなかったので、行きと比べてかなり早く到着した。
2006-5-5 鹿島鉄道など
廃止が噂されている鹿島鉄道などをめぐった。
上野駅で久武氏と待ち合わせ、403系普通で取手へ。そこから関東鉄道でまずは水海道まで行き、単行DC快速に乗り換えて下館へ。快速は停車駅が少ないため人気が高いらしく、すぐには座れなかった。
下館からは水戸線で友部、そこからは常磐線普通で水戸へ。昼食を食べた後、鹿島臨海鉄道で新鉾田へ。鹿島臨海鉄道は、開業後すぐに乗ったが、あれからもう20年も経っているのに驚く。鉾田駅まで歩き、いよいよ今回の目的、鹿島鉄道である。
駅に着くと、なんだか試乗目的の人々が多く、現地の人はほとんどいない。1日乗車券を買い、石岡まで乗るが、古い車両が来て、ものすごい乗り心地である。途中の乗降も激しく、みんな写真撮影が目的らしい。あのように落ち着きがないと、地元客もたまらないだろう。
石岡からは常磐線普通で日暮里へ。連休のさなかのため、土浦で特急が抜いていったが、当然座れないのであきらめる。1時間30分もかかり、結構疲れるが、仕方がない。松戸でも特急に抜かれた。
日暮里からは山手線で池袋まで行く。途中で最近走り出した、新宿−東武日光直通特急が通り過ぎていく。さすがに連休中とあって、混みあっている。
2006-9-9-11 京都
久武氏と京都を巡った。
行きは9時発大阪行きANA17便。モノレールと阪急を乗り継いで河原町へ。ここで久武氏に電話すると、たまたま札幌発伊丹行きの便に乗れたそうで、20分後には河原町へ着くとのことで、そのまま待つ。合流後、昼食を済ませて、八坂神社、高台寺、清水寺と回り、さらにバスで東福寺へ。そこからJR奈良線で伏見稲荷へ向かう。この日は観光はここまでで、JRと地下鉄を乗りついで京都東急ホテルへ向かう。夕食は河原町付近の京料理店で。
翌日はホテル近くのバス停からバスに乗り、上賀茂神社、下鴨神社と回る。天気が最悪で、大雨が時々降るので、そのあとは銀閣へ行くのをやめ、三十三間堂、国立博物館を見ようと移動する。ところがこの辺から天気が回復してきたので、三十三間堂を見たあとそのまま銀閣へ向かい、近くの豆腐料理店で昼食を済ませた後、銀閣、哲学の道、南禅寺と回る。南禅寺ではまたもや大雨。あまりにひどい天気なので、そこから蹴上駅へ行き、地下鉄東西線で山科、JRで京都と、乗り回しに変更。それから梅小路蒸気機関車館を見て、ホテルへ戻る。夕食は京都駅ビル内の京懐石料理店で。
3日目はまず徒歩で東本願寺へ。そのあとバスと京福嵐山線を乗り継ぎ、嵯峨野へ。渡月橋、天龍寺、大河内山荘と回った後、トロッコ列車に乗り馬堀へ。そこからJRで戻り、嵯峨嵐山駅付近のレストランで京料理の昼食。そのあと、嵯峨嵐山駅付近のレンタサイクル店で自転車を借り、常寂光寺、二尊院、化野念仏寺、大覚寺と回る。自転車を返したあと、JRを乗り継ぎ三ノ宮へ。新快速は込み合っていて、結局大阪まで座れなかった。そのあと、地下鉄、北神急行で谷上へ、そこから神戸電鉄で湊川へ。さらに地下鉄で新長田、さらに新しい地下鉄海岸線でみなと元町へ。夜景撮影のため、海のほうへ行く。インド料理のレストランで夕食を済ませ、夜景撮影を行い、神戸駅からJRで三ノ宮、そこからポートライナーで神戸空港。帰りは神戸発21時ANA414便で羽田へ。ちっぽけな空港である。デートコースになっているらしく、若い男女の姿が目立つ。
2007-1-7-9 金沢
北陸フリー切符グリーン車用で、全工程グリーン車により金沢訪問。
大宮からは1138分発とき319号にて越後湯沢へ。3連休真ん中の日曜日だったが、さすがに込み合っており、グリーン車も8割がた席が埋まっていた。
越後湯沢からははくたかに乗り継ぎ。発達中の低気圧が通過中のため、直江津−柏崎間はすでにこの時点でバス代行とのことで、上りの新幹線の接続を待って、ほぼ5分遅れで出発。このときは、まだ少しの遅れで金沢につけるものと高をくくっていた。
出発後、十日町ぐらいまでは順調だったが、松代あたりからのろのろ運転することが増え、交換もないのに長時間停車したり、トンネル内の信号場で鈍行を待ち合わせたり、だんだん動きが怪しくなってきた。
ついに13時30分ごろついたくびき駅で先へ進めなくなった。強風でどうにもならないとのこと。隣のホームには1時間前のはくたか8号の姿が。この時点でようやく事態の深刻さに気づいた。とにかく2時間は待たないと動きがないのはわかっているので、せっかくのグリーン車での時間を楽しむ。
3時ぐらいからは、さすがに痺れを切らした一部の乗客が降り始めた。目的地が遠いので、タクシーなどではどうにもならないため、たまたま来た車内販売で飲み物を買い、そのまま待つことにする。
3時半ぐらいになって、はくたか10号の車両は越後湯沢まで戻るとのことで、隣のはくたか8号へ乗り移る。グリーン車はすいていたので空いた席に乗ってしまったが、一般席は込み合っていたかもしれない。
しばらくしてはくたか10号の車両は去り、ようやく出発。しかし、なんと15キロ規制で隣の犀潟駅まで30分もかかる。犀潟駅のホームには、下りのはくたか1編成と、普通1編成が停車中で中はもぬけの殻。おそらく代行バスで移動したのだろう。
犀潟から黒井までは普通に走ったが、また赤信号で止まり、また強風区間のため、注意運転だとのことで、また25キロ規制で出発。ここも一駅で30分かかる。ようやく直江津に着いたのは確か18時ごろ。そこから糸魚川までは普通に走ってくれたが、またもや次の青海駅の間で注意運転。今度は保線員が添乗し、25キロ規制にて走行。青海で保線員は下車し、ようやく普通に走り出した。とはいっても、たびたびスピードを落としながらの運転で、富山駅の手前ではホームが空いていないとかで駅手前で数分足止め。富山から金沢まではほぼ普通に走ってくれたものの、結局金沢着は定刻の6時間以上遅れとなった20時30分ごろ。はくたか10号から乗り移っているので、結局のところ遅れは5時間ぐらいではあったが、それでもさすがに疲労した。
翌日はまず兼六園へ、そのあと石川県立歴史博物館を見学し、さらに金沢城公園を散策。
香林坊で昼食を済ませた後、金沢駅1322発のサンダーバード15号で高岡へ。途中、新幹線路盤を確認しながら移動する。
到着後、まずは瑞龍寺へ。たまたま遭遇したお坊さんがわざわざ説明をしてくださる。そのあと、高岡古城公園、射水神社、高岡大仏と見て回る。そのあと、まだ時間があったので、土蔵造りの町資料館へ。担当の人が資料館内を隅々まで説明してくださる。電車の時間が迫ってきたので、高岡駅までは小走りで移動し、1601発しらさぎ14号にて金沢へ。さすがに連休最終日の祝日であるため、自由席は結構込み合っていた。
夕食は駅近くの料亭へ向かい、加賀料理を賞味する。
最終日はまず橋場町へ。徳田秋声記念館、泉鏡花記念館と、文学施設観光が続く。ひがし茶屋街はおもったより狭かったが、よく保存されていた。それから広小路までバスで移動し、そこからにし茶屋街などを散策、さらに野町駅を見学してから片町まで徒歩で移動。昼食を済ませてからバスに乗り金沢駅へ。周辺で時間をつぶした後、1414発はくたか15号で越後湯沢へ、さらに1702発とき336号へ乗り継ぎ、大宮へ戻る。今度はまともに走ってくれたので、あまりに早く着いた感があった。途中積雪があったのは十日町、越後湯沢付近のみ。なんとも暖冬の影響が深刻だ。
2007-9-1-4 香港
久武氏と、初めての海外旅行。マイルがたまっていたので、飛行機はビジネスクラス利用。
出発はANA909便。初めての成田空港ラウンジを堪能する。土曜日のせいか、なんだか込み合っていて落ち着かない。機内では、お昼だというのに夕食のようなメニューが登場して驚く。
香港空港にてJAL便で到着の久武氏と待ち合わせ、フェリーにてマカオ入り。夕食はホテルのレストランにて。
翌日はマカオ観光の後、船で香港へ。スーパークラスの船にしたことも災いして、席の手配に手間取り、結局久武氏と別の船で到着する羽目に。夜は山頂へトラムで上り、まずは展望台へ向かうが、異常に込み合っていて撮影どころではないので、そのままレストランへ入り、夕食を堪能した後、夜遅くなってから再び展望台へ行き、撮影を楽しむ。
3日目はまずはバスにて赤柱へ。そのあと、再びバスにて香港歴史博物館へ。そこからは電車を乗り継いでウォンタイシン、そこからバスで旧空港のすぐ近くの町並みを散策。さらにバスで旺角へ行き、地下鉄を乗り継いでホテルへ。夕食はホテルのレストランへ行ったが、カフェテリア方式であの値段は高い。
最終日は雨模様なので、北角へ行って路面電車を眺めたり、地下鉄を乗り回したりして時間をつぶした。ホテルからはシャトルバスで香港駅へ行き、そこからエアポートエクスプレスにて空港へ。先に出発するJAL便のゲート前でしばらく時間をつぶした後、ラウンジへ行って飲み物などを味わい、優雅に時間をつぶして機内へ。今度は機内が空いていて、入れ替わり立ち代りCAさんが現れて、「飲み物は?」とか言ってくるので、なんだか申し訳ない感じだった。
成田空港からは、スカイライナーが出発したばかりとかで、やむを得ず、京成の特急で日暮里まで帰ってくる。
2008-1-12-14 鶴岡
三連休を利用して、観光したことのない鶴岡、酒田をめぐった。
出発は1034大宮発つばさ111号で新庄まで。そこからは酒田行き普通で最上川を見学し、さらに普通で鶴岡へ。新庄付近は割と雪があったが、鶴岡、酒田はまだこの日は雪がなかった。夕食は駅前のレストランへ行ったが、このあたりから雪が本降りになってきた。
翌日は9時に駅前でレンタカーを借り、まずは鶴岡城横の致道博物館へ。夜から降り出した雪はすでに大降りで、雪に埋もれながらの観光となった。ただ、さすが冬タイヤなので、運転には支障はなかった。
そのあと、国道7号線経由で酒田にある土門拳記念館へ。このあたりから雪はさらにひどくなって、もはや地吹雪で前は見えない状況。まあ、なかなか経験できるものではないので、いい時期に来たと考えたほうがいいのかもしれないが。そのあとは、さらに北へ行って、途中道の駅で昼食を済ませてから、吹浦駅近くの十六羅漢岩へ。強風が吹き荒れて海も荒れ放題で、観光どころではなかった。帰りは庄内空港を見学しながら鶴岡へ戻る。まだ3時頃だったので、電車に乗ろうとしたら、天候不良で電車が遅れており、鶴岡で30分ぐらい待たされて、ようやくやってきた上り普通に乗るも、あつみ温泉まで行くと帰りの普通が捕まえられない状況だったため、一つ手前の五十川で降りて折り返す。行きはキハ40系だったが、帰りはキハ110系。車掌から社内補充券を買うというなかなか経験できない状況に陥る。五十川では雪がひどく、だいたい寒すぎるため、付近の散策はあきらめ、駅でひたすら列車を待った。夕食はホテルのレストランで焼肉料理を奢る。
最終日は鶴岡931発223Mで酒田へ。はじめての701系乗車となった。地方なのにロングシートというのはいただけない。確かに、鶴岡へ来る時のキハ40よりはスピードも出るし、その意味では快適ではあるが。酒田では、まずは本間美術館、続いて旧本間邸へ向かうが、残念ながら旧本間邸は休館日だった。時間をつぶすのに困ったので、まずは酒田駅の待合室で読書をして1時間ほど過ごし、1239発普通で遊佐まで。特急停車駅とは思えないたたずまい。図書館まで往復したが、やんでいたはずの雪がここで本降りとなり、帰りは傘を差してきたものの雪まみれになってしまった。1343発普通で酒田まで戻り、本間美術館前のコンビニでサンドイッチなどを購入。あわただしく駅へ戻り、1422発いなほ10号に乗車。庄内往復切符のため、いなほのグリーン車が無料となるため、グリーン車に乗る。ただ、いまや古典となった485系で、グリーン車とはいえ違いは足置きぐらいで、4列シートだし、グリーン車とは言えない設備にがっかり。まあ無料ならよしとせねば。
新潟までは約2時間の乗車で、新潟1643発MAXとき338号で大宮まで戻る。スキーシーズンのためか、新幹線は満席。
2008-9-27〜10-5 ヨーロッパ
前から行きたかった、モンサンミッシェルとベネチアを観光する贅沢旅行。
出発は1125発ANA205便。RERでパリ市内へ。リヨン駅の隣にあるホテルへ宿泊。あらかじめ予約してあったTGVの切符を受け取るが、やり取りはフランス語。さすがフランス。
翌日曜日はまずはモンパルナス駅までタクシーで行き、荷物を預けてから、モンマルトル、アンバリッドを観光。さらに徒歩でエッフェル塔へ向かうが、日曜日とあってあまりに込み合っているので、そのまま写真だけとってモンパルナス駅へ戻る。モンパルナス1605発TGV1等車に乗りレンヌに向かうが、日曜日とあってか普通の人たちが多数乗車し、リクライニングなどもないのでたった2時間でも結構疲れた。夕食はホテル近くのレストランに入ったが、会話はすべてフランス語。ただ、やはり昔習っていただけあって、一応単語ぐらいは拾えて何とかなった。
月曜日は駅前からレンタカーを借り、モンサンミッシェルへ。途中霧だらけで前が見えない最悪の天気だったが、到着して観光しだしたらなんとか晴れた。名物のオムレツを堪能し、レンヌへ戻る。レンヌ1705発TGV1等車に乗る。今度はビジネスマンが多く、行きの時と違って満席でもなかったのでゆったりできた。モンパルナス駅近くのホテルへ宿泊。
火曜日はまずはモンパルナス駅で往復切符を買って、シャルトルへ。大聖堂は期待を裏切らない素晴らしさ。そのあと、チュイルリ公園からコンコルド広場、凱旋門と徒歩で移動しながら写真を撮りまくる。凱旋門では360度の眺めを堪能。
水曜日はまずオルセー美術館で、ミレーやゴッホの絵を鑑賞。そのあと徒歩でマドレーヌ教会とオペラガルニエを観光。疲れたので、まだお昼前後だったものの、少し早めにホテルに戻り、しばし休憩。
木曜日は朝7時頃にホテルを出て、まずはタクシーでパリ北駅へ行き、そこからRERでシャルルドゴール空港へ。950発AF1426便にてベネチアへ向かうが、飛行機は遅れるは、リムジンバスの接続は悪いは、ホテルは意外と遠いはで、落ち着いたら既にお昼過ぎ。サンタルチア駅でお昼を済ませた後、水上バスの24時間券を買い、サンマルコ広場へ。ただ、すでに3時近い時間である上に異常な混雑で、大鐘楼に上って町を眺めるだけで4時になってしまい、観光施設は閉まってしまうため、やむを得ずそのままリアルト橋まで歩き、水上バスでホテルへ戻る。夕食はホテル近くのレストランで。本場のスパゲッティを堪能する。ホテルの部屋はいわゆるシングルルームで、値段の割に狭かった。
金曜日は水上バスでリアルト橋、そこから徒歩でサンマルコ広場へ。昨日観光しそびれた、サンマルコ寺院とドゥカーレ宮を観光。そのあと、水上バスで一駅乗り、サンタ・マリア・デッラ・サルーテ教会へ。なんだかなかなか水上バスが来ないため、やむを得ずもう一度サンマルコ広場へ戻り、そこから徒歩でホテルまで。リアルト橋からホテルまでが、意外と距離があった。昼食で再びサンタルチア駅のカフェテリアを利用し、時間が潰せたところで、ホテルへ戻り、荷物を受け取ってから、バスで空港へ。ベネチア1510発AF1727便でパリまで戻るが、実際には1時間近く遅れた。荷物がなかなかでてこなくて心配したら、なんとベルト変更だそうで、そういうことなら早く言ってほしい。そんなこんなで空港の外に出たのは19時過ぎだったろうか。リムジンバスに乗ったら、なんだか事故らしく異常に渋滞していて、ようやくホテルに入ったのは21時近く。もうレストランに行く元気はないので、近くのお店でパンとジュースを買い、夕食とする。そのあと、22時30分ごろになって凱旋門の夜景を撮りに出る。こんな時間でもまだ観光客が結構いるのは驚いた。ホテルの部屋は確かに広かったが、モンパルナスのホテルの倍の値段を払っていることを考えると、それほどでもないように感じた。
土曜日は少しゆっくり目にホテルを出て、まずはシャイヨ宮へ。逆光でエッフェル塔が写真にならないので、エッフェル塔の逆側へ回り、写真撮影。今日は前回と違って天気がいいので、いい写真になった。さらにノートルダム寺院へ向かうが、予想通り非常に込み合っているため、写真だけとって徒歩でリュクサンブール公園へ。大変疲れたので、そのまま30分ぐらいのんびりし、徒歩でモンパルナス駅まで行った後、メトロでまたもやエッフェル塔付近へ行き、今度はセーヌ川クルーズの船に乗船。座って休むには格好の乗り物。オステルリッツ駅で船を降り、メトロを乗り継いでホテルへ戻る。ホテル近くの乗り場からリムジンバスに乗り、空港へ。
パリ2000発ANA206便にて帰国。
2009-1-1-2 新年宮城旅行
新年早々、久武氏と宮城県を旅行した。
出発は922大宮発はやて5号。仙台駅前からレンタカーを借り、秋保大滝へ。駐車場に雪が結構積もっており、駐車に手間取る。そのあと、秋保温泉を経由して青葉城へ向かうが、1/1のため初詣客で異常な混雑で、1時間であきらめ泉中央駅付近までドライブ。昼食を取り損ねたので、途中のコンビニでパンを買い、遅めの昼食とする。3時半ぐらいにレンタカーを返し、いったんホテルにチェックインしてから周遊きっぷの特典を活用して利府駅まで往復。仙台駅で列車を待っているところで久武氏から連絡が入り、18:17分着の新幹線で到着するとのこと。利府往復後ホテルで一服し、仙台駅で久武氏を待ち受ける。夕食は市内でとったが、1/1のためほとんどの店が閉まっており、店探しに手間取る。
2日目はコンビニで簡単な朝食を購入して部屋でとったのち、快速南三陸1号に乗って前谷地まで。そのあと、普通を乗り継いで、石巻、女川と進む。快速南三陸1号は意外と混んでおり、小牛田からはさらに混み合う。涌谷で交換した上りの2号はさらに混んでいる。どうやら人気列車らしい。女川では港を眺め、金華山行の船を見送った後、石巻へ。昼食を取ろうと街を歩くが、これまた正月のせいかなかなか店が見つからない。ようやく見つけた食堂で焼きそばを食べ、12:55発のあおば通り行き快速で本塩釜へ。徒歩で塩釜神社へ向かうが、初詣客で周辺道路は異常な混雑。徒歩で観光する限りはそれほどの混雑ではなく、問題なく参拝を済ませて今度は東北線の塩釜駅へ。701系で仙台駅へ戻ったのち、昨日は参拝できなかった青葉城跡へ今度はタクシーで向かう。今度は問題なく上まで上がれたが、駐車場の狭さに驚く。あれでは、1/1は一般車を絞め出したほうがいいだろう。仙台駅へ戻ってからは仙台空港往復ののち、18:31発の臨時やまびこで大宮へ。終点までなんとか全員着席はできた感じだったが、1/3になるとああはいかないのだろう。
2010-1-2-3 新年茨城旅行
新年早々、久武氏と茨城県方面を旅行した。
出発は1000上野発スーパーひたち15号。原ノ町まで行き、お昼を食べたのち、701系普通で富岡へ。帰省客が乗っているらしく、2両という編成のせいもあって、なんだか込み合っている。富岡では列車撮影を行った後、415系1500番台でいわきへ。今度は4両のためか、余裕で座れた。ひきつづき、E501系10両編成で勝田へ。本当は富岡から特急に乗りたかったが、帰省ラッシュで混雑しているので、やむを得ず普通列車で2時間30分の旅をした。夕食は勝田駅前ホテル内のレストランであんこう鍋を堪能。
翌日は勝田発806のひたちなか海浜鉄道で那珂湊へ。久武氏は終点の阿字ヶ浦まで往復するとのことなので、小一時間町を散策する。そのあと、徒歩でおさかな市場を見学したのち、近くのバス停から大洗駅までバスに乗る。ひきつづき、大洗鹿島線に乗り、鹿島神宮へ。鹿島神宮へ近づくにつれ、乗客が増えていく。たぶん初詣客なのだろう。鹿島神宮では初詣と昼食を済ませ、1258発2534Mにて佐原へ。古い町並みを散策し、時間が余ったので街中の喫茶店で時間をつぶす。そのあと、1511発450Mにて成田へ。車両は211系で、帰省客が多く、混雑する。成田へ着くと、今度は初詣客が大量に乗り込み、山手線のような混雑となった。成田では成田エクスプレスの特急券を買い、そのあと成田さん初詣を行い、京成成田から特急にて成田空港へ行き、飛行機を見学する。すでに真っ暗で飛行機ははっきり見えないし、寒いしで、レストランでパフェを食べながら時間をつぶし、成田空港発1848の成田エクスプレス44号を待つ。わざわざ新型車に乗りたいがために、空港で長い時間を待つことになったが、乗り心地が良く、乗ってみる価値はあった。さすがに帰国客はすでに散った時間らしく、満席ではなかった。
2010-3-20〜22 米子、姫路旅行
マイルがたまっているので、それを消費するため、米子、姫路を観光した。
出発は羽田710発ANA811便。レンタカーを借りて、松江城と美保関を観光する。6時間しか車を手配しなかったため、昼食が取れなかった。
米子駅で車を返した後、市内を散策し、富士見町発1535の列車で境港へ。連続テレビ小説の影響らしく、水木しげるロードが異常な混雑。境線も観光客で込み合っている。帰りは境港発1720の列車。
翌日は米子発840のとっとりライナーと、倉吉発1013のスーパーはくと6号を乗り継いで姫路へ。姫路城を観光したが、来月から工事に入ってしまうためか、切符を買うのに30分。さらに、天守閣に登って降りてくるまでなんと2時間もかかった。観光後、姫路発1623の新快速、網干発1646の普通、さらに相生発1700のひかり473号を乗り継いで岡山へ。
最終日は、やむを得ず無料航空券が取れなかったため、岡山空港発945のANA654便にて羽田へ。
2010-4-30〜5/2 足摺岬、屋島旅行
マイルがまだたまっているので、それを消費するため、四国を観光した。
出発は羽田発720の松山行きANA583便。連絡バスで道後温泉へ行き、道後温泉本館を観光後、伊予鉄道を乗り継いで古町駅へ。列車撮影後、松山駅へ。松山発1121の宇和海7号(アンパンマン列車)で宇和島へ。昼食後、一般車のバスに2時間も揺られ、宿毛へ。非常に疲れた。宿毛からは列車で中村へ行き、レンタカーを借りて佐田の沈下橋を見学。途中の道がひどく狭い。
翌日は6時に出発し、国道321をかっ飛ばして足摺岬へ。なんとすでに観光客の姿が。そのあと、竜串へ向かい、美しい海の風景を堪能。続いて宿毛を経由して中村へ戻る。
中村発1324の南風20号グリーン車で宇多津へ。なんと車内販売はなく、高知は駅構内に売店もない。長距離特急でこの対応はひどいのでは。宇多津からは後を追いかけてくる快速に乗り換えて高松へ。
高松では、夜の時間をつぶそうと、高松築港駅から瓦町まで琴電に乗り、そのあと、バスで帰ってきた。
最終日もまずはレンタカーを借りて、屋島へ。天気がいいため、風景は最高。そのあと、津田の松原へ移動し、松林を散策。それから讃岐津田駅へ行き、列車を撮影。それから高松自動車道を使って高松へ戻り、鬼無−端岡間の踏切で撮影。列車本数が多いので楽しめた。それから県道を通って空港へ。
空港ではうどんと親子丼のセットを楽しむ。高松空港発1400のANA536便にて羽田へ帰還。
2011-2-11〜12 北九州
たまっているマイルを消費するため、北九州を観光した。
出発は羽田発900の福岡行きANA245便。鉄道を乗り継いで小倉へ。白いソニックは結構混んでいた。小倉では小倉城などを観光。時間が余ったので、西小倉から志井公園までJRで行き、そのあとモノレールに乗って戻ってきた。
翌日は鉄道で門司港へ。門司港レトロを観光しようとしたものの、鉄道記念館を見学し終えたあたりから強風でらちが明かないため、和布刈公園へ行く計画を変更し、鉄道で下関へ。サンデン交通の1日切符を買って、城下町長府へ。雪は本降りで、観光には最悪の天候。帰りのバスは30分もやってこないため、手がかじかんでさらに最悪。
時間が余ったので、下関駅から新下関駅までバスで移動。途中の国道2号線は高速道路ストップの影響か大混雑。
やっと到着した下関行きはなんと2両でひどい混雑。時間がまだあるので、行橋まで往復し、朽網駅から連絡バスで北九州空港へ。
1925分発SFJで出発の予定が、なんと機材に不備ありとのことで、2030発JAL378便に振り替え。こんな経験は初めてだったが、もともと通路側だった席が窓側になったのでよしとすべきか。
2011-5-3〜4 宮崎
たまっているマイルを消費するため、宮崎を観光した。
出発は羽田発720の宮崎行きANA601便。JRで都城へ。レンタカーを借り、まずは関の尾の滝へ。小雨のあいにくの天気。そこから飫肥へ。雨が降り続いているため、写真は撮れなかった。帰りは、青井岳駅を見学しながら宮崎駅近くのレンタカーオフィスへ戻り、宿泊は駅東口のホテル。夕食は駅のレストランで宮崎牛のハンバーグを。
2日目は、再び同じレンタカーオフィスへ行き、東九州自動車道を経由しながら日向市へ。馬が背は雄大な景色に感動。天気にも恵まれた。日向市駅近くのレストランで食事後、綾へ。つり橋は残念ながら掛け替え中。仕方がないので、お城を見学。帰りに平和台公園と田吉駅に寄りながら空港へ。空港で夕食を取り、1950発ANA618便にて羽田へ。
2011-7-16〜17 長野
3連休を利用して、長野県をドライブした。
出発は新宿発10:00のスーパーあずさ11号。さすがに連休初日とあって、自由席は異常な混雑。ただ、甲府で相当空いた。松本でレンタカーを借り、まずは松本ICへ向かうが、上高地へ向かう車なのか、意外と混雑していて時間がかかる。梓川SAで昼食のホットドッグを買い、そのまま高速を飛ばして姨捨へ。駅周辺で撮影を楽しむ。天気がいいので、最高の眺めを堪能する。
国道403で坂北へ向かい、そこから差切峡を通過しようとしたら、なんと災害とかで通行止め。仕方がないので、そのまま明科まで国道403を通る。だったら高速で豊科まで行けばよかった。明科からは、県道51号線を通って大町へ。途中北アルプスが見えるのだが、上のほうが雲に掛かっており、残念。大町からは国道147号線に入り、途中木崎湖を観光しながら白馬へ。駅近くのホテルで一泊。夕食は駅近くの和食レストランで、てんぷらを堪能。
翌日は、大出の吊橋を散策後、国道406で鬼無里へ。国道とは思えない悪路。県道36へ入り、戸隠へ。なぜか異常に混みあっており、神社の駐車場へは停められなかった。戸隠民俗館を観光したかったが、こちらも駐車は不可能。中社に停めて500円のバスに乗ってくれという案内もあったが、そこまでして観光するほどでもないため、そのまま走り去り、野尻湖へ行ってナウマンゾウ博物館を見学。野尻湖の風景を拝んだのち、信濃町ICから高速に乗って須坂長野東ICまで行き、長野駅へ出てレンタカーを返す。
新幹線まで時間があるため、長野電鉄で信州中野へ向かう。町は異常な暑さで大変。途中のおいしいラーメン屋でしばし休憩しながら、やっとの思いで陣屋県庁記念館へ到着。記念館前で馬に乗った子供の行列が出発準備しているのに遭遇。帰りも暑いなかなんとか駅まで戻り、元小田急ロマンスカー車両の特急で長野へ。長野発16:50のあさま540号まで、書店で時間をつぶす。
新幹線は、長野発車時点では半分も埋まっていなかったが、軽井沢で大量に乗り、満席となった。
2011-9-18〜19 会津
3連休のうち2日を利用して、会津方面をドライブした。
郡山に9時ごろ入り、レンタカーを借りる。途中中山宿駅に寄りながら、志田浜へ向かい、猪苗代湖からの会津磐梯山を見学。続いて五色沼へ向かい、散策。磐梯山噴火記念館に寄りながら桧原湖を一周。磐梯山ゴールドラインを経由して会津若松へ。
翌日はまずは飯盛山を観光。お城は駐車場が混雑していたのであきらめ、会津坂下−山都駅−旧熱塩駅−板谷駅と回る。山形県へ入ったころから雨が激しくなってきた。その後、福島飯坂ICから郡山ICまで高速を使い、戻る。郡山からは指定席が取れなかったため、16時始発のなすので帰京。
貴重な切符類のページもあります。