主は泣かれた

 

慈悲

一つの霊魂を失うときに主の御心が感じられるひどい心の苦悩

人間永遠の地獄

 

 

 

1.聖書

2.マリア・ワルトルタ

3.ヴァッスーラ

4.主はユダを思ってたびたび泣かれた

5.神は泣かれる

6.復活された主はシモンのマリア(ケリオットのユダの母)のために涙を流された

7.私は心動かさない神ではない

8.非常に感じ易いデリケートな心

9.主はヨゼフを偲んで泣かれた

 

 

 

 

1.聖書

 

エレミヤ13・17

 

あなたたちが聞かなければ

わたしの魂は隠れた所でその傲慢に泣く。

涙が溢れ、わたしの目は涙を流す。

主の群れが捕らえられて行くからだ。

 

 

エレミヤ14・17−18

 

あなたは彼らにこの言葉を語りなさい。

「わたしの目は夜も昼も涙を流し

とどまることがない。

娘なるわが民は破滅し

その傷はあまりにも重い。

野に出て見れば、見よ、剣に刺された者。

町に入って見れば、見よ、飢えに苦しむ者。

預言者も祭司も見知らぬ地にさまよって行く。」

 

 

 

ルカ19・41−44

 

エルサレムに近づき、都が見えたとき、イエスはその都のために泣いて、言われた。「もしこの日に、お前も平和への道をわきまえていたなら……。しかし今は、それがお前には見えない。やがて時が来て、敵が周りに堡塁を築き、お前を取り巻いて四方から攻め寄せ、お前とそこにいるお前の子らを地にたたきつけ、お前の中の石を残らず崩してしまうだろう。それは、神の訪れてくださる時をわきまえなかったからである。」

 

 

ヨハネ11・28−37

 

マルタは、こう言ってから、家に帰って姉妹のマリアを呼び、「先生がいらして、あなたをお呼びです」と耳打ちした。マリアはこれを聞くと、すぐに立ち上がり、イエスのもとに行った。 イエスはまだ村には入らず、マルタが出迎えた場所におられた。 家の中でマリアと一緒にいて、慰めていたユダヤ人たちは、彼女が急に立ち上がって出て行くのを見て、墓に泣きに行くのだろうと思い、後を追った。 マリアはイエスのおられる所に来て、イエスを見るなり足もとにひれ伏し、「主よ、もしここにいてくださいましたら、わたしの兄弟は死ななかったでしょうに」と言った。 イエスは、彼女が泣き、一緒に来たユダヤ人たちも泣いているのを見て、心に憤りを覚え、興奮して、言われた。「どこに葬ったのか。」彼らは、「主よ、来て、御覧ください」と言った。イエスは涙を流された。ユダヤ人たちは、「御覧なさい、どんなにラザロを愛しておられたことか」と言った。しかし、中には、「盲人の目を開けたこの人も、ラザロが死なないようにはできなかったのか」と言う者もいた。

 

 

マタイ23・37−38、ルカ13・34−35

 

「エルサレム、エルサレム、預言者たちを殺し、自分に遣わされた人々を石で打ち殺す者よ、めん鳥が雛を羽の下に集めるように、わたしはお前の子らを何度集めようとしたことか。だが、お前たちは応じようとしなかった。見よ、お前たちの家は見捨てられて荒れ果てる。」

 

 

2.マリア・ワルトルタ

 

マリア・ワルトルタ/受難の前日/P134

 

 緑の中の狭い小道を、親鳥が金色のひなを従えて渡って行く。ひなに危険が迫っていると思うのか、こっこっと強く鳴く。安全な場所に着くと、ひな鳥は母親の羽の下に隠れて、姿を消す。それを見つめていたイエズスの目から涙がこぼれ落ちる。

 

 

マリア・ワルトルタ/イエズス―たそがれの日々/P28

 

イエズスが泣いておられるのに気づくと、近寄って呼びかける。

「先生」

イエズスはそのささやくような声を聞いて、頭を上げ、逃げ出そうとするように服の裾をからげる。ヨハネは言う。

「先生、どうなさったのですか?ヨハネです。お分かりにならないのですか?」

イエズスは愛弟子ヨハネと知り、彼の方へ腕を伸ばし、二人は抱き合う。

 

 

 

マリア・ワルトルタ/イエズス―たそがれの日々/P30、マリア・ヴァルトルタ/私に啓示された福音/7卷中P124/464・16

 

ヨハネ、私を人間としてだけ見る者、あるいは霊だけとして見る者、私が試練を受けたことさえ否定する者に、今、言ったように告げなさい。・・・人間の理解の鈍さに贖い主が泣いたこと。・・・そして人間が私の涙によって贖われたことを告げなさい。

 

 

 

マリア・ワルトルタ/イエズス―たそがれの日々/P187

 

あなたは心の中で神はゆるしてくれまいと考えています。売春婦であることをゆるしてくれない世間と比較して、天もそうであろうと考えています。しかし神は世間ではない。神は慈悲です。神はゆるしです。神は愛です。あなたが私の所へ来たのは、私を滅ぼすために金をもらったからだが、実に創造主は悪いことを善に変えて人を救うことができます。もし、あなたがそう望めば、ここに来たことは善に変わるでしょう。救い主に自分の心を赤裸々に見せることを恥じてはならない。あなたがそれを隠そうとしても、神はそれを見て泣いておられます。神は泣かれ、愛されます。後悔することを恥じてはいけません。罪を犯したとき大胆であったように、悔い改めるときも大胆でありなさい。

 

 

 

マリア・ワルトルタ/イエズス―たそがれの日々/P250

 

「そうだとしても、私を愛していない人々の心ほど冷たくはないでしょう」と、イエズスは涙のきらめきを隠そうとするように頭を垂れ、独り言のように言う。

 

 

 

マリア・ワルトルタ/イエズスに出会った人々/3P41

 

「ユダ、このとおりです。大勢のあわれな母が息子の犯罪という武器で殺されます・・・私は母をあわれみます。私は母たちをあわれみます。母のためにあわれみを見ることのないその子、私・・・」

イエズスははらはらと涙をこぼす・・・ユダは驚いてただただ見つめるのみである。 

 

 

 

マリア・ワルトルタ/イエズスの受難/P14

 

「先生!泣いておられるのですか。私の墓前でも泣かれたと聞いています。それほど私を愛してくださった・・・。いま、また泣いておられる・・・。」

「ラザロ、私は“人間そのものです”、“神”だけではない。人間としての感受性も愛も持っています。母を思うときわたしは煩悶する・・・。」

 

 

 

マリア・ワルトルタ/聖母マリアの詩上P274

 

私たちを見守っていた聖人のそのまなざしを、死が消した時に、私は人間的に苦しまなかったと多くの人は思っている。神として、ヨゼフの幸福の運命を知り、そのためにリンボに短く止まって後、天が開かれて、そこに入ると知っていたので、その出発のために神として苦しんでいなかったとしても、人間として、彼の愛深い現存を失って空になった家でよく泣いた。私は、亡くなった友だちのために泣いたのに、私のこの聖なる養父のために泣かないことがあろうか。幼い時に彼の胸は、私の枕となったし、長い間、彼から多く、多くの愛をもらったのである。

 

 

マリア・ワルトルタ/イエズスの受難/P44

 

町を縦横に走る道や、ある区域を隅々までとりわけ長く見つめているうちに、涙の粒が見る見る大きくなって頬をつたう。身じろぎもせず、その何とも悲しげな沈黙の涙は、だれからも理解や慰めを得られず、ひとりぼっちで寂しく“泣くべき”であると語っている。(中略)

 

イエズスは、ヨハネのブロンドに頬を寄せ、腕を拡げてペトロの肩を持ち、これほど愛に満ちた所作で抱かれたまま涙を流し続ける。涙が自分の髪の間を流れていくのを感じたヨハネが再び尋ねる。

 

 

3.ヴァッスーラ

 

ヴァッスーラ

私の天使ダニエルP61

 

神父さまが私に、あなたなら私を教会から放り出し、たとえ教会の戸を叩いてもあなたは断ることがおできだから 開けないだろう、と仰った時 どうお感じでしたか。

 

泣いた。 顔を手に埋め 泣いていた。 私の教会はどの人のためでもある。 私の戸を叩く者は誰であっても歓迎する。 私、イエスが、戸を開く。 私はあなたを愛している贖い主です。

 

 

ヴァッスーラ/神のうちの真のいのち/6巻P137

‘92・9・14

 

イエス?

 

私です。 あなたのためにどれほど 御父に祈ったか知らないであろう、御母も勿論そうされたが! この世の犯罪を前に 私の目は日々涙が溢れてくる・・・寛大な霊魂たちを探し求めて 目は疲れ果てた  ♡  私は心が悩み 全身痛みでうち震え そのすえ我が杯が溢れ出さないかと この時代の罪を見下ろすのさえ差し控えるに至った。 私は新しい愛の讃歌(*)をつくって あなた方にうたって聞かせ 天からどの心にも届いて救い上げ 一人ひとりに抱く永遠の愛を呼び覚まそうとしている。

 

*これらのメッセ―ジ

 

 

4.主はユダを思ってたびたび泣かれた

 

マリア・ワルトルタ35・8/天使館第1巻P307

 

わたしは友情に感じやすく、ユダの裏切りには、精神的に十字架上の刑ほどに苦しんだのです。

 

 

マリア・ワルトルタ/イエズス―たそがれの日々/P175

 

そうです。私は善人過ぎるほど善人です、だれに対しても。それに値しない者に対しても。だがおまえの言う老人は、それに値する誠実な正直者です。といっても徹夜したのは、彼のためではなく、他の者のためでした。火打ち金と火種は湿っぽかったが、偶然、何かで濡れたからではなく、私の涙のせいでした。(中略)

 

私は彼らを待っていたのではない。“おまえを待っていました”昨夜ずっと、一晩中寝なかったのは、おまえのためだった、私は屋上に上り、星に私の苦しみを、暁に私の涙を見せた。病人の老人ではなく、不埒な若者、師を避ける弟子、天よりも掃きだめを、真理より偽りを選ぶ使徒が、私を一晩中ここに立たせました。そしてもう、おまえの足音が聞こえなくなったとき、また、おまえを待つためにここに下りた。盗人のように、暗い台所をうろうろしていた、おまえから一つだけのことばを待っていました。・・・私がおまえから一つだけのことばを待っていました。・・・私がおまえのそばに立っているのに気づいたときも、おまえはその一言を言わなかった。

 

(中略)おまえの言った通り、今日多くの病人が来るが、“一番重い病人”は医者の所へ来ないだろう。治りたくないその病人のために、医者自身が苦しんでいる。(中略)

 

「もし私があなたから離れたら、あなたはどうしますか?」

「何もしない、おまえがそうしたいのであれば。おまえのために祈ろう。しかし今、私も、おまえが私を離れるなら、『もう手遅れ』と言いたい」

「先生、なぜですか?」

「おまえは私と同じように知っている・・・。さあ火をつけてくれ。上をだれかが歩いている。今夜の不愉快な出来事は内緒にしておこう。『眠りが浅くて早く目が覚めました。部屋を暖めるためにここに来て一緒になりました』と言っておこう。・・・ああ私の父よ・・・」

 

 ユダは、囲炉裏に置かれていた薪を寄せ、カンナ屑に火がつくように息を吹きかける。イエズスは両手を頭に上げ、そして目を押える。

 

 

マリア・ワルトルタ/イエズス−たそがれの日々/P176

 

 『うそつき!』とおまえに言いました。うそがどんなに悪いかまだ分からない子供なら、二度とうそをつくなと教えるだけだが、大人でしかも真理そのものの弟子である男のうそはゆるせない。

私は一晩中おまえを待ち続け、火打ち金の載っていたテーブルを濡らして泣き、それから星の光の下で心を込めておまえに呼びかけました。

 

 

マリア・ワルトルタ/イエズス―たそがれの日々/P195

 

「私が何を望んでいるか?おまえのために人間になったことが無駄であったと言わなくていいようにとだけ望んでいる。しかし、おまえはもう他の父を持っている。他の国の者で、他のことばを話している・・・ああ、我が父よ、あなたの子、私の兄弟であるこの男によって、神殿がこれ以上汚されないようにするには、どうすればよいのでしょうか?」

 イエズスは御父に向かって、顔色は青ざめ、涙とともに祈る。

 

 

マリア・ワルトルタ/受難の前日/P26

 

ユダがふてくされた態度で金貨を集めている間、イエズスは疲れたように扉の開いた金庫にもたれかかっている。部屋の中は薄暗くなっていたが、散らばった金貨を集めるユダを見ながら、声を殺してイエズスが泣いているのが見えないほどではない。

 

 

マリア・ワルトルタ/受難の前日/P27

 

何分か経って、静かにヨハネが姿を見せ、入口に立ってその様子を見ると、イエズスに走り寄って肩を抱く。

「泣かないでください、先生。あの不幸な男の代りに私がなお一層あなたを愛して仕えます・・・」

イエズスを立たせて接吻し、神の流した涙を味わってから自分も泣く。

 

 

マリア・ワルトルタ/受難の前日/P28

 

イエズスの返答は疲れた頬に流れた一筋の涙である。

「ああ・・・彼は後悔しなかった・・・」

(中略)

「恐ろしいこと!そうだ・・・ヨハネ、ヨハネ・・・」

イエズスは愛弟子を抱いてその肩に頭を預け、苦しみのあまり身を震わせて泣く。

 

 

マリア・ワルトルタ/受難の前日/P167

 

「ユダ、どんなことでも最後の瞬間まで変えることができる。私に人間として最後の涙を流させるのですか・・・ユダ、友よ、考え直してくれ。天は私の祈りを聞いておられる。それなのにあなたは・・・私の祈りを無駄にしたいのですか。あなたのために祈っているこの私が何者か、よく考えなさい。イスラエルのメシア、御父の子です。ユダ、私の言うことを聞きなさい、わずかでもまだ時があるうちに・・・」

 

「いやです、聞きたくありません!」

イエズスは顔を覆い、草原の端に膝を折って、かすかに肩を震わせ、声もなく泣く。

 

(中略)

『私をゆるしてください。それだけを望みます』とさえ言えばよい。そう言えば、私はあなたを救い上げよう」

 イエズスは立ち上がって、両腕でユダを抱く。神なるイエズスの涙はユダの毛髪の中に散ったが、それでもユダには、その言葉が言えない。口は閉ざされたままである。

 

 

ヴァッスーラ/神のうちの真のいのち/5巻P21

‘90・11・11

 

娘よ、神のうちに生きるのがどんなに素晴らしいかを知ったなら 霊魂たちは誰も そう簡単には失われないであろう。 ユダのように自ら進んで 失われてしまわない限り。 彼は滅びへの道を選んだ、私から一歩ずつ離れて行くのを見ていて 我が心は悲嘆のあまり溶けだした。 彼のためにどれほど祈ったか。 そして彼のためにどれほど目を泣きはらしたか。 あれほど多くの小道を開いて、どの道も私に通じていたのだが、その道が彼のために用意されたと分かるや 歩み始めた道を抜け出してしまった、私の王国が この世の栄光をともなう地上の王国でないと気づき、彼の神 私に対する、悪口を心につのらせ、罪の上に反逆の心を加えたからだった。 彼は心を閉ざし 絆を断ち切り すぐさま私をうとんじるようになった。 正義か否かにたいする感覚は 闇のうちに閉ざされ まわりの世界を支配する者に従った。

 

5.神は泣かれる

 

マリア・ワルトルタ/イエズス―たそがれの日々/P187

 

あなたは心の中で神はゆるしてくれまいと考えています。売春婦であることをゆるしてくれない世間と比較して、天もそうであろうと考えています。しかし神は世間ではない。神は慈悲です。神はゆるしです。神は愛です。あなたが私の所へ来たのは、私を滅ぼすために金をもらったからだが、実に創造主は悪いことを善に変えて人を救うことができます。もし、あなたがそう望めば、ここに来たことは善に変わるでしょう。救い主に自分の心を赤裸々に見せることを恥じてはならない。あなたがそれを隠そうとしても、神はそれを見て泣いておられます。神は泣かれ、愛されます。後悔することを恥じてはいけません。罪を犯したとき大胆であったように、悔い改めるときも大胆でありなさい。

 

 

ルイザ・ピッカレータ/被造界の中の神の王国/2巻P18

 

「どれほど彼らは私を傷つけるのでしょう。私が彼らに用意したものを見ましたか。私は人間から退きます。」

 

イエズスがこう言ったあと、二人とも寝室にもどり、そのあと私は、人びとがもっと忌まわしい行いや殺人を犯すのを見た。ひとことで言えば、人びとは敵対していました。私たちが現場を去ったあとイエズスが私の心の中に来られ、すすり泣きしながらこう言いました。

 

「ああ人間よ、私はどれほどお前を愛しているでしょう。お前に罰を下すのに、どれほど苦しめばいいのでしょう! それでも私は正義を示します。ああ、人間よ、ああ、お前の運命を思うと、苦しくて泣かずにいられないのです。」

 

 そして泣きながら、再びこの言葉を繰り返されるのでした。こんなに深く悲しみ、泣いているイエズスを見ると、私の心は引き裂かれ、苦しみと畏れに押し潰されてしまう。

 

 

6.復活された主はシモンのマリア(ケリオットのユダの母)のために涙を流された

 

マリア・ワルトルタ/復活/P160

 

「神を裏切った者の母親・・・聞える?風がそう言っています。その声は世界に拡がる・・・みんなが言う・・・シモンのマリア、ユダの母・・・先生を裏切って十字架につけさせた奴の母だと・・・みんながそう言います。人間だけではない、小川も山鳩も、羊も・・・。みんな、みんな、私がどんな人間かを叫ぶのです・・・ああ、私はこのまま死にたい・・・神様は正しいお方だから、きっと来世では私を救い上げてくださるでしょう・・・けれども、生きている限り、皆は私をゆるしません・・・ユダの母親よ、という世間の声に、私は気が狂いそうです・・・」

 

マリアはやっとそれだけ言って、枕に頭を伏せる。アンナは彼女の髪をなでさすり、額においた布を取り替え、新しい水をくみに外に出る。

 

マリアは血の気のない唇をひらいて、

「ユダの母・・・ユダの母・・・ユダ・・・私はだれを産んだのだろう・・・」

 

イエズスは、弱々しい光りの差し込む部屋の中に立っている。窓は一つだけで、奥にあるベッドの反対側にあるので、ほとんど光りが届かない。

イエズスはやさしく呼びかける。

「マリア・・・シモンのマリア・・・」

 

苦悩にさいなまれているマリアの耳には、その声が届いていない。まるで時計の振子のように、こう繰り返すばかりである。

「ユダの母・・・私はどんな子を産んだのだろう・・・みんなが私に向かって言う・・・ユダの母・・・」

 

それを見守るイエズスのやさしい目尻から、二筋の涙が流れる。

(私はびっくりする。まさか、復活されたイエズスが涙を流されようとは・・・)

 

イエズスは、低いベッドの方に身をかがめ、熱のある病人の額においている布きれを取り払い、自分の手を彼女の額にあてる。

「あわれな女よ、世間があなたを何と非難しようと、神はその非難を覆ってくださる。私はあなたを愛しているのだから、何を言われようと、平和を取り戻しなさい。気の毒な母親よ、私の方を見てごらん。迷っている心を集中して、私の手の中におきなさい、私はイエズスです」

 

 シモンのマリアは、まだ夢を見ているようにそっと目を開き、主を見る。額におかれた主の手を感じ、自分のふるえる両手をそこに持っていく。

 彼女は声をふりしぼって言う。

「私を呪わないでください。主よ・・・私は、どんな子を産むのか知らなかった・・・もしその時知っていたら、自分の腹を引き裂いたでしょう・・・」

 

「ああ、マリア、それも罪なのだよ。あなたまで正義を捨てることはない。ただ自分のすべきことをしただけだから。かわいそうに・・・もう心配しないでよい」

 

「私はユダの母・・・あの悪魔が触れたものはみな、私も含めて不浄です。あの悪魔の母親に、どうぞ触れないでください・・・」

 

 額におかれた神の手をのがれようとして身悶えする。

イエズスの目から再び二筋の涙が流れて、病人の顔におちる。

 

「マリア、あわれみの私の涙で、あなたはもう清められた・・・私は、受難の最中でさえ泣いたことはない・・・だが、今はあなたをあわれむあまりに涙がこぼれた・・・」

 

それから、ベッドのそばの腰掛けにそっと腰をおろし、輝く目で病人を見つめながら、彼女の手をとって、そっとなでる。マリアの目からは、とめどもなく涙が流れるが、気持ちは大分静まってくる。

 

「・・・私を憎いとお思いにならないのですか・・・」

「私には愛があるだけだ・・・あなたも平和になりなさい・・・」

 

「あなたはおゆるしくださいましたが、世間は、いえ、あなたの母マリア様も私を恨んでおられるでしょう・・・」

「母マリアはあなたのことを、姉妹の一人だと思っていますよ。世間は残酷だけれど、私の母はいつくしみ深い人です。あなたは外出できないけれど、世間が少し静かになれば、母の方から出向いてくるでしょう。その時には、すべて片付きます・・・」

 

「・・・主よ、今私を死なせてください。愛してくださっているのなら・・・」

「・・・もう少し待ちなさい。あなたの息子は、私に何一つ与えることを知らなかったが、あなたは自分の苦しみを少しばかり与えてくださることができる・・・もう少しだけ待ちなさい・・・そう長い時間ではありません・・・」

 

「私の息子は、あなたに限りのない苦難を与えました・・・」

 

「そしてあなたにも・・・だが、それはもうすんだ事です。どうにもなりません・・・けれども、これからあなたは苦しみを役立てることはできます。この傷、私の血、そしてあなたの涙も、共にこの世を清めます。どんな苦しみも、この世を清めるためにある。私の血はもちろん、私の母マリアの涙も、あなたの涙も、そしてキリストと人間への愛のためにあるどんな義人の苦しみも、すべてそうです」

 

 イエズスはマリアを静かに横たえ、手を胸に置かせ、気が静まるのを見守っている。

 その間、アンナが戻ってきたが、入口でその光景を見て、はっと立ち止まる。

 

「アンナ、あなたは私の望みに従ってこのように行ってきた・・・従順な人々には、いつも平和がある。これからも平和のうちに生きなさい」

 それから、涙を流しつつ静かに横たわっているシモンのマリアに目を向けて言う。

 

「・・・主に希望をおきなさい。主はあなたを慰めてくださる・・・」

そう言って、彼女を祝福して去ろうとすると、シモンのマリアは、叫ぶように言う。

 

「私の息子は、一度の接吻であなたを裏切ったと聞きましたが、それは本当でしょうか・・・もし、そうなら、その罪の万分の一でも取り消せますように、どうぞあなたの御手の傷に接吻させてください・・・私にできるせめてものおわびに・・・」

その時激しい苦しみの発作がくる。

 

イエズスは、広い袖口で傷口を隠して手を出さない。むしろ、両手で病人の頭をかかえ上げ、腰をかがめて、熱と汗にまみれた頬に軽く口づけする。そして立ち上がりながら言う。

 

「私の涙と傷、だれも、これ以上の恵みを受けた者はいない、マリア、平和な心で生きなさい」

 

 

7.私は心動かさない神ではない

 

ヴァッスーラ/神のうちの真のいのち/5巻P234

‘91・10・24

 

私は心動かさない神ではない ♡ 我が心は思いやりに満ち 自らに感動を許している。

 

 

ヴァッスーラ/神のうちの真のいのち/10巻P232

‘02・6・1

 

そしてあなたは、娘よ、私の種子を運ばせているゆえ、これからも力強く播いていくように。 あなたが何を言うかはすべて 私が承知しているではないか? これを打ち明けさせてほしい、干からびて散らされた骨の間で あなたがもがいているのを見て 私の目には涙が溢れるように湧いてくる。 どんな父親も その跡継ぎの憂鬱な表情を見るのは苦しいものだが、私も、あなたの父として、苦しんでいる。 我が王宮で育てた子どもが 死の谷で苛まれているのを見て 私はこの情景に打ちひしがれる。 あなたの嗣業は生者たちの地にある、しかし私は 我が権能によるわざと 至高者としての荘厳なる栄光を もう一度人類に教え直すためにあなたを創造し 聖なる知恵をもって教え導いてきた! 愛と慈悲によってのみ 私は行動することを思い出させようとして。 その点では この時代に下すどんな天罰も 憐れみによる叱責に過ぎない。

 

 

ルイザ・ピッカレータ/被造界の中の神の王国/4巻P169

1902年3月10日

 

「我が娘よ、あなたが言う通りだ。安心しなさい。今私はあなたといっしょに居て、あなたから離れない。可哀想な娘よ、なんと苦しんだことか! 愛の苦悩は、地獄のそれよりもっとひどいものだ。何がそれ以上に、もっと苦しみを与えるだろうか? 地獄か、拒否を受ける愛か、または憎まれる愛か? 愛されている場合の愛は、地獄よりももっと霊魂を苦しませることができる。私が原因となってこの私の愛から暴力を加えられたあなたを見て、どれほど私が苦しむかをもしあなたが知ったなら! だから私をたくさん苦しませないためには、私の存在を取り去るとき、もっとあなたは静かにしていなければならない。あなたも想像してみなさい。もし私を愛さないだけでなう、私に侮辱を加える人たちが苦しむのを見ても私が非常に苦しむとしたら、私を愛してくれる人が苦しむのを見て、どれほど私が苦しい思いをするだろうか? と。」

 

 

8.非常に感じ易いデリケートな心

 

聖母から司祭へ1976.3.7

 

 なぜわが子イエズスは、御自分の心を慰める者がいるかどうかを求めるのでしょうか?

 イエズスは神でいらっしゃいます。しかしまた人間でもあります。完全な人間! その心は、神と人間との愛で波打っています。彼にはすべての愛が充ち満ちております。彼の心は最も愛した心、最も苦しんだ心、また侮辱や非難にも又、愛情にも非常に感じ易いデリケートな心でした。

 

 

9.主はヨゼフを偲んで泣かれた

ヨセフ

マリア・ワルトルタ/聖母マリアの詩上P274

 

私たちを見守っていた聖人のそのまなざしを、死が消した時に、私は人間的に苦しまなかったと多くの人は思っている。神として、ヨゼフの幸福の運命を知り、そのためにリンボに短く止まって後、天が開かれて、そこに入ると知っていたので、その出発のために神として苦しんでいなかったとしても、人間として、彼の愛深い現存を失って空になった家でよく泣いた。私は、亡くなった友だちのために泣いたのに、私のこの聖なる養父のために泣かないことがあろうか。幼い時に彼の胸は、私の枕となったし、長い間、彼から多く、多くの愛をもらったのである。