自分らは憐れまれなくてはならない

 

 

レアサイレン(妖婦)

 

 

 

妖婦について

霊界日記4344

 

 かの妖婦らはぶらつきまわっているが、そのことが彼らに許され、また善良な者たちを魔術と説得力をもって術策で悩ますことも許されていることは私を驚かせたが、しかしその理由は、主はたれ一人をも地獄に投げ込まれはしないが、彼らが彼ら自身でそのことを行うのであり、彼らの悪が、その頂点に達する時、彼らを地獄へ投げ込むということである。それが共通の受ける器となっており、それで悪い者らは霊たちの世界に非常な期間にわたって住んでおり、或る者は早く、或る者は遅く自分自身をそこへ投げ込むのである。その間彼らが得ている善いものと真のものとは分離して、内部の方へ引き寄せられ、その者を支配している悪が頂点に達し、同じような重さのために彼らは引き下ろされるのである。私は、妖婦らが霊たちの世界に長い間とどまって、多くの者たちを悩ましているが、いつも他の者たちの心を支配して、妖婦ら自身に従わせようとの意図からそうしたことを行っているのを見たのであるが、遂には彼らはいかようなものになるかを示されたのである、即ち、彼らは最初は髪の毛のかたまりのように現れているが―それは彼らの醜悪な形体的なもののみが彼らを支配しているというしるしである―後には顔が黒くなって現れ、かくて人間としては現れはしないのである。1749年[60歳]8月8日。彼らは、自分らは憐れまれなくてはならないという考えをその説得力のある魔術をもって吹き込もうとするが、しかし以下のように答えられた、即ち、たれ一人彼らを憐れむことは出来ない、彼らから害われようとしている者が憐れまなくてはならないのであり、そうした者の中の一人が彼らのような者の全集団よりも関心の的となるのであり、同じくまた、他の者たちに絶えず危害を加え、秩序を破壊しようと絶えずたくらんでいる悪に対し憐れみを感じることは秩序に反しており、そのことは丁度、裁判官が公共の善のことを、秩序の法則のことを考えているため、その断罪する者らを憐れむことが出来ないことと正(まさ)しく同一である。現在の場合もまたそれと同じである。もし彼らがその説得力をもった魔術により何かを仮にも得るとするなら、依然危害を加えることを止めはしないのである、と。1749年[60歳]8月8日。

 

 

 

 

啓示による黙示録解説110

 

『暗黒』に、『死の蔭』に、『暗闇』にいるが、目を主から開かれる者たちが聖言に多くの所で取り扱われており、彼らにより、善い業にはいたものの、主を知らなかったため、また聖言も持っていなかったため、何ら真理にはいなかった異邦人が意味されている。基督教界で業のみの中にいて、何ら教義の諸真理の中にいない者たちはこれらの者に正確に類似しており、それで彼らは異邦人以外の者としては呼ばれることは出来ない。彼らは実際主を知ってはいるが、それでも主に近づきはしない。彼らは聖言を持っていたが、それでもその中に真理を探求しない。『わたしはあなたの住んでいるところを知っている』により彼らの性質を知ることが意味されている、なぜなら霊界では各々の者はその者の情愛の性質に従って住んでいるからである。ここから『あなたはサタンの王座の在るところに住んでいる』により、暗闇の中にある彼らの善の生命が意味されていることが明らかとなるであろう。サタンの霊ども[悪鬼的な霊ども]は、霊界で業のみにいる者らを通して力を得ているが、しかしその者らがいなくては何ら力を持っていない、なぜなら彼らは、その者らの一人が、私はあなたの隣人です、だから善いことを私に為してくださらねばなりません、と言いさえすれば、その者らを彼ら自身に接合させるからである、即ち、その言葉を聞くと、彼らは近づいてきて、援助を与えるのである。彼らはまたその者が誰であり、またいかようなものであるかを尋ねもしない、なぜなら彼らは真理を持たないからであるが、しかし真理のみによって人は他の者から区別されることが出来るのである。このこともまた『あなたはサタンの王座の在るところに住んでいる』により意味されている。