ニーベルンゲンの歌-Das Nibelungenlied

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ジーフリトの弁明と反論



 と、ここまではハゲネ側からの弁明だが、ジーフリト側からの異議申し立てもあるに違いない。
 そこで、ジーフリトが何故、秘密を妻にバラしてしまったのか、という点について、そもそもの部分から述べてみたい。

 ジーフリトとブルグント族(主にハゲネ)との関係が崩れたのは、ジーフリトが「口にしてはならない秘密」をクリエムヒルトにバラしてしまっていたことが発覚したためである。
 クリエムヒルトは、大衆の面前でプリュンヒルトを辱めた。…そこまでは前にも語った。
 しかし、それだけなら「女の嘘だ」と、流すことも出来た。

 プリュンヒルトが「証拠はあるのか」と、問うたとき、クリエムヒルトはこう返している。

 「お留めにならぬほうがよろしいのに。
 証拠はこのわたしの手にある金の指輪です。
 これは夫が初めてあなたの側に寝(やす)んだ時、わたしに持って来てくれたのです。」(詩節847)


 この指輪が紛失したのが初夜の晩であることは、プリュンヒルト自身が一番よく分かっている。指輪がクリエムヒルトの手にある以上、彼女の言葉が全くの嘘だということは、在り得ない。
 だが気丈なプリュンヒルトは、なおも抵抗をこころみる。

 「この貴い指輪は私が盗み取られて、
 長い間意地悪く匿(かく)されていたものです。
 誰が盗んだのか、今ようやく突き止めることが出来ました。」(詩節848)


 クリエムヒルトが盗人だとすれば、彼女の名誉は守られ、逆にクリエムヒルトは、嘘をつくために盗みを働いた卑劣な人物となる。
 そこでクリエムヒルトは、動かぬ証拠とばかり、自分のしめていた帯を指し、さらに反論するのである。

 クリエムヒルトは再び言った、「わたしは盗人ではないはずです。
 あなたが名誉を重んじられるのなら、黙っておられればよいのに。
 私が嘘つきでない証拠にはわたしが締めている
 この帯をごらんなさい。夫は確かにあなたを妻としたのです。」(詩節849)

 指輪と違って、帯などというものは、そうたやすく盗みだせるものではない。帯を解くのは、服を脱ぐときだけで、服を脱ぐときというのは、プライヴェートな時に限られるだろう。
 しかも、その帯は、指輪と同じく初夜の晩に失われたものだった。となれば、彼女が帯をとき床についたとき、ジーフリトがそこにいたのは確実となる。
 この二番目の証拠によって、クリエムヒルトの言葉は、覆せない真実となるのである。


 なぜジーフリトは、このような盗みを働いたのか。
 たとえ妻に秘密をばらしてしまっても、指輪と帯がなければ「女同士の言い争い、口からでまかせです。」と、いうことで、丸く収まっていたはずなのに。

 ここにジーフリトの弁明がある。
 すなわち、その指輪はかつて、彼がプリュンヒルトに与えたものだったのであり、彼はどうしてもその金の指輪を盗み出さねばならなかったのだ、と。

 「ニーベルンゲンの歌」の原型となった、一連のニーベルンゲン伝説を確かめてみる。
 ジーフリトの原型であるジーフリトは、竜を倒し、莫大な財産を手に入れる。その黄金は、かつて北欧神話の身の代償として差し出したものであり、小人アンドヴァリの呪いがかけられている恐ろしいものだった。
 黄金の中には、アンドヴァリのはめていた指輪、神々が最後に差し出した指輪が含まれていた。これが、くだんの「貴い指輪」である。

 プリュンヒルトへの求婚旅行のシーンで言われているとおり、ジーフリトは、プリュンヒルトに面識があった。
 プリュンヒルトの家臣は、ジーフリトだけを見知っており(詩節411)、プリュンヒルトは最初にジーフリトに挨拶している(詩節419)。
 彼は過去に、この国へ来て、プリュンヒルトと知り合っていたのである。

 原型となるサガでは、ジーフリトはかつて、プリュンヒルトと婚約しており、その時の誓いの証しとして、ニーベルンゲンの指輪を渡している。「ニーベルンゲンの歌」では、婚約したとまでは書かれていないのだが、過去にプリュンヒルトの国を訪れたことまでは引き継がれている。
 つまり、この指輪は、彼がかつて愛の証としてプリュンヒルトに与えたものだった、と考えることができるのである。

 今は彼には愛する妻がある。過去の一時期とはいえ、プリュンヒルトと将来を誓いあい、大切な宝な指輪を渡してしまったことが妻に知られたら、妻は、今でもプリュンヒルトに思いをかけているのではないかと疑うかもしれない。
 その疑いを未然に防ぐためにも、指輪はプリュンヒルトから取り戻したい。
 指輪は、いま自分の妻であるクリエムヒルトが手にするべきものだ、と。

 だがここに、大きな落とし穴があった。
 詩節44でも言われているとうり、ジーフリトは、クリエムヒルトのことを知るまで、「ついぞ心の悩みというものを知らなかった」。
 「ニーベルンゲンの歌」のジーフリトは、過去に恋はしたことがない、将来を誓った乙女をすっぽかすような真似はしていない、クリエムヒルト一筋である…と、この詩人は書いてしまったのである。
 ならば、指輪は、ジーフリトが婚約のしるしにプリュンヒルトに与えたものでは在り得ない。
 よしんばジーフリトが与えたものだったとしても、彼には、それを取り返す理由がなくなってしまう。


 さらに問題なのは、ジーフリトが、指輪だけではなくまで盗み出していることである。
 帯はニーベルンゲンの宝ではない。サガなど、他の物語にも出てこない。従って、ジーフリトがプリュンヒルトに与えたものではないし、彼には、それを盗み出さねばならない理由は何一つ見当たらない。
 あるとすれば、「いたずら心」か。まさか「記念に」とは思っていなかっただろうか。

 指輪だけならまだプリュンヒルトにも言い返す術があったものを、帯まで盗み出してしまったことによって、彼はクリエムヒルトに、動かぬ証拠を提供してしまったのだ。
 しかもクリエムヒルトが、その帯の由来を知っているということは、グンテルと自分の悪巧みを洗いざらい話してしまったということにはならないか?

 これでは、口の軽い男と思われて仕方が無い。
 さらには一国の主としてふさわしからぬ盗人と非難されても、プリュンヒルトから深く恨まれても自業自得だ。

 ジーフリトの死は、結局のところ、弁護のしようもない自らの行為によって招かれたものと言えるのではないだろうか。


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