2018/06/01 改正著作権法成立と教育
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さる5月18日に改正著作権法成立した。
著作権法体系の質的な転換の始まりが予感される大きな改正であるにもかかわらず、大手マスコミの反応が弱いのは意外であった。
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もくじ |
- ニュース見出しを見てみよう
- 書籍全文検索 著作権者の許諾不要
- 教材ネット配信は許諾不要
- 柔軟な権利制限
- 人工知能(AI)開発
- まとめ 政府による解説
- 最後に
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成立から2週間。世間の反応から、改正の要点をグーグルで探ってみた。検索語は「改正著作権法成立」とした。
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・ | 書籍データ化、検索容易に 許諾不要で - 毎日新聞 |
・ | 書籍、全文をデータ化 ネット検索容易に - 毎日新聞 |
・ | 書籍全文をデータ化、検索容易に、著作権者の許諾不要 - 共同通信社 |
・ | 書籍電子化に許諾不要に 検索や盗用検証、利便性向上 - 産経新聞 |
・ | 書籍全文をデータ化、検索容易に 著作権者の許諾不要 ー 北海道新聞 |
・ | 書籍全文検索、著作者の許諾不要に - ITmedia NEWS |
・ | デジタル時代に対応 新聞記事や書籍の教材利用容易に - 産経ニュース |
・ | 教材のネット送信も許諾不要に - リセマム |
・ | 教材のネット送信も許諾不要に - ライブドアニュース |
・ | 教材ネット配信は許諾不要 - 教育新聞 |
・ | デジタル化・ネットワーク化の進展や障害者の情報アクセス機会の拡充等に対応 - カレントアウェアネス・ポータル |
・ | 権利者の利益害さなければ利用可能 - NHKニュース |
・ | インターネット上での著作物の利用を拡大する改正著作権法 - Infoseek News Quiz |
・ | 著作物で AI 開発 - 発明plus |
朝日や読売系列がないのは、財務省や加計学園や森友学園や日大アメフット部などの時事ネタに紙面を割きすぎたからだろうか? それとも、首脳陣がデジタル化への動きに鈍感なためだろうか?
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新聞社系列は押しなべて「書籍全文検索 著作権者の許諾不要」に焦点があった。共同通信の配信の影響だろうが、やはり根っこが紙版出版にあることがわかる。
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・ | 書籍データ化、検索容易に 許諾不要で - 毎日新聞 |
・ | 書籍、全文をデータ化 ネット検索容易に - 毎日新聞 |
・ | 書籍全文をデータ化、検索容易に、著作権者の許諾不要 - 共同通信社 |
・ | 書籍電子化に許諾不要に 検索や盗用検証、利便性向上 - 産経新聞 |
・ | 書籍全文をデータ化、検索容易に 著作権者の許諾不要 ー 北海道新聞 |
・ | 書籍全文検索、著作者の許諾不要に - ITmedia NEWS |
・ | デジタル時代に対応 新聞記事や書籍の教材利用容易に - 産経ニュース |
この改正は、すでにGoogleやAmazonなどが行っている書籍デジタル化の後追いで、遅すぎるとの印象がぬぐえないが、それでも日本でも大手を振ってできるようになることの効能は計り知れない。「黒船によるデジタル文明開化」と言われるようになるかもしれない。
出版物の9割以上は1年もしないうちに書店からなくなり世の中から忘れられていくと言われている。それらは時流に乗らなかっただけで消えていく著作物だが、デジタル化して集大成しておけば、時代に流されずに人知を活用できるようになるわけだ。
文字の出現 > 紙の発明 > 印刷の発明 > そして・・・
・・・ デジタル化 > 巨大コーパス+検索エンジン
人類の知の進展の 新しい転回点の号砲が聞こえませんか?!
目線を現時点の条文にもどそう。文化庁は次のように説明している。
著作権法の一部を改正する法律案 概要説明資料(AIの利活用促進関係)
文化庁長官官房著作権課 2018年4月
所在検索サービスを一般書籍まで拡大したのだ。
所在検索サービスとは、広く公衆がアクセス可能な情報の所在を検索可能にするとともに、その一部を検索結果と併せて表示するサービスのことである。回りくどい説明だが、用は Google やYahooや YouTube などが提供している検索サービスであり、筆者が公開している映画コーパス Seleaf や TEDコーパス selected360 や文法コーパス SCoRE on Talkies や対訳コーパス Corpora や論文コーパス NaCSE のことである。
こうしたこれまでの検索サービスはウェブに公開されたものが対象であった。ウェブになければ検索できないのは当然である。
今回の改正の眼目は、ウェブに公開されていない(他人の)著作物でも、ウェブ検索可能にできると言うことだ。
図書館にある書籍でも、映画館で上映された映画でも、CDに収録された音楽でも、テレビに映った放送番組でも、それらを検索するサービスを提供できるようになる。
時代と地域を越えてあらゆる知にアクセス可能となる時代を準備する第一歩が踏み出されたのである。正確には、すでに始まっていたのだが、そのための法整備がやっと誕生したのである。
たとえば、出版社は自社の出版物をコーパスとして検索可能にすれば、埋もれていた著作物に日を当てることができるようになる。
教育や学習ではウェブ検索の恩恵をすでに受けつつあるが、その対象が一気に広がる。ウェブ記事は得てして不安定なものが多く混じるが、出版物はそれら以上の安定性があるので、有効性が一気に高まると期待できる。
もうひとつ 情報解析サービスがある。これは、広く公衆がアクセス可能な情報を収集して解析し、求めに応じて解析結果を提供するサービスのことで、あるテキストを打ち込むと、それと同じ表現を含む文献を提供してくれるようなサービスが可能となる。
著作権法の一部を改正する法律案 概要説明資料(AIの利活用促進関係)
文化庁長官官房著作権課 2018年4月
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授業であれば、許諾不要で教材をデジタル化できる改正に注目したのは、ウェブ系のメディアだった。
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・ | 教材のネット送信も許諾不要に - リセマム |
・ | 教材のネット送信も許諾不要に - ライブドアニュース |
・ | 教材ネット配信は許諾不要 - 教育新聞 |
・ | デジタル化・ネットワーク化の進展や障害者の情報アクセス機会の拡充等に対応 - カレントアウェアネス・ポータル |
知を扱う業界で 一番遅れているのが教育界だとされる。いわゆる「萎縮」である。萎縮させてきた国が、萎縮しているのは問題だと言うのはお門違いだが、そこに踏み込んだことは評価したい。資料を見てみよう。
【資料 1】
問題の所在
著作権法の一部を改正する法律案 概要説明資料(AIの利活用促進関係)
文化庁長官官房著作権課 2018年4月
【資料 2】
学校でのICT活用教育における著作物利用を巡る課題の概要
遠隔授業に関する著作権制度について
文化庁長官官房著作権課 2017年2月
紙版教科書のデジタル化授業について10年以上取り組んできた筆者は、一昨年から出版社と提携した研究授業を行ってきた。出版社との交渉には苦労した。快諾する出版社もあれば、数ヶ月交渉しても無駄だった外資系もあったが、そうした手間が軽減されることは、教育現場には朗報である。
紙版教科書デジタル化プログラムについてはバックナンバーに詳しい。
・ 2017/07/22 > Talkies / iBook 公開
・ 2017/03/05 > 言語教育エキスポ 2017 ウェブ授業研究
・ 2017/01/06 > ウェブ授業で出版社と合意
・ 2016/11/26 > 教科書ウェブ活用研究がスタート
こうしたデジタル化の取り組みは、一斉授業とeラーニングの教材(=学習内容)の違いによる無駄を省くことで、学習効率をあげるとともに生徒と先生の負担軽減を目的としている。このあたりのことは以下の公開論文が出発点となっている。
・ 一斉授業と個別学習を融合させるソフトウェアとコンテンツ(神田明延,田淵龍二 2005)
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著作権法の質的転換に焦点を当てたものは少なかった。
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・ | 権利者の利益害さなければ利用可能 - NHKニュース |
・ | インターネット上での著作物の利用を拡大する改正著作権法 - Infoseek News Quiz |
著作権保護の法体系には 日米で際立った質的相違があることをご存知だろうか?
- 日: 保護を前提とし、無許諾利用条件を逐一条文に記す
- 米: 利用を前提とし、問題が生じれば個別に解決する
すこしざっくりとまとめすぎた嫌いがあるので、敷衍しておく。
まず利点について
- 日: 条文の範囲で条文どおりに行えば リスクがない
- 米: 利用者の判断で創造的な利用が可能になる
企業の永続性に価値を置く日本では、安定的に事業が行える点で好まれてきた。
また、条文に従っていればよいので、専門的知識に金を払わなくてもやっていける。
利潤の高いところに資本を転がしていくことに価値を置く米国では、リスクを負っても新しい産業分野を切り開くことが好まれる。
自己判断を確かにするための専門家に金を惜しまない。
こうした違いが、GoogleやAmazonなど米IT企業の飛躍と、日IT企業の不振のひとつの要因であるとの指摘もある。
次に欠点について
- 日: 法律制定時にはなかった態様の著作物や利用法に対処できない
- 米: ケースバイケースバイなのでリスクが多く、商業利用には向かない
米国のこうした著作権の仕組みは フェアユース と呼ばれている。権利者の利益を著しく害しない限りは許諾なく利用してよいとの規定である。
このフェアユース的な制度設計を取り入れたのが今回の法改正である。質的大転換だ。日本語では「柔軟な権利制限規定」と呼んでいる。
IT方面に投資したい企業を抱える経団連が今回の法改正に賛同したのは当然である。そこで、経団連の見解から「柔軟な権利制限規定」の利点と欠点を見てみよう。
経団連の主張する
- 利点: 急激に進展する技術革新に対応できる
- 欠点: 基準が明確でないので、かえって萎縮する恐れもある
(出典 ⇒柔軟な権利制限規定のあり方 日本経済団体連合会 日本経済団体連合会 2017年3月29日)
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急激に進展する技術革新に対応する第一は人工知能(AI)開発であるが、デジタル化社会の到来に必須な人工知能(AI)開発に言及したものがひとつだけあった。
AI開発と著作権がどのように関係しているのだろうか。文化庁の説明を見てみよう。
著作権法の一部を改正する法律案 概要説明資料(AIの利活用促進関係)
文化庁長官官房著作権課 2018年4月
AIについて少しだけ説明しておく。基本的には3つの要素からできている。
1. アルゴリズム
2. 大量のデータ
3. 評価システム
1. アルゴリズム
AIと言っても所詮はコンピュータによる計算なので、計算させる論理プログラムが必要である。この仕組みはすでに前世紀にはできていた。
2. 大量のデータ
AIはヒトで言えば経験知の集大成なので、たくさんの元データが必要となる。優良なデータが膨大にあるほど、AIはもっともらしい結果を出してくれる。AI囲碁がヒトに勝ったわけがここにある。囲碁は数百年前から棋譜と呼ぶ優良データを蓄積していたのだ。
3. 評価システム
AI自身には目的(欲望)がないので、計算結果に対する評価をヒトが決めてあげなければならない。囲碁で言えば勝ち負けであり、石の生き死にである。
1. のアルゴリズムと、3. の評価システムは専門家の努力で解決可能であるが、2. の大量のデータには著作権の壁があった。データは著作物であるからだ。それを取り払ったのが今回の改正である。
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最後に条文に即した文部科学省の説明を紹介しておく。
【改正の趣旨】
デジタル・ネットワーク技術の進展により、新たに生まれる様々な著作物の利用ニーズに的確に対応するため、著作権者の許諾を受ける必要がある行為の範囲を見直し、情報関連産業、教育、障害者、美術館等におけるアーカイブの利活用に係る著作物の利用をより円滑に行えるようにする。
【改正の概要】
@デジタル化・ネットワーク化の進展に対応した柔軟な権利制限規定の整備(第30条の4、第47条の4、第47条の5等関係)
・著作物の市場に悪影響を及ぼさないビッグデータを活用したサービス等 ※ のための著作物の利用について、許諾なく行えるようにする。
・イノベーションの創出を促進するため、情報通信技術の進展に伴い将来新たな著作物の利用方法が生まれた場合にも柔軟に対応できるよう、ある程度抽象的に定めた規定を整備する。
A教育の情報化に対応した権利制限規定等の整備(第35条等関係)
・ICTの活用により教育の質の向上等を図るため、学校等の授業や予習・復習用に、教師が他人の著作物を用いて作成した教材をネットワークを通じて生徒の端末に送信する行為等について、許諾なく行えるようにする。
B障害者の情報アクセス機会の充実に係る権利制限規定の整備(第37条関係)
Cアーカイブの利活用促進に関する権利制限規定の整備等(第31条、第47条、第67条等関係)
【施行期日】
平成31年1月1日 ただしAについては公布の日から起算して3年を超えない範囲内において政令で定める日。
原本はこちら ⇒著作権法の一部を改正する法律案(概要)
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筆者は教育に関わる者として、他人の著作物を使う立場である。また、教材作成者として著作物を生産する立場でもある。
今回の法改正で、利用者の行動範囲が大きく広がったことは間違いない。またこれは著作者にとっては、自分の作った著作物が時代を超えて広く世に知られる機会が増大することでもありうれしいことだ。
ウェブサイトでの公開は、速くて広くて安価で手軽である。しかし、サイトを閉じると何も残らない。Googleで検索するとヒットしたのに開かないページである。
そうすると、遅くて狭くて費用のかかる書籍ではあるが、出版物として世に出せば、誰かがどこかでウェブから検索できるようにアーカイブとしてくれる可能性が出てくる。
時流に関わらず知の蓄積が可能となる時代がやってきたのかもしれない。
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2018.06.01 田淵龍二
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