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時の話題2008-10
LAST UPDATE 2009-03-18
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今月の目次
◇印は《日々雑感新掲示板》より転載
多文化共生をすすめる外国人青年の会(08/10/30〜09/1/5) ◇怒り忘れず(08/10/28) ◇外食店のピンチ(08/10/27) ◇映画「靖国」と奈高総研研究集会(08/10/18) ◇益川教授と反戦平和(08/10/12〜21) ◇金融安定化法案(08/10/4) ◇いじめる方が100%悪い(08/10/3)

【多文化共生をすすめる外国人青年の会】vol.491《日々雑感より》
◆29日は、勤務校の「人権を考える全校集会」。「多文化共生をすすめる外国人青年の会」からお二人に来ていただき、ハートに響く熱いお話をしていただいた。新渡日外国人が急増する昨今だが、ごく一部の事件をセンセーショナルに報道して「犯罪者扱い」する差別・偏見が広がるゆゆしき状況を打破したい。温かい心を持つ同じ人間として、ともに暮らし、ともに尊重しあえる生活感覚を生徒たちに身につけてもらいたい。(1413、08/10/30)
◆多文化共生をすすめる青年の会総会に参加。奈良県外教在日外国人生徒交流会の卒業生の会だが、在日外国人教育を続けることと、こうした繋がりを大切にすることの意義を再確認。(1458、09/1/5)[→10月目次]


【怒り忘れず】vol.490《日々雑感より》
◆昨日・今日と様々な人権侵害事象の情報が入ってくる。高校生に対する中傷スレッド、教員による部落差別書き込み、障害者に対する教員の差別暴言、外国籍高校生に対する入管の人権侵害、などなど。怒り心頭だが、どこか慣れっこになっている自分にも愕然とする。常態化による人権感覚の麻痺は、ネット上にも身近な生活にも多々ある。過密労働や格差社会がもたらすひずみがマイナスのスパイラルを生む状況、情報リテラシーを伴わず進展する情報テクノロジーがそれを拡散させ加速させている。教育課題として、市民の社会的運動として、それこそネットワークを育み取り組みたい。(、08/10/28)[→11月目次]

【外食店のピンチ】vol.489《日々雑感より》
◆昨日のショッピングモールでは人がいっぱいだったが、妻いわく、「通りの飲食店駐車場はずいぶん空いていたよ」。やはりそうだったか!地域や国単位の風評被害は問題だが、食の安全への心配は、ある意味当然である。飲食店や食品業界も辛いところだろうけど、安全な食材確保と保管・調理に努め、不正表示防止の対策もしっかりと取り組んでもらいたい。政府も、業界の利益より、消費者の安全を優先させる政策を徹底してもらいたい。賞味期限切れの食材を加工食品になら使ってもよいように規制緩和する動きがあるが、以っての外だ。(1411、08/10/27)[→10月目次]

【映画「靖国」と奈高総研研究集会】vol.488《日々雑感より》
◆今日は奈高総研研究集会。午前は挨拶に続き韓国の教組から挨拶。引き続き、映画「靖国」の上映。物議をかもした映画だが、靖国神社が戦争遂行と遺族懐柔の装置だということがよく解るドキュメンタリー作品だ。午後は、新渡日外国人生徒に関わる現場からの報告2本と、夜間中学運動の報告。kurochanももっと関わり、もっと実践しなきゃと決意新たに。(1405、08/10/18)[→10月目次]

【益川教授と反戦平和】vol.487《日々雑感より》
◆益川教授の「9条の会」の活動について、テレビは決して報道しない。テレビ報道の恣意的な歪みを読み取らねばならない。(1400、08/10/12)
◆先日、アメリカの原子力空母ジョージ・ワシントンが横須賀に入港したのも、一時的なニュースにしかならなかった。給油法案の国会審議もさしたる話題にのぼらない。益川教授の人間味を取り上げても平和運動には決して触れない。スポンサーに気兼ねするマスコミが反戦平和や人権問題の実態から目をそらしがちな上、経済的不安がさらにこうした話題を遠ざけるのだろう。まだ日程は流動的だが、総選挙の争点になるべく世論が盛り上がれば、幾分状況は変わると思うのだが、センセーショナルな悪人探しにご執心のマスコミに期待するのは無理な話なのだろうか。(1408、08/10/21)[→10月目次]


【金融安定化法案】vol.486《日々雑感より》
◆目先の選挙対策の側面が強いとはいえ、米下院が金融安定化法案を否決したのはさすがだと思ったのもつかの間、上院はそれを可決し、ついに下院が再可決してしまった。バブル崩壊時の日本同様、いや、より選別された形で、金融機関の不良債権肩代わりという税金の大泥棒を国家権力の名の下に行おうとしていると言えよう。格差助長をごまかす解説は有害である。世界各地の株価下落より、そうした論理の世界的波及こそが人としての生存を脅かすと危惧する。(1394、08/10/4)[→10月目次]

【いじめる方が100%悪い】vol.485《日々雑感より》
◆非攻撃的自己主張とも訳されるアサーティブネスを身につけさせる必要を痛切に感じる。「いじめられる方も悪い」という考え方は全く間違っている。「いじめられない上手さを身につける」というならまだ分かるし、「間違いを批判する」というのも必要な事だ。しかし、「相手が気にくわないから嫌がらせをする」というのは全くもって正当化できない。いじめられていることを親や教員に打ち明けない子どもも多い。「心配をかけたくない」と子どもはよく言う。それも正直な気持ちだろう。また、相談すれば「チクったな!」と余計にいじめられやしないかと心配だったりもする。それ以前に、相談しようと思える信頼できる大人が身近にいなかったりということもある。そして、自分自身も「いじめられている」ということを認めることは屈辱だし、そんな目で親や教員にまで見られるのはたまらないと感じるのだろう。「いじめられるのは恰好悪いことではない。いじめる方が恰好悪いのだ」ということを、いじめっ子にこそ学ばせなければならない。いじめるという恰好悪い方法で他人と関わる自分の心の貧しさを恥じさせなければならない。他人からの信頼を失う損な事だと気付かせなければならない。いじめてしまう自分の心理を正直に見つめ、いかに人との関係を結べば救われるのかを学ばせなければならない。意図せず人を傷つける場合もあるが、それも許されないのだという事を知らねばならない。自分の気持ちではなく、受け手の気持ちをまず尊重する謙虚な態度を身につける大切さ、アサーティブネストレーニングの必要性を実践課題に生徒と関わっていきたい。(1393、08/10/3)[→10月目次]


























<アンカージャンプ用の画面余白です>