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時の話題2007-7
LAST UPDATE 2007-10-19
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◇印は《日々雑感新掲示板》より転載
教育課程研究集会2007(07/7/30) ◇奈良県外教第35回学習(07/7/30) ◇参院選2007民主圧勝と安倍続投(07/7/29〜31) ◇保育・教育の質低下の背景(07/7/28〜10/1) ◇奈良県農業クラブ大会2007(07/7/25) ◇原発という防災課題(07/7/18) ◇災害時の情報と人権(07/7/17) ◇新渡日外国人サポートネットワーク(07/7/9) ◇具志アンデルソン飛雄馬さん(07/7/7) ◇「くろちゃんからのお手紙です」再開(07/7/7) ◇ケータイ講話(07/7/4〜10/4) ◇親や教員の態度と子育て(07/7/2〜27) ◇久間発言に代表される戦争肯定体質(07/7/1〜4) ◇『僕はパパを殺すことに決めた』(07/7/1)

【教育課程研究集会2007】vol.402《日々雑感より》
◆教育課程研究集会・公民の部では、3名の教員が実践発表をし、指導主事が講話をするといういつものパターン。さまざまな課題や掘り出し物の資料に加えて、小ネタをうまく使って引き付ける技に感心させられ、大いに触発された。例えば、昨夜の参院選開票の様子を見学に行ったとのことで、その写真を白板に張り付けたのには「やられた!」という感じ。問題提起の質とは別に、聞かせる技・考えさせる工夫がプロには必要なのだと改めて痛感。なぜか配布された遺族会の平和資料には、被害の記録はあっても加害の記憶がすっかり抜け落ちているんだよね。(1073、07/7/30)[→7月目次]

【奈良県外教第35回学習】vol.401《日々雑感より》
県外教第35回学習会は、笑福亭銀瓶(ぎんぺい)さんの落語と講演。鶴瓶の弟子で、ラジオのパーソナリティとしても名の通る彼は、今年40歳になる在日コリアン3世。生いたちや、韓国語落語に取り組む思いなどを軽妙な語りでたっぷり聞かせてくださった。いろいろな在日コリアンがいるが、こういう人もまた面白い。書籍売り場で購入した宋富子(ソンプジャ)さん著『愛するとき奇跡は創られる』を早速読み始めるが、幼き頃の彼女の苦労・被差別が、新たな渡日外国人のとりわけ子どもたちに再び繰り返されていることを想起しなければならない。奈良ではよく知られている人権読本『なかま』で紹介されていたし、一度その一人芝居を観る機会もあったのだが、彼女の苦労は想像以上だった。銀瓶さんも、彼女のようなハルモニの身世打鈴(シンセタリョン)を韓国語落語にして、「在日」ならではの恨(ハン)を本国の人たちに伝えてほしいものだ。(1073、07/7/30)[→7月目次]

【参院選2007民主圧勝と安倍続投】vol.400《日々雑感より》
◆参院選の開票中だが、民主が圧勝で、単独過半数の勢いという。自民は惨敗で、赤城農省に責任を押し付けて取り繕うというわけにはいかないだろう。今回の選挙の争点は、年金問題よりも、改憲と格差拡大を止めるか否かにあると思っていたが、与党にすれば争点をぼかしたもののボロが出過ぎたというところだろう。問題は今後の民主だ。社会党の村山を老獪な自民が囲い込んだ例を思い起こす。それに、民主は自民に負けず劣らぬ雑多な政治信条の人々の寄せ集めだ。過半数になったとしても、「9条改憲」の危機は残る。柔軟さと広範な期待を大切に、生活破壊の政治から豊かな共生社会の実現に梶を大きく切ってもらいたい。(1072、07/7/29)
◆今日の天声人語はなかなかよくできている。タレスと荀子を安倍続投に引っ掛けるとは、コラムの見本だね。それにしても、某右派系全国紙同様、赤城農水相首相に責任をかぶせるとは見苦しい首相だ。小澤だって靖国に提灯掲げる警戒すべき政治家だから、「お試し期間」に思わぬ本性が見えてくるかもしれない。(1074、07/7/31)[→7月目次]


【保育・教育の質低下の背景】vol.399《日々雑感より》
◆北九州の無認可保育園が園児をワゴン車に放置し、熱射病で死亡させた事件は、あまりにも腹立たしい。子どもを預かるプロとしての自覚に欠くずさんな保育園は、実はかなりあるに違いない。事実、kurochanの長男を一時期預けていた無認可保育園も、地元では割と知られた保育園だが、カビの生えた哺乳瓶を使っていたことが後からわかったりして、胡散臭さが的中したと思ったものだ。保育園ばかりではない。県内のとある公立小学校での不適切な席替えと学校側の事なかれ主義的対応をある卒業生から聞き、探りを入れようと思っているところだ。さらに、少子化のピークが過ぎ、教員採用枠も増える傾向にあるが、特に大幅に枠を拡大している地域から、新採教員の質の低下を嘆く声があれこれ聞こえてくる。教育の質は、子どもたちに目を向けることを本当に大切にすることでしか保障できない。そのための物理的・人的環境を整えるのが教育行政の役目のはずなのに、地方教育行政も軍需景気志向の企業サービス機関とも思える文科省が強力に管轄するようになれば、事態はますます悪化するだろう。教員の質の低下がすべて文科省の責任だとは言わないが、個々の「問題教員」をとかげのしっぽよろしく叩いてばかりでは、何ら展望は開けないだろう。(1071、07/7/28)
◆自分は現任校でどんな役割を果たすべきか、改めて考えてみた。詳細は書かないが、生徒に対しては落ち着いた個別の関わりを深めること、教員に対しては人権教育のコーディネーター的働きかけを強めていくこと、となろうか。もちろん教えるどころか、教わることが多々あるのだが、それなりの経験も重ねてきたのだし、課題を自らに課すという意味でも一定の役割を意識的に引き受けたいものだ。教員世界は、教員集団としてのまとまりもある一方、新採用もベテランも互いの裁量に干渉しない側面もある。個々の教員の裁量は、豊かな教育活動には不可欠なのだが、課題の共有を妨げてしまうことにもなりやすい。教員間の働き掛けも、例年の如しでは進歩がないし、異論を許さぬ指示命令では教育は死ぬ。詳細なハウトゥーは教員を成長させないし、スローガンだけではメドが立たない。エッセンスとヒントの加減が難しいのだが、それこそが教員として有効な経験伝授なのだろうと思う。現実に学びつつ、創意を凝らした自分なりのエッセンスとヒントを準備していきたいものだ。(1127、07/10/1)[→7月目次]


【奈良県農業クラブ大会2007】vol.398《日々雑感より》
◆県内の農業系学科に通う高校一年生などが集う集会に初参加した。アピールやプロジェクト発表の数々は、どれも近畿大会に進むものだけあってすべて秀逸で、命を相手に社会や人間と関わっていこうとする工夫や努力に大変感動した。「脱工業化社会」の提唱者ダニエル=ベルは、自然が相手の農業や機械が相手の工業はどちらもモノをモノとして扱うために経済的競争力に集約されるが、人が相手のサービス業は人としての関わりが志向されるので情報を重んじる良質なコミュニティーが期待されると説いたようだが、とんでもない。農工業はモノを通していかに人と関わるかという無限の工夫と実証的な社会形成力をもつと確信した一日だった。農業系クラスの学級担任としても、動植物を通した人との関わりや社会の形成について熱い思いを共有したい。情報と人は農工業においても重視されるのだ。(1068、07/7/25)[→7月目次]

【原発という防災課題】vol.397《日々雑感より》
◆冗談じゃないのが、断層上の原発(原子力発電所)だ。『原発事故はなぜくりかえすのか』(高木仁三郎、岩波新書)という本はまだ手に入るが、原発労働者関連の書籍はなかなか手に入らない。原発がいかに嘘と補助金で塗り固められているかを知らねばならない。ブルーバックス少年だったkurochanは、原子力科学はそれなりに理解もしているし関心もある。しかし、現実レベルでは、冷却装置も労務管理も詭弁に詭弁を重ねるものでしかなく、ちゃんちゃらおかしい真っ赤な嘘でしかないのが実際だ。柏崎市町が停止命令をだしたのは当然も当然であり、国の原子力政策も腐敗の塊であることが暴かれるべきだと考えている。原発は石油枯渇を防ぐという嘘、地球温暖化対策になるという嘘、今や原発ぬきに電力供給ができないという嘘、徹底した安全管理がなされているという嘘。今日の利益のために犠牲にされる明日の安全というとんでもないリスクを避けることは、地震同様に重要な防災課題なのだ。(1062、07/7/18)[→7月目次]

【災害時の情報と人権】vol.396《日々雑感より》
◆テレビや新聞報道をじっくり見る時間的余裕がないのだが、多くの被災者と支援活動に乗り出している方々に励ましとねぎらいの気持ちを伝えたい。阪神淡路大震災やナホトカ号重油流出事故の際は現地に乗り込み活動をしていたkurochanだが、その後は募金活動こそしても現地で活動とまではいけないでいる。安易な現地入りはむしろ迷惑だとは思うが、積極的に関わるパワーを失ってきている、いや私的な生活にこもる姿勢に転じてきてしまっているのでは?と自身を問いたくなる。自己と向き合うことは何歳になっても大切だとは思うが、内向きの理屈を並べるより、現実レベルでの歳相応・立場相応の外向きの関わり方を考えたい。kurochanとしては、今後の教育課題として、「災害時の情報と人権」についても、課題を整理していきたい。(1061、07/7/17)[→7月目次]

【新渡日外国人サポートネットワーク】vol.395《日々雑感より》
◆移住労働者や結婚渡日による新渡日外国人が急増しているが、当然、日本語が解せぬ子どもや保護者も急増している。「移住労働者と連帯する全国ネットワーク (移住連)」という実践家をつなぐ組織があるが、奈良の地でも、保証人バンク、学校に派遣される日本語指導員、県外教や教組、夜間中学、外国人青年の会などの関係組織や個人の実践があり、それらをつなごうと、このテーマでも熱心に取り組んで来られて先見の明もあるMさんの呼びかけで、今宵会合があった。現代日本における奴隷的酷使・強制労働といえる外国人研修生・実習生の問題や、強制送還による教育を受ける権利の侵害問題、日本語指導の「取り出し」授業の実態や、代わり映えのしない地域や教員の意識の問題等が話し合われた。kurochanも何らかの形で関わり続けていこう。(1057、07/7/9)[→7月目次]

【具志アンデルソン飛雄馬さん】vol.394《日々雑感より》
彼のサイトのプロフィールをまず読んでほしい。若くして辛酸をなめ、波瀾万丈の日々を生きてきた新渡日の日系ブラジル人青年だ。このところ関西で、大変に話題の人権講演会講師だ。以前から是非聞いてみたかった彼の講演を、今日聞く機会があった。大和高田市の「差別をなくす市民集会」に市民ではないけど参加して、最前列で聞かせていただいた。強烈な被差別体験や苦渋の高校中退、数百人を率いる暴走族総会長から極道へ、様々な仕事を転々とし、傷害事件で逮捕、やがて全国人気販売員コンテスト第2位に輝きながらも、父の死、再びの逮捕投獄、組織の解散。二児の父としての今、様々な活動に精力的に取り組み、在日外国人教育の現場に立つ現在までを熱く楽しく語ってくださった。半端じゃない人生、胸に迫る彼の言葉に、多くを考えさせられた午後だった。(1055、07/7/7)[→7月目次]

【「くろちゃんからのお手紙です」再開】vol.393《日々雑感より》
◆ひさびさに「くろちゃんからのお手紙です」を執筆中。第34号が2000年9月だから、実に6年10ヶ月ぶりだ。外国籍生徒や日本籍外国人生徒とその保護者を対象に、県外教生徒交流会の案内などとともに渡す私信だ。推進委員を外れたり、案内はしていても私信を渡すより直接話をしていたり、長らく途絶えていた。今春転勤を機に久々の推進委員となり、二度目までの案内にはつけていなかったのだが、なかなか個別面談ができないので、復活させることにした。散歩が終わったら書き上げよう。(1055、07/7/7)[→7月目次]

【ケータイ講話】vol.392《日々雑感より》
◆奈良県内のある市人権教育研究会(市人教)から、9月の推進委員会での講演依頼があり、久々に了承。内容はケータイ問題と教育課題についてだ。明日は、現任校の学年集会で少し話す予定だが、この間の講演依頼はすべて断ってきた。その理由は、僕が今語らねばというほどの自意識がなかったことと、転勤してきたばかりの学級担任でひたすら忙しい上に、通信教育のレポートや試験勉強で特に8月末までは仕事を増やす余裕がないからだった。しかし、ケータイがらみのトラブルを見聞きすることがますます増え、子どもたちのケータイ事情をある程度知る者として、もっと訴えていかねばならないとより思うようになってきたことと、9月以降ならそれなりに準備を整えて話ができるだろうという予想がつくので、こんなkurochanでよければ出向いて行き僕も教えてもらおうと思うのだ。先日実施したクラスでのアンケート調査や、様々な相談事例、この間読んできた様々な書物や考えたことを、具体的展開に結び付くように、整理しておこう。(1052、07/7/4)
◆期末テストも今日で終わり、学年集会があった。kurochanも約20分、ケータイについて喋った。言葉と責任について、ケータイの進化と親子の認識のズレについて、中高生のケータイサイトの特徴といくつかの落とし穴について、匿名での中傷の卑怯さについてなどを語りかけたが、よく聞いてくれていた。まだ言い足りないこともあった。顔見知りの相互リンクの危険性、とんがる言葉が一夜で最悪の事態を招く心配、豊かな人間関係作りのためのケータイ活用などについてだが、今日はあれでよかったのだろう。生徒向けケータイ講話のパターンもいくつか作っておこう。(1053、07/7/5)
◆全校集会でケータイの話をする。臨時の集会だったのでポイントを絞り、
1.BBSやホムペへの書き込みを大人たちは見ていないという誤解
2.メールやホムペでの悪口など大したことではないという誤解
3.大切なのはケータイ抜きの人間関係だ
4.困ったことは相談してほしい
ということを具体例を交えて話したが、どれほど伝わっただろうか。早速、話をしにくる生徒もいたが、つまるところ生徒たちの自覚に待つしかない話でもある。今後、調査や相談活動、職員研修などにつながっていってほしいのだが、じっくり構えて取り組んでいこう。(1130、07/10/4)[→7月目次]


【親や教員の態度と子育て】vol.391《日々雑感より》
◆教員と生徒・教員と保護者のコミュニケーションについては、たまたま今日も考えさせられる事例があったのだが、独善を排し、受け手への効果を十分に考慮した対応が強く求められるのが昨今の時流だ。とはいっても基本はやっぱり「いかに誠実に相手に接するか」につきるのであり、「立場を踏まえつつ、人として相手を尊重する姿勢」で、分かりやすく気持ちよく関わっていくことができているかの問題だろう。「モンスターベアレント」だの「やっかいな保護者」だのといったレッテルをはり、対応マニュアルをレクチャーする教委まであるが、教員側も「モンスターティーチャー」「やっいな先生」として生徒の意欲を減退させたり、自尊心への攻撃をしていたりしないか、真摯な点検が必要だ。迎合ではなく、教育のプロとして、そして共に生きる人として、真っ直ぐ向き合うことだ。確かにやっかいに感じる相手が増えている。しかしそこには、プロとしてのスキル不足という面もあるはずで、それでもやはりやっかいだという相手は実はそんなにいないのではないか。人との関わりが苦手な親や生徒、そして教員が増えてきたのかもしれない。生徒や親との関わりや生徒自身の将来を考えるとき、対人関係スキルがこれまで以上に重要だということはいえそうだ。(1050、07/7/2)
◆持って行き場のなさを学校や担任に振るかのような親が増えている。我が子や自分自身と向き合わない姿勢こそが、悪い手本となっていることに気付いてほしいものだ。優しさと厳しさを兼ね備えるのは難しいが、厳しさを伴わない優しさは為にならないし、親も教員も子どもの嘘を見抜いて、時には温かく見守り、時には厳しく向き合わせる関わりをしなければ、優しさと厳しさを併せ育てることはできない。自らと向き合わず、未来への努力の姿勢をもたない大人を、子どもは見抜いているし、そんな大人にしか、子どもを育てる力はないと考える。(1070、07/7/27)[→7月目次]


【久間発言に代表される戦争肯定体質】vol.390《日々雑感新掲示板レスより》
◆久間防衛大臣の、長崎原爆は「仕方なかった」発言は、どう言い訳しても許されるものではない。本質的に戦争を肯定する体質があることが問題なのであり、沖縄の集団自決への皇軍の関与否定を指示する教科書検定にも通じる、現与党の危険な体質の反映とみるべきだ。こうした時事ニュースも為にする見方ではなく多面的な見方をすべきだが、あまりに露骨で危険な時流を「公平さ」を装って結果的に許容してしまうことの危険を強く訴えたい。(1049、07/7/1)
◆よい政治はよい有権者が作るといいますが、よい有権者はすぐれたメディアとの相互作用で育つと思います。こうしたネットもまたメディアですが、健全なネット空間を築いていきたいものですね。久間元防衛大臣は長崎選出なんです。それだけに、問題は一層大きいんですが、彼個人の問題性は当然ながら、好戦的なイメージ戦略・世論操作こそ一番警戒しなければならないんだと思います。「反核平和」は今こそ極めて大切なスローガンですね。(BIG RONさんへの掲示板レス、07/7/4)[→7月目次]


【『僕はパパを殺すことに決めた』】vol.389《日々雑感より》
◆昨日本屋の店頭で『僕はパパを殺すことに決めた』を買い、並行読みの一冊に加えた。非公開の供述調書が掲載されているなどの点で批判もされている本だが、著者が冒頭に記しているように、虚偽も含めたマスコミ報道が、事件の真相や教訓を明らかにすることなく、一時的な話題としてのみ取り上げることへの反証であるという点は、十分に評価すべきだと思う。【以下07/7/10加筆】それにしても、あのカバー写真はなんとかならないか。(1049、07/7/1)[→7月目次]



























<アンカージャンプ用の画面余白です>