Mars
火星
公転周期:686.98日
軌道長半径:1.524天文単位
赤道半径:3396km
質量:地球の0.1074倍
密度:3.93
自転周期:1.026日
以下は、2016年1月28日、明け方の空にそろった五惑星
火星はこの時刻にはほぼ南中し、画面中央に見えています。
黄道上にあるてんびん座のα(アルファ)星ズベンエルゲヌビに接近しているところ
以下はそれから6日後、ズベンエルゲヌビの脇を運行していく火星のスケッチ
2016年2月3日 5:30
てんびん座のα(アルファ)星ズベンエルゲヌビの近くを通り過ぎる火星
2016年2月、火星は明け方になると南中し、てんびん座を運行中、2月3日にはα(アルファ)星ズベンエルゲヌビの近くを通過しました。以上のスケッチはそれを描いたもの。小さな円は50倍の視野を示し、大きな円は25倍の視野を示します。25倍であれば、ズベンエルゲヌビと火星を同一視野に収めることもできました。ズベンエルゲヌビはきれいな二重星です(*ア、イを振られている星がそれ)。火星はスピカをやや上回る光度で、スケッチをした時点では、ズベンエルゲヌビからおよそ1.5度の場所にありました。
恒星に振っているカタカナは相対的な光度順を示します。
この時点で、地球は火星にじょじょに追いついているところです。
以下はさそり座の火星
2016年3月2日 3:52
昇り来るさそり座と半月、そしてさそり座に接近する火星
画面右上が火星。画面左にある明るい星は土星。この時点で火星は、アンタレスよりもやや明るくなっています。赤さも同じぐらい。以下は3月の後半、さそり座β星の脇を通過していく火星。
2016年3月15日~22日
さそり座β星アクラブに接近し、通過していく火星
さそり座の頭にある星、β(ベータ)星アクラブに接近する火星。スケッチの円は50倍の視野を示し、画面左にある二重星がアクラブ。画面右の二重星はさそり座ν(ニュー)星。画面上のカタカナは星の相対的な光度順を示します。この時点で火星の光度は目算で見積もると
アークトゥルス:2>火星>8:アンタレス
だったので、アークトゥルスが-0.05等、アンタレスが1.06とした場合、火星の光度は0.2等ということになります。
火星は16日から17日かけてアクラブに最接近した後、その脇を抜けて画面右上へと抜けていきました。19日から21日は春先ということもあって天候が悪く。観測やスケッチが出来ていません。
以下は2016年5月に入り逆行中の火星。
2016年5月13日から23日
アクラブよりやや離れた場所を逆行していく火星
3月にさそり座β(ベータ)星アクラブのすぐそばを東(画面では右)へとすり抜けた火星は運行がにぶり、逆行を始めました。以上は5月12日から23日までの様子です。画面右が12日の火星、そして天気が悪くて途中が抜けていますが、左へ14日から23日までの火星となります。画面左が西。火星が通常の運行(順行)とは反対に西へ向かう逆行をしていることが分かるでしょう。現在、地球が内側から火星に追い抜きをかけているところ。追い抜かれる車が後ろへ下がって見えるように、火星も背景の恒星に対して通常とは逆方向へ動いて見えています。
小さな連続した円は25倍の視野を、背景にある大きな円は200倍の視野を示します。
スケッチの左に描いた三つの火星は200倍にして見た火星。火星はさそり座にあって南に低く、気流が悪くてなかなかよく見えません。また自分が持っている望遠鏡は口径が12.5mmと小さく、解像度もさほど高くありません。それでもサバ人の湾、子午線の湾、オーロラ湾、アキダリアの海が見えている模様。
火星のスケッチ(大きな画像は以下)
この画像をパソコンで表示し、腕を伸ばしたぐらい離れた場所から見ると接近時の火星を200倍で拡大して見た状態に近くなります
火星は地球よりも小さな惑星で、離れている時はまるでピンの頭のような、小さな姿にしか見えません。しかし地球は火星よりも内側の軌道をより早く回っているので、およそ2年と2ヶ月ごとに火星を追い抜きます。この時、火星と地球の距離は近くなり、火星表面は観測しやすくなります。ところがこの接近時でさえも、望遠鏡を覗いて眺める火星はオレンジ色をした、のっぺらぼうでしかありません。少なくとも一見するとそうです。以上の小さな画像を腕を伸ばしたぐらいの距離から見て、明暗のコントラストを下げ、さらに大気のゆらぎでゆらゆら揺れていると考えてください。それが眼で見る火星であって、模様なんか見えないのが当然でしょう。
火星の模様を見るには、まず倍率を上げないといけません。接近時に100倍で見ても、肉眼でみる月より小さいのでどうにもなりません。せめて200倍は必要です。それでも一見するとのっぺらぼうに見えますが、慣れてくると何か模様がある、ということが分かります。慣れなければ見えない模様って一体なんだよ? と思う人もいるかもしれません。しかし写真技術がまだ未熟で、観察は人の眼に頼るしかなく、さらに探査機も火星に到達していない100年前のスケッチでも、それは現在のハッブル宇宙望遠鏡や探査機が撮影した火星の表面とよく一致します。表面にあるクレーターのような地形まではさすがに分かりませんが、火星表面にある色の違い(これは岩石の組成の違いを反映しているようです)を観察することはできます。そしてこれが分かれば火星の自転周期や気候なども把握することができます。
以下は200倍で見た火星のスケッチの大きな画像。パステルで描いているので細かな描画が不十分だけども気にしない。
20160年5月28日から6月6日1:00
200倍で見た火星 一応、上段左から下段右まで1から12の番号を振ってあります
*2016年の火星最接近は5月31日でしたが、神奈川県中央部ではうす雲がかかり、気流も悪く、アンタレスの回折環も見えない状態だったので、スケッチは断念しています
画面は望遠鏡の画像なので倒立しており、上が南、右が東、左が西です(ただしこれは地球から見た方角。火星上では東西が逆になります)。火星の回転をこの状態で見ると左へ回り込む形になります。特に最下段の四つ、9から12は6月5日22:00から6月6日1:00まで1時間ごとに描いたものです。火星の自転に従い、模様がじりじりと左へ動いていく様子が分かるでしょう(ですから火星での方角は右が西で左が東)。なお、この最下段の四つでは画面下、北極の近くに白く明るい斑点があります。自転に応じて動いているように見えること、地球に対して正面(火星では正午)に縮小して消えたように見えることからすると雲かもしれません。
火星で特に濃い模様は大シルチス(SYRTIS MAJOR)です。以上でも多くのスケッチで登場していますが、ほぼ正面から見たものが3、5、8です。それぞれの時刻は6月1日の23:00、6月3日の0:00、6月4日の0:30。自転していく火星にある大シルチスが1日おきにほぼ同じ時刻にほぼ同じ姿を見せるということは、火星の自転が地球の自転とほとんど同じ長さであることを示します。その一方で、23:00、0:00、0:30と後へずれていくことからすると、火星の自転が地球よりわずかに長いことも分かるでしょう。
**備考:火星の運河について
水の無い月に海(MARE)という名称があるように、研究者や観測者は天体の表面に見える模様を地球の地形に見立てて名前をつけます。同様に火星表面に見える模様にも名前がつけられました。アギダリアの海、サバ人の湾、といった具合にです。海は暗くて大きい広がりを持つ模様のことを、湾は暗く尖った形で大きな模様を示します。
火星には細長い模様もあり、これは19世紀中頃からすでに知られていました。運河はこうした細長い模様を指す言葉です。1870年代の終わり、イタリアの天文学者スキアパレリは詳しい火星地図を作り上げ報告しました。さらに、火星にこれまで知られていたよりも細い線状の模様が多数あることを示し、これにカナリ(Canali:水路)という名称を与えています。そしてこれが英語に訳された時にカナル(Canal:運河)となりました。ヨーロッパは鉄道網が発達する以前、物資の大量輸送に川を使いました。さらなる物資輸送のために人為的に川を通したもの、それが運河です。水運の言葉をそのまま使ったせいでしょうか、単に火星の模様を示す言葉であるはずの運河には、人為的に作られたもの、というイメージがつきまといます。
これはかなり奇妙な話でもあります。例えば、月にある”晴れの海”。この名称を聞いても、人は月に海があって海水浴が出来るなどとは普通、思わないでしょう。これと同様、火星の運河と聞いても、人々は何も思わないのが本来のはずです。しかし当時はスエズ運河が開通して間もない時期でしたから、運河=人為的という印象が強かったとも言われます。
さらに状況を決定的にしたのが19世紀末のアメリカ人、ローウェルでした。彼はアメリカ人実業家でちょっと変わった趣味の持ち主だったようです。日本を何度か訪れてなにやら珍妙な本を書いていますし、火星に対する関心が高じて、天文台を作り、天文学者を雇い入れるほどでした。このローウェルが言い出したのが、火星はまっすぐのびた直線の運河と、そのネットワークで覆われている。これらは自然のものではありえない。火星の運河は文字通り人工の産物だ、という主張でした。これは運河を建造した火星人の存在を意味することでもあります。ローウェルの考えは一躍有名となりました。
一方、ローウェルの言うような細い運河など見えない。そう述べたのが20世紀初頭の天文学者アントニアジです。彼は、運河自体はあるが、それは線ではなく帯である。そうした帯のような運河にしても、それは気流の条件が良い時に見れば小さな斑点が集まったものであることが分かる。ましてやローウェルが言うような細い線でまっすぐのびた運河など見えない、そう主張しています。アントニアジが1930年に発表し、その眼で見て描いた火星地図は、現在、明らかにされた火星の画像とも良く一致する素晴らしいものでした。
ローウェルが言うような細い運河を信じる人は、1900年代に入ると数を減らしていたそうです。ましてやアントニアジが火星地図を作った1930年代以降になると、ローウェルやスキアパレリが言うような運河は火星にはない、というのがおおかたの流れだったようです。
しかしそれでも火星を観測する人の中には、良く訓練を積んだ眼で気流の条件が良い時に観測すると、ローウェルたちが言うような細い運河が見える、と主張する人もいました。このようにまだ少し残る運河論者の敗北が決定的になったのは1965年、火星に接近した探査機マリナー4号が火星の写真を送ってきた以降のことでした。探査機の写真には細い直線模様など写っていなかったのです。
ただし、ローウェルやスキアパレリたちが言う”細い運河”が無くなっただけで、運河と呼ばれる模様自体が無くなったわけではありません。
もう少し詳しく言うと、地球から見える火星の模様は必ずしも火星の地形と合致しているわけではありませんでした。そして、かつて模様につけられた名称は火星の地質を研究する上では以前ほど重要ではなくなり、現在では地形を示す新しい名称がむしろ多く使われるようになっています。とはいえ、昔ながらの模様、例えば、アガトダエモン運河(Agathodaemon)のような細長い模様は今でもありますし、その名称も昔のままです。このHPでも模様を眼視観測して紹介する以上、古典的かつ伝統的な名称をそのまま用いています。
模様の名称としてなおも存在する運河はともかくとして、では存在しなかったローウェルやスキアパレリの運河とは、一体なんだったのでしょうか? 世間一般的には、火星の運河とは望遠鏡の精度が悪かった時代に見たいものを見ようとして見たものだ、という言説がまかり通っています。ですがこれは上記のような歴史的経緯をあまり把握していない粗雑な理解だと言えます。それに、見たいものが見える、というのは念じれば曲がると言っているようなものなので、説明になっていないでしょう。
まず望遠鏡の精度ですが、望遠鏡の解像度は口径で決まります。100年前、もう十分に大きな口径の望遠鏡がありました。それに、現在から見ても良く描けている火星地図を作ったアントニアジと、人工運河とネットワークを主張したローウェルは同時代人でした。彼らは、ローウェルたちが言うような細い運河は存在しない、いや、実在する、と当時激しく論争しています。つまり望遠鏡の精度の問題でないことは明らかです。
ただし、ローウェル流の運河を信じる人たちは小さな口径の望遠鏡にこだわる傾向があったようです。ですがこの場合、これは望遠鏡の精度の問題ではなく、解像度の低い望遠鏡をあえてつかって見るという、その行為と方針こそが問題になるでしょう。
では、彼らは一体何を見たのか?
幾つか説があって、ローウェルの場合、実は彼が見たのは自分の網膜を走る血管ではなかったか? という説もあります。ただしこれだけでは説明しきれません。一方、スキアパレリに関しては、彼は微妙な陰影の違いとコントラストを線として見てしまった、という説があります。この場合は神経が生み出す必然の錯視であると言うべきでしょう。少なくともこの説明は、世間一般で言われる、”火星の運河とは見たいと思っていたから見えたものだ”、という抽象的な説明よりは具体的です。事実、スキアパレリの火星地図は実際の火星の画像と良く一致しますし、彼が描いた運河も、それが色味の違う領域の境界線だと考えると、実はかなり正しいように見えます。実際、スキアパレリが報告を行った当時、他の研究者も、スキアパレリが描いたものは線ではなく、むしろ濃度の違う領域の境界線に見えると述べたそうです(「Sheehan 1997 [Giovanni Schiaparelli: Visions of a colour blind astronomer] J.Br.Astron. Assoc. 107,1)。それを考えると、火星の運河の答えはとっくの昔に出ていたとも言えるでしょうし、人によって見える見えないの違いが出ることにも理由があったということにもなります。
もちろん、ローウェルやスキアパレリたちが見た運河にはまだ問題なり、謎が残っています。もっともこれらは、天文学の問題というよりも科学史の、あるいは思想史や認知科学の問題だと言うべきかもしれません。
火星表面のスケッチの続きは近々アップの予定
最接近後の火星の運行は以下へ続きます=>火星その2
2017年の火星へ=>2017年の火星
2018年の火星へ=>2018年大接近の火星