コウヤコケシノブ

Hymenophyllum barbatum

*「神奈川県植物誌2001」参考

撮影:2012/11/28 神奈川県中央

 コウヤコケシノブは葉っぱが小さく、写真のものは2、3センチ程度。見ての通り、薄くてぺらぺら、とても頼りない感じのするシダで、まるでコケのように見えます。湿った場所に生える植物で、神奈川県中央にある公園の奥まった場所、森を抜ける小道の脇に組まれた石垣に生えていました。本来は山に生えるシダで、「神奈川県植物史2001」を見ても県中央部からは記録されていません。栽培されていたものから胞子が飛んできたのか、あるいはよりありそうなことですが、石垣を作る岩にくっついていたものが、そのまま運ばれてきたのかもしれません。

 

 コウヤコケシノブの特徴 

:岩や樹の幹にくっつき、その上を這う

:茎は細長く、葉っぱは小さくて薄く、分岐する

:葉っぱの縁に小さく尖ったギザギザ(鋸歯)がある

*注:以上の特徴とは共有あるいは固有派生形質であることを必ずしも意味しません。

 

 解説 

 葉っぱはぺらぺらで、接写すると細胞がはっきり見て取れます。また、暗がりに生える植物で見づらいのですが、葉っぱの縁には小さなギザギザがあります。これはコケシノブ属(Hymenophyllum)の中でもコウヤコケシノブの特徴で、検索表にも出てきます。

撮影:2012/12/15 神奈川県(コンテンツトップのものとは別固体)

 

 考察:コケとどう識別するべきか?

 コウヤコケシノブはなんとなくコケのように見えます。コケというのは地面や岩、樹の幹に張り付くようにして生える小さな植物に対して(さらには地衣類や、地域によってはキノコに対しても)しばしば使われる呼び名です。実際、コウヤコケシノブ自体、名前にコケとついていますし、仲間にはハイホラゴケというものもいます。

 コケシノブたちを見た時、これがコケではなくシダであると、系統的な意味合いで言うにはどうすれば良いでしょうか?

 まず図鑑を見れば、ああ、これはコケシノブ属だろう。そして葉っぱの縁を見て、ああ、ギザギザがあるから、これはコウヤコケシノブだな。そう同定することができます。そしてコウヤコケシノブはシダ植物ですから、これはコケではない、と言うことができます。

 しかし、このような同定の過程は、

:コウヤコケシノブはシダ植物である

:この植物はコウヤコケシノブである

:この植物はシダ植物である

という論理的な過程だと言うことができます。もちろん、同定としてはこれで十分です。しかしこの過程は、コウヤコケシノブがなぜシダ植物であるのか? なぜコケではないのか? それについてまったく答えていません。コウヤコケシノブはシダ植物である、ゆえにコケではない、という前提があるだけです。そして、前提は前提自身の妥当性についてまったく何も語ってくれません。コウヤコケシノブはシダ植物であるからシダなのだ、と言うことはできますが、その主張は無矛盾であるだけで、意味のない循環論法のように聞こえます。

 ではどう考えればいいのか?

 シダ植物は胞子で繁殖する維管束植物である、という教科書的な定義を持ち出すこともできますが、胞子を確認したわけでもないですし、茎を切って維管束を観察したわけでもありません。ここでは外見からすぐに分かる特徴のみで簡単に、さらに分岐学的にどこまで論じられるか、それを考えてみましょう。

まずアオサ(アオサノリ)を外群と考えて、それでゼニゴケコスギゴケ、コウヤコケシノブ、ホシダの系統関係を考えてみます。海にすむアオサに対して、残りのものは陸上で生活しているという共有派生形質1でくくれるでしょう。

______アオサノリ

 |_1__ゼニゴケ

   |__コスギゴケ

   |__コウヤコケシノブ

   |__ホシダ

 

 これらのうち、コスギゴケ、コウヤコケシノブ、ホシダは葉っぱを持つという共有派生形質2でくくることが出来るでしょう(*注:ただし、以下を参照)

______アオサノリ

 |_1__ゼニゴケ

   |_2__コスギゴケ

     |__コウヤコケシノブ

     |__ホシダ

 

 さらにコウヤコケシノブとホシダの葉っぱは、形や葉脈に注目すると枝分かれしていることが分かります。ですから、葉っぱが分岐しているという共有派生形質でくくることができそうです。

______アオサノリ

 |_1__ゼニゴケ

   |_2__コスギゴケ

     |_3__コウヤコケシノブ

       |__ホシダ

 

 こうして見ると、コウヤコケシノブはゼニゴケ、コスギゴケよりもホシダに近い、ということは言えそうです。ただ、この論証はまだ十分とは言えません。まず、途中で気がついた人もいるでしょうが、教科書的に言えば、コスギゴケの葉は配偶体のものですが、コウヤコケシノブとホシダの葉は胞子体のものです。染色体やライフサイクルを詳細に調べれば共有派生形質2はどうも怪しい、という結論が出てくるでしょう。また、以上の分岐図にはあえて裸子植物、被子植物を入れていません。被子植物、裸子植物を入れてもなお、コウヤコケシノブがホシダに近いということを示すには解剖学的な観察が必要になります。

 ただ、最低限、枝分かれした葉はゼニゴケやコスギゴケには見られない派生形質です。この特徴に注目し、以上の分岐図を考慮すると、少なくとも、コウヤコケシノブはゼニゴケ、コスギゴケの仲間ではないだろう、系統的にはホシダのような植物に近いだろう、そう、あたりをつけることができます。

*注:枝分かれした葉、分岐する葉脈、これはいわゆる大葉類の特徴です。

 

 乾燥した日のコウヤコケシノブ 

 コウヤコケシノブが貼り付いているのは岩の上ですから、時に乾燥することがあります。こういう時、コウヤコケシノブは縮れています。

撮影:2012/12/2 神奈川県

 生えている場所は湿った森の小道ですが、雨が降らない日が続いたり、あるいは冬に入って木の葉が落ち、風や日光の通りがよくなると、さすがに乾燥します。そうすると、以上のように、くしゃっと丸まります。縮れてかさが減るせいか、どこに生えていたのか分かりにくくなるほどです。茎が岩肌を這い回っている様子と、茎から葉が分岐している様子もよく見えます。そして、この状態でも枯れているわけではありません。

  

撮影:2012/12/03 神奈川県(上とは別個体)

 縮れたその姿を撮影した翌日、雨上がりの公園にいってみると、コウヤコケシノブたちは、すっかり元の姿に戻っていました。画像自体は上の縮れた個体とは別のものですが、状況は同じです。 

  

 

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