第九夜
運勢の回天

 食後に運ばれたコーヒーを縫希(ぬうの)はゆっくりとすすっていた。季子(きこ)はデザートに運ばれてきたアイスクリームを食べている。ピンクと白の半球状のアイスクリームがカラフルに盛られており、甘い物が好きな縫希は興味をそそられたが今日はコーヒーを頼み、タップリとミルクを入れて飲んでいた。吾人(あーと)は逆にブラックでコーヒーを味わっている。

「季子、ところでさっきの話……運命が変わるけど変わらないみたいな、オレンジはキウイになるけどキウイにならないみたいな話はいったい何だったんだい?」

「え……運命が変わること?」

「そうだよ」

「季子ちゃん、さっきは確か「確率は低いけど運命は変わる」みたいなことは言っていなかったっけ?」

「うん…そうね」季子は肩元にかかった髪を指先でいじりだした。「難しい問題だと思うの…。さっきは解かったようなことを言ったけど、どれくらいの確率で変わるかなんて…50%なのか5%なのか、3回に1回起きるのか、フィフティフィフティなのか、決めることは出来ないし…安易に解かったなんて言うべきではないわね。もっとも、さっきのオレンジの例えのようにそんなに頻繁に起こるとは思わないけど」季子は2人を交互に見た。「未来は1つだけではなく無数の世界がある、無限ともいえるほど。このことで縫希と吾人は何か別の意見はある?」

「ない」
 答える吾人。縫希も頷く。

「予知をするということはその無数の未来の中から1つを観測するということだわ。ただしそれは本当に観ているだけなの。オレンジの皮を外側から見ているだけ。予知の示した未来は存在はしていても、その中身…「本質」は伴っていない。ただし予知だって勝手な未来を観測されているわけではなく、様々な要因…それこそ私たちが認知できない無数の要素によってはじき出された起こる可能性の高い未来が選択されていると思うの。ただし観測された未来までの道筋は1つではないはずだから、誤差はでるでしょうね…しかし、それだって小さな違いでしかないはずよ。オレンジの皮の中身が種が4つ入っているか5つ入っているか、筋が多いか少ないかぐらいの差でしかないはずよ」

「つまりオレンジの皮の中身はあくまでオレンジであるということだね」

「だが時にはキウイになることもある…つまり運命が激しく変わる時もある、さっきはそこまで話したんだよな」
 
吾人は縫希に確認をとった。縫希も頷く。

「『カーマ・クレーンジング』…!」縫希は食事前に季子が言った言葉を呟いた。「運命の変遷。小さな違いではなく、ハッキリと運命が変わる原因は何だと考えているんだい、季子は?」

「それはもうハッキリとジョジョの中に描かれてるわ」

「なんだって!」
 縫希は電気のコードを突きつけられたかのような驚きの声を上げた。

「トト神のボインゴはホル・ホースが自らの弾丸に倒された時に言ったわ……「あの承太郎…なんて運の強い奴なんだろう…」……。これが答えであり全てよ」

「…つまり、運命を変えるのは個人の運だっていうのかい」

「そう」
 季子はニッコリと笑った。

「たったそれだけなの?」

「そう」
 季子はニッコリと笑った。

 縫希と吾人はしばし黙り込み、それぞれのコーヒーを一口飲んだ。

「縫希も吾人もバカにしているわね…」季子は少し頬をふくらませた。「ジョジョの世界ではこの現実世界以上に運による恩恵は高いのよ……運命を変えるほどにネ」

「とりあえず、運を支配するスタンドを挙げてみようか」
 縫希の提案を吾人も首を思いっきり縦に振って答えた。

「賭けや勝負事などを媒介として能力を発現するスタンドを挙げると…ギャンブルのオシリス神、ゲームのアトゥム神、ジャンケンのボーイ・U・マン……」

「縫希、今あなたが挙げたスタンドは運に関係ないとは言わないけど運を支配しているとは言えないわ。「運のやりとりを含んだ勝負」をキッカケとして能力を発動するタイプ。俗に条件発動型といわれるスタンド達よ」

「そうか…そうなると本当の意味で運に関わっているスタンドというと……」

シンデレラドラゴンズ・ドリーム季子は綺麗な瞳で2人をみた。「100を越えるスタンドの中でたった2体よ」
「シンデレラは身体の部品を交換することで運勢を良い方向に導く。ドラゴンズ・ドリームは風水を応用した吉凶を極限にまで高める」

「つまりこの2体なら予知を打ち破ることができると」

「そうね」

「でも季子ちゃん、そうなると『カーマ・クレージング』を起こした承太郎はどうなるんだい?時間は支配していても運勢は違うよな」

「それは承太郎が持っている元々の運よ。承太郎は「自分を守る」という点において予知能力を上回る強運を持っているのよ」

「すると『カーマ・クレーンジング(運命の変遷)』を起こした原因は承太郎が生まれつき持っていた信じられないくらい強い運勢……ということか」

 しかし季子は目を伏せ、グラスの中の水を見つめた。
「でもね、承太郎の…いえ、ジョースター家の強運というものは「闘い」に関しては運命を変えるほど強いわ。でも一方では薄幸と言われるほど家族関係では運がないと言える。運とは…「あざなう縄」の例えのようにコロコロ変わるものだし、それと同時にある事柄について突出した運の強さを持つならば替わりに他の部分での運には恵まれなくなると思うの。そういうところは人の手ではどうなにもならないこと…天の気まぐれ『ムード・スウィングス』。…神のみぞ知る」

 無表情を装っているが家族のことを口にした季子の瞳が曇るのを縫希は見た。彼女の父親は彼女が9歳のときにこの世を去っている。季子自身はその体験をもうふっきていると思っているのだろうが、小さいころから彼女を見てきた縫希だからこそわずかな哀の感情を感じることができた。



(つづく)