ハリマオの設立話 第8話

【菅平合宿】

 長野県菅平、言わずと知れたラグビー夏合宿のメッカである。80面以上のグランドが高原を埋め尽くすラガーにとっては一度は行ってみたい所ではあるが、我々には縁のない場所とも思っていた。ところが、エンジャにゃ〜ズが昨年行ったというではないか。木野曰く、

『もう林さん、ムチャクチャいい所ですよ。去年なんか早稲田レディースと試合しちゃいましたからね。』

「レレレ…レディース」

『は〜い、たまたま早稲田レディースが来ていて、試合申し込んだら出来ちゃいました。』

「試合って、タックルもありなの?」

『は〜い、ありです。ぼくなんかスクラム組んじゃいましたもんね』

「それって、…なの?」

『は〜い、あの時だけは、フロントローやっててよかったと思いました。今年も行きますよ』

どこにいたのか金田が身を乗り出してきて、

『林さん、うちも行きましょう』

自分としては異論はないが小島の顔を見る。小島も顔がにやけている、異論なさそうだ。

「ハリマオも行くぞ」

こうしてハリマオの菅平合宿が始まった。

 

 日程についてはエンジャにゃ〜ズにおまかせで、平成7年7月29、30日の一泊二日で出かけた。大人数になるからということで観光バスを借り切って行くことになった。川口 久之(川口)の出番である。企画プロモートを彼が担当する。名古屋駅6時30分集合であったが、肝心のバスが来ない。川口の手配が悪く、東急バスは別の所で待っていたという。旅行会社勤務とは思えない段取りだが、ハリマオらしいといえばハリマオらしいパターンだ。驚いたことにバスに乗り込んだらバスガイドさんがいるではないか。菅平に行くだけなのにどうしてと思っていたら、観光バスを頼むともれなく付いてくるそうだ。「なにか変なの」と思っていたらこれがまた不愛想(不細工でもあった)。大原がからかったらむくれていた。金田が『あの態度はない』と怒り出す。この連中といると変なところで気を使わなければいけなくなりガイドさんのご機嫌をとる羽目になった。

 

 菅平はうわさどおりのところであり、廣瀬さんも現地合流で来てくれた。たのしくなると思っていたら、肝心の早稲田レディースとはすれ違いで『今日帰った』というではないか。これは大原の段取りの悪さ。ハリマオがブウブウ言っている。本来なら「大原君も一生懸命やってくれているんだから文句を言うな」と言わなければいけないのだろうが、いっしょになって騒いでいた。

「何のため来たと思ってるんだ〜 俺は帰る〜」

 

結局、『東芝エンジニアリング』という強そうなチームと試合を組むと言うではないか。

さっそく意見を出した。

「やめよ〜」

『どうしてですか?林さん』 エンジャにゃ〜ズが口を揃えて言う。

「強そうじゃん」 (東芝と入っているだけで尻込みをする。)

『いいじゃないですか』

「いたそうじゃん」

(ぼくは今の今まで早稲田レディースと試合をする気でいたんだぞ。あまりにギャップが大き すぎるではないか。そんなに急に気持ちが切りかえられるか。)

『大丈夫ですよ。エンジャにゃ〜ズといっしょですから』

「お前らやれ。俺はとなりのテニスのおねえちゃん見てる」

『だめですよ〜 せっかく菅平まで来たんじゃないですか』

「でもいやだ。テニスのおねえちゃんの方がいい」

ダダをこねていたら廣瀬さんが

『林、やるぞ』

「はい、分かりました」

 

 相手が用意してくれたグランドは土のグランドだった。走ると砂塵がまって前が見えないくらいだ。砂埃の中でスクラムを組むと息が出来ない。アタリがキツイ。

(なんでこんな事が好きなんだろう?いい年をしてなんで人のケツに顔を突っ込んでいるんだろう?でも好きなんだよな。きっと答えが見つかった人はラグビーをやめちゃうんだろうな)と思いながら走っていた。

結果は負けたが菅平で試合をしただけで満足だった。

 試合の後の風呂は、汗を流すというより、頭の中、鼻の穴、耳の中、すり傷についた砂を洗い流す感じだ。そんなのが15人も入るから、出る時には風呂は砂まるけだった。こちらは、さっぱりした。

 

 夕食まで時間があったので夕涼みがてら『美やざき』のグランドにおりた。風はいっそうさわやかになっていた。湿度がないので名古屋とは全くちがう。小島が何気なく言った。

『タマタマさらさら!』

どんな言葉を並べるより、一言で菅平をこんなに端的に表現した言葉は他にはないだろう。けだし名言、大好きな言葉である。

 

 グランドでは、小島、金田、桂ちゃん、タケがテニスのまねごとを始めている。もう動く元気はないので、芝のグランドの真ん中でひとり大の字になってねっころがった。

 鼻をつく芝のかほり、木陰から聞こえる鳥の声、済みきった青空を流れる白い雲、ほほを撫ぜる高原の風、背中に伝わる大地のいぶき、すべてが心地よかった。ラガーの聖地に抱かれ、満足感にあふれ、ひとり感慨にふけっていた。

 ジャン=ピエール・リーヴ(元フランス代表キャプテン)の言葉に『ラグビーは子供をいち早く大人にし、大人に永遠に子供の魂を抱かせてくれる』とあるが、まさに実感していた。気持ちは青年に戻っていた。ハリマオと接する時はいつも高校生にもどっていた。

 

 影も形もなかったハリマオに同期が集まり、先輩・後輩がつどい、チームを組み、ボールを買い、練習を重ね、試合をし、合宿に来ている。よくここまで来れたと思っていた。子供の成長を観ているようであった。莫大な歳月を費やしたが、けっして大変でも苦労でもなく、たのしくてたのしくてしょうがなかった夢にような10年だった。「ラグビーを始めてよかった」と充実感とたのしかった思い出にまどろんでいた。そして、心の片隅で「ラグビーに対する情熱だけでこれまできたが、騒ぎまくった責任は果たせたのではないか」とも思い始めていた。41才、『夏の思い出』である。

 

 これ以後、菅平合宿はハリマオの恒例行事になっている。一泊二日の短い合宿ではあるが行けば思い出が増えている。

一回:まぼろしの早稲田レディース戦、東芝エンジニアリング戦

二回:霧の中の早朝ゴルフ、世田谷クラブ戦

三回:東大現役戦での勝利、スクラムトライ、一番危険なポジション:タッチジャッジ

四回:高校JAPAN、夜の散歩、美やざきのグランド使えずジプシー

五回:TシャツいっぱいのJAPANのサイン(詳しくは「クマさんの菅平日記」参照)

六回:エンジャにゃ〜ズのしごき、慈恵医大戦

 

合宿で撮った写真はどれも笑顔でいっぱいだ。

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