展覧会の紹介

佐藤萬寿夫展     

2002年3月18日(月)〜23日(土)
札幌時計台ギャラリー(中央区北1西3)

 A、C室を合わせると大変な作品の数です。
 A室はもともと、グループ「NORD(ノール。フランス語で「北」の意味)」の展覧会のため借りていた会場だったそうです(昨年のNORD展はこちら)。それが、もうひとりのメンバー丸山恵敬さんの体調が思わしくないため、個展に衣替え。しかもC室がキャンセルになって、急きょこれまで未発表だった小品を集めたそうです。
 こちらは、技法のオンパレードとでもいったらいいのでしょうか。入ってすぐ、右側の壁にあるカラフルな風景画は、ポスターカラーに白のグワッシュをまぜたもの。どうりで、鮮やかなのに、生っぽくない色彩になっています。これほどたくさんの色を使いながら混雑した画面になっていないのは、配置の妙といっていいでしょう。
 ほかに、20年以上前、空間を表現するのに悩んでいた時代に習っていたろうけつ染めや、紙の上に油彩で描いた抽象画、版画などが並び、まるで作家の舞台裏をのぞいたようです。

佐藤萬寿夫「風の路」 とはいえ、やはり見ものはA室の油彩群です(右の写真は「風の路」。
 作家独特の美しい「白」が覆う抽象画は、昇華された北国の風土を表現しているようです。
 いかにも北海道らしいモティーフや、実際の風景を描いた絵よりも、何倍もこれらの絵が、北の風土性と作家の心象風景を的確に表していることでしょうか。
 以前、作家から、檜山管内今金町の少年時代に、新聞配達(あるいは牛乳?)のアルバイトをしていたという話を聞いたことがあります。吹雪の日の配達はつらかったといいますが、それが作家の、いわば原体験のようになっているのでしょう。
 自分の生命すら危なくなるのでは−との思いが込み上げてくる猛吹雪。しかし、ふり返ると、その体験にはどこか甘美であたたかなものすら含まれているようなのです。筆者も道産子ですから、そのへんはよくわかります。
 吹雪を描いた芸術作品というと、有島武郎の「生れいづる人々」や本庄陸男の「石狩川」といった名作を思い出しますが、佐藤萬寿夫の絵は、具体的に吹雪を描くのではなく、冬の空気感や広がる大地のイメージを、絵という形式でなくてはなしえないかたちで、表現しているのだと思います。
佐藤萬寿夫「風の旋律」 たとえば、左の「風の旋律」が、流氷の海が原点になっていることはたしかです。しかし、流氷のかたちはいったん解体され、氷をイメージした色の帯と斑点に変わっています。空は、この写真では見づらいのですが、紫の地に、やや濃い目の青の筆がぽんぽんとリズミカルに置かれています。
 そして、水平線の前後に配された虹色の帯。彩度が高くて美しく、見事にこの絵を引き締めています。
 右上の「風の路」など、一部の作品には、裸樹が小さくかきこまれていることがあります。その小ささが、画面のスケール感を出すことに成功しています。
 とはいえ、この作家の真骨頂は色彩にあります。吹雪の中は、フォルムのない世界です。そこから織り成される心象風景にも、これといったかたちはありません。だからこそ、視野を覆う色の深まりが、重要性を帯びてくるのだといえましょう。

 ここまで澄んだ色を出すには、何度も薄く絵の具を塗り重ねては表面を削る−という作業を繰り返すそうです。それを怠ると、キャンバスの上の色は、まるでチューブから出したままのような深みのない色合いになってしまうそうです。
 A室に「木立ちをすぎる時間」という小品がありました。
 中央にある白を薄く塗った部分を、幾筋も緑やオレンジなど鮮やかな色の帯が、まるで木の幹のように走っています。周囲には、家並みを思わせる三角形の列などの色彩が配されています。白い部分はごく薄く見えますが、実は、白の絵の具を10回ほども塗っているそうです。1回塗るごとにドライヤーで乾かし、薄い感じを出しているということでした。
 周りに置かれた緑の部分は、下塗りのピンクが顔を覗かせており、これまた油彩の重ね塗りの重要性をあらわしているようです。

 ほかに、これも小品ですが「蒼い幻(摩周湖)」が目を引きました。
 空の部分のエメラルドグリーンから水面の紺までがグラデーションになっています。
 ちょうど水平線の部分に、白っぽい塊がふたつ描かれ、残像のように上下に白い帯状の影をしたがえています。また、前景に小さなあせた朱色の部分があり、アクセントになっています。
 これまた、実際の風景からは相当かけ離れてはいますが、作家の目―あるいは脳裡―に映じた摩周湖ということなのでしょうか。

 備忘として、A室の展示作を書いておきます。★は100号以上の大作。
 ★「風の中で」 「蒼い幻(港)」 「北の街」(2点) 「風の旋律」 「蒼い幻(摩周湖)」 「公園の想い出」 ★「時ゆるやかに」 ★「北の詩」 ★「風の旋律」 「卓上の詩」 「春の中で」 「スペインの想い」 ★「風の路」(大作1点、小品2点) 「春がうたっている」 ★「風の詩」(大作2点、小品1点) 「となりの村に行きたい」  「港の詩」 「赤い夢A」 「赤い夢B」

 1941年生まれ、札幌在住。新道展会員。

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